「麻衣が津久井さんを追いかけていった後、僕はみんなに警察に連絡するように言った。そして津久井さんらしき悲鳴が聞こえて、僕と吉文、吉野さんと堀之内さんで麻衣たちを捜しに行く事にしたんだ」
(やっぱり、警察に連絡しようとしたのね?)
 私はメモを取りながら、相槌のみ打つ。
「案の定、二階は真っ暗。辛うじて非常灯の幽かな明かりと、懐中電灯のおかげで先を見られた程だった。麻衣たちは良く走れたね」
 義高は冗談めかして言った。
「う、うん……何せ夢中だったものでυυ」
 私は俯きながら答えた。確かに自分でも、よく走れたと思う。恐るべし、自分。義高はそんな私を見て苦笑し、続けた。
「それで、一階にやっと着いたが、やっぱり真っ暗ときた。闇雲にみんなで捜しても仕方ない、ということになって。そう、確か吉文が『二手に別れて捜そう』って持ちかけてきたんだ。まあ僕も別に反対する理由がないから賛成して……僕と吉野さん、吉文と堀之内さんというペアに分かれた。そういやあの時、吉野さんは僕に何か言いかけたな……」
「縁が?」
 私は気になって尋ねたが、義高も結局は何が言いたかったのか分からなかったらしい。私はこれもチェックした。縁は何か知っていたのだろうか?
「僕らは玄関側、つまり階段下りて左手へ。吉文達は逆の右手へ、それぞれ分かれて捜し始めた。僕らはまず、談話室に向かいそこで吉野さんの……おまじない? で、玄関の方へ来たんだ。ていうか、彼女は……その……何だかすごいね……υυ」
 義高は複雑な顔で言った。私も同じような顔でそれに答える。
「あはは……あの子の直感とかおまじないは信じた方がいいよ……ほら、銀座の魔女だしね」
「あはは……」
 私たちは空笑いをしながら、縁の事を思っていた。
 彼女は敵に回すまい、絶対に……。(しかし既に義高は敵に回してしまっていた)
「で、玄関近くになって、ちょうど廊下傍まで来た時吉野さんが突然『誰かいる』って言ったんだ。彼女はとても怯えていて、僕一人で確かめに行くことにした。今思えば、かなり危険な事したよ」
(義高も必死だったんだ……)
 私と同じように、彼も必死に私と萌を捜してくれていたのだ。彼には感謝の気持ちでいっぱいだった。
「途中懐中電灯が壊れてしまったり(壊してしまったの間違い)、壁には血が付いていたりで、本当に参ったよ。結局廊下の端に津久井さんが倒れていて、とりあえず一端捜索終了したんだ。そしてまた、帰り際に『メール』が来た。何故かこの時、電波はあったんだよ」
「死神ね」
「今度はこれだ」
そう言うと彼は、また携帯を私に見せた。私がメールを見ていると、彼は言った。
「…津久井さんが見つかって良かったけど、君はいない……やっぱり落胆は大きかった」
(そう真剣に言われると……ちょっと照れるような……)
「益子君の事を思い出して……すごく怖くなった。麻衣も同じ目に遭っていたら……そう思うと僕だけでなく、吉野さんたちも、麻衣がいなかった事に落胆は隠せなかったみたいで」
「あ……」
 私は言葉に詰まる。
 私の事を、みんな本当に心配してくれていたんだ。私が萌を心配したのと同じように……。
「でも僕は諦めなかった。死神の言葉だけを信じたわけではなかったけど……この時だけは、死神の言葉を支えにして、僕は希望を捨てなかった」
 義高はそう言うと、私を見つめる。

