――死神ッ……

 お前はこんな僕らを嘲笑っているのか……

 電話の主よ、お前は僕に何を託したんだ?

 僕たちの長い夜は麻衣達の旧友の死から始まった。

 いつ終わるやも分からない闇の狭間に、僕たちは迷い込んでしまったのだ……



 
第7章〜暗闇探検隊〜



「麻衣っ!?」

 麻衣が津久井さんを追いかけるため、出て行ってしまう!!

 こんな時に一人でなんて行かせられない。

「待って!!」

 僕は声を張り上げたが、麻衣は振り返りもしなかった。そしてあっという間に姿が見えなくなった。相変わらずの足の速さだ。(出会いの感想)

 僕はしばらくの間、麻衣が出て行った扉を眺めていた。

 あまりに色々な事が起きすぎていて頭の回転が鈍くなっているのかもしれなかった。

 一体何が起こったんだっけ?

 僕はどうして此処にこうして立っているんだろう。

 前に倒れている、胸から赤い液体を流しているのは何?

 この、僕の目の前にいる人達は誰だ?

 あれ…今日は一体何月何曜日だっけ?

 ……僕はどうしてこんな場所にいるんだろう。



――ボク……ボクッテダレダッケ?
 
 アレ……ボクハ――

「きゃあああああああああああっっ!!!!」

「!?」

 僕は意識が飛びそうになるすんでの所で我に返った。

 一瞬僕は呆けた様に、ぽかんと口を開けていた。周りも皆同じ様子である。(女は皆スクリーム並の口の大きさに)そんな時、吉野さんが震えながら呟く。

「……まさか今の悲鳴って……津久井……?」

「!!?」

 確かに一階の方から女の悲鳴が聞こえた。

 まさか麻衣達に何かあったのか!?

 そんな……僕がついていながらこんな目に遭わせるなんて!!

 僕は後悔の念で一杯だった。

 一体自分は、何の為にここまで来たんだろう……

 殺人事件を未遂で終わらせる為じゃなかったのか?

 なのに未遂で終わらせるどころか、既に一人犯人の手にかかり、今では二人目の犠牲者が出ようとしている。

 僕は……一体何のために刑事になったんだ?

 人を守るためじゃなかったのか!?

 僕は耐え切れず涙が出そうになる。

 悔しかった。人を守れなかった事が。

 そして腹が立った。自分の無力さに。

 何もできない弱い自分に。

 全てが嫌になり、ここで泣き出してしまいたい衝動に駆られた僕だったが、ふと山の中で届いた「死神」からのメールを思い出した。


――君の信頼する者の行動は信じた方が良い


 信頼する者……

 僕は考え、悟った。

「そうか――麻衣! 麻衣ならきっと……」

 彼女の行動を信じよう。今は慌てて探しに行くよりも僕は僕で最善の策を尽くすべきだ。

 「最善を尽くす!!」

 僕はそう呟くと、大きく深呼吸をした。自分を落ち着かせる為に。

 しかし、周りは何を勘違いしたのか、何かのおまじないだと思ったのだろうか? 気付くと皆が息を「すーはーすーはー」やっている。

 11人ですーはーすーはー……わははははは。お前らは「星のカービー」か?(壊)

 だいぶ落ち着いたので僕はみんなにこれからの指示を与え、且つ麻衣達の捜索に行くメンバーを決めようと切り出した。もちろん迅速且つ的確に。

「みなさん、益子君がこんな事になって混乱してしまう気持ちも分かります。でもこういう時こそみなさんが協力してこれ以上の被害を防ぐ事が大事なんです!! どうか僕に従ってください」

 そう言うと皆はそれぞれ頷いた。僕は少しほっとした。

「まず、小倉先輩は警察……県警に連絡して下さい! 他のみなさんはなるべく一つの部屋に固まっていてください。絶対に一人にならないで!」

 そう言って僕が益子君にシーツを掛けようと死体に近づいた時、彼の傍に携帯が落ちていたのに気付いた。殺される直前までメール等で使用していたのだろうか。

 僕はハンカチでそれを掴むとビニール袋に入れ側にあった机に置いた。

 みんなは指示通り動いてくれているみたいだ。




 僕はみんなに指示を出しながらずっと考えていた。麻衣の事を……


 

