第6章〜悲しみよ、こんにちは〜



「須山!? どうしたの!!?」

 私たちは階段を駆け上がりながら叫んだ。

 二階は今の叫び声が嘘のように静まり返っている。

 廊下には、部屋に戻った面々が訝しげに部屋から出てきていた。みんな不安げな表情だ。無理もない。あんな叫び声は尋常じゃないのだから……。

 気付けば一階にいた面々や夜桜見物に行った華子達も階段を上がってきていた。

「義高……」

「……うん」

 私と義高はみんなの先陣を切り、静かに須山の部屋へと近づいていきドアに手を掛けた。

――ドクンッ

 皆の鼓動が聞こえる。

 額から、冷たい汗が流れた。

 そしてドアを開けた私たちは、その光景に息を呑んだ。

――ドクンッ!

「まっ……すー……?」

「そんな……」

 そこには、胸から真っ赤な鮮血を流し横たわるまっすーこと益子隆と、腰が抜けて動けなくなっている須山の姿があった。

「嘘でしょ……?」

 私は何か悪い夢でもみているのだろうか?

 これは何?

 ここで寝ているのは誰?

 みんなどうして何も言わないの?


 でも……

 この咽返りそうな鉄の匂い……。

 吐き気を覚えるこの匂いは――紛れも無い現実だ。

「きゃあぁぁぁぁぁっ!!」

 後からユリエと華子の声がした。ユリエは失神したらしく、小倉先輩が支えている。縁は血の気の引いた顔で呆然としている。
「まっすーっ!? 嫌ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 萌がまっすーに駆け寄り、体を揺すって泣いている。

「萌……」

 萌は……まっすーのこと――

 みんなただ呆然と、この惨事を見つめていた。

 いや……それしかできなかったのだ。

 人間は耐え難い恐怖に出会うと、涙は愚か、叫ぶ事もできなくなってしまうらしい。

 今の私がそうだった。

 人間は泣いたり叫んだりすることで、幾分かの恐怖から逃れる事が出来ると言う。

 私は、泣いている萌やユリエ達にある種の羨ましさを感じた。

 だって、この恐怖から早く抜け出せるのだから……。

 義高を見ると、私と同じ状態のようだ。

 しばらくして、義高がおもむろにまっすーに近づいた。みんなは呆然としながらただじっと見つめている。

 私自身、義高の行動を読むことはできなかった。

 でも、不思議と止める気にもならなかった。

 義高なら、何かできる――そんな気がしたからかもしれない。

 今はただ、義高の行動を見守るべきだと私は悟った。

 
 義高はまっすーの傍に屈んだ。そして手首を触り、首を振りながら呟いた。

「――脈がありません……死んでいます」

 するとさっきまで黙っていた皆が、我に返ったように騒ぎ出す。

「そんな!」

「嘘だ! 隆が死んだなんて!!」

「何でまっすーが死ななくちゃいけないの!?」

 突然須山が、義高に掴み掛かった。

「嘘つくなよ!! 脈なんてとりやがって!! お前一体何様のつもりだよ!?」

「やめて! 義高に当たらないでよ!!」

 私はとっさに義高を庇った……が、逆に義高に制されてしまった。

「麻衣。大丈夫だから……」

 そして私を後に下がらせると、義高は声を張り上げた。

「皆さん! 僕より中に入らないで下さい!! またこの部屋の物に一切触れないで下さい!」

 私たちは唖然とした。

「義高……」

「北林君……君は一体――」

 すると義高は胸ポケットから黒い手帳を取り出した。

「……警視庁捜査一課、北林義高です」




































(義高が……警察……?)

 私は驚きを隠せなかった。

 だって私も――……。

――ドクンッ

――占いを思い出す

 同じ目的。

 同じ目標。

――そして確信する。

 この人となら、一緒に進める。

 この人となら……義高となら、一緒に進んでいける!!

 私は今までのことがすべて吹っ切れたような気がした。

 そしてみんなを見回して言った。

「みんな。義高に従って」

「麻衣……」

 みんなは警察がいた事に驚きを隠せないようで、たじろいでいる。

 みんなの不安げな瞳に見つめられながら義高に言う。

「義高。ちょっとどいて」

「えっ? ま、麻衣?」

 私は義高の制止を聞かずに、まっすーに近づき眺めた。

 まっすーの顔は青白く、胸から流れる血が妙に赤々しく目立った。

 浴衣はなぜか、水で濡れている。

 私は泣きつづける萌を横目に言い放った。

「まっすーの死因は出血多量によるショック死。多分ナイフか何かで心臓を一突き。お酒を飲みすぎていたから、仮に心臓じゃなくても出血が酷くて助からなかったかもしれない……」