「信頼する者……」
 私もちょうど、メールのその言葉を読んでいた。
 義高は一間置くと、瞬きもせずに言った。
「僕の信頼する者――それは君だ」
「……私?」
 思わず聞き返す。
「ああ」
「……」
 私が一番に信頼しているのは誰だろう? 私は、義高を……。
 黙ってしまった私に義高は優しく言った。
「麻衣、いいんだよ。麻衣の信頼する者が、僕じゃなくても」
「違う、義高を信頼してないんじゃないの。だけど……」
私が弁解すると、義高は笑って言った。
「分かってる。麻衣には麻衣の、僕には無い時があった。僕は君たちの信頼関係を、知りうることはできない。みんなが苦楽を共にしてきた事、想像する事しかできない。だから当然なんだよ」
 そうではない。
 信頼って言うのは、確かに月日と共に深まっていくものだけれど。
「……そうじゃないよ。違うのよ、義高」
 私は強めの口調で続けた。
「私はあなたを信頼してる! じゃなかったら、こんな風に部屋を訪ねたりしないし、まして、あなたが助けてくれるなんて信じたりしないよ!」
「麻衣……」
「私……戸惑ってるのかもしれない。知り合ったばかりのあなたの事を、こんなにも信頼している自分に……」
 そうなのだ。私はいつの間にか、義高のことを信頼できている。

 私は滅多に他人に頼らない。
 頼り方がよく分からないというのもあるけれど、多分きっと、誰も心から信頼できていないのだろうと、漠然と思っていた。
 だから、私自身信頼されていても、私は相手を信頼できないことが多い。
 このメンバーは、信用していたけれど……やっぱりそれももう出来そうにない。

 義高とは……大した出会いじゃなかった。ある意味劇的な出会いと言えるかもしれないけど……。
 道に迷っている途中で出会ったなんて、かなりマヌケな話で、おまけに一度は別れたのだ。もう会う事もないと思ったけど、結局は再会した。 
 彼と過ごすうちに確信した。この人となら……と。
 彼は私を裏切らない。何故かそう確信できる。
 こんなにも必死で、私たちを助けようとしてくれている義高は、私よりも、警察としての誇りも持っていて、実力も兼ね備えている。
 
「きっと……私がそのメールを貰ったら、間違いなくあなたの事を思い浮かべるよ」
 義高が安堵したように見えた。私も何故かほっとした。
 きっともう、理屈なんかじゃないと思う。
 なんで? と聞かれても答えられない。強いて言うなら――女の勘、と答えるしかない。

