――不安は現実のものとなった。
好奇心はやはり恐怖へとその姿を変え、私の中を蝕んでいった。
世界は闇と化したのだ……
第10章<分岐C>〜春心〜
「…………」
私は言葉なく俯いた。何も返す言葉が見つからない。
私が犯人に捕まっている間様々な事が起きていた。そして、新たな犠牲者も出てしまっていた。
これで既に四人。
頭は白い靄がかかったようにぼうっとして、思考が止まりそうだ。頭が痛い。吐き気もする。
談話室に着いたのは約十五分前。
部屋に入った途端みんなが群がるように集まってきた。みんなは私を捜してくれていたらしく、手には懐中電灯等が握られていた。
しかし、みんなの顔は暗く重く……状況の悪さが伺えた。義高が口火を切り、今に至るのだけれど。
私は義高を見つめた。彼は巻き込まれたのだ。この惨劇に。
私と出会わなければ、彼はこんな苦しい思いをしなかっただろう……。今更ながら、いたたまれない気持ちになる。
「麻衣ちゃん」
ユリエが言った。そういえば、ユリエは気を失っていたんだった。身体は平気なのだろうか? 私はそんな思いを込めながら顔を上げた。
「服、着替えた方が良くない?」
そう指摘され、浴衣のままだったことを思い出す。
「……そうだね。私着替えてくる」
そう言って、席を立とうとするが義高が止めた。
「麻衣も着替える事ですし、ここは一端みんな部屋に戻りませんか?」
「そうだな。少し眠い……」
「そうね……」
みんなは義高の案に賛成らしい。
私ももちろん賛成だ。とりあえず服を着替えてこれからの事や、今までの事を整理したい。
立ち上がった義高は、少し考えたあと静かに言った。
「部屋は……一人ずつ使って下さい。今から少し仮眠を取った方が良いでしょう。鍵は必ずかけること。一人で外に出たりしないで下さい。何かあればすぐに大声を上げて下さい」
頷くと、そのまま部屋を出る者がほとんどだったが、縁と華子が残った。
「吉野さん、秋山さん……」
「出来るだけ、大勢でいた方が安全じゃない? どんな時も……ね」
不安を隠すように呟かれた言葉に、黙って頷いた。
私を見つけてくれた彼女たちには、やっぱり感謝しても仕切れないと改めて思う。この二人が犯人ではないと言う確信はまだ無いけれど、疑いたくないと切に感じていた。
ふと時計を見ると、午前三時半を指している。丑三つ時だ。
――草木も眠る丑三つ時。夜の一番深い時……。
私は暫く時計を見つめていたが、やがて怖くなり目を逸らした。
「麻衣も……そろそろ行こう」
「うん……」
談話室を後にした私たちは、無言のまま階段を上る。
部屋を出てからも、何故か時計の針の音が、妙に生々しく残っている。階段を上がる度にする、ぎしぎしという音でさえも、誰かの笑い声に聞こえ私は思わず耳を塞いだ。
「麻衣?」
義高が心配そうに言った。縁と華子も振り返る。
「大丈夫」と返したが、自分でも声が震えているのが分かる。すると……
「縁、華子……」
「生憎、体力だけはあり余ってるからね」
「魔女を甘くみないでよ」
二人が両肩を支えてくれたのだ。驚きと、喜びが入り混じる。
「……ありがとう」
そう呟いた私に、二人は優しく微笑んだ。
そんな私たちを見て苦笑する義高を先頭に、階段を上がり続けるのだった。
「じゃあ……少し休みなよ」
「うん。義高も……」
私は階段を上がってすぐの部屋に入った。義高は丁度向かいの部屋に入る。みんな、まだそれぞれの部屋から顔を覗かせている。
たぶん、一人が怖いということと、お互いがお互いを疑い監視しているのだろう。
何だかとても、悲しい光景だ。
「それじゃあ鍵を必ず掛けて。また後で」
義高の声が合図の様に、みんなは扉を閉めていった。
鍵の掛かる音が暫く続く。
私と義高はその光景を黙って見ていた。
静かになった二階は、異様な程不気味さを増していた。
頷きあった私たちは、そのまま扉を閉める。二人の部屋が閉まる音だけが、重く静かに廊下に響いた。
「は〜……」
なんでこんなことになっているんだろう。
全くわけがわからない。
自分達が何故このような目に遭うのか。
人が死んだ事さえも今では夢のように思う。
感覚が麻痺し始めている事が自分でも良く分かる。少し休めば、人間らしい心を取り戻せるのだろうか?
