二階は相変わらず静まり返っていた。残りのメンバーが待機している部屋から、僅かな明かりが漏れている。

 部屋に入ると、みんな何故だか青ざめた顔をしていて、誰も何も言わなかった。

「どうかしたんですか……?」

 僕は一体どうしたのか尋ねた。みんなの様子がおかしい。

 すると小倉先輩が青い顔のまま言った。

「電話が……繋がらないんだ」

「えっ……」

 僕は一体何の事だか理解するまでに時間がかかった。

 電話が……かからない!?

 僕は急いで自分の携帯を取り出した……が、何故か「圏外」を表示していた。

「そんな……だってさっきメールが……場所が悪いだけじゃ……」

 しかし僕のそんな期待が裏切られるのは、僅か二秒後。秋山さんの一言だった。

「無理なのよ……場所なら色々試したわ! テラスも廊下も!! でも駄目なの……どこへ行っても繋がらないのよ!」

「ここの備え付けの電話は!?」

 吉野さんが言ったが、これも無駄だった。

「駄目なんだ。誰かに電話線を切られてて……」

「そんな……それじゃあ私たち、このままなの?!」

 女性は皆、次々と泣き出した。男性も顔面蒼白といった面持ちだった。

 僕もそうだ。

 県警が来るまでの辛抱だと思っていたのに、警察が来るかどうかさえ怪しいなんて。なんで圏外なんだ? 

 犯人の仕業には違いなかったが、あえて認めたくない自分がいた。

 僕たちはしばらく沈黙してしまった。

 話す事が見つからなかった。麻衣の事はみんなに話したが、みんな俯いてしまうだけだった。

「俺はもう嫌だ!!」

――突然、佐田君が叫んだ。みんなは驚いて顔を上げる。

「もうこんな所にいたくない。俺はこっから逃げる!!」
 
 そう言うと、佐田君は部屋から出て行こうとした。僕は慌てて止める。

「ちょっと待って!! まだ麻衣が見つかってないんだ!」

「そうだよ! それに今一人で行動するのは危険だよ!」

 秋山さんが叫ぶ。

「うるさい!! 俺は死にたくないんだ! だからここから出て行く。死にたい奴らは勝手に死ね!」

「なっ……!? あんた、何て事を!」

 僕は思わず声を荒げた。この人は、自分さえ助かればいいのか!?

 「うるせーんだよ!」

――ドカッ

「ぐはっ! うぅっ……」

 僕は彼に思い切り腹を蹴られ、一瞬よろめいてしまった。

「きゃあ!! 佐田……あんた何て事を!!」

「ふん……俺の邪魔をしようとするからだ。じゃあな」

 そう言うと、佐田は部屋から出て行ってしまった。

 すると、最悪な事にこの騒動に続く者が出てしまった。

「っ……! 俺……みんなっ……ごめん!!」

 永田君が突然部屋から出て行った。

「待て永田っ!! 俺も行く!」

 永田君を追うように、菅君も出て行ってしまった。

 僕はあまりにも突然の事に、止める事すらできなかった。

 周りもみんな、唖然としてしまっていた。

 何で……どうして、みんな……。

「あいつら……くそっ」

 吉文が吐き捨てるように言った。

 僕はもう、何も言えなかった。……言いたくなかった。

 麻衣に…… 

 麻衣に、何て言えばいいんだ……

 彼らは、君を……

 君を見捨てたんだ……


 しかし、僕はここで大変な事に気付いた。

(ちょっと待て! 犯人は電話線を切っていたんだ。という事は、犯人は外とは連絡が取れないようにしたはずだ。)

 そうだ。

 もしそうなら、あの三人が危ない!!

「みんな、三人を追いかけよう!!」

 僕は叫んだ。時は一刻を争う!

 だが、帰ってきた言葉は耳を疑うようなものばかりだった。

「あんな奴ら……ほっとけよ」

「そうよ! あんな友達がいの無い奴らなんて……見損なったわ」

「あいつらなんて……」

 みんなは口々に非難の言葉を吐く。当然と言えば当然だ。彼らは自分達の安全だけを取ったのだ。ここに残ったみんなを、彼らは見捨てたのだ。

 しかし、今はそんな事言ってる場合じゃない。早くしないと、あの三人は……。

「みんな! あの三人が危ないんだ! 急がないと、本当に取り返しが付かない事になるんだ!!」

 僕は思わず怒鳴ってしまった。

 僕の口調が焦っていたからだろうか、みんな黙った。僕は続ける。

「僕一人じゃ止められない! みんな……仲間なんだろ?」

(みんな……仲間だったんじゃないのか? 部活で共に三年間過ごしてきたんじゃないのか? こんな事で、切れてしまうような仲だったのか?)

 僕は悲痛な思いで言った。

 彼らを止められるのは僕じゃない。君たち、仲間なんだよ。

「……」

 しかし、みんなは黙ったままだった。本当に……お互い見捨てあうのか……

「っ……」

 僕はとうとう痺れを切らし、一人部屋を後にした。

「くそっ……僕が止めなきゃ!」

 僕はそう呟き、勢い良く走り出した。

「……義高! 俺たちも行く!!」

 吉文の声に振り返ると、みんないっせいに駆け出していた。

「みんなであいつらを止めよう!」
 
 みんなは何かを決心した表情をしていた。

 みんなは彼らを見捨てたのではない。ただ心の中で、上手く割り切れなかったんだ。

(みんな……)
 
 僕は大きく頷くと、走るスピードを上げた。後から続く足音も、次第にスピードが上がってくるのが分かる。

「みんな! 急いで!!」

 僕は振り返らずに叫んだ。