第2章〜新米刑事〜




 突然ですが、僕は今非常に沈んでいる。というか、キレている。

 なぜかって? そんなの決まっているじゃないか!! コーヒーが苦い上に冷めているからだよ!! 全く……こんなまずいコーヒーを入れたのは何処のどいつだよ!(僕だ)

 僕は誰もいない捜査一課のデスクの上にそのコーヒーをぶちまけてやった。掃除するのはもちろん僕だ……。




 僕の名前は北林 義高。まだこの四月に刑事になったばかりの新人刑事だ。

 自分では結構何でも出来る凄い奴だと密かに思っている(顔もルックスもなかなかいいと思う!)

 まあ、折角憧れのデカ(古い)になれたんだから、焦る事はないんだけど、でも……でも……僕は……僕は……

『仕事がしたいんだーーーっっっ!!!』(義高、心の叫び)


 だって、やっぱり刑事といえば「潜入捜査」。(ドラマの見すぎ)
 
 そしてそこで期待のルーキーの僕が大活躍。最終的には難事件を解決して、一躍有名人。ファンレターなんかも来たりして、まさしく「輝ける人生」を送るんだ!

 なのに、まだ一回も現場に連れて行ってもらったことはない。まだ早すぎるんだとさ。何言ってんだよ。事件は現場で起きてるんだよ!! 青島ぁぁぁーーーっっ!(意味不明)


 
僕は半ば半狂乱になりながら、さっきぶちまけたコーヒーを拭き始めた。何と情けない光景だろう。こんな姿、母さんが見たら泣くだろうな。おかあさ〜ん。

 そんなことを考えていると、突然電話が鳴った。


――プルルルル プルルルルル

 (長いコールだな……)

僕は新人ゆえに、一人の時は電話を取ってはいけない事になっている。何か重大な用件に間違った対応をしたりしては大変だからだ。だから、大体の電話は、ある一定のコールがされると自動的に本部へと繋がれるのだ。

しかし、それは繋がれることがなく、コールは今だ鳴り続けている。

 (……何だ?……)

何度と繰り返される電話のコール。

僕は、本部に繋がらないこともそうだが、この誰もいない部屋で鳴っているこの音に、何故かは知らないが妙な胸騒ぎを覚えた。               

不安……焦り……緊張……このどれにも当てはまらないような、しいて言えば恐怖……この言葉が一番似つかわしい気がする。

 (電話に出た方がいいんじゃないのか?)

もし本部への伝達が機械の故障など、何らかの理由で出来ないんだとしたら、緊急な場合それこそ大変な事になる。いくら僕が新人でも、電話の一つや二つくらい対応できる術は持っているつもりだ。

 (電話に出るべきか、出ないべきか……)

僕は「う〜ん、う〜ん」と唸りながら苦悩していた。早く決断しないと電話が切れてしまう。

「どうすりゃいいんだよーーーっっ!」

僕はムンクの叫び状態のまま、半ばヤケになって、ある賭けをする事にした。その賭けとは[コイン]の表と裏を見るという、ごく普通のものだ。

 (よし。もし、このコインが表なら出る、裏なら出ない!)

そして僕は一息つくと、コインをポーンっと投げた。果たして、表か裏か……。

























 僕は今更ながらに「こんなものでこんな大事な事決めてしまっていいのだろうか?」と後悔し始めた。

 誰かが耳元で「いいのか? 本当にいいのか?」と追い討ちをかけてくるようにも思える。

 (胃が痛い! 山根君の気持ちが分かった気がするよ……僕はやっぱり小心者なのか〜……はぁ〜)

僕がそんなこと思っているうちに、既にコインはデスクに落ち、しかもうまい具合にクルクルと回転している。コインが落ちた事にも気付かない自分の情けなさに嫌気がさした。

デスク上のコインは回り続けている……

コインが回る……回る……




――
そして止まった



思わず息を止めてしまう。今僕の心臓は、高速道路を全力疾走したみたいに(やったことあんのかよ)激しい鼓動を上げていただろう。

僕は意を決しコインを見た……














――
!!
