そんな事を思いつつ、何気なく見た鏡に映った自分に驚いた。正確には自分の腕に。
「!? 縄の痕が……」
さっきまでは気付かなかったが、腕には赤黒い痕がくっきりと残っていた。まるで「リング」の貞子に腕を掴まれた痕のようだった。(かなり怖い)
思わず身震いし、すぐに服を着る。痕を隠すように。
「……――」
急に心細くなった。
何だか全てのものが恐ろしい。
静まり返った部屋。
窓に映る舞う桜。
紅い月。時計の音。
何処かでする物音も何もかも……。
全てのものが死へと繋がる道に続いている気がする。
私は着替え終えると、そのまま布団の上に寝転がった。
色々考えなきゃいけない。私は探偵なんだから。ここで怯えていても何も解決しない。
眠くならない事に感謝しながら、とりあえずは今の状況を整理することにした。
まず部屋割りは、階段から向かって右に義高、華子、千絵子、先輩、萌。左から、私、縁、ユリエ、まっすー、須山の順だ。
私 | 縁 | ユリエ | まっすー(遺体) | 須山 | |
階段 | 廊下 | ||||
義高 | 華子 | 千絵子 | 小倉先輩 | 萌 |
荷物はあらかじめ皆、外(廊下)に出してあった。(みんなが着替えた時に女性陣が出した)
二階の廊下は非常灯のみだが、各部屋の電気は消えていない。これには何か理由があるのだろうか?
日が昇ったら、ブレーカー室を調べてみた方が良さそうだ。
「そういえば!」
私はここで、最も基本で大切な事を思い出した。
「警察」の存在だ。
咄嗟に携帯を掛けようとした……が、無かった。ずっと持っていたと思っていたが、何処かで落としてきてしまったらしい。
「嘘でしょーっυυ」
脱力感に襲われ、また座り込む。
しかしここで私は思う。
警察なら義高が既に連絡をつけているはずじゃない? と。
何を隠そう義高は「警視庁捜査一課」の刑事なのだ。
警察に連絡するなんてこと、もはや疑うべき事ではない。
しかし、義高は何も言っていなかったし、みんなの言葉や表情も、まだ悪い事が続く事を裏付けるようなモノばかりだった。
あの時は私自身少しまいっていた為そこまで考える事ができなかったが、普通に考えれば明らかにおかしい。
「一体どうなってるのよ……」
頭を掻き毟った。
駄目だ……。とても一人じゃ分からない。
私が捕まっていた間、何が起こったのか。(無論、佐田達の事以外で)犯人を特定する手がかりはあるのか。
今、一番知りたい事はそういうことなのだ。どうすれば……
ここで、ふと浮かぶ顔。
そうだ。
義高なら謎が分かるかもしれない。
私は扉まで歩み寄るとそっと耳を近づける。
物音はしていない。
あるのは――静寂のみ――だ。
「行くしかない……よね」
義高が起きていてくれなかったら、かなり危険ともいえるこの賭け。
もし犯人がこの屋敷に潜んでいるとして(複数説により)私が廊下を一人でいたら、今度こそ殺されるかもしれない。
犯人の動機等、詳しい事が分からない以上、下手に行動を起こすのは危険だとは百も承知の上だ。
でも、危険と隣り合わせの仕事だっていうことは、今更知ったことではない。
「女は度胸プラス愛嬌!!」
私は気合を入れ、思い切って扉を開けた――
「うわっ!?」
「きゃっ!?」
思わず叫んでしまったが仕方がない。
目の前にはなんと! 自分と同じ体勢の義高がいるではないか!
