一階に着くと、すぐさま僕は玄関目指して走ろうとした。しかし、秋山さんがそれを制止した。

「義高君! こっちよ!」

 そう言うと、秋山さんは玄関とは違う方向に走り出した。

「えっ?」

 僕は一瞬戸惑ったが、ここは彼女に従う事にし、黙って後に続いた。









「ここは……」

 秋山さんに続いて着いた先は、さっきの宴会場だった。秋山さんは、急いで縁側の方へ向かい、外へと飛び出た。

「こっから出た方が早いわ!」

 僕たちは次々サンダルのまま外へと飛び出る。

 そしてそのまま、三人が向かったであろう場所へと走り出した。



 しばらく走ると、麻衣達と別れた場所、僕が初めて此処へ着いた場所へと辿り着いた。

「麻衣……」

 僕は麻衣の事を思い出しながら呟いた。彼女は今ごろどうしてるんだ……

「義高君!!」

 突然、僕の耳に秋山さんの叫び声が聞こえた。

「あれ! あそこにいるのあの三人じゃない!?」






――僕は次の瞬間


 最悪な光景――僕が一番心配していた光景――を目にしてしまった。





 三人が……釣り橋を渡ろうとしている。


「駄目だ!! あの釣り橋は……」

 僕は無我夢中で走り出した。





 僕が釣り橋近くに着いた時、彼らは既に釣り橋の目の前にいた。 

 僕は叫んだ。

「三人共! 駄目だ! その釣り橋を渡っちゃいけない!!」

「うるさい! お前の言う事なんて聞くか!」

 三人は全く僕の言葉に耳を貸さなかった。僕の後ろでは、吉文や先輩、秋山さん達が口々に説得していたが、それももはや無駄だった。

 僕は涙が出そうになる。頼む、渡らないでくれ……

 その釣り橋は……

「じゃあな」

 三人は勢い良く、釣り橋に向かって駆け出した。

 僕は喉が潰れそうなくらい叫んだ。


「行くな――っ!!!!」

















 ……僕が叫んだのと、釣り橋の千切れる音が鳴ったのはほぼ同時だった……















――ギチギチギチギチィィィッッ!!!!


















――僕はその時……































 世界が千切れる音を聞いた――





































「うわあああああ――っ!!??」




 















 三人は叫びながら、釣り橋と共に暗い闇の中へと吸い込まれていった。

「いやぁぁ――――っ!!!」

「永田――っ!!!」


 ……みんなが何か叫んでいる。


 僕は呆然とその闇の先を見つめていた。

 闇の先からは、釣り橋が落ちた音も、彼らが落ちていった音さえも聞こえない。





 また…… 

 また助けられなかった。

 今度のは予想していた事だったのに……

 僕はやるせなさと、悔しさで一杯だった。

 同時に、自分の無力さを呪った。

 犯人を憎み、呪った。

 自分の職業さえも、嫌悪した。

 僕は何もかも投げ出し、今にも逃げ出したい気分に侵食されそうだった。

 ここから逃げれば楽になれる。

 元々この人たちとは関係ないんだ。たまたま桜山荘に来たのが僕で、本当は僕じゃなくても良かったんだ……


 でも……

 僕はここで、友人たちを作る事ができた。

 見ず知らずの僕をみんな受け入れてくれた。

 吉文、吉野さん、秋山さん、堀之内さん、津久井さん、岸谷さん、小倉先輩、そして助けられなかった四人。彼らもこんな事がなければ、もっと仲良くなれたのかもしれない……


 そして、麻衣……

 君がいなかったら、僕はここに辿り着く事さえできなかった。

 君に出会わなければ僕は……



 ここまで考え僕は決心した。

(僕にはみんなを、麻衣達を見捨てるなんてできない!!僕は逃げない。もう迷わない。僕は必ず犯人を見つける!!)

 僕はそう心に強く刻み付けると、今回の犯行を振り返った。








――さっき気付いた事

 それは、釣り橋が細工されているかもしれないという事だった。

 犯人は初めからこれを狙っていたのだ。

 必ず逃げ出す奴がいる。そいつらを始末する為に……

 僕は、端っこだけだらしなく垂れ下がった、さっきまで釣り橋だったものに目をやった。暗くてよく分からないが、おそらくロープに切り込みか何かが施されていたのだろう、でなければ、簡単にロープが切れるわけが無い。人三人の重みにも耐えられない様にされていたのだろうか……

 その時僕は、ある事に気付いた。

(ロープの細工は、こちら側からされたのか?)

 三人が釣り橋に踏み込んだ瞬間に釣り橋は切れた。という事は、細工は釣り橋の渡り口近く、それもこちら側からされたことになる。

(それじゃあ誰でも犯行が可能じゃないか!?)

