「ひえ〜。だいぶ日が暮れちゃったねぇ」

 辺りはすっかり夕焼け空になっている。時計は今、ちょうど5時半を指していた。

「本当にな〜……」

義高が呟く。



 そういえば、なんで義高は桜山荘に行くんだろう? 気になったので、聞いてみることにした。




「ねえ、義高はなんで桜山荘に行くの?」

「っ?!」

義高は意表を付かれたように驚いている。かなり焦っているみたいだ。

「ええっと……その――」

「ああ! 麻衣―っ!! 何してんのーっ!!?」

いきなり怒鳴り声が聞こえたせいか、義高は目をぱちくりさせている。この声は……萌だ。

「ごめんごめん。ちょっと――」

私が言い終わるより早く、萌は義高の前に走ってきた(可愛く)そして……

「あのっ、私、津久井 萌って言います! 弁護士やってて……期待の新人美人弁護士とかって言われてたりしてますぅ」

……自分を売り込みだしたのだ。それもかなりの脚色を加えている。

 萌、私を心配してくれたんじゃなかったのね……。

 私はただただ脱力するだけだった。

当の義高は、突然のことでどうしていいか分からないらしく困惑しているようだ。

 そりゃそうだろう。萌は、熱しやすく冷めやすい典型的なタイプであった。







 そうこうしていると、今度は本当に心配してくれていたらしい、華子と千恵子が迎えに来てくれた。

 と言っても、もう別館の入り口付近には着いていたのだが。


 華子が言う。

「麻衣! こんなに遅くまでどこで何してたの!? 心配するじゃん!! ――って、あれ? この人は?」

 どうやら義高に気が付いたらしい。そりゃあ確かに見知らぬ奴がいたら、びっくりするのも無理はない。

 とりあえず、簡単に紹介することにする。

「えっとね、この人は道に迷った時偶然会って――」

私が続けようとした時には、既に二人の姿は無かった。二人は萌二号、三号となっていた……。


「あの、麻衣とはどういったご関係なんですか?」

「あの、麻衣ちゃんに何か変なことされませんでしたか?」

口々に義高に質問している。っていうか、なんで私が義高に変な事したとか聞いてんのさ!?

  普通は逆だろうが! ったくあんたらの中の私って一体……。

 まあ確かに殺人未遂は犯したけどさ……(ちょっと反省)

 私って、友達いるのかな……と、少し不安になった。



「いえ、僕は別に……うわわっ?!」

 義高の焦り声が聞こえ、私は我に返った。

 見れば、女三人に掴み掛かられて(正確にはべたつかれて)焦り焦り後ずさりしている。

 もうそろそろ三女の相手も限界だろう。




私はまだ興奮中の三女をなだめるように言った。

「皆、落ち着いて。まず、勘違いとかしないでほしいんだけど、彼――義高君は、さっき私が散歩してた時に偶然会って……桜山荘までの行き方が分からないって言うから一緒に来てもらったの。
ここは別館だけど、本館までの行き方、華子なら分かると思って」

「ふーん……なんだ、つまんない」

華子がぼそっと呟いた。そーかい。つまんなくて、悪かったわね。それより早く、義高に本館までの道教えなきゃ!

「というわけで華子、道教えてくれるでしょ?」

「うん、いいけど――」

「いや、いいんだ、もう。わざわざありがとう麻衣」

いきなり言ったのは義高だった。

「へ? い、いいって……υ だって本館に行く用事あるんでしょ?」

「うん。いや……まあ、何ていうか僕いると邪魔みたいだし。ほら、麻衣同窓会で来てるんだろ? 僕の為にこれ以上大切な時間を割いてもらうの悪いから。ここから近いなら平気平気!」

「ここまで来て? 本当にいいの?」




本当にいいのだろうか。だって、結構今更だし……。

 それに義高は、私に負けず劣らずの方向音痴だ。初めて会った時も何故か道じゃなくて、茂みから出てきたし……。

 この人一人で行かせたら、絶対死ぬわ……!! すんごい心配なんですけど……。




そんな私の気持ちも空しく、義高は頷く。

「大丈夫! 本当にありがとう。同窓会、楽しんで」

「うん……こっちこそ迷惑かけてごめんね。短かったけど楽しかったよ」

「僕も! じゃあ、また会えたら」

 そう言って、夕焼けを背に彼は走り去った。







「麻衣〜いいの? こんな簡単に別れて」

「そうだよ! ちゃんと捕まえとくべきだよ!」

「久々の合格圏だわ……」

「うん。いいんだよ、これで」






 三女にどやされたけど、これで良かったと私は思っていた。

 義高とはまたすぐ会えるような気がするからだろうか、何故か別れた気がしなかった。







 でも……一つだけ気になることがある。

 義高は一体、桜山荘に何しに行くんだろう?

あの焦り様……聞いてもすぐ答えない不審な態度……。

 一体何があるの?




 探偵の血が騒ぐ。

 何か匂う……。

 事件の予感がする。






「麻衣ー! 早く中に入るよ!」


 こうして私は、事件の予感を胸に別館へと入ることになった。

















 建物は、別館とは思えないほど広く、美しい造りであった。

 二階建てで、一階には大きな宴会場、談話室、大浴場に遊戯室、カラオケルームといった施設があり、二階はすべて部屋になっている。(全室トイレ、バス付)

 外には、露天風呂、テニスコートもあり、まさに「リゾート地」といったカンジである。




 談話室に着くと、既に他のメンバーたちが語らっていた。

そしてなつかしの顔を見た私は、お決まりの挨拶を一言。

「久しぶり!」






 さっきまでの胸騒ぎはいつしか好奇心へと変化していた。

 案外、恐怖や不安は、好奇心と紙一重なのかもしれない。

 常にお互いの裏に潜んでいてふとした時にひっくり返り、自分の心を支配するのかもしれない。今の私が良い例だ。

 だからまた、好奇心が恐怖へと変わるかもしれない。


 そしてそれがそう遠くないということに、この時の私はまだ気付いていなかった……。




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