「……」
私たちは、しばらくの間顔を見合わせた。
考えることは、どちらも同じということか。
「あ〜……寿命が十年縮まったよ」
「あはは……考えることは同じだな」
私は今義高の部屋にいる。
どうやら義高も私と同じ事を考えていたらしく、そのまま義高の部屋で話すことになったのだ。
私はお茶を入れ、義高と向き合うように座った。
「じゃあ早速本題に入ろう」
「そうだね。まずはお互いに最初から話を整理してみようか」
そう言うと義高は、自分のスーツから警察手帳を取り出し、メモの準備をした。私も彼に倣い探偵手帳を取り出した。
「じゃあお互いの行動を話して、相手がそれをメモしよう。その方が色々思い出しやすいだろうから」
「そうだね。じゃあまずは私から話すね」
こうして私は、この同窓会の発端から現在に至るまでを詳しく説明していった。
義高に話しているうちに何だか謎が解き明かされていくような気がした。人に話すことで――思い出すことで――その記憶は定着していくという。
私は頭の中の日記帳を、一枚一枚朗読しているような気分だった。時折入る義高の質問の仕方が上手いのか、全てが鮮明に思い出せるのだ。
「――とまあ、こんなカンジで現在に至るんだけど。オッケー?」
「うん。バッチリOK。じゃあ次は僕だね」
義高の手帳を見ると、とても見やすく、且つ、細かに私の事が記されていた。さすが刑事。
私は「義高はキャリア組だ」という考えを頭から振り払った。実力の無い奴が、こんなに上手い尋問術を携えているとは思えない。
彼はまさしく本物だ。私も彼に負けないように頑張らなくちゃ。私は義高の話を促した。
「まず、僕は麻衣に謝らなくちゃいけないことがある。さっき益子君が……殺害される前に言おうとしていたことだ」
私は黙って頷くと、義高は妙に通る声で言った。
「僕はここで……殺人が起こる事を知っていたんだ」
――え……?
「どっ……どういうこ…と……?」
私は声を出すのがやっとだった。義高の言葉に、頭のてっぺんから足の先まで貫かれた感じだ。
まっすーの遺体。
萌を追いかけて気付かなかった背後の影。
「……っ」
「麻衣……ごめん」
その瞬間、私の中の溜まっていた何かが弾けた。
「……義高は私たちを騙していたの? 信頼できると思っていたのは私だけ?」
「違う! 聞いてくれ。僕は……」
義高の狼狽する顔が見えた。
本当はこんなこと言いたいんじゃない。義高を責めたくない。この人のせいじゃない。
しかし心とは裏腹に言葉だけが、勝手に口から吐き出される。
「言い訳なんて聞きたくないわよ! 分かってたなら……分かってたなら、どうして止めてくれなかったの!? まっすーを、佐田達を、なんで助けてくれなかったのよ!?」
義高が悪いんじゃない。きっと彼は彼なりに最善を尽くしてくれたに違いない。
だけど……どうしても心がそれを受け入れてくれない。
「ごめん……私がもっとしっかりしていれば良かったのよね……」
「麻衣……」
「義高は私を助けてくれたのに……私は人に頼ってばかりで……なのに人のせいにして……最低ね……」
涙が溢れた。
悔しさ、悲しさ、無力さ、自分自身への嫌悪感。
全てのものに心が耐え切れなくなってしまったみたいだ。
「麻衣……」
義高はそれ以上何も言わなかった。でも、ずっとその場にいてくれた(というか動けなかった
私はしばらくの間泣きつづけた。
しばらく経って、ようやく落ち着いた私はお茶を一杯飲干すと、義高の顔をしっかりと見た。
「泣いたらスッキリした。ごめんなさい。続けて」
「麻衣……でも」
義高は私に気を使っているらしく、躊躇っているようだ。
無理も無い。私が泣いてしまったせいなのだ。
でもこんな所で止められない。勝手だとは思うけど。
私は義高に、色々な気持ちを込めた瞳を向け、笑顔を作り言った。