 








 麻衣が警視庁管理下の探偵だったなんて知らなかった。

 ……そういえば、いつだったか聞いたことがある。

 僕が公務員試験の合格発表を見に行った時の事だ。たまたま通りかかった所でこんな会話が聞こえてきたのだ。









「なんかさ、今回の試験って、通常とは違った試験ってのがあったらしいぜ」

「えっ!? それまじかよ!! 一体どうしてそんなもんが??」

「いや、俺も詳しくは知らないけど、事前の面接の段階で数人絞り出されてて、そいつらだけ違う試験だったって話」

「一体どんな試験なんだ?」

「さあ? ただ、何かそいつらは警視庁に配属はされないみたいだぜ」

「えっ!? どういうことだ? だって絞り出された奴らってのは、皆相当のエリートなんだろ? どうしてまた……」

「それがさぁ。あんま大きな声じゃ言えないんだけど警察庁直々に命があったらしいんだよ」

「命令?」

「ああ。何でもよ、今年から新しい課を作るとか何とかで。しかもその課が特別捜査課らしいんだ」

「と言いますと?」

「つまり警察の裏事情や、あまり公に捜査できない事件専門の捜査課のこと。それをまずは警視庁でモデルとしてやってほしいんだとさ」

「へー。それで、そいつらがその特捜課って所に配属されるってわけか」

「そういうこと。でも、当の本人たちには一切知らされてないらしいぜ。しかも、エリート揃いだと思いきや、何か普通の大学出の奴とかも混じってるらしくて、一体どういう選考基準だったのかって感じらしいぜ」

「そっか……しかしある意味災難だな。ここ受ける奴らのほとんどが捜査一課配属を夢見てんのに。エリートだったら尚更なんじゃね?」」

「まあな。でもそれなりの対応とか色々な優遇点もあるんじゃねえか?」

「だな。それよりまず俺たちも自分のことを考えなきゃな」

「おう。とりあえず報告しに行くか」

「てか、お前何でこんな情報知ってるんだよ……υυυ」



















 今思えばこれは麻衣のことだったのかも……

 しかし麻衣が同期の仲間だったなんて、まさしく運命だ。気が合ったのも同じ職業についていたからかもしれない。

 僕は絶対に麻衣達を見つけ出す!

 捜査一課(宇宙怪人ザワーリー)の名にかけて!!

 問題は誰が麻衣達の捜索に行くかだった。無論、僕は一人でも行くが他に人がいてくれると非常に心強い。僕はとりあえず聞いてみることにした。

「麻衣達の事誰か一緒に探しに行ってくれませんか?」

 僕は駄目元で聞いたが返ってきた返事は意外なものだった。

「私…行きます!! 麻衣ちゃん達が心配だもん」

「俺も行く。お前らだけじゃ頼りないしな」

「堀之内さん…吉文……よしっ、じゃあ早速行こう!!」

 僕たちが部屋を出て行こうとすると秋山さんに呼び止められた。

「はい、懐中電灯。下は暗いから気をつけて! 残りのメンバーの事は心配しないで。早く麻衣達を見つけてね!!」

「分かった。上の事は任せます。そっちも気をつけて……!」

「私も行くわ」

 そう言って立ち上がったのは吉野さんだった。

「吉野さん…」

「私も二人がとても心配だし……大勢のほうが安全だわ。上は華子と先輩もいるし」

「そうだな……よし。じゃあ四人で行きますか」

 明るく言う吉文は多分怖さを紛らわす為にそう振舞っているのだろう。

 僕も正直怖い。

 だけど麻衣達はもっと怖い思いをしているかもしれないのだ。

 僕らが怖気づいてどうする!

