第1章〜女探偵〜




 桜が舞い散るこの季節


 うららかな春の日。

 私、岡野 麻衣は、嬉々としてうかれていた。

 それを半ば呆れた顔で見ているのは、親友の津久井 萌だ。

「あのね……何でそんなにうっきうきしてんのよ? うるさいんだけど。ていうかうざい」

「うっ……」


 
確かに今の私はうるさい奴だ。何せ部屋中スキップで動き回っている上に、鼻歌も歌っている始末だ。

 でも何故に萌がご機嫌斜めなのか、私には解りかねる。しかし、下手に事を荒げたくないので、ここは一応謝っておくことにした。


「ごめんね。でも嬉しくってさ。だって久しぶりにみんなと再会するだよ!? こりゃあもうスキップしかないっしょ」


 そう、事の始まりは一件の電話。

 旧友の秋山 華子から突然電話が掛かってきたのだ。

『もしもし麻衣? 元気?』

「もしもし……華子!? 久しぶり!! ……うん、こっちも元気だよ」



 こんな会話をするのは何年ぶりだろう。華子とは高校卒業以来、一度も会っていなかった。

(……華子の声ってこんなだっけ? 声も忘れちゃうものね……でも懐かしいな……きっとあまり変わってないだろうな)


 そんな事を考えながら話していると、ふいに華子が言った。


『ねえ、今度同窓会やらない? 元バド部の

「いいねえ! やりたい!」


『実はね……もう計画立ててあるだー!!』

嘘っ!? ……」

 正直最初はびっくりした。華子に、そんなにバド部に思い入れがあるとは思わなかったから。

 だって華子にとってあそこはあまりいい思い出ばかりじゃない。まあ華子に限った事ではないけれど……。

 でも私自身、皆にすごく会いたかった。だから二つ返事でOKしたのだった。

『日時は四月○日〜×日ね』

「うん、分かった。うん……じゃあね」



 
華子の話だと、もう既に他のメンバーには連絡済らしく、大体は来られるらしい(私と萌はまだ)。
 
 場所も決まっていて、何と華子の伯母さんが経営している旅館(すごい豪華)らしい。

 確か名前は「桜山荘」だったような気がする。泊りがけ、三泊四日の小旅行だ。しかも料金も格安にしてくれるらしく、華子ナイス! というカンジだ。
 
 これらの事は、私が萌に伝える事になっていたのだが、ういえばまだメンバーの事は話してなかった。
 
 (ま、いいか。)
 
 まあそんなこんなで嬉しさが治まらない私は、またスキップを再開したのだった。


「……」


 さすがの萌も、「もう何言っても無駄」と悟ったらしく、いかにも不機嫌そうに顔を顰め、ぷいっと横を向き、持っていた手鏡と睨めっこをし始めた。
 
 そして大きく溜め息を吐くと、「ああ〜、私って才能ないのかも」と、明らかに心にも思っていないことを呟いた。


ーいえば萌、今裁判負けそうなんだっけ……)


 
 萌は若手bPの実力を誇る弁護士だ。

 弁護士になるための司法試験もストレートで合格。今では「その若さでその実力」と、法廷の女神という異名が付いている(らしい。萌談)
 
 もちろん裁判は連戦連勝。正確かつ的確な論証と、巧みな口述で先輩弁護士も打ち負かしてきたのだ。
 
 そんな萌は自慢の親友でもあった。(その高飛車な性格除けば)

 

 私はと言うと、表向きは一応私立探偵を営んでいたりする。裏向きは……まあおいおい話すことにしよう。
 
 私が一応の所長で、この探偵社を切り盛りしている。萌も弁護士の副業として私を手伝ってくれる「助手」だったりするのだが……実は、裏の所長だったりもする。
 
 萌いわく、犯罪だけじゃなく、色々なジャンルの事件を見れるから参考になるらしいだけど、萌がいるとはっきり言って迷惑……だなんて、これっぽちも考えたことはない。断じてない。

 
 で、話がそれたが、今回初めて負けそうなのだそうだ。何でも相手がバックにすごいのを付けていて、賄賂とかそういった暗黒世界のブツが色々と回ってるらしい
 
 そんなのに当たってしまった萌が不幸なのか、はたまたそういう輩が存在していることが間違ってるのか、私にはよく分からないが、少なくとも萌のような職業は、こういった輩がいるから成り立っているような気もする。皮肉なものだ。