「もう、大丈夫だから」
私が言うと義高は、大きく頷き答えた。
「うん。じゃあ話すから。聞いてくれ」
私は返事の代わりに笑顔を向ける。
辛くないわけない。でも、それはみんな同じ事。私だけじゃない。
義高はそんな私を分かってくれている。私を信頼してくれているから、こんな風に話せるのだ。私のように取り乱さず、堂々としていられる彼に、尊敬の念を抱く。この人は、人間的に大きな人なんだと思う。
私も目指そう、こんな人間を。彼のように大きな心を持った人を……(実は目指すべきではない)
義高は話し始めた。
「まず、事の発端は一昨日の午後、突然捜査一課に電話が掛かってきたところから始まる(語り口調)」
「電話?」
「そう。しかもその日は電話、いや、色々おかしかった」
「?」
私は義高の言っている意味が分からず、メモの手を止める。義高は続けた。
「まず一番おかしかったのは、新米刑事の僕しか捜査一課にいなかったことだった」
「……それはおかしなことなの?」
私が尋ねると、義高は苦笑しながら言った。
「もちろんさ。僕みたいな新人を一人なんかで残しておいたら、いざって時大変だからね。普通は必ず何人か他にいるはずなんだ。なのにあの時は誰もいなかった」
「うん」
私はメモをとりながら頷く。心の中では「それって義高が信頼されていたからじゃないの?」と思ったがあえて話の骨を折るような真似はしたくなかったので、黙っていた。義高はと自嘲気味に笑う。
「そしてもう一つ。本当におかしいのはこっちかもな(本当におかしいのはお前かもな)電話が、何故か本部に繋がらなかったんだ」
義高は「何故か」に強いアクセントを置いた。これが意味しているのは一体何?
「本部に繋がる?」
私はあえて、別の事を聞き返した。理由は特にないが。義高は机の上で指を組みながら答える。
「ああ。捜査一課に掛かってきた電話は、ある一定のコールが過ぎると、自動的に本部に回されるんだ。だから、他に誰もいない……なんてことはないんだけど、そういう時はうかつに新人は電話に出てはいけないことになっている。いけない……と言うと語弊があるな。禁止ではないんだけれど、推奨はされていないと言えばいいかな。でもあの時、電話は鳴り続けていた」
「そう……。それで義高はその電話に出たのね?」
結局はそういうことなのだろう。本部へ繋がる回線の故障だったのかどうかは分からないが、義高はやむを得ず電話に出たのだ。
「うん。あまりにも長いコールだったし、自分の力を試してみたかったんだ。思えば全てはあの電話が始まりだった……」
そう言った義高の顔色は悪く、なんだか怖い体験を思い出しているように思えた。肩が小刻みに震えている。
「義高……大丈夫?」
私が声を掛けると義高は力なく笑った。一体彼に何が。こんなに彼を怯えさせる何があったのだろう?
義高は俯きながら言った。
「今でも……思い出すと震えが止まらないんだ。何だかとても不安になるんだ。あの声を聞くと……」
「声……?」
義高は絞り出すように、途切れがちに言った。
「……――桜山荘で人が死ぬ……」
私は息を呑んだ。
すでにこの殺人劇は前々から計画されていて、それを警察に声明していたなんて。そんな馬鹿な事が起きていたなんて。
私たちのこの同窓会は一体……。
「でも……」
「……?」
義高は首を捻りながら呟いた。何か不思議がっているようだ。
「でもあの時、その声は――気を付けろ――とも、繰り返していた。だから、声の主は何らかの形で今回の事件に関わっていて、それで警察に忠告してきたのかもしれない」
確かに……犯人だったら、犯行の声明はしたとしても、わざわざ忠告めいた事は言わないだろう。
そう考えると、その声の主は何らかの形で事件を知り、忠告してきた、あるいは、仲間割れ等で、逆に警察側に付こうとしたか……?