 義高は話し出す。
「僕はまだ、いや、下にいた人達は皆、圏外になってしまっている事や、電話線が切られている事を知らなかった。でも不思議だ。秋山さんの話では、場所を変えても圏外だって言っていたのに、どうして僕にはメールが届いたんだろう?」
「きっと死神が関係しているのね」
「死神……奴が犯人なのか……?」
 私たちはしばらく考えたが、一向に答えは出ず、話を変えることにした。すると突然、義高が思い出したように、ポケットから何やら取り出した。
「ここで僕はこれを拾ったんだ」
 そう言って義高は私にそれを渡した。――ストラップだった。
「これは私の! そっか……あの時あそこで落としたのね……」
 しかし、肝心な本体。即ち携帯電話はどこに行ってしまったというのか。犯人に盗られてしまったのか?
「麻衣はさっき、『悲鳴が聞こえて行ったが、津久井さんはいなかった』って言っていたよね? それは間違いない?」
「うん。誰もいなくて私、萌が犯人に誘拐されたのかと思ったの。そうしたら……」
「後からいきなり口を塞がれたわけか」
 義高は腕を組みながら言った。
「僕が思うにたぶん、君はクロロホルムの染み込ませてあった布か何かを口に押し当てられたんだと思う。意識が朦朧とするような、眠気にも似た症状が現れたことが何よりの決め手だ。犯人は最初から君を殺す気はなかったんじゃないかな。もっとも、あんな暗い廊下で即座に君を判断できたかどうかは甚だ怪しいが……」
「うん。私も意識を取り戻してから色々考えていたんだけど……犯人は私に対して殺意のようなものを持っているようには感じられなかったわ。偶々下に降りてきた私と萌に驚いただけなのかしら……」
「それは変だな。違う」
 義高がピシャリと言い放つ。駄目っすか? 私の推理は。
「確かに麻衣の推理は間違ってないと思う。ただそれが腑に落ちない理由が幾つかあるんだ」
「?」
「まず一つ。津久井さんの証言では、彼女はいきなり殴られて気絶してしまったらしい。僕が発見した時はかなり酷い状態に見えた。服は破けていたし、所々に傷が見えた。もちろん、君の姿は見てないと言っていた」
「そうなの……」
 私は萌がそんなことになっていたなんて知らなかった。そんな酷い目に遭ったなんて……。
「でも、吉野さんが手当てをしてあげていた時、彼女はたいした傷はないと言っていた。まあ足を少しひねってはいたけど」
「そう。良かった……」
「問題はこっから。まず僕がさっき話した廊下の壁の血。これはかなりの量が付いていたように思う。僕は最初、麻衣か津久井さんのモノだと思った。しかしそれはどうやら違ったらしい。では何故犯人はこんな事をしたのか? ということになる」
「うん、確かに。私は怪我と言う怪我はしてないし」
 縄の痕ならあるけれど……貞子っぽい。
「もう一つ。犯人は何故、麻衣は監禁し、津久井さんはそのまま放置したのか。何故彼女には怪我を負わせたのか。という疑問が残る。これは一体どういうことなのか分かるか?」
 私はいきなり尋ねられて困った。
 私はてっきり萌も誘拐されたのだと思っていたのだ。だってあの時いなかったのだから。
 だから、私だけが捕まった事を正直疑問に思った。ビックリした。あの時萌は一体どこにいたのだろう……。
 私はとりあえず、思ったことを口にした。何も言わないよりはマシだ。
「理由は私にも分からない。犯人は萌に恨みがあってその腹癒せなのかもしれない……でも、今までの事を考えるとするならば。私たちが誰かに試されているとするならば……」
 私はあえて言う必要もないと思ったため、最後まで言わなかった。きっと義高も同じ事を思ったと思うから。義高は頷いた。
「……やっぱりそういうことだろうな。犯人は……いや、まだ分からないけどきっとあの時、麻衣の力を封じたかったんだろう。僕一人にさせたかったんだ。二人が揃うと厄介だと思ったのか、僕一人で事件に対峙させたかったのか……」
「もう二人、揃っちゃったけどね」
 私が苦笑すると、義高も笑った。
「そうだな。犯人にとっちゃ最悪な展開だな」
「でも……それじゃあ犯人は……私を捕まえた奴は、私と義高の職業を知っていたってことよね?」
 私はそう言って確信した。やっぱりこの事件、最初から全部仕組まれているんだ、私たちは誰かが作ったシナリオの上で、動かされているんだ、と。
「そういうことになるな。そうすると、本部へ繋がらなかったのも、犯人の仕業なのかもしれない」
「うん。回線を一時的にジャックされたのかもね」
「相当キレる犯人みたいだな……」
「……どうやら一筋縄じゃいかないみたいね」
 一体どんな奴なのだろうか。そんなことができるなんて……
 もはや既に警察が相手にできる奴じゃないのかもしれない。こっちに勝ち目はある……?
「麻衣、脱線したが、話を元に戻そう」
「あ、うん」
「で、二階に戻った僕らは衝撃的な事実を聞く。電話が繋がらないということだ。旅館の電話線は全て切られ、携帯も圏外。もはやどうにもならない状況に陥っていた」
「携帯……なんでいきなり圏外なのかしら」
「おそらく、犯人が『妨害電磁波』を出しているに違いない。半径何メートルは全て圏外にできるという厄介な代物だよ。それをこの屋敷の至る所に仕掛けられているとしたら……もしくは、改造してあって、何メートルどころじゃなく、何キロの世界かもしれない。そうすると屋外でも圏外の理由がつく」
「……ここまでされていたら、私たちは一体どうすればいいのかな……」
 絶望的だ。この状況は。
 私が不安げな眼差しを向けると、義高はきっぱり言った。
「犯人を僕らで見つけるだけさ」