「くそっ」

 吉文が吐き捨てる。

 女性陣は何も言わず、ただ震えていた。

 無理も無い。

 たて続きに四人も犠牲者がでたのだ。
 
 僕だって心の中は恐怖で埋め尽くされていた。

 しかしここで動かなくては何も解決しない。僕は秋山さん尋ねた。

「秋山さん。ここの旅館の人は十時に本館へと戻ってしまうんだよね? 昨日その人達が戻っていくのを見たかい?」

 秋山さんには悪いと思ったが、今は聞くしかないんだ。しかし、彼女は意外とちゃんと話してくれた。話していた方が気が紛れるのだろうか……

「うん。私、一応今回の代表になっているから……見送りもしたし、玄関の戸締りなんかもしたわ」

 玄関の戸締り……

 確かに僕たちが一階に言った時、玄関の鍵は閉められていた。僕は一つ一つ確認しながら話を進める。

「見送った時は一人?」

「ううん。佐田と永田君と一緒に……」

「それを証明できる人は?」

「えっ……それって、私を疑ってるの?」

 彼女は明らかに怪訝な瞳を僕に向けた。そりゃあそうだ。でも僕は秋山さんを疑うという行為により、犯人を絞り込みたかった。心を気遣う余裕なんてなかった。

「義高! お前、俺たちを疑ってるのか!?」

 吉文が怒鳴ったが、僕は静かに言った。

「落ち着いて。ただ、誰もが犯行可能なんだ。まずは一人一人のアリバイを確かめる必要があるんだ」

「ちっ……」

 吉文は舌打ちすると、その場から離れてしまった。

 僕は意外と冷ややかな目でその光景を見ていた。まるでもう一人の自分を見ているかのようだ。

――感情に流される事、是ほど愚かな事はない――

 僕の頭の中のには、この言葉がぐるぐると巡っていた。

 確かにその通りだ。

 感情に惑わされたら、真実を見極める事はできない。

 女だから、弱そうだから。そんなことに惑わされては駄目なんだ。

 僕がそう思っていた時、小倉先輩が静かに、でも強く言った。

「証人なら俺がいるよ。確かに秋山はあの二人と一緒だった」

「先輩……」

 秋山さんは、先輩を見つめた。

 僕はその時突然、言いようの無い不安に包まれた。

 さっき、宴会場に着いてしばらくの間感じていたモノと同じ。

 この感覚は……まさか……

「そういう先輩はどうしていたんです?」

 僕は不安を消すようにそう言ったが、慌てて撤回した。

(僕とずっと一緒だったじゃないか!?)

 しかし……

 僕には空白の時間がある。その時のみんなのアリバイは確かめようがない。麻衣なら分かるかもしれないが……

 僕は取りあえず秋山さんのアリバイを認めた……正確にはフリをした。僕は続ける。

「そう……旅館の人たちは全員一緒だった?」

 どうしても犯人を絞り込みたい。そのためにこの質問は欠かせなかった。

「うん。全員車で、この……釣り橋を渡って帰っていったわ」

「そうか……」

 今の話からすると、旅館の人達はまず消去できるだろう。車が通ったんだ。細工をしていたら絶対にまっさかさまだ。たとえ、その時は落ちなくても危険すぎる。そんな事を犯人がするとは思えない。おまけに、そこには秋山さん達もいたんだ。何か異変に気付くはずだ。こう考えると、これは間違いないだろう。

 しかし、ということは犯人は……

「四人……」

 吉野さんが呟く。だが、もはやその呟きには生気が感じられなかった。

 津久井さんは「まっすー……」と小さく呟いた。

 きっとさっきの出来事……いや、今までの事を思い出しているのかもしれない。

 高校時代のこと、その先大学の事……。

 僕には推測する事しかできないが、きっと色々な事が走馬灯のように思い出されているに違いない。


――四人――


 もう四人だ。

 たった数時間の間に、既に四人も犠牲者が出てしまった。

(犯人は一体何故、こんな事をするのだろう……何か理由があるのだろうか? それとも皆殺しでもするつもりなのか?)

 やっぱり分からない事ばかりだった。

 でも……

 ただ、一つだけ分かることがある。

 犯人は少なくとも、外部の人間じゃない。まだここにいるんだ。

 それは、僕たちの中に犯人がいるかもしれない、という事も表していた。

 そして、益子君の時と犯人を同一と考えると……

 僕の推理では……


 ここで僕の中で、一つの答えが浮かんだ。

 間違いは……ない!

「みんな、犯人は僕たちのすぐ近くにいる……そして……」

 僕はこの先を言う事に躊躇した。

 これを言ってしまったら、もう元には戻れないような気がする。

 麻衣はきっと、こんな結果望んでない。

 麻衣だけじゃない。

 僕も、みんなも誰もこんな事望むわけが無かった。

「義高君……」

「北林君……」

 津久井さんと吉野さんが呟いた。

 弁護士と占い師の二人……二人の事だ。きっと僕が何を言おうとしているのか分かっているかもしれない。

 二人の僕を見つめる視線には、様々な想いが含蓄されていた。

 それは「その先を言わないで」と、僕に訴えているようにも思えた。

(でも僕は……ごめん!)

 二人の視線を振り切るようにみんなに向き直り、はっきりと静かに言い放った。


























「犯人は……僕たちの中にいる」
























――風が一際強く吹いた。

 僕らの横を、冷たい戦慄にも似た風が通り過ぎた。


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