正直最初はびっくりした。華子に、そんなにバド部に思い入れがあるとは思わなかったから。
だって華子にとってあそこはあまりいい思い出ばかりじゃない。まあ華子に限った事ではないけれど……。
でも私自身、皆にすごく会いたかった。だから二つ返事でOKしたのだった。
「……」
さすがの萌も、「もう何言っても無駄」と悟ったらしく、いかにも不機嫌そうに顔を顰め、ぷいっと横を向き、持っていた手鏡と睨めっこをし始めた。
そして大きく溜め息を吐くと、「ああ〜、私って才能ないのかも」と、明らかに心にも思っていないことを呟いた。
(そーいえば萌、今裁判負けそうなんだっけ……)
萌は若手bPの実力を誇る弁護士だ。
弁護士になるための司法試験もストレートで合格。今では「その若さでその実力」と、法廷の女神という異名が付いている(らしい。萌談)
もちろん裁判は連戦連勝。正確かつ的確な論証と、巧みな口述で先輩弁護士も打ち負かしてきたのだ。
そんな萌は自慢の親友でもあった。(その高飛車な性格除けば)
私はと言うと、表向きは一応私立探偵を営んでいたりする。裏向きは……まあおいおい話すことにしよう。
私が一応の所長で、この探偵社を切り盛りしている。萌も弁護士の副業として私を手伝ってくれる「助手」だったりするのだが……実は、裏の所長だったりもする。
萌いわく、犯罪だけじゃなく、色々なジャンルの事件を見れるから参考になるらしいのだけど、萌がいるとはっきり言って迷惑……だなんて、これっぽちも考えたことはない。断じてない。
で、話がそれたが、今回初めて負けそうなのだそうだ。何でも相手がバックにすごいのを付けていて、賄賂とかそういった暗黒世界のブツが色々と回ってるらしい。
そんなのに当たってしまった萌が不幸なのか、はたまたそういう輩が存在していることが間違ってるのか、私にはよく分からないが、少なくとも萌のような職業は、こういった輩がいるから成り立っているような気もする。皮肉なものだ。
そう考えると、共存せざるを得ないわけで……つまりは、萌に同情はすれど、自分が選らんだ道なのだから仕方ないだろう、と思う気持ちも強かった。
私はとりあえず、当たり障りのない言葉を投げ掛けた。
「まあまあ、そんなに落ち込まないで。しばらく時間あるんだし、皆と会って気分もリフレッシュして来ようよ?」
私は元気付けるつもりで言ったのだが、今の萌には逆効果だったようだ。
「んもう! 少しほっといてよ! あと私、同窓会なんて行かないから」
「行かないのっ!?」
私はつい叫んでしまった。というか、まさかの答えに驚いた。
「行かないって言ってるでしょ。聞こえなかったの?」
「い、いや……だって……」
「しつこいわね。同じこと何度も言わせないでよ! 本当にトロイ上に、頭の回転も遅いんだから」
――ぷちっ
この一言に、私の堪忍袋の緒はぷっつん切れた。
「……この仕事魔。だから彼氏が出来ないのよ!」
そして言ってしまったのだ。私たちの間の『禁句』を……。
この後は、売り言葉に買い言葉の、女の醜い口争いが始まるだろうが、そんなことは気にならないくらい私は腹が立っていた。
自分でもトロイとは分かっていても、いざ人から言われるととてつもなくムカツク。それが萌だから尚更だ。
案の上、弁護士は法廷よろしく怒鳴り返してきた。裁判長なんていないっつーのに。
「な、何ですって!? 仕事頑張って何が悪いのよ? 男は全く関係ないわよ!」
私はわざとらしく肩を竦め、溜め息をついて見せる。
「さあ、どうだか? 大体ね、世の中の男はまだまだ『女は馬鹿で可愛い方がイイ』とか思ってる奴らばっかなのよ? 自分より仕事の出来る女は、はっきり言って、疎ましがられるだけなのよ」
