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第2章~新米刑事~
突然ですが、僕は今非常に沈んでいる。というか、キレている。
なぜかって? そんなの決まっているじゃないか!! コーヒーが苦い上に冷めているからだよ!! 全く……こんなまずいコーヒーを入れたのは何処のどいつだよ!(僕だ)
『仕事がしたいんだーーーっっっ!!!』(義高、心の叫び)
(長いコールだな……)
僕は新人ゆえに、一人の時は電話を取ってはいけない事になっている。何か重大な用件に間違った対応をしたりしては大変だからだ。だから、大体の電話は、ある一定のコールがされると自動的に本部へと繋がれるのだ。
しかし、それは繋がれることがなく、コールは今だ鳴り続けている。
(……何だ?……)
何度と繰り返される電話のコール。
僕は、本部に繋がらないこともそうだが、この誰もいない部屋で鳴っているこの音に、何故かは知らないが妙な胸騒ぎを覚えた。
不安……焦り……緊張……このどれにも当てはまらないような、しいて言えば恐怖……この言葉が一番似つかわしい気がする。
(電話に出た方がいいんじゃないのか?)
もし本部への伝達が機械の故障など、何らかの理由で出来ないんだとしたら、緊急な場合それこそ大変な事になる。いくら僕が新人でも、電話の一つや二つくらい対応できる術は持っているつもりだ。
(電話に出るべきか、出ないべきか……)
僕は「う~ん、う~ん」と唸りながら苦悩していた。早く決断しないと電話が切れてしまう。
「どうすりゃいいんだよーーーっっ!」
僕はムンクの叫び状態のまま、半ばヤケになって、ある賭けをする事にした。その賭けとは[コイン]の表と裏を見るという、ごく普通のものだ。
(よし。もし、このコインが表なら出る、裏なら出ない!)
そして僕は一息つくと、コインをポーンっと投げた。果たして、表か裏か……。
僕は今更ながらに「こんなものでこんな大事な事決めてしまっていいのだろうか?」と後悔し始めた。
誰かが耳元で「いいのか? 本当にいいのか?」と追い討ちをかけてくるようにも思える。
(胃が痛い! 山根君の気持ちが分かった気がするよ……僕はやっぱり小心者なのか~……はぁ~)
僕がそんなこと思っているうちに、既にコインはデスクに落ち、しかもうまい具合にクルクルと回転している。コインが落ちた事にも気付かない自分の情けなさに嫌気がさした。
デスク上のコインは回り続けている……
コインが回る……回る……
――そして止まった
思わず息を止めてしまう。今僕の心臓は、高速道路を全力疾走したみたいに(やったことあんのかよ)激しい鼓動を上げていただろう。
僕は意を決しコインを見た……
――表だ!!
そして僕は、慌てて電話に手を伸ばした。
「大変お待たせ致しました! こちら警視庁捜査一課でございます!」
何か必要以上に丁寧語を話してしまったような気もするが、それがどうしたっ!! 僕だって、電話の一つや二つくらい取れるってことを証明してやる。大丈夫。声も震えてないし、噛んでもいない。とりあえず出だしは好調だ。
しかし、そんな僕のささやかな期待と野望(?)が音をたてて壊れるのに、そう時間はかからなかった。
「もしもし?」
応答がない。
(何故だ? 出るのがあまりにも遅かったから、怒っているのか?!)
そう思ったのもつかの間、その声は呪文のように、ゆっくりとこう告げた。
『桜山荘で人が死ぬ』
僕は最初、何を言われたのかよく理解できなかった――いや……理解したくなかったのかもしれない。
……人が――死ぬ……?
頭から冷水を掛けられたように、サァーッと血の気が引いていくのが分かった。
体中が震えている。歯の根が合わない。今の僕の心境にピッタリの言葉と言えば、それはまさしく「恐怖」以外の何ものでもないだろう。
――電話の声は繰り返す……
……桜山荘で人が死ぬ……気を付けろ……気を付けろ……
機械の様に繰り返される言葉。感情がまるでこもっていない単調な言葉。
僕は生まれて初めて会った恐怖に、気を失いそうになった。
しかし、ここで負けてはいられない! ヒーローになる道のりに障害は付き物だ! 輝ける未来のために、僕は頑張る!
僕は気持ちとは裏腹に震える体を抑えながら、たどたどしくもこう言った。
「あなたは一体……?」
情けないが、今の僕にはこう言うのが精一杯だった。 こんなに短い言葉を発するのにも心臓が破けそうになっている。
ああ、やっぱ警官には心臓が二個は必要だ……(んわけあるかよ)
――ガチャン! ツー ツー……
電話はまるで僕を嘲笑うかの様に切れた。
僕はしばらくの間、その場に立ち尽くしてしまった。
頭の中には、さっきの声が鮮明に残っている。
――桜山荘――
確か有名な旅館だった筈だ。
様々な理由が頭の中を回っている。
でも一番理解できないのは――というか理解したくないことは、何で今日に限って僕しか捜査課にいないのか、何で電話が本部に繋がらないのか、どうして僕があの電話に出てしまったのか、ということだった。これじゃまるで泣きっ面に蜂だ。神様……僕は何か悪いことしたんですか?(僕はクリスチャンだ)
僕は運命なんて信じてないけど、今回ばかりはただの偶然とは思えない。誰かに操られているような気さえする。
……そう。誰かの手の上で踊らされているような――
――その時だった。
「ガガ―ッ」という機械音と共に一枚の紙がファックスされてきたのだ。
それは言うまでもなく、さっきの電話で繰り返し言っていた「桜山荘」への行き方の詳細であった。もちろん、差出人不明ではあるが……。
僕はこの紙が送られてきた事でまず、いたずらという〝もっともらしい〟理由を頭から排除しなくてはならなくなった。いたずらにしては手が込みすぎているからだ。
でも……もしこれが、本当に何か悪いことが起きるという警告だったら……?
何か胸の内に引っかかる物がある。それが何なのか僕には良く分からない。でも何だか行かなければいけない気がするのだ。僕を呼んでいる!!(え!?)
そう思うや否や、僕は近くにあったメモ用紙に書き殴った。
『――至急調査したい事がある為、数日の余暇を頂きます。勝手な真似をして、申し訳ありません。また連絡します。
北林 義高』
こんな時不謹慎かもしれないが、僕は少し興奮していた。
さっきは、怖いだけだったが、やっぱり人には「好奇心」というものがあるからだろうか。全く人間とはつくづく理解し難い生き物だ……。