私はメモをしながら考えていた。義高は話し続けている。
「そして名前を聞こうとしたら切られて……。しばらくしたらここ『桜山荘』までの地図が送られてきたんだ。僕はここで、ある種の運命を感じて一人調べようと思った。結局その日の夕方、五時くらいの『桜都』行きの電車に乗ったんだ」
(桜都……)
私は最初にここへ来た時のことを思い出していた。
辺りが一面桃色で、おとぎの国へ来た、と本気で思った。あの時は、ただみんなに会えることが嬉しくて、まさかこんな事になるなんて、微塵にも思わなかった……。
私は複雑な思いを抱きながら、義高に言った。
「そうなの……その電車では何も変わった事なかった?」
本当に、ただ何気なく尋ねたのだが、意外な返答が返ってきて思わず我が耳を疑った。
「いや、実は……。その電車に電話の相手が乗っていた気がするんだ」
――はっ?
何ですと?
同じ電車に乗り合わせた〜っ!?
「いっ、一体どういう……」興奮しながら言ったが、すぐに遮られてしまった。
「でも顔は見てないし、確か……――君ならきっと――って言われた気がする……まあ定かじゃないけどね」
義高はそう言うと、肩をすくめて溜め息を吐いた。
私は今の義高の言葉をメモしながら、何か引っかかっているような、そんなもどかしさに駆られた。しかし何も思い出せなかった。とりあえず私はこの部分にチェックを入れた。
「後は、その日は駅近くのホテルに泊まって、次の日麻衣に出会ったってわけ。そういやホテルで雑誌の記者? みたいな女の人に会ったよ」
そう言うと義高は財布の中から一枚の名刺を取り出した。
「何々……○×出版、山瀬愛――って……愛っ!?」
私は大声を上げた。
愛こと、山瀬愛は、何を隠そう元バド部のメンバーだ。同姓同名の可能性は多分無い。出版社で働いているという話は聞いていたし、確かこの名前の出版社だった。
その愛が桜都に来ている?! 愛と連絡が取りたいが……一体どうやって取るか? 携帯は何故か圏外らしいし(義高談)私はその携帯自体失くしてしまったという、かなり悲惨なこの状況。
義高は口をぽかんと開けて見ていた。
駄目だ……今は愛とは連絡は取れない。何かここから出られる方法は……。
「! ここから出られる方法あるじゃん!」
私は突然ひらめいた。というより思い出した。こんな大事な事忘れるなっていうカンジだ。
私は義高に話そうとしたが、彼は静かに言って私を制した。
「麻衣が今何を言おうとしているのか大体の想像は付く。だけどそれは無理だという事が、これからの話で分かるよ」
「な……」
カチンとして義高を睨んだ。が、義高は私に「まあ先を聞いていて」と告げると再び視線を宙に漂わせた。私は仕方なく大人しく聞くことにした。
「あの時は本当に道に迷っていて、本当に困ってたんだ。助かったよ」(本当にを二回も言うなよ)
「本当に迷ってたんだ……」
しかし……今のは少し拍子抜けした。いや、だいぶ。もっと義高はエリートだと思っていた。さっきまでは……。
「で、麻衣達は聞けば『別館』だって言うから、僕はあの時本館に急いだんだ」
「最初に別れた時ね」私は適当な時に、話を確認する言葉を掛ける事にしていた。あくまで確認のため。
「そう。それであの後結局本館に着けなくて、気付いたら山の麓近くまで戻ってきてしまったんだ。(逆歩した男)でもここで、ある事件が起きた」
「事件?」
私が聞き返すと、義高はスーツのポケットから携帯を取り出した。
携帯に何か関係があるのだろうか。 彼はボタンを押しながら答えた。
「そうなんだ。僕の携帯に突然メールが来た。最初僕は警視庁の先輩かと思った」
「で、違ったと」
勿体ぶらないで早く言ってよ。(むしろ早く言えよ!)の気持ちを込めながら私は先を促す。
「うん。僕の全然知らない番号だったんだ。メールにはこう書いてあった」