 突然の私の発言に驚きを隠せないのか、皆はざわついた。義高が一番驚いているようだが……私は静かに言った。

「みんな、黙っててごめん。萌も、義高も」

 そして義高同様、胸ポケットから黒い手帳を取り出した。

「警視庁特別捜査課、岡野麻衣です」

「!?」
 
 驚くのも無理はないだろう。なんせ萌にだって言ってなかったんだから。

 なんで普通の探偵所にそんなたくさん依頼が来るか? しかも、刑事事件絡みのものが。

 それは私が刑事だから。

 私は最初、捜査一課に入りたかった。けれど、試験の結果や警察の新しいシステムのモデルとして特捜課に配属され、探偵事務所を開くに至ったのだ。

 特別捜査課――通称特捜課は、表向きは一般の探偵事務所を装い活動しているが、警視庁管轄下であり、ほぼ刑事と同じ職務内容である。

 そのため、殺人やその他犯罪の知識は少なからず持っている。実際の現場に立ち至ったのは初めてだが、今の見解もほぼ正しいはずだ。

「麻衣……探偵だったんだ……」

「うん……義高も――刑事だったなんて」

 私たちは頷き合うとみんなに言った。

「これは、れっきとした――殺人事件です!!!」

「!?」


 そう……。

 まっすーは間違いなく誰かに殺されたのだ。

 心無い、殺人鬼の手によって……。


 みんなはしばらくの間呆然としていた。

 無理も無い。

 同窓会という本来なら楽しいはずのこの場所で、殺人が起こってしまったのだから。

 私たちはみんなにこれからの指示を出した。

 まだ犯人が潜んでいるかもしれない。遅い行動は命取りになる。

 みんなは戸惑いながらも、正気を取り戻し始めた……が、その時萌が泣き叫ぶ。

「どうして!!? 麻衣も義高君も皆も! 人が……まっすーが殺されたのよ!? どうしてそんなすぐに行動できるの!? 私は嫌よ……あんたたちなんかと――心の無い奴らと一緒にいるなんて絶対嫌っ!!!」

「萌……」


 そうだ……

 萌の好きな人が殺されたのだ。

 私は萌の気持ちを考えていた?

 しかし私は何も言えなかった。

 かける言葉が見つからない。

 萌は泣きながら続ける。

「……あんたたちが……あんたたちがっ……まっすーを殺したのよ!!! だからそんな平然としていられるんだわ!! あんたたちはみんな狂ってるのよ! 自分達がおかしいことに気付かないの!?」

「津久井! 落ち着けよ!!」

 皆が口々に萌を宥めようとするが、萌はただ泣くのみだった。そして勢いよく立ち上がると、私たちを凄まじい剣幕で睨みつける。

「私は……絶対に皆を許さない! もう一緒になんて一秒もいたくないわっ!!」

 そう言って萌は部屋を飛び出してしまった。

「萌っ!? 待って!!」
  
 私は慌てて萌の後を追った。

「麻衣!? 一人じゃ危険だ!!」

 後ろでみんなの声がするが振り返れない。

 早く、一刻も早く萌を止めなくちゃ!



































 私は暗く長い廊下をただひたすら走った。

 どのくらい走っただろう。

 萌の姿は見当たらない。

 ここの旅館ってこんなに広かったっけ?

 そんなことを思いつつ私は、一階の談話室(いわゆるロビー)の椅子に腰掛けた。

「萌……どこ――」

 私がそう呟いた時だった。

 近くの廊下で足音がした。

「萌!?」

 急いで談話室から出て辺りを見渡す。すると、一階のちょうど玄関付近の廊下の曲がり角を曲がる萌らしき姿が見えた。

 安堵の息を漏らしながらその影に近づこうとしたその時――






「きゃああああああああっ!!」






 その声は紛れも無い萌のものだった。

 今の人影は萌だった。

「萌っ!?」

 私は我を忘れ萌がいる場所まで走った。

 どうか無事でいて!! と祈りながら……。










 曲がり角に着いた私は愕然とした。

 そこには萌の姿はもちろんのこと犯人らしき姿も何処にもなかった。

「……萌」

 まさかどこかに誘拐されてしまったのだろうか?

 それとも……



 私の頭の中にさっきの出来事が蘇る。

「まっすー……」

――最悪の事態――

 この言葉が一瞬頭を掠めたが、私は首を横に振った。

「萌は……まっすーと同じ目に合わせる訳にはいかない!!」

 私が気合を入れて踵を返そうとした時だった。

「!? っん――っ!?」

 私はすっかり萌のことだけに捕われていて、背後から忍び寄る敵に気付かなかった。突然、口に布を強く当てられ息ができなくなる。

 慌てて振り返ろうとしたが時既に遅し……。

(やばい……頭がくらくらする……も、駄目――……)




 薄れ行く意識の中思ったのは「義高助けて!!」ということだけだった……。



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■後書き+小話パート2■

 どうも、お久しぶりです。管理人の桃井です☆10月も半ばを過ぎ、めっきり秋めいてきましたね。
 そろそろ、マフラーが必要な時期かもですね。

 さてさて、サクラ第6章までアップいたしました。いやー……まだまだ、物語の中盤に差し掛かったところで、事件解決には全然至りませんが(爆)
 やっとこさ、事件が起こりました。皆さん、一気にギャグ路線からシリアス路線へ頭が切り替わったのではないでしょうか??
 このお話は、シリアステイストギャグ風味……という、一風変わったお話の形をしていますが、基本はシリアスです。ハイ、つまりはやっとこさ本編突入くらいの勢いなんですね(笑)ありえねー……

 一体何章になるのか、今のところ桃井にも予想がつきません。書いた当時は、結局全10章という構成でしたが、今回サイトにアップするにあたり、かなり構成を変えました。章の数を増やしたんですね。なので、これから先も、どんどん増える可能性大!なので、一体ラストが何章になるのか……考えたくないですね(苦笑)
 でもでも、その分分かりやすく、効果的な章構成にするつもりなので、皆様お楽しみに〜☆

 この第6章、麻衣が皆大変なことになっちゃいましたね! 主役のはずの麻衣が、何故かあんなことになっちゃってますし(>_<) 一体この先、どうなるんでしょうか。
 この先しばらく、義高視点が続きます。
 果たして義高は、麻衣を助けることが出来るのか?
 まっすーは何故殺されていたのか?
 犯人は一体誰なのか?
 真実が見つかるかどうかは、貴方の手腕にかかっているかも……!?

 ではでは、第7章でまたお会いしましょう☆☆☆

 2005/10/18 桃井柚