 そう考えると、共存せざるを得ないわけで……つまりは、萌に同情はすれど、自分が選らんだ道なのだから仕方ないだろう、と思う気持ちも強かった。


 私はとりあえず、当たり障りのない言葉を投げ掛けた。

「まあまあ、そんなに落ち込まないで。しばらく時間あるだし、皆と会って気分もリフレッシュして来ようよ?」
 
 私は元気付けるつもりで言ったのだが、今の萌には逆効果だったようだ。


「んもう! 少しほっといてよ! あと私、同窓会なんて行かないから」


行かないのっ!?」
 
 私はつい叫んでしまった。というか、まさかの答えに驚いた。


「行かないって言ってるでしょ。聞こえなかったの?」

「い、いや……だって……」

「しつこいわね。同じこと何度も言わせないでよ! 本当にトロイ上に、頭の回転も遅いんだから」

――ぷちっ

 この一言に、私の堪忍袋の緒はぷっつん切れた。


「……この仕事魔。だから彼氏が出来ないのよ!」

 そして言ってしまったのだ。私たちの間の『禁句』を……。

 この後は、売り言葉に買い言葉の、女の醜い口争いが始まるだろうが、そんなことは気にならないくらい私は腹が立っていた。

 自分でもトロイとは分かっていても、いざ人から言われるととてつもなくムカツク。それが萌だから尚更だ。

 案の上、弁護士は法廷よろしく怒鳴り返してきた。裁判長なんていないっつーのに。

「な、何ですって!? 仕事頑張って何が悪いのよ? 男は全く関係ないわよ!」

 私はわざとらしく肩を竦め、溜め息をついて見せる。

「さあ、どうだか? 大体ね、世の中の男はまだまだ『女は馬鹿で可愛い方がイイ』とか思ってる奴らばっかなのよ? 自分より仕事の出来る女は、はっきり言って、疎ましがられるだけなのよ」

 萌は負けじと、ばんっと机を叩いて立ち上がった。

「ふんっ、そんなくだらない男なんて、こっちから願い下げよ! 大体何よ、自分のことは棚に上げて。アンタこそ、男なんてずっといないじゃない! そこまで世の中の男の価値観が分かってるのに、どうして恋人の一人や二人出来ないわけ!?」

 私は、待ってましたとばかりに挑発的な笑みを浮かべて言ってやる。

「お生憎様。今の私には、恋人なんて必要ないんです。大体、萌よりは男友達もいるわよ。何たって、私の職場は男の方が多いんだから――っ!?……むぐっ!」

 慌てて口を押さえたが、どうやら遅かった。ま、まずい……。

 思わず言ってしまった言葉を激しく後悔しながら、萌と視線を合わせないように目を逸らす。予想通り、萌は訝しそうに私を見つめてきた。

「え? アンタの職場ってここでしょ? 男なんていないじゃない……」

 ……その通り。私の職場は『探偵事務所』。私と萌しかいない……ハズなのだ。
 
 この辺りの事情は、私の正体……もとい、本当の仕事に大きく関係しているのだが、今はまだ置いておく事にする。
 
 色々と複雑で、ややこしい問題で……説明するのがめんどくさ――……いと言うわけではなく、難しいのだ。
 
 とにかく、いくら親友と言えど、まだ話すことは出来ない。私は、咄嗟にごまかすことにした。

「い、いや、それはその……ほら、クライアントが男性が多いの! そういう意味よ! 依頼人と請負人が友人になったって、何ら問題は無いでしょう?」

「ふーん? 何か怪しいわね……大抵アンタが嘘付く時って、目が泳いでて髪いじってるのよね。ほら、今だって!」

「えぇっ!? き、気のせいよ、気のせい……あははっ」


 そう引きつって笑って見せても、私は髪をいじってしまっていたし、目も泳いでいるに違いない。

「むー……」

 萌は、納得していない様子だったが、すぐさま「ま、いいわ。とにかく同窓会は不参加でよろしくね」とだけ告げ、部屋から出て行こうとした。

「あっ、萌!! ちょっと待ってよ! 本気で行かないつもりなの!?」

 焦りながら言う私に、萌はびしっと人差し指を向けた。


「そんなの行く暇があったら、もっと情報収集しなくちゃ裁判に間に合わないの! 麻衣一人で行ってきなさいよ」

「そんな〜……」

「じゃあね」


 言葉もなく、ただ呆然と立ち尽くしていたそんな時、パッといい考えが浮かんだ。これならきっと、萌だって心が揺らぐハズ……だ。


「ねえ萌。アンタ本当に行かないのね?」

「うん、行かない」

「あ、そう。じゃあいいよ。ああ、今回はまっすも来るのにねぇ」

 ――ぴくっ

 私はこの言葉を聞いた萌の目が輝くのを見逃さなかった。

「ふ、ふーん……あ、でもやっぱり休養しに行こうかな……?」

「ええぇ〜。萌はお仕事大変なんでしょ? 無理しないで。皆には言っておくから」

(本当はものすごく行きたいくせに。意地っ張り萌。さあ早く言いな。行きたいと)

 萌は不敵に笑う私を悔しそうに見ながら、ついに白旗を揚げた。

「……ああ、もう! 行くわよ! 行きたいです! 行かせてください!!」

「最初からそう言えばいいのに。まあ素直に言ったから良しとしよう。おほほほ」

「麻衣……覚えてなさいよ」


 こうして一悶着の末、結局萌も行くことになり、改めて同窓会への期待は膨らんだ。


「よし! 麻衣、服買いに行くわよ!」

 何だかんだ言いつつ、一番楽しみにしているのは萌のようだ。そんな萌に私は苦笑しつつ、ショッピングへと繰り出したのだった。








――これがこれから始まる悲劇の幕開けになるなんて……

 
この時の私たちには知る術もなかった……。



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