 そして僕は、慌てて電話に手を伸ばした。

「大変お待たせ致しました! こちら警視庁捜査一課でございます!」

何か必要以上に丁寧語を話してしまったような気もするが、それがどうしたっ!! 僕だって、電話の一つや二つくらい取れるってことを証明してやる。大丈夫。声も震えてないし、噛んでもいない。とりあえず出だしは好調だ。

しかし、そんな僕のささやかな期待と野望(?)が音をたてて壊れるのに、そう時間はかからなかった。

「もしもし?」

応答がない。

 (何故だ? 出るのがあまりにも遅かったから、怒っているのか?!)

 そう思ったのもつかの間、その声呪文のように、ゆっくりとこう告げた。













桜山荘で人が死ぬ













僕は最初、何を言われたのかよく理解できなかった――いや……理解したくなかったのかもしれない。

 ……人が――死ぬ……?

頭から冷水を掛けられたように、サァーッと血の気が引いていくのが分かった。

 体中が震えている。歯の根が合わない。今の僕の心境にピッタリの言葉と言えば、それはまさしく「恐怖」以外の何ものでもないだろう。



――
電話の声は繰り返す……
 

 ……
桜山荘で人が死ぬ……気を付けろ……気を付けろ……



 
機械の様に繰り返される言葉。感情がまるでこもっていない単調な言葉。

僕は生まれて初めて会った恐怖に、気を失いそうになった。

 しかし、ここで負けてはいられない! ヒーローになる道のりに障害は付き物だ! 輝ける未来のために、僕は頑張る!

僕は気持ちとは裏腹に震える体を抑えながら、たどたどしくもこう言った。

「あなたは一体……?」

情けないが、今の僕にはこう言うのが精一杯だった。 こんなに短い言葉を発するのにも心臓が破けそうになっている。

 ああ、やっぱ警官には心臓が二個は必要だ……(んわけあるかよ)



――
ガチャン! ツー ツー……


 
電話はまるで僕を嘲笑うかの様に切れた。


 僕はしばらくの間、その場に立ち尽くしてしまった。

 頭の中には、さっきの声が鮮明に残っている。



――
桜山荘――




 
確か有名な旅館だった筈だ。

でも何故……あの電話は一体……

いたずら? 嫌がらせ? それとも……

様々な理由が頭の中を回っている。

 でも一番理解できないのは――というか理解したくないことは、何で今日に限って僕しか捜査課にいないのか、何で電話が本部に繋がらないのか、どうして僕があの電話に出てしまったのか、ということだった。これじゃまるで泣きっ面に蜂だ。神様……僕は何か悪いことしたんですか?(僕はクリスチャンだ)



 僕は運命なんて信じてないけど、今回ばかりはただの偶然とは思えない。誰かに操られているような気さえする。



……そう。誰かの手の上で踊らされているような――


――その時だった。

 「ガガ―ッ」という機械音と共に一枚の紙がファックスされてきたのだ。

それは言うまでもなく、さっきの電話で繰り返し言っていた「桜山荘」への行き方の詳細であった。もちろん、差出人不明ではあるが……。

僕はこの紙が送られてきた事でまず、いたずらというもっともらしい@摎Rを頭から排除しなくてはならなくなった。いたずらにしては手が込みすぎているからだ。

でも……もしこれが、本当に何か悪いことが起きるという警告だったら……?


 
何か胸の内に引っかかる物がある。それが何なのか僕には良く分からない。でも何だか行かなければいけない気がするのだ。僕を呼んでいる!!(え!?)

そう思うや否や、僕は近くにあったメモ用紙に書き殴った。


『――至急調査したい事がある為、数日の余暇を頂きます。勝手な真似をして、申し訳ありません。また連絡します。

 
                                                                               北林 義高』












 
こんな時不謹慎かもしれないが、僕は少し興奮していた。

 さっきは、怖いだけだったが、やっぱり人には「好奇心」というものがあるからだろうか。全く人間とはつくづく理解し難い生き物だ……。





 こうして僕は、この捜査一課を後にしたのだった。








                   ――この時は、まさか自分がとんでもない事件へと足を踏み入れてしまったなんて微塵にも思っていなかった。

                                   僕は、後戻りのできない冥界への扉を、自ら叩いてしまったのだ……





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