最終章〜実を求めて






 あの事件から、二週間。
 私は、いつもと変わらぬ朝を迎えている。






 結局あの後すぐに警察が駆け付けて、私たちは保護された。
 私たちの惨状を見た大塚先輩は、言葉も無く俯いていた。
 ショックだっただろう。自分の後輩が、殺人事件を引き起こしたのだから……。

 萌を含む、谷底に落ちたメンバーの遺体は見つかっておらず、未だ捜索中だ。
 そのため、葬儀は遺体の無い状態で執り行われた。
  
 遺体の無い葬式は、人が死んだという実感が湧かなかった。
 私たちは終始無言で、ただ呆然としていた気がする。
 警察に事情聴取を受けた時も、自分が喋っているという実感は無かった。
 何だか、夢の中のような気さえした。



 あれ以来、私たちバド部メンバーは、連絡を取っていない。
 皆、悪夢を見たのだと思って、早く忘れたいのかもしれない。
 私も敢えて、連絡は取らなかった。



 車にエンジンを掛け、目的の場所へと向かう。


――●×墓地



 白い墓標の前に立って、花を手向ける。
 散った桜が、墓標に張り付いていた。
 私はそっと、それを剥がす。
「……萌。私は必ず、真相を暴いてみせるから」
 手を合わせ、目を閉じる。


 あの事件には、多くの謎が残されているのだ。
 まだ、事件は終わっていない……。

 砂利を踏む音が聞こえ、振り返る。
 そこには、数時間後に会う約束をしていた人物の姿があった。

「……麻衣も来てたんだね」
「うん……」

 彼は一輪の薔薇を手向けると、静かに十字を切る。
 目を閉じた彼は、強い決意を秘めているように感じる。
 しばらくすると、彼が告げる。

「……麻衣、ちょっと早いけど、話したいことがあるんだ」
「分かってる……」



 助手席に彼を乗せ、私たちは適当なファミレスへと入る。
 奥の席を希望して座ると、どちらからともなく話し始めた。

「まず一つ。死神の正体が半分分かった」
「! 本当に!?」
「ああ。でも、本当に半分なんだ」
「半分……?」
 義高は、鞄を開けると何かを取り出した。
「これって……」
 そこには、ビニール袋で包まれた携帯電話があった。
「その携帯、誰のものか分かるか?」

 シンプルなデザインの携帯。
 もちろん、見覚えはない。

 私が首を振ると、彼は言った。
「小倉諭――――彼のモノだ」
「!?」
 小倉……先輩の……?
 義高は続ける。
「あの事件があった後、警察が任意で事情聴取に回ってきただろ? これはその際、彼が忘れていったものらしいんだ」
「忘れた……?」
「ああ。でも、自宅に連絡しても出ないし、取りに来ないし、どうしたもんかって話になって……僕、届けるように渡されたんだ」
 何だか、妙な胸騒ぎがした。
「それで……?」
「何かおかしいって思ったんだ。それで、失礼は承知でメールの履歴を調べさせてもらったんだ……」
 彼の表情が一変、緊迫したものに変わる。
「……信じられないものを見つけたんだ。死神のあのメール……あれを送信していたのは、彼だったんだ!」

 ――!?

「先輩が……死神……?」

 胸騒ぎが止まらない。
 何故だろう。
 何かが私を騒ぎ立てる。

「それだけじゃない……この先が、もっと信じられないんだよ……」

 私は自分の記憶を手繰り寄せた。
 彼の行動、言動の全てを必死で思い起こす。

 何故だろう……
 何かが違う……
 どうしようもない、違和感が私を襲う。

 ――高校時代の先輩。
 ――同窓会での先輩。
 
 私は何に、気付いてた……?




















「あの人は…………小倉諭なんかじゃないんだよ」


 
――!!!


 この言葉に、私は感じた全ての違和感の正体が分かった。
 そうか、そういうことだったんだ。
 私たちが小倉先輩だと思ってた人物は、小倉先輩の名を語り、彼に化けていた何者かだったのだ。

「彼の自宅を訪問した僕は、驚愕したよ。だって、そこは完全な空き家で、誰も住んでないって言うんだ。警察が事情聴取で訪問した時は、ちゃんとそこに住んでいたっていうのに……」
「本物の先輩は……」
 義高は苦笑しながら「大丈夫」と答える。
「すぐに本物の小倉諭さんとも連絡が取れたよ。彼は同窓会の案内なんて受けてないって言ってた。本当に、狸に化かされたような気分だったよ……」
「そっか……」