そう言うと義高は、私に携帯を見せた。そういや私彼の番号も、メルアドも聞いてない。私は携帯を受け取ると、画面を見た。
「彷徨える愚人へ? ……何、これ?」
「まあ、先を読んでみて」
私は言われたとおりに先を読み進めた。そして思わず携帯を落としそうになった。
「こ、これって……」
すると義高は、肩を竦めて「さあ?」と言った。
「義高……」
義高は、誰かに試されているのでは? そんな考えが頭を過ぎった。死神とやらに、彼は何かを託されているのかもしれない。
「この死神が電話の犯人なのかな?」
「ああ、おそらくは。たぶん電車の中でも僕を監視していたのかもしれない」
「そうね。メールが来たタイミングもどこかで見ていないとできないわね。でも……」
私が唸っていると、義高は言った。
「僕はこのメールを読んだ後、たまたま近くにあった団子屋の人に、桜山荘の歴史を聞いたんだ」
そう言うと彼は、手帳の、今書いていたのとは違うページを捲り私に見せた。私はそれを声に出して読む。
「桜山荘は……現在七代目女将。戦後間もなく建築された。ふーん。まあ普通の歴史だね」
私はがっかりして手帳から目を離そうとしたが、その瞬間奇妙な文字が目に飛び込んできた。
「本館は別館だった…………? 義高……これは……」
私が視線を向けると、彼は私を見た。
「そう。僕はとんだ思い違いをしていた。地図を見ても本館が載ってないわけだ。何せ昔の桜山荘本館はここ、つまり『別館』だったんだよ」
「そうだったの……」
「僕はここでようやく麻衣たちに何か起こるかも、ってことに気付いたんだ。そして急いでそれを阻止しようと思って、迷ったフリをしてこの中に紛れ込んだ」
「助けてくれようとしたのね……」
「うん……でも、結果的には何もできなかった……」
義高は視線を落とした。
「仕方ないよ……あの状況を見て、何か起こるなんて思えなかったんでしょ?」
私が言うと、彼は笑った。淋しそうな笑顔だった。
「うん……本当に……本当に、みんなは仲が良くて僕みたいな乱入者も仲間に入れてくれて……何かが起こるなんて信じられなかったんだ。やっぱりただの悪戯だとさえ僕は思ってしまった……」
「義高……」
私だって。私だって、何か起こるなんて夢にも思わなかった。……いや、思いたくなかった。たとえ、どんなに不安を感じていたとしても。
……不安?
「!! 思い出した! 私も聞いたの!!」
そうだ! 不安を抱き始めた頃だ、あれは。
あの声は。あの意味が分からなかった言葉は……。
「麻衣?」
「声よ。私もあなたと同じ事を言われたのよ!」
「それって……まさか」
「「君ならきっと!」」
私たちは綺麗にハモった。まさしくハモリ。これで分かった。謎が一つ、私にも分かった。
「きっと僕らは、誰かに……いや、誰かたちに何かを試されているのかもしれないな」
「そう考えるのが一番しっくりくるわね。問題は何を試されているのか、今回の事件にはどう関係あるのか、ってとこ?」
「そうだな。でもその謎はこの事件を解決すれば、きっと解けると思う。今は事件解決が最優先だな。ちなみにその言葉、誰から聞いたの?」
「この旅館の送迎バスの運転手よ」
朴訥な好々爺。そんなカンジ。
でも不信な点が幾つかあって、私はあんまり良い印象を持ってない。何か不安になる。
「そうか……。たぶん今回の事件に何らかの形で関わっているのは間違いなさそうだな」
「うん。でも何かはまだ分からないね……」
私たちは一旦黙った。でも確かな手ごたえが感じられる。死神と好々爺はキーパーソンのようだ。
このまま行けば、一つずつ謎が解き明かされていくような気がする。二人でなら、きっと。
「まあとりあえず、こっちは一まず置いておこう。じゃあ続きを話すよ」
「うん。お願い」
私はまた、義高の話に集中した。