「――と、ここまでが君を見つけるまでなんだけど。どう? 分かった?」
「うん。大体は」
 私はあれから、佐田達が取り乱し出て行って、橋が千切れて巻き込まれてしまった事、それから私を見つける経緯までを聞いた。 
 あと、私の考えた「脱出法」が無理なる理由。
 これは、私と義高が迷いながらここまで辿り着いた時、確か私たちはあの吊り橋を渡らなかったのだ。だから、別の道があるのだからそこから出られる、というものだった。
 しかし、義高曰く「僕らは確かにあの吊り橋を渡ってはいないけど、丸太でできた、もっと弱そうな橋を渡ってきたんだ。一応確かめてみたけれど、橋らしきものは無かった」ということだった。結局は、橋を渡っていたらしかった。記憶にないけど……。 
 短時間で在り得ないほどの事が起こっていた。いや、実際在りえたのだけど……。メモをとらなかったら何もかもさっぱり、といったカンジである。
 私はメモを見返した。気になってチェックしたところを拾い読みしてみる。
「うーん……やっぱり分からないな」
 義高にも見せたが、肩を竦めて首を振っていた。私はしばらくの間メモを見ていた。また、義高のとも照らし合わせてみた。
「あれっ? そういえば……」
 私は最初にまっすーの遺体を見たときに抱いた、違和感を思い出した。何が引っかかったんだっけ?
「ねえ義高。まっすーの部屋、何か変じゃなかった?」
「麻衣も気付いた?」
「も、ってことは、義高も気付いたのね?」
「うん。全く抵抗の跡がなかったよね」
「それだ!!」
 私は手を打った。
 そうなのだ。何かが変だと思っていたのはこれだった。
 しかし、このことから私の推理は、最悪な結論に至ってしまった。
 そんなことは考えたくない。在りえない、そんなこと。
 でも、ここから弾き出される犯人像は……。
「義高……犯人は……」
 私はこの先を言う事ができなかった。きっと彼はもう分っている。義高は言った。
「ああ……犯人は彼らの中にいる」
 私は崖から突き落とされた気分だった。





 それから私は、彼、義高の推理を聞いた。
 みんなの前で宣言した事も、義高が一人で考えた事も、全てを聞いた。どれもこれも、納得のいくものばかりで、もはや異議を唱える事は叶わなかった。
「こういう時……一体どうすればいいのかしら?」
 私が虚ろに呟くと、義高も遠くへ視線を向けた。
「僕は今……初めて刑事を辞めたいと思ったよ……」
 私たちが同時に、溜め息を漏らした時だった。

――コンコン

突然ノックの音がした。私たちは一瞬で身構える。
「義高……」
 私が言うと、義高は人差し指を口に当て、「少し様子を見よう」と言った。私はそれに従う。

――コンコン コンコン

 さっきよりも明らかに音は大きかった。義高は、すっと扉に近づくと、「誰?」と囁くように言った。すると、消え入りそうな声が返ってきた。
「義高君……? 麻衣ちゃん?」
「……千絵子?」
 義高は「堀之内さん……?」と確かめるように、扉の向こうの人物に言った。
「うん。義高君、麻衣ちゃんもそこにいる?」
 間違いない。千絵子だ。義高は私に視線を向けると千絵子に言った。
「いるよ。どうしたの?」
 千絵子は少し間を置くと、小さく言った。
「二人に、どうしても話したい事があるの」

「義高」
「うん」
私たちは頷き合うと、静かにその扉を開けたのだった。


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 10章<分岐A>はここまでです。このルートは、私が最初に書いたものを、ほぼそのままの形で載せているので、一番古臭いです(笑)
  しかし、一番思い入れの強いルートでもあります。ここからは、もう一本道と言っても過言ではないので、是非一緒に最後までお付き合いくだされば、幸いです。