「うっ! くっさー!」

 中に入ると、黴の匂いが鼻を突いた。どうやら長い間使われていないようだ。

  実際に入ってみると中はとても広い。奥行きがかなりあり、一人で入ったことを少し後悔した。

 僕は自分を奮い立たせ、奥へと進んだ。

 今度は懐中電灯を壊さないように気をつけながら……。






















 遂に僕は、端まで辿り着いた。

 ふと見ると、そこには押入れのようなものが取り付けてある。しかし、外側から鍵が掛かっているようだ。

「こんな所に何しまうんだ?」

 僕がそれに近づいた時だった。






――ドンッ!! ドンッ!!






「ぎょへぇっ!?」

 僕は思わず叫んでしまった。中から突然、物音が聞こえたのだ。しかも、壁を蹴っているようだ。

(この中に……何かいる!)

 僕は恐怖に耐えながら、必死に声を振り絞って言った。

「だっ、誰かいるのか!?」

 すると、僕の声に答えるかのように、ドンッドンッという音が返ってきた。

 間違いない、ここに誰かいるんだ。しかも鍵が掛けられているということは……誰かここに閉じ込められているんだ!

 僕は意を決すると、鍵に手を掛け叫んだ。

「今鍵外すから、蹴らないでくれ!」

 物音はピタリと止んだ。どうやら本当に中に誰かが閉じ込められているようだ。僕は鍵を壊すと、思い切り扉を開けた。

「ふはっ!!」

 くぐもった声と共に、ゴロンと何かが落ちてきた。

 それは勢いよく床に落ちた。ドサッという音と共に。僕は反射的に懐中電灯を向けた。



「――っ!?」



 僕は懐中電灯の光に照らされたそれを見て、思わず懐中電灯を落としてしまった。

 パリンッという音が響いたのはこれで二回目だ。

 しかし、そんなこと全く気にならない程僕は動転していた。

 割れた懐中電灯の光に照らされた顔を見て、僕は泣きそうになった。

 ……そこには、僕がずっと捜していた顔があったのだ。



「麻衣っ!!!」

「よひははっ!?」



 すぐさま麻衣に駆け寄り、彼女の自由を奪っているロープを解き、口のタオルを外す。

「うう……やっと出られた」

 麻衣は大きく息を吸いながら言った。そしてすぐに咽た。黴を吸い込んだためだろう。

 苦しそうに息を吐きながら、彼女は言った。

「必ず助けてくれるって信じてた……本当に来てくれたんだね!」

麻衣は涙声になっていた。(……と思う)



――麻衣

……僕は、僕は……



 僕は衝動的に彼女を抱きしめていた。

「わっ!?」

 麻衣は驚きの声を上げた。しかし僕はそのまま言った。

「……無事で…本当に良かった……君に何かあったらと思って僕は……」

 その先はもう、言葉にならなかった。



 我ながら、情けないと思う。

 しかし、こうなってみて初めて、仲間を失う怖さが分かったのだ。




 こんな僕に、麻衣は泣きながら言った。

「ごめん……ごめんね……」

 僕は無言で彼女を抱く腕に、力を込めた。






























 僕は彼女から離れると、泣いて震えている肩に手を置き優しく言った。

「もう一人で無茶な事しないでくれよ? こんな思いはもうたくさんだからね」



 本当にもうたくさんだ。

 こんな思いは二度とごめんだ。



「義高、本当にごめんなさ――」

「麻衣」

 僕は彼女の言葉を遮り、その場からすっと立ち上がった。きょとんとした表情の彼女に、苦笑する。

「ごめんじゃないよ」

「えっ?」

 麻衣は僕の言った意味を理解できなかったらしく、戸惑っていた。

 僕は彼女に手を差し出しながら悪戯っぽく笑った。

「こういう時にはさ……もっと違う言葉があるんじゃない?」

「……!」

 やっとこの意味を解したらしい彼女は僕の手を取ると、涙を拭い笑みを浮かべた。



「っ……ありがとう!」






 繋がれた手の温もりに、僕は心の底から安堵した。

 生きている人間の手は、こうも温かいのだ……。











































「義高君!! 無事でよかっ――!?」

「麻衣!!」

「岡野……無事だったんだな」



 出口にいた三人は、驚きに目を見開いていた。

 麻衣は疲れた様子を見せながらも、気丈に微笑んでいる。

「麻衣……良かった、無事で……」

「萌も無事だったんだね!! ホント良かったぁ……」

 再会する二人を見ると、自然と笑みが零れてくる。

「……っ!」
 
 今頃になって安心したのか、がくっと膝の力が抜け、僕はその場に座り込んだ。

 麻衣が慌てて駆け寄る。

「義高っ、大丈夫?」

「はは……今頃になって、安心したみたいで……」

「北林君、本当に無事で良かった。麻衣、彼はまさしく貴女の王子様ね!」

「えぇっ!?」

 吉野さんの言葉に、麻衣が素っ頓狂な声を上げる。

「くくっ……確かに、岡野にとっては白馬の王子……もとい、スーツの刑事だな」

「先輩……それって、そのままなんですけど……」
 
 津久井さんが、呆れた顔で小倉先輩に突っ込みを入れている。確かに、そのまんまだった。流石は津久井さん。

「かっ、からかわないでくださいよ!! 義高っ、ごめんね? 気にしないでねっ」

「白馬の王子か……何だか、役得って感じだな」

「や、役得って////」

「あぁ! 麻衣が照れてる〜!! かーわいいー♪」

「全然可愛く無いわよ!! 麻衣、義高君独り占め禁止!!」

「おいおい、お前たち……」

 真っ赤になって慌てふためく麻衣に、僕は苦笑した。

 彼女たちの笑顔が、今の僕の唯一の支えだ。






 でも……多分この数分後、僕は――いや、僕たちは、麻衣から笑顔を奪うことになる。
 
 彼女の悲しむ顔が、目に浮かぶ。

「義高?」

 麻衣が心配そうな顔で覗き込んでいる。

 手を握り締め、俯いてしまっていた僕に、彼女は複雑そうな表情を浮かべる。

「麻衣……」

 彼女は、一息つくと、僕の肩に手を乗せた。

「……?」

「大丈夫よ、義高。私は……大丈夫だから」


 眉を下げ、曖昧に微笑む麻衣。

 自分に言い聞かせるように、そう呟く。

 ああ。

 僕は彼女の心中を、どこまで理解出来ているのだろうか。

 彼女に応えなくてはならない。
 
 彼女の決意に。

 それが彼女を支えることに繋がると思うから。



「……うん」

 
 



 ――神様。

 どうか、僕の心に強さを。

 彼女の心にひと時の安らぎを。


 そう願わずには、いられなかった。



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危険な四人組、いかがでしたかー? 作者的には……ノーコメントです(笑
だって、上手く書けないんだもん。まあ所詮全部駄文だけれども。
特に小倉は最悪に書きにくいです。もう嫌。ぽーいっ。
結局、危険な四人の掛け合いが書けなかったのが残念。
でも、このルートはこういう風に進むしかなかったのです。後々のために……(謎
以降、分岐はほぼ無いに等しいので、のったりゆったりお読みくだされば……と思います。