悪いことは重なるもの……
誰が言った言葉か知らないけれど、それは事実なのだと痛感する。
私たちは運命を呪い、咽び泣く。
そしてその先には……










 第14章<分岐A・D>哭、そして……











――津久井さんを部屋に寝かせてから、二十分が経とうとしていた。
 時刻は午前七時になるところだ。僕らは黙って椅子に座っている。
「もう七時か……」
 吉文が、自身の腕時計を見ながら呟く。
「七時だわ! もうすぐ宿の人たちが来る時間よ!」
 突然の秋山さんの言葉に、みんな思わず立ち上がる。
「本当に!? じゃあ私たちは助かるのね!」
「うん。あと少しの辛抱よ!」
 岸谷さんと吉野さん、秋山さんの三人はすっかりその話で盛り上がっていた。


――僕は麻衣の話を思い出していた。

『運転手が何らかの形で事件に関わっているわ』

 そうだ。
 この事件は誰かに仕組まれているんだ。宿の人が助けに来るはずはない。
 それに、来る手段が絶たれてしまっているのだ。一体どうすればいいんだ……
 

――私は義高の話を思い出していた。

『警察が手に負えないような奴の犯行だ』

 そう。
 この事件は前から仕組まれていたのよ。宿の人も関わっているに違いない。
 警察にも連絡が取れないし、犠牲者は増えるだけ。
 一体いつまでこれは繰り返されるの?早く犯人を見つけないと……。

――ガタンッ

 僕と麻衣は同時に顔を上げた。
 見ると吉文が立っていた。
 「俺、部屋に戻る。皆も部屋に帰らないか? そして誰かの助けを待とう。決してそれまで部屋から出ないようにするんだ。それが一番安全だし、皆が無事でいる唯一の方法だ。それに……きっともう殺人なんて起こらない……いや、起こさせない」
 最後の方はよく聞こえなかった。しかし、この吉文の言葉に抗う気もしなかった。僕と麻衣は黙っていた。



 二階に着き、みんなはさっきの部屋に戻っていった。
 僕と麻衣は皆が部屋に入るのを見送った。最後に部屋に入ろうとした吉文は、一度こちらを振り返ると「じゃあな」と軽く右手を上げた。
 腕時計の盤面が、きらりと光る。
 僕は何だか吉文とはもう会えないような気がしてならなかった。
「須山……」
 麻衣が呟いたと同時に、吉文の部屋の扉は閉まった。
 乾いた音が静かに響く。
 僕と麻衣はその音を聞くと、そのままある場所へと向かった。




















「萌……具合どう?」
 僕と麻衣が向かった場所。それは津久井さんの部屋だった。彼女の部屋は、電気を付けていない上、カーテンが引かれている為薄暗かった。暗に、彼女の様態を示しているかのようだ。
 やはりというか、彼女の返事はなかった。
 僕らは何気なく彼女の布団に近づき、声をもう一度掛ける。
「津久井さ――」
「麻衣たちも来たのね」
 突然の声に振り返ると、そこには吉野さんがいた。彼女は僕らに近づき、津久井さんを見る。
「津久井の様子が気になって……大丈夫なのかな?」
「それが……」
 麻衣は心配そうに津久井さんを見つめた。僕がその言葉を続ける。
「……返事がないんだ」
 吉野さんはその言葉を聞くと、「ハッ」としたように僕らを押しのけて津久井さんの枕元へ駆け寄った。そして、津久井さんを強く揺すったのだ。
「津久井! 津久井!」
 しかし、津久井さんは無反応のままだった。
 僕は背筋に冷たいものが通り過ぎるのを感じていた。吉野さんは、徐に津久井さんの手首の辺りを触った。そして、「ひっ」と悲鳴を上げた。その時、津久井さんの布団から丸い何かが転がり出た。
「こ、これって……」
 吉野さんは、黙って麻衣を見た。
「それは……私が萌にあげたキーホルダー……?」
 それはゴム製の丸い人形の付いた大きめのキーホルダーだった。一体何故ここに?
 僕は動けなくなっている麻衣をそのままに、急いで二人に近づいた。

 やはり薄暗いこの部屋で、津久井さんの顔色は分からない。彼女は横を向いて寝ている為、その表情も確認できない。布団の上に跨る等すれば分るだろうが、それは僕自身の男としてのプライドのようなものが許さなかった。女性の寝顔をガン見するなんてハレンチ極まりない行為、僕にはできない。
「義高君……麻衣……」
 吉野さんが俯きながら呟いた。
 ふと彼女の手元を見ると、何と彼女は津久井さんの手首を触っていた。つまり、脈を取っていたのだ。
「……吉野さ――」
「もうこれ以上、ここにいるのはやめよう?」
 彼女は泣くのを堪えるように言った。

 この瞬間、僕は闇に堕ちた。
 薄暗い部屋が、急に暗闇に戻った。
 そんな……嘘だろ?