 では、あの人物は誰だったのだろうか。
 私たちと行動を共にし、義高にメールを送ったあの人物は一体……。

「それじゃあ、その小倉先輩を語っていた人物は、わざと警察に携帯を置いていったってことよね?」
 同意するように、義高は頷く。
「ああ、おそらくね。きっと彼は、僕がこの携帯を託されることまで読んでいた」
「どうしてこんなことをするのかな……?」
「さあ……いずれにせよ、この件においては、今の段階ではこれ以上調べるのは無理そうだ」
 ウエイトレスが運んできたコーヒーに口を付け、肩を竦める義高。
 私は言った。
「じゃあ今度は私の話ね。私は、萌が話していた裁判について調べた。それで、その時萌の相手をした弁護士に会ってきたわ……」
「そうなの!? それで、何か分かった?」
「全然駄目。その人、何を聞いても『答えられない』ばっかりで、何も分からなかったわ。でも、萌が亡くなったことを告げたら……意味深な反応を返してきたの」
「意味深な反応?」
 私はコーヒーを一気に飲み干すと、控えていたウエイトレスを呼び、お替りを注文した。
 義高も慌てて、自分の分を頼む。
 ウエイトレスの姿が見えなくなってから、私は静かに言った。
「……その弁護士、こう言ったの。『津久井弁護士は、悪魔に魅入られてしまったんだ……』って」
「悪魔に……魅入られた……」
 義高が反芻する。
「うん。でも結局、それ以上は何も分からなかった。ただ、あの人は何かを知っているみたいだったわ。分かったのはそれだけよ……」
「そうか……」
 ウエイトレスが二人分のコーヒーを持ってきた。
 私たちは軽く会釈すると、コーヒーに口を付ける。
「結局、謎が深まっただけね……」
「そうだな……」
 溜め息が零れる。
 
 そう。
 結局何も分からない。

 死神の正体。
 ユリエが見たという人影。
 萌がしきりに呟いていた「あの人」。
 そして……

「麻衣、携帯が鳴ってる」
「え?」
 義高に促されて、慌てて携帯を取る。

「もしもし?」
『もしもし……麻衣? 私……』

 電話の相手は華子だった。
 二週間ぶりに聞く彼女の声は、いつになく元気が無かった。
 そして、彼女の口から出た言葉に、思わず携帯を落としそうになる。

 まさか……
 そんなことって……

「…分かった。わざわざありがとう……」
『麻衣……気を付けて……』

 電話を切り、義高を見る。
 彼も何かを感じ取ったのだろう。黙って話を促してきた。

 乾いた笑いが零れた。
「あはははっ……何よ、これ……」
「麻衣……?」
「こんな嘘みたいなこと……何で……っ……」
「何があったんだ……?」
「……従業員なんて……いなかったんだって」
「え……」
「運転手も、仲居さんも、宿にいた人たち全員…………『そんな人たち雇ってないって』華子の伯母さんが……」
「何…だって……」

 自分で言ってて、もう何が何だか分からなくなってきた。
 本当に、何がどうなってるのだろう。

「華子の伯母さんは、宿を貸しただけだって……誰も派遣してないって……」

 背筋に寒気が走る。
 唇が、震える。



 私たちは無言で席を立って、会計を済ませる。
 そして駐車場の前で、車にも乗らず立ち竦んだ。

 もしかして、私たちは……入ってはいけないところまで、踏み込んでしまっているのではないか。
 これは、暗に「引き返せ」と誰かが告げているのではないか。

「麻衣、しっかりしろ!」
「っ!!」
 突然肩を掴まれ、ハッと我に返る。
「事件の真相を解明するんだろ?! 津久井さんのためにも、そう誓ったじゃないか!」
「萌……」

 そうだ。
 私は絶対に、この事件を解き明かす。
 そう、萌の墓標に誓った。

 落ち着いた私に、義高が、ゆっくりと穏やかに話す。
「……大丈夫、麻衣なら出来るよ。津久井さんだってついてるんだから……」
「義高……」
「それにさ――」

 ここで言葉を切り、次の言葉を選ぶ素振りを見せる義高。
 大げさに咳払いをした後、真剣な表情で私に告げる。

「僕がいるよ! 君には、僕がついてるから! だからっ……ええっと……そのっ……いや、だからっ……」

 あたふたする彼の姿に、私は思わず吹き出してしまった。
「……ぷっ……あはははっ……」
「なっ……何で笑うんだよ! 人が真面目に話してるって言うのに……」
 拗ねたようにそっぽを向く義高。

 この人がいてくれるなら、私は頑張っていける。
 この人となら、きっと真相を掴むことが出来る。
 
「あはははっ、ごめんごめん…………ありがとう、義高」
 そう言って彼の手を取れば、驚いたように振り返る。
 私は笑顔で告げた。

「貴方にも、私がついてるからね!」






 分からないことはまだまだ沢山あって、どれが真実かも分からない。
 真相を解明できるかどうかも分からないし、どれだけの時間がかかるのかだって分からない。

 でも……
 私は一人じゃない。
 
 彼と出会えたこと――
 それは紛れも無い真実なのだ。

 二人でなら、真相を掴めると信じて、私は前に進む。




 そしてそれが、そう遠くない未来だということに
 私たちは気付いているのだ――――





『探偵乱舞〜桜山荘殺人事件〜』――――


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