「そして、あの時。縁側で君に話そうとしたこと。あの時に僕はこれまでの全てを打ち明けるつもりだった。そして、『でも、僕の杞憂だった。良かった』って言うつもりだった……麻衣なら僕の話を信じてくれると思ったから。でも、杞憂じゃ終わってくれなかった……」
「ちょうどあの瞬間、須山の悲鳴が聞こえたもんね。やっぱりどうにもできなかったよ……」
自分と彼を慰めようと呟くと、彼は泣きそうになってしまった。
「僕はあの時、本当に後悔した……。何でもっとちゃんと見てなかったんだろう。どうしてもっと早くに君に打ち明けなかったんだろうって。でも、君たちの楽しい雰囲気を、僕の手で壊したくなかったんだ。すごく羨ましかった……君たちの関係が。卒業しても変わらない、あの光景が……」
「……」
私は何も言えなくなった。
彼がここまで思いつめていたなんて。私たちの事を、そんな風に思っていたなんて、知らなかった。
私は……私たちは……義高にここまで思ってもらう資格なんてあるの?
私たちの中で、現に殺人事件が起こった。
殺す人間。殺された人間。
どっちかが存在してしまう時点で既に、私たちの関係は壊れてしまっている。
「……今更だけど、本当にごめんなさい。私たちのことであなたを巻き込んでしまって……。私とあの時出会わなければ、あなたはこんな嫌な目に遭わずに済んだかもしれない……」
私は申し訳なさでいっぱいだった。しかし義高は俯いていた顔を上げると、笑顔を向けた。
「僕らは出会う運命だったよ。たとえあの時出会わなくても、結局僕はここに辿り着いたさ。偶然なんかじゃない。初めから決まっていたのさ」
「運命……」
まっすーが殺された事も、萌が怪我を負ったことも、私が監禁された事も、佐田達が橋から落ちた事も、全て神の悪戯、運命なのだろうか。
私たちは所詮誰かの手の平で、踊らされているだけなんだろうか。
私たちには、運命に抗う術が備わっているのだろうか。
義高は私を見つめる。その瞳は、不思議な輝きを帯びていた。
「でも僕は、運命は自分達で切り開いていくものだと信じてる。僕らが出会った事も、今、こうして悩んでいる事も運命だというなら、僕らはきっと解決できる」
「……」
「だって、どんなことも、努力なしでは良い結果は生まれないじゃないか。だとしたら、運命には幾つかのシナリオがあって、それを選んでいくのは僕たち自身なんだ。そのシナリオは数え切れないほど膨大で、結局その人の行動次第で無限に変わっていくものだと僕は思う……だから僕は絶対に諦めない。必ず犯人を見つける。それが僕の……刑事としての使命なんだ」
最後の方は、自分自身にも言い聞かせているような口調だった。
義高の言葉に突き動かされる。
そう。運命に翻弄されているのではない。私たち自身が運命を翻弄するんだ。
運命を操るのは紛れも無い自分なのだから。
私が無言で頷くと、彼は泣き笑いのような顔で続けた。
「……それに僕は……こんなことになってしまったけど、麻衣に……皆に会えたこと、本当に良かったと思ってる。僕は運命に感謝しているよ」
「…………ありがとう」
運命を切り開こう。
出来る限り、自分の精一杯の頑張りで。
きっと越えられない事はない。
人間やれば、何でもできるのだ。
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何だか、推理小説というカテゴリーで登録するのが、本当に申し訳なく思います(泣
でもまあ、ギャグメイン、推理のすの字だけでも味わってもらえれば幸いです……。
何せ、5、6年前に書いたものなので、古い言い回し?とかネタとか。むしろ文章力が明らかに無くて自分でも痛々しいです。。。
ここまでくれば、もう折り返し地点も過ぎました。もうしばらく、お付き合いくださる方がいていただけたらハッピーです。