萌は負けじと、ばんっと机を叩いて立ち上がった。
「ふんっ、そんなくだらない男なんて、こっちから願い下げよ! 大体何よ、自分のことは棚に上げて。アンタこそ、男なんてずっといないじゃない! そこまで世の中の男の価値観が分かってるのに、どうして恋人の一人や二人出来ないわけ!?」
私は、待ってましたとばかりに挑発的な笑みを浮かべて言ってやる。
「お生憎様。今の私には、恋人なんて必要ないんです。大体、萌よりは男友達もいるわよ。何たって、私の職場は男の方が多いんだから――っ!?……むぐっ!」
慌てて口を押さえたが、どうやら遅かった。ま、まずい……。
思わず言ってしまった言葉を激しく後悔しながら、萌と視線を合わせないように目を逸らす。予想通り、萌は訝しそうに私を見つめてきた。
「え? アンタの職場ってここでしょ? 男なんていないじゃない……」
……その通り。私の職場は『探偵事務所』。私と萌しかいない……ハズなのだ。
この辺りの事情は、私の正体……もとい、本当の仕事に大きく関係しているのだが、今はまだ置いておく事にする。
色々と複雑で、ややこしい問題で……説明するのがめんどくさ――……いと言うわけではなく、難しいのだ。
とにかく、いくら親友と言えど、まだ話すことは出来ない。私は、咄嗟にごまかすことにした。
「い、いや、それはその……ほら、クライアントが男性が多いの! そういう意味よ! 依頼人と請負人が友人になったって、何ら問題は無いでしょう?」
「ふーん? 何か怪しいわね……大抵アンタが嘘付く時って、目が泳いでて髪いじってるのよね。ほら、今だって!」
「えぇっ!? き、気のせいよ、気のせい……あははっ」
そう引きつって笑って見せても、私は髪をいじってしまっていたし、目も泳いでいるに違いない。
「むー……」
萌は、納得していない様子だったが、すぐさま「ま、いいわ。とにかく同窓会は不参加でよろしくね」とだけ告げ、部屋から出て行こうとした。
「あっ、萌!! ちょっと待ってよ! 本気で行かないつもりなの!?」
焦りながら言う私に、萌はびしっと人差し指を向けた。
「そんなの行く暇があったら、もっと情報収集しなくちゃ裁判に間に合わないの! 麻衣一人で行ってきなさいよ」
「そんな〜……」
「じゃあね」
言葉もなく、ただ呆然と立ち尽くしていたそんな時、パッといい考えが浮かんだ。これならきっと、萌だって心が揺らぐハズ……だ。
「ねえ萌。アンタ本当に行かないのね?」
「うん、行かない」
「あ、そう。じゃあいいよ。ああ、今回はまっすーも来るのにねぇ」
――ぴくっ
私はこの言葉を聞いた萌の目が輝くのを見逃さなかった。
「ふ、ふーん……あ、でもやっぱり休養しに行こうかな……?」
「ええぇ〜。萌はお仕事大変なんでしょ? 無理しないで。皆には言っておくから」
(本当はものすごく行きたいくせに。意地っ張り萌。さあ早く言いな。行きたいと)
萌は不敵に笑う私を悔しそうに見ながら、ついに白旗を揚げた。
「……ああ、もう! 行くわよ! 行きたいです! 行かせてください!!」
「最初からそう言えばいいのに。まあ素直に言ったから良しとしよう。おほほほ」
「麻衣……覚えてなさいよ」
こうして一悶着の末、結局萌も行くことになり、改めて同窓会への期待は膨らんだ。
「よし! 麻衣、服買いに行くわよ!」
何だかんだ言いつつ、一番楽しみにしているのは萌のようだ。そんな萌に私は苦笑しつつ、ショッピングへと繰り出したのだった。
――これがこれから始まる悲劇の幕開けになるなんて……
この時の私たちには知る術もなかった……。
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