――同時刻

「はあ、はあ……」

 僕はそろそろ限界に近づいていた。僕は肉体との戦いに敗れようとしている。

「セッリヌンティーーウス!!」(謎の叫び)

 僕は意味も無く叫んだ。気合を入れるために。

 時刻は七時。丁度麻衣達と別れてから一時間半くらいが経ったようだ。僕は地図を広げた。

 今度はちゃんと合ってるよな?」

 僕はかなり焦っている。麻衣達のいる所で「殺人」がおこるかもしれないのだ。とすると、麻衣だって危険な目に会うかもしれない。

 もしもの事があったら、僕のパートナーの夢が!! チャンスが無くなってしまうのだ。それは避けなくては!(自分中心)

 周りは相変わらずの風景だ。 

 今まで薄紅色であったのが夜になるにつれ、白く霞んで漂い夜の闇に映えている。それは昼とはまた違った幻想を思わせ、僕を狂わせる……。(勝手に狂うなよ)

「なんて美しい……桃源郷のようだ……僕こそ此処に相応しい……」

 僕は酔いながら歩きつづけた。












「あった……」


 気付けば僕は「桜山荘別館」の前まで来ていた。

 辺りはすっかり暗くなっているが、月に照らされた桜は白く輝き、雪明りを思わせる。

 僕は入り口付近まで近づいたところで思わず立ち止まった。入り口前で佇んでいる一人の女性を見つけたからである。

 その女性は、純黒のワンピースに薄紫のショールを巻いている。髪は腰に届きそうなほど長く艶やかで、肌の色は透き通るような水色だ。

 美しいがどこか人間離れしているように感じる。

「あのう……」

 僕はとりあえず話し掛けて見る事にした。まずは麻衣に会わなくちゃ。

 僕が言うと女性は僕をぎろっと睨んだ。

「……何か?」

(ぐっ……υ)

 いかにも怪訝そうな目で見られたので僕は思わずたじろいだ。しかし負けてはいられない! 麻衣に会わなくちゃ。(しつこい)

 僕はなるべく威厳を持って話す。

「僕、岡野 麻衣さんの知り合いで、その……ここに麻衣さんいますよね??」

「麻衣の知り合い?」

 そう言った途端その女性は急に優しくなった。一体何なんだ???

 僕が戸惑っていると、女性の方から話し掛けてきた。

「麻衣の知り合い……っていうと、彼氏ですか!? 中々かっこいーですね♪」

「へっ? いや、あの……彼氏じゃ――」

「じゃあもしかして、こ、婚約者さん!!?」

「いや……だから……あのですねυυυ」


 こんな会話が十分程続いたのだった……。








「なーんだ。麻衣の彼氏でも婚約者でもなかったんですね」

「いやー……麻衣……いや、麻衣さんにはご迷惑をお掛けしまして……」

「で、また道に迷ったんですね……クスクス」

「まあ、そんなところで……」


 この人は、麻衣の高校時代の友人で吉野 縁さんというらしい。

 どうやらこの同窓会のメンバーの一人のようだ。

 見た目と違って、意外と気さくで話しやすい人であった。

 僕は麻衣との出会いのことや、なぜここに戻って来たのかを簡単に説明した。

 もちろん、戻って来たのは道に迷ったからと嘘をついて。

 まさか「ここで殺人が起こるんです!!」なんて言える訳がなかった。


「で、北林君。これからどうします? 本館に行くにもちょっと遅いですよ」

「そうですね〜」

 そんな時、今一番会いたい声が聞こえてきた。

「縁〜!」

 麻衣の声であった。

「麻衣!? ここだよ!!」

 僕より先に吉野さんが反応して、声のする方に駆けて行ったので、僕も後を追う事にした。

「あーっ!! 縁!! 遅いから心配したんだよー!」

「ごめんごめん。久しぶりだね★」

 僕が着くと、二人は感動の再会を果たしていた。麻衣はお風呂上がりなのだろう、浴衣にサンダルである。

しばら くすると麻衣が僕に気付いた。

「えっ!! 義高っ? どうしたの!?」

「いや〜それがまた迷ってしまいまして……あはは」

「だから案内するって言ったのに〜!!」

 麻衣は少し呆れたような、怒っているような顔をしていたが、やがて大きなため息をつくとぷっと吹き出した。

「あはははっ、ここまで方向音痴だと拍手もんだよね」

「恐れ入ります……」

(君も中々だよ)






 僕は内心とてもほっとしていた。

 麻衣達が無事だったからだ。

 まだ事件は起こっていない。間に合った。

「義高。今日はもう遅いから、ここに泊まっていきなよ。明日本館に案内してあげるから」

「そうだね。北林君、麻衣もそう言ってることだし、そうしなよ」

 麻衣と吉野さんが言った。でも今吉野さんがにやっとしたような気がしたが……気のせいだろう。

 ここに泊まれれば事件を起こさせないようにできる! まあ、他の知らない人に会うのは気まずいが、事件解決の為にもやるしかない。

 僕は張り切って答えた。


「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます!」









 今思えばこれが、僕たちの長い夜の始まりであった。

 この後僕は自分の無力さを、嫌という程味わう事になるのだから……。



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