第4章〜桜色道中酔夢譚――前編



 僕は揺れる列車の中、一人考え込んでいた。

 
 さっきの電話……そればかりが頭の中を駆け巡っている。

 一体何の為に? 僕にどうしろっていうんだろう。
 

 時刻は午後五時を回ったところだ。桜都という駅まで、約三時間といったところである。

「はあ〜」

僕は大きな溜め息をついた。

今更ながらに思うが、本当に僕はこの事件に足を踏み入れてしまっていいのか? 

 別に、たまたまあの時捜査一課にいたのが僕だっただけで、もしかしたら他の誰かが出ていたかもしれない。それを僕が勝手にこんなふうに調べていいのだろうか?

「……」

 僕は慌てて被りを振った。……何を今更なことを言っているんだ。もう決めたじゃないか、ヒーローになるって! そして有名になるんだ! 僕ならできるさ。

そうは思いつつも、やっぱり不安は拭い切れないのが本心だった。

後悔……この二文字に押し潰されそうになる。

列車はだんだんと都会から離れ、窓に映し出される風景も、次第に自然の彩りにその色を染めていく。取りあえずは、向こうに着いたらビジネスホテルに泊まって、次の日から調査をしようと思う。向こうに着くのは、八時くらいか?

僕は捜査一課を出た後、まず一端自宅のアパートに戻り、簡単な荷造りをした。万が一の時に備えて、護身用の十手(まじ!?)も入れた。そして、留守電をセットし(もちろん自分の声)自分の部屋にしばしの別れを告げた。これが今生の別れとならないことを祈りながら……。

「行ってきます」

そう言って後にした僕の部屋は、何だかとても寂しそうだった。主人がいなくなるもんな。部屋〜、僕も寂しいよーっ!

そんな光景を大家に見られたが、あえて気にしない事にした。もうこんなの慣れっこだし。

ちなみに僕は周りから、「いかれたデカ」「隣人は大声で笑う」なんて呼ばれているらしい。どこぞのテレビドラマのタイトルちっくだ。何でこんなあだ名が付けられたのか、自分ではさっぱり分からない……。

まあそんなこんなで、今に至る。

僕は悩みながら空いている席に腰を下ろした。座ると今までの疲れが出たのか急に眠気が襲ってくる。眠い……。

――ドンッ

僕が睡魔に負け夢うつつになっている時、急に小さな子供が僕にぶつかってきた!

「うわあっ!」

「おっと……」

僕は子供が転びそうになるのを間一髪のところで受け止めた。ふう、危なかった。

「大丈夫かい?」

「うん! ありがとう、お兄ちゃん♪」

そう言うと、子供はすぐにどこかへ行ってしまった。

「また転ぶなよ〜……ってあれ?」

ふと足元を見るとさっきの子供が落としていったのだろう、人形が落ちていた。

「うん?」

見るとそれは、子供向けのヒーローものの人形である。

「こ、これは! まさか、宇宙怪人ザワーリーの人形!?」

その瞬間僕の心に、ある衝撃≠ェビビッと電流の如く走ったのだ。

(ほっ……欲しい! すんげい欲しい……!!)

どうやら僕の中の“何か”が目覚めてしまったらしい。僕はその心に反発することなどできずに、人形をそっとポケットの中にしまい込んだ。

(ひひっ……ヒーローへ一歩近づいたぜ)

 また一つ、僕のコレクションが増えたのだった。










 列車の中は混んでいるとは言い難いが、まだらに人が座っている。

親子、カップル、お年寄り、サラリーマン、ОL風な女たち、占い師のような魔女のような装いの女、若い男たち、女子高生……みんな各々に楽しそうにしている。

僕はその光景に無性に腹が立ってきた。どうしてみんな幸せそうなんだよ?! 僕は今、死ぬほど胃の痛くなるような目にあってんだよ!! それなのにどいつもこいつもいい気なもんだ!!

気が付いた時には、僕は「貧乏揺すり」を足の音が立つほどしまくっていた。ズキズキ足が痙攣を起こすほど揺すってしまったようだ。

 これをやっていた時の僕の姿は相当恐ろしかったであろう。若い男が「貧乏揺すり」をMAXの速さと強さでやっているのだ。思えば僕の周囲から人が消えていた。

――そんな時だった。

突然「キャーッ」という、耳を劈くような女性の悲鳴が聞こえたと思ったら、一人の男が列車の車両の扉をこじ開けるようにして転がり込んできた。その後を、駅員らしき人物と悲鳴の持ち主であると思われる女が追ってきている。

「こらぁっ!! 待てー!」

「引っ手繰りよーっ! 誰かそいつを捕まえて!」

はあっ? 引っ手繰りだぁ!? こんな列車の中ですんなよ! 僕は今、本気で機嫌が悪いんだ! ったくドイツもコイツも何で僕を怒らせるようなことすんだよ!?(お前が勝手に切れてるだけだ)

 くそっ……こうなったら腹癒せに僕が直々にお前を捕まえてやる! 一発や二発殴ったところで、僕は何も言われないだろうし。

 職権乱用? 何とでも言うがいいさ。僕は猛烈に苛ついてるんだ!!