「縁? 何……意味分からないよ?」
 麻衣はふらっと僕たちに近づく。が、吉野さんは麻衣が津久井さんに近づくのを止めた。
「縁……離して」
「駄目よ……行かせないわ」
「嫌よ、離して! 萌と話したいの!!」
「麻衣! もう分かってるんでしょ!?」
吉野さんが悲痛な声を上げる。
「麻衣……津久井さんはもう――」
 僕も他に言葉が見つからなかった。
「っ……信じない! そんなの絶対信じない……っ!」
 僕と吉野さんの言葉に喰いかかる様に麻衣は叫ぶ。
 僕と吉野さんは、必死に麻衣を抑えた。麻衣はもがきながら叫び続ける。
「萌っ! 嫌よ! 私は絶対こんなの許さないからっ……! 今まで散々迷惑掛けっぱなしだったくせに……っ、その借りも返さずいなくなるなんて、そんな無責任なこと……絶対っ…許さないからぁっ……!! 早く起きなさいよっ……!!!」
「っ……」
 この言葉に僕と吉野さんは言葉を失った。
 僕は麻衣を掴んでいた手を離した。吉野さんも同じようにした。もう止めることはできなかった。
 麻衣は津久井さんに駆け寄ると、その場に座り込んだ。
「萌……嫌だよ……こんなの卑怯でしょ……?」
 麻衣は津久井さんの手を触り、声にならない声を上げた。
 きっと、その冷たさに驚いているのだろう。
 僕も今まで知らなかった。
 死者の体があんなにも冷たいなんて……。
「義高君……津久井の手、氷みたいに冷たかったの……」
 吉野さんが横で呟いた。
「脈も無かった……津久井は……もう本当に……っ!」
「吉野さん……」
 僕が言うと、彼女は麻衣の元へと駆け寄った。
「麻衣……もう行こう?」
「縁……萌の手、冷たくてっ……――」
 泣き出した麻衣を立ち上がらせた吉野さんは、そのまま麻衣に抱きついた。
「麻衣っ……ひっく……」
「縁ぃ……っ……うぅっ……」
 僕は、泣きながら抱き合う二人を黙って見守った。



 僕は心の中で神に叫ぶ。

 どうして……皆の大事な人を奪うのですか?
 どうして守ってはくれないの?
 津久井さん……
 君はどうして先に逝ってしまったの?
 皆を……置いて逝ってしまったの?

『津久井 萌。美人弁護士って言われてます☆』
『まっすーを殺したのはあんたたちよ!!』
『ありがとう……義高君……』
『犯人捜し、お願いします!!』
『犯人を必ず法廷へ連れてきて!』
『千絵子に申し訳が立たないじゃない!!』


ねえ――津久井さん――……



「二人とも……この事は皆にはしばらく言わないほうが良さそうだ」
 僕は泣き止んだ二人に囁いた。
「そうね……パニックになるだけだね……」
「うん……」
 僕ら三人は、津久井さんの部屋を静かに出た。と、その時どこかで聞いたことのあるようなメロディーが流れてきた。どうやら津久井さんの部屋から聞こえているみたいだ。
「何だ……?」
 僕が訝しがると、麻衣は立ち止まった。吉野さんは何か思い出しているようだ。
「この曲……萌の着メロだ……」
「津久井この曲好きだったもんね。アラーム……?」
「アラーム……七時二十分にセットしていたのか」
 僕は何気なく呟いた。
 携帯の着メロと、アラームを同じ音にする人もいるんだな――そんなことが何故か引っかかった。
 そして衝動的に携帯を見たが、圏外だった。
(ただのアラームか――)
 僕は溜め息を吐きながら携帯をしまった。
 すると麻衣も大きく溜め息を吐き、「きっと酔っていたんだわ……」と呟いた。
「え?」
 僕は聞き返したが、麻衣は「何でもないから」と手を振った。気になるな……。
 廊下の真ん中辺りまで来た時。吉野さんは「もう平気よ」と言って、そのまま部屋に戻っていった。
 別に送ったわけでは……と、心の中で思ったがあえて口には出さなかった。僕の本能が危険信号を発していたから。

「麻衣……」
 横で佇む女探偵を見つめた。
 津久井さんは死ぬ直前まで、麻衣のことを思い出していたに違いない。キーホルダーが何よりの証拠だ。
 すると彼女は僕を見上げ静かに、しかしよく聞こえるように言った。
「……犯人を捜そう」

 麻衣はとてつもない程の気迫を放っていた。
 親友の死は、彼女を成長させたのだろうか?

(津久井さん……どうか僕らを見守っていて!)
 僕は麻衣を見つめながらそう強く願った。






















 僕は独り考え込んでいた。
 僕たちはあの後、お互いの部屋に戻り各々推理をすることになった。今頃向かいの部屋では、麻衣が僕と同じようにこの事件を振り返っているに違いない。
 僕は麻衣に「一緒に考えるか?」と言ったのだが、麻衣は「今は独りで考えたい」と独りでいることを望んだ。そして今に至る。
「ふう……先輩どうしてるかな〜……」
 僕は溜め息を吐いた。

 大塚先輩――僕は、僕の行動は間違っていませんよね?
 僕のやっている事は……僕らのしている事は正しいですよね?