「じゃあ女性は僕と吉文の間を歩いて」

「うん」

 こうして僕らは、長く暗い廊下を静かに歩き始めたのだった。



































「ううっ……暗いね……」

「……」

「こんなに廊下って長かったっけな」

「階段が見えたよ」

 停電なのだろうか。電気はすべて消えてしまっていて、辛うじて非常灯が点いている。

 僕らは静かに息を殺しながら階段を一段一段下りていった。

 途中、堀之内さんが足を踏み外しそうになったが、吉文が何とか支えたようだ。

 ちなみに僕を先頭に、吉野さん、堀之内さん、吉文の順で歩いている。

 階段も終わりに差し掛かった頃、吉野さんが僕に小声で話し掛けてきた。

「ねえ義高君」

「はい?」

 振り返ると吉野さんは何故か俯いたまま、顔をあげようとしない。

「吉野さん?」

 僕が聞き返すと彼女は疑惑と困惑の入り混じった瞳で僕を見つめた。そしてためらいがちにこう言った。

「義高君。あなた……もしかして今回の事件の事……」

「えっ……」

 僕は彼女が何を言いたいのか良く分からなかったが、彼女が僕に対し何らかの良くない感情を抱いている事は見て取れた。

「あの、どういうこと……?」

「ううん、なんでもないの。ごめんなさい」

 そういうと吉野さんは再び視線を下へ逸らした。

 一体何だったのだろうか?

 吉野さんは何が言いたかったんだろう……

 僕は黙って階段を下り続けた。



















 一階に着くとさっきの悲鳴が嘘のように静まり返っていた。明かりは皆無だ。

 周りを見渡して見たが特に変わった所はないようだ。人の気配もまるでなかった。

「義高。ここからは二手に別れて探さないか?」

 吉文が突然提案した。

 確かに広い一階だ。四人で回るよりも別れて探したほうがずっと効率がよい。

 僕は頷いた。

「そうだね。じゃあ、堀之内さんは吉文と。吉野さんは僕と、二手に別れよう。いいかな?」

 同意を求めると皆頷いた。

「じゃあ僕たちは左側から探すから、吉文達は右を。何かあったら大声を出すように」

「分かった。行くぞ、堀之内」

「うん」

 僕が指示するよりも早く、吉文達は行ってしまった。

 僕らも行かなくては。

 しかし吉野さんと二人になると、さっきのせいか気まずかった。

「あの……僕らもそろそろ行こうか」

 僕は恐る恐る聞いた……が、彼女はさっきとは打って変わって感じが良かった。

「うん! 早く二人を探そう!!」

「……う、うん。そうだね……」

 吉野さんって分からない……そうしみじみと思った瞬間だった。






















 僕たちはまず、階段近くの部屋である『談話室』を調べる事にした。

 部屋と呼んではいるが実際は広いロビーといった感じの空間である。

 そこにはまだ、飲み掛けのワインやらお茶などが置かれていた。おそらくここにいる同窓会メンバーがここで話していたのだろう。

「ここには誰もいないようね」

「ああ。次へ行こうか」

 僕はそう言うと、ふと視線をやった先に時計があるのを見つけた。
 
 時刻は午前十二時五十分を回ろうとしていた。

 益子君が殺されてから、既に一時間弱が経っている。
 
 僕の見解では益子さんが殺されたのは、おそらく吉文が発見する少し前だと思う。理由は、まだ死後硬直の兆しが見受けられなかった事だ。脈を取った時にそれを感じた。


 しかし……。

 ここまで考えると、おかしな点が幾つかある事に僕は気付いた。

(犯人は、一体どうやって益子さんの部屋に侵入したんだ?)

 そう、犯人は誰にも気付かれずに益子君の部屋に侵入したという事になる。しかし、肝心な彼の悲鳴や、抵抗の跡は残っていなかった。

(何故だ……? おかしい)

 絶対に変だ。

 確かに益子君は気分が悪かった。だがしかし、そんな犯人の凶行をみすみす許すほどでは無かったはずだ。人間はそんなに弱くない。相手が怪物なら、話は別だが……。

 犯人は……もしかしたら、彼の知り合いじゃないのか? 