「てめえっ!! そこを退きやがれ!!」

引っ手繰りの犯人と思われる男が怒鳴った。

そりゃあそうだろう。だって僕がそいつの逃げ道を塞ぐようにして立っているんだから。(しかもど真ん中に仁王立ち)邪魔だろうな、そうだろうよ。

「嫌だね」

僕はしれっと言ってやった。男は案の定切れて癇癪を起こし始めた。

「っ……て、てめえ! ぶっ殺すぞっ!!」

 わざと挑発するように言ったせいか、男は更に額に血管を浮かせて、歯軋りの音が聞こえるくらいに切れていた。しかし、そんな状態になればなるほど、僕は何故かおかしくなってきて、思わず吹き出してしまった。

「ぷっ……」

そして、気付けば僕は大笑いをしていた……横隔膜が痙攣している。

「ぷっ……あーっははははははははははははははははは!!!」←明らかに笑いすぎ

僕は笑っていた。男は怒っている。対照的な二人だ。お笑いで言えば、ボケとツッコミのようだ。

僕は笑いを落ち着けた後こう言った。

「どうぞ? 殺せるものなら殺してください……でも貴方は殺人犯なんかより、お笑い芸人をオススメしますよ。そのまま即デビュー出来ると思いますけど。あはははっ」

「おっ……お前――っ! 殺してやる……殺してやる!! 殺してやる!! 死ねぇっ!!!」

男はナイフを取り出して切りかかってきた。周りの乗客は悲鳴を上げている。でも僕はこれでも刑事だ。こんな時の対応も完璧さ。

僕は男の攻撃を素早くかわすと、男の背後に回ってこう呟く。

「振りかぶりが大きすぎるんだ。もっと脇締めないと。ほらっ、こうやるんだよっ!」

「ぎゃああああああっっ」

僕は一気に男の肩をねじり上げた。男は絶命……はしなかったが気絶したようだ。ちっ。

「ふう……一件落着」

僕が一息つくと突然今までの沈黙が嘘のように、乗客が騒ぎ出した。もちろんみんなの視線は僕に向けられている。

「きゃあーっ! かっこいいっ」

「素敵〜///」

「まじすげえっ!! よっ、兄ちゃん、日本一!」

みんな口々に僕を褒め称えた。そして終いには拍手喝采ときた。ついに僕の時代が来たのか?!

「はいはいみんな、サインは順番ねー」

僕はすっかりアイドル気分だった。そして最後は「ふっ」と微笑んで、何事もなかったかのように席に付く。

その後駅員が、「あなたは一体……?」と聞いてきたので、僕はすかさず「宇宙怪人ザワーリーです!」と答えた。我ながら、素晴らしいネーミングセンスだ。(人形の名前だ)

 僕は自分に酔った。まさに泥酔だ。

すると何故か駅員は引きつった顔で、苦笑いをしながら「う、宇宙怪人ですか……? ご、ご協力感謝します……」と言い、足早に去っていった。

 全く……行動が謎だな……(お前が一番謎だ)謎々だ。


――そう思った時だ。

誰かが僕に囁いた。

「君ならきっと――大丈夫だ……」

「えっ?」

振り返ったが誰もいない。というか、誰も僕の周囲には座っていなかった。

――ドクンッ

妙な胸騒ぎ。

あの時……。そう、あの電話の時と同じだ。

心臓がバクバク鳴っている。今にも吐き出してしまいそうだ。

僕は只ならぬ嘔吐感に堪えながら、桜山荘の地図を見つめた。

「桜山荘……」

一体、ここで何が起きるんだ? それに今の声――心なしか、電話の声に似てたような……

「うっ……」

吐き気に耐えられなくなった僕はついにトイレに駆け込んだ……。



















「お客さん……? 終点ですよ」

「ん――……えっ……あぁっ!??」

気付くと列車は桜都に着いていた。

辺りを見回すが僕と駅員以外の姿は見当たらない。僕は、椅子にもたれかかるようにして寝ていたようだ。

ということは……まさか……そんな!

僕は念のため聞いてみる。

「あの……僕の正体知ってます……か??」

駅員は案の定「はぁっ?」という表情を見せた。何だコイツ? と言いたそうだ。

「お客さん、寝ぼけないで下さいよ。ささ、降りた降りた」

僕は駅員に急かされながら、列車を降りた。時計を見ると丁度、午後八時半を指していた。

「嘘だろ……υυ

僕はどうやら長い夢を見ていたらしい。

それにしても、僕は一体いつ寝てしまったんだろう。

本当に……本当に、夢だったのだろうか?

電車の中の出来事は、とても夢とは思えないほど鮮明に覚えている。

電車に乗っていた人々、ぶつかってきた子供、人形、引っ手繰り、悲鳴、ナイフ、駅員、歓声、宇宙怪人ザワーリー……(これもかよ)そしてあの声。只ならぬ嘔吐感。

そうだ、あの後僕はトイレに駆け込んで……そこまでがすべて夢……?

僕はふいにポケットを触ってみた。

「やっぱないよな……って、あれっ?」

ポケットには人形は無かった……が、代わりにキャンディが一つ入っていた。

「……」

僕はそのキャンディーを握り締めると、夜桜が白く映える夜道を歩き出した。






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