「はあ……疲れたな。とても今は物事を考えられそうにない」
 呟いて、布団に寝転がる。
 天井がとても高く思えた。
 窓から差し込んでくる光はとても暖かく、春を感じさせる。この場には似つかわしくないと切に思った。

 さっき気付いた僕の矛盾。
 まず第一に、ここで彼らが同窓会をするという事を知っているのは彼ら以外にはいないのではないのだろうかという事だ。
 そもそも外部の人間の犯行だとしても、動機が全く分からないじゃないか。
 むしろこう考えていくと、何故外部犯の犯行等と考えることができたのかが逆に不思議だった。
――やっぱり犯人はこの中にいる……一体誰なんだ?

 ここまで考えて、今までの緊張が緩んでしまったのか僕は急に抗い難い眠気に襲われた。
 しかしこのまま無理に起きていても、どうせ頭は働かないだろう。僕は少しの仮眠をとることにした。
「えーっと……携帯は――」
 スーツのポケットをあさり、携帯を取り出す。アラームをセットしようと。
 そして、その携帯を開いた僕は自分の目を疑った。
「な、何でだ……?!」

 どこかで扉の音がした。






 私は窓に寄りかかるようにして立っている。
 義高の誘いを断った私は、一人今までのことを振り返っていた。
「萌……絶対に私は仇をとるから」
 そう呟くと、溜め息が出た。

 私は、さっきの着メロが萌のものだと分かった。
 それはそうだろう。何せこの旅行に来る前まで、私たちはほぼ毎日と言っていい程顔を合わせていたのだ。萌の着メロは、嫌というほど聞いている。覚えていて当たり前なのだが……。
「でも……じゃああの時は……」
 私は首を振り、自分の考えを否定した。

 だから何だというのだ。
 あの時私は酔っていた。そんな時の記憶は当てにならない。
 私はこの考えを振り払った。

 ――ふと義高の顔が浮かぶ
「一緒に考えるか?」と言ってくれた義高。でも私は今、独りでいなくちゃいけないような気がした。
 人に頼っては駄目だと思った。理由はないけれど。
 それに義高は疲れていた。これが断った理由の一つでもある。
 義高は私がいない時にもずっと一人で頑張ってきたのだ。何も知らない他人の為に常に気を張っていたに違いない。
 だからもしあの時、私が彼と一緒にいることを望んだら彼はまた休めない。いくら信頼してくれていても、やっぱり人がいると休まらないだろうに。私は義高に、この時間を体を休める時間に当ててもらいたいのだ。
 しかし、負けず嫌いの彼のこと。きっと正直に言えば納得してくれないだろう。
 だから私はあえて自分が独りになりたいと強調したのだ。そうすればきっと彼は納得するだろうから。
「さて……私は考えなきゃね」
 そう自分に言って、手帳を開こうとした時だった。

 ――プルルルルル プルルルルル

「!?」
 鳴るはずの無い音に驚く。そして次の瞬間、自分の目を疑った。
「携帯が……ある!?」
 部屋の隅、物陰には、どこかに落としてきてしまったはずの携帯があった。そして、音はそこからしている。
「何で……?」
 私は携帯があるということにも心底驚いたが、何よりも圏外のはずの携帯が繋がっているという事のほうが驚いた。
 慌てた私は着信者も見ずに通話ボタンを押していた。
「もっ、もしもし!?」
 すると聞こえたのは、私と同じくらいに慌てた声だ。

『もしもしっ!? 麻衣?』
「もしかして、華子!?」

 電話の相手は華子だった。
 華子は焦っている。
「携帯がいきなり圏外じゃなくなってて! で、びっくりして誰かに掛かるかどうか試してみたんだけどねっ! 良かったーーっ!」
「うん! とにかく急いで警察に電話しなきゃ!」
『分かったわ! 任せて!』
「私はこの事を他の皆に伝えるから!」
 電話を切った私は、大急ぎで部屋から飛び出た。そして部屋から出た私は、その光景に思わず尻餅をつきそうになる。
「「「うわあっ!」」」
 何と、他のメンバー全員が一斉に部屋から顔を出していたのだ。これは本当に恐ろしかった。コント状態だ。
「皆……」
 私は言うまでも無いことは分かっていたが、それでも口にしないでいられなかった。
「携帯が繋がってる!!」




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ついに14章まで漕ぎ着けました。もう、お話も終盤です。さてさて、携帯は繋がりましたが、事件はこの先起こらないのでしょうか?
人間、気を抜いた時が一番危ないですからね……案外、こういう時に、人間の真価が問われるのかもしれません。
次回は、最後の幕間。外の世界との繋がりを持った一行は、思わぬ人物と思わぬ再会を果たすことになります。
果たしてそれは……?(そういえば、『慟哭、そして・・・』っていう18禁ゲームがあった気がする……)