 もしそうなら部屋に普通に入れたことが納得がいく。しかし、抵抗の跡が無い事の説明には繋がらないか……。

 僕はふと自分が、とても恐ろしい事を考えている事に気付いた。

 そう……だってこの考えは……このメンバーの中に犯人がいる、という事を表してしまうのだ。

 でも、この考えを完全に否定する事は僕にはできなかった。

 僕は吉野さんを見つめた。彼女も容疑者の一人……

 いや……そう断定するのもまだ早い。

 まだちゃんとしたアリバイの確認をしていないじゃないか。

 それに皆からしてみれば、僕だって犯人になりえるのだから……

 しかし、そう考えると……

(堀之内さんと吉文は……)

 どちらかが犯人、という可能性もあるのだ。

 二人きりにしてしまった事に、僕は今更ながらに後悔した。まさかそんなことは無いとは思うが、不安を完全に拭いきれない自分がいる。


 …………。
 
 僕と吉野さんは……? 二人のうちどちらかが犯人だったら?

 …………。

 僕は何を考えているんだ。僕が犯人なわけないだろう(かなり怪しい)

 僕は思考が麻痺しているのでしょうか……神様!! 僕を助けて!!

「ア―メ―ンッ!!!」

 僕は思わず叫んでしまっていた。

「ぎゃっ!!?」

 隣で吉野さんが、三メートル退いたのが見えた。

 僕は、吉野さんを舐めるように見つめた。それはもう、上から下まで丹念に……


――そして僕は悟った

 
 そうだ!! 彼女は見た目からして犯人っぽいじゃないか!!

 黒い服なんて、目立たないようにするためじゃないのか(縁だけは私服のまま)?! 

 犯人はこいつだよ!! くそっ、僕はこんな恐ろしい女と行動を共にしてしまったのか!? 僕も殺されるのか!? 

 ……どっからでもかかってこいやーっ!!


 僕は吉野さんに『ファイティングポーズ』をとった。
 
 戦闘準備は万全だ。

 武器は……無い!!

 僕は息も荒げに吉野さんを睨んだ。……が、彼女はそんな僕に気付いたのか、ふっと笑ったような、悲しそうな瞳を向け言った。

「私は、残念だけど犯人じゃないわよ」(犯人なわきゃねーだろーがっ! ふざけんじゃねえよ!)

「えっ」(なぜわかった!?)

「北林君は、私が犯人だと思ってるんでしょ? ふふっ、顔に出てるわよ」(顔に出まくりなんだよ! つーか、どう考えてもお前の方が怪しすぎだろーが!!)

「いやっ……あの……」(笑い方が怖いんですけど……)

 完全に吉野さんのペースに引き込まれてしまった。というか、ばれていた(当たり前だろ……)

 というか、さっきから吉野さんの本心が台詞の後に聞こえてくるような気がするんだが……。

 彼女は本当に犯人じゃないのだろうか……?

「まだ疑ってるわね?」(てめえ……しばくぞ?!)

「ひっ!!?」

 いきなり吉野さんの口調が怖くなったので、僕は思わず縮こまった。僕はもうこれ以上彼女を疑う事が、辛くなってきた。色々な意味で……。

 僕が怯えているのに気付いたのか、吉野さんは静かに言った。

「ごめんなさい……あなたからしてみれば、私の言動や行動は怪しいわよね。疑われて当然だわ」(てめえ、本当は今すぐにでもこの場で呪い殺してやりてえよ。でも今殺ったら、それこそ犯人になるから我慢してやってんだぞ! つーかお前本当に刑事かよ? てめえの行動や言動の方が意味不明なんだよ!)

「いや……」(怨念が感じられる……!!)

 僕は、吉野さんにとても申し訳なくなった。(つーか怖い)僕が謝ろうとする前に、吉野さんが言った。

「でもね、北林君。考えてみて。私は今まで、一回も一人で行動してないわよ。必ず誰かと一緒にいたの。トイレにも行ってないわ。あっ、証人なら千絵子ね。あの子も行ってないわ」

「……」

 僕は考えた。

 確かに吉野さんには、アリバイがある。それもかなり完璧だ。

 だが、もし、犯行が一人でなく、複数で行われたものだとしたら……?

 そうしたら、犯行は誰にでも可能になるんじゃないのか?

 いや、でも複数の犯行だとしても、吉野さんと堀之内さん、後、小倉先輩のアリバイは崩れない。三人は外に花見に行っていたのだ。三人は最後に二階に上がってきたし、犯行は不可能だ。

 とすると、やはり犯人は吉野さんではない。別の人だ。

 僕はここまで考えたが、ある決定的な過ちを犯していたことを思い出した。


 そう……

 僕は……泥酔状態で、途中の記憶がほとんど無い!!

(これじゃあ、みんなのアリバイを確認できないじゃないかーっ!!?)

 僕はがっくりと肩を落としたが、とりあえずは吉野さんに謝った。アリバイを調べるためにも麻衣を見つけなくちゃ!!

「吉野さん……疑ってごめん。僕がどうかしてた」

「いいのよ。分かってくれれば。さあ麻衣達を見つけよ!」(やっと分かりやがったか、この馬鹿が!! 次はまじ殺す!!)

「うん!!」

 僕は笑顔で返事した。

 しかし……吉野さんの顔は笑っていなかった……。絶対根に持ってるよ……υ(イエス)

 すると、吉野さんが自分の首にしていたペンダントを徐に外した。そして、すぐに床へ向かって投げたのだ。

「吉野さん!?(さっきのあてつけ!!?)」

 驚いて吉野さんを見たが、彼女は平然と床に落ちたペンダントを見つめている。

 呆気に取られながらも落ちたペンダントを見ると、それは大き目の十字架のペンダントの様だった。しかしなぜかそれは普通のと違って見えた。

「……玄関近くね」

 吉野さんが突然言った。

「えっ? 何が!?」

 もう何が何だか分からなかった。彼女は気でもふれてしまったのだろうか?

 しかしそんな僕を知ってか知らずか吉野さんは、黙って床からペンダントを拾う。

「あの……」

 僕が何か言う前に吉野さんが先に口を開いた。

「心配しないで、今のは占い。麻衣達の居場所を占ったのよ。そうしたら玄関の方向をこのロザリオが指したから」

 そう言って彼女はロザリオを見せた。

「このロザリオは普通のとは少し違って先端が矢印のように尖っているでしょ? この矢印で方向を見るのよ。結構当たるんだから」

「はあ……」

 気の抜けた返事を返すと彼女はいきなり厳しい表情を見せた。

 そして僕の腕をいきなり掴んで歩き出した。

「あっ、あのっ!?」(ひっ!?殺される??)

「急いで!! 麻衣達が危ないわ! 何か嫌な予感がするの」

「えっ! まさか……」

「とにかく急いで!!」






 何か嫌な予感……?

 やめてくれ。

 麻衣、津久井さん!! どうか無事でいてくれ!!







 僕は逆に吉野さんの腕を掴むと、走り出した。
 
 彼女は驚いていたようだったが気にせずそのまま走り続けた。




















――玄関に着いた。

しかしやはりここにも誰もいない。

上がる息を整えながら周りを見渡す。人が隠れられるスペースはないみたいだ。

 ここから見るとやはり一階はとても広いということが明らかだった。さっきの談話室が遠く見える。階段なんてここからじゃあ見受けられなかった。

 ふと、玄関脇から繋がっている廊下に目を向けた。先のほうは真っ暗で懐中電灯を使ってもよくは見えない。

 吉野さんに「廊下を見てみようか」と言おうと振り返ると彼女は震えていた。僕が掴んだままの腕からもその振動が伝わる程に。

「吉野さん、どうしたの?」

「いっ…いるの! 誰かが…。その…廊下の奥に……!!」

「!?」

 吉野さんは震える手で廊下を指差している。

 青白い顔が余計に青く見える。額には冷や汗が出ているようだ。

 彼女をこれ以上連れまわすのは無理だろう。

「僕が見てくるよ。吉野さんは此処にいて。何かあったらすぐ叫んで」

「うん……」

 僕は玄関に吉野さんを残して、一人で廊下を見に行く事にした。

「ちょっと待って北林君!」

「え?」

 廊下に向かって歩こうとした時、ふいに呼び止められた。

「これは御守り。きっとあなたを守ってくれるから……」

 吉野さんは自分のペンダントを僕の手に絡ませた。

 ロザリオが、懐中電灯に照らされて金色に輝いている。
 
 暗い闇夜に浮かび上がるその十字架は、とても神々しく見えた。

「……ありがとう! じゃあ、行ってくる」

「うん。気をつけて!」

 ロザリオを握り締め、僕は暗い廊下へと進んでいったのだった。



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