第三幕〜将軍様の華麗なる転身、其の二〜



「ふあぁ……今日もいい天気だなー」
 腕を伸ばしながら、欠伸をする代官屋敷の役人、若菜結人。そんな彼の前に、ふと目に付いたのは……

「大丈夫?! 歩ける?」
「っ……うん……へ、平気よ」
「無理しないで? 休む?」
「大丈夫……もう、目の前だし……」

 二人の女性が、道端で何かを話している。しかも、片方の女性は足を押さえて辛そうだ。結人は思わず二人に駆け寄った。

「おい、大丈夫か?」
「あ……お侍様……」
 髪の長い女性が、結人を振り仰ぐ。色白の、とても美しい女性だった。
「あれ……君、どこかで会ったことある?」
「いえ。お初お目にかかりますわv」
 にっこりと微笑んだ女性に結人は思わず顔を赤らめつつ、事情を問う。
「怪我してるのか? こっちの彼女は」
「はい……長旅が祟ったのでしょう。足を痛めてしまったらしくて……」
 そう言って、もう一人を心配そうにみやる女性。結人は、足を押さえる女性に問いかけた。
「足、痛むのか?」
「は、はい……少し……」

 そう言って、結人を見上げたこちらの女性に……結人は息を呑んだ。
 短めの、少し癖のある髪から覗く、大きな茶色の瞳。色素の薄い髪によく映えるそれに、結人は引き込まれた。髪の長い女性もとても美しかったが、こちらの女性はそれをも凌ぐほどの、まさに絶世の美女であったのだ。

「俺、ここの屋敷のものなんだけどさ! 良かったら手当てしてやるよ」
 二人の女性は顔を見合わせると、とても嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます」
「お世話になります」
 その綺麗な微笑みに、結人は鼻の下を伸ばしながら屋敷へと案内したのだった。



「へえ! じゃあ君たちって、この屋敷目指して来たの??」
「はい、遥か遠く、西の地より参りました」
「こちらのお屋敷には、とてもお優しい、素敵なお代官様がいらっしゃるとお聞きして……一度お会いしてみたいと思ったのですわ……」
 二人の美女の言葉に、結人は目を見開いた。一体どこをどう脚色して話したら、三上が素敵で優しい代官になるのだろう、と。
「ちょ……そんな噂が流れてるのかよ!? それ嘘! 全くのデタラメ!! 信じちゃ駄目だって!!!」
 きょとんとする二人に、結人は立ち上がる。
「二人は超俺のタイプだから教えるけど、ここの代官は悪代官の極みとも言えるくらいのヤツなんだよ! 働き口が無くて仕方なくここにいるけど、ホントは俺、マジで転職したいなーって思ってるくらいでさー!!」
「そ、そうなのですか?」
「そうそう! しっかもさー、君たちみたいな可愛い子をいっつも沢山侍らしては遊び放題!! ね、悪いことは言わないからさ、うちの代官だけは止めといた方がいいよ!!」
 力説する結人に、美女二人は面食らったような顔を浮かべる。しかし、髪の長い方の女性が、すっと立ち上がる。
「……貴方様は、とてもお優しい方なのですね。
……見直したわ
「へ?」
 ぼそりと聞こえた言葉に、結人は訝しげな顔をする。しかし、目の前の女性は何事も無かったかのように微笑んだままだ。
「いえいえ、何でもありませんわv そうですわ……ここでお会いしたのも何かの縁。お侍様、貴方のお名前を教えていただけません?」
 そう言って微笑んだ女性に、結人は顔を赤らめながら言う。
「俺は若菜結人! 君たちの名前は?」
「私はと申します。とお呼びください」
 スッと視線を向けると、もう一人の女性も立ち上がる。
「……翼です」
 俯き加減で呟くように名前を告げる翼の手を、がしっと掴む結人。その瞳は、爛々と輝いている。
「翼ちゃんて言うんだ!? かっわいー名前だね!! よろしくねーvvv」

――――ブツブツブツブツ

 何かがざわめき立つ音が聞こえると同時に、翼はにっこりと微笑んだ。……真っ青な顔に、冷や汗を浮かべながら。ちなみに今の怪音は、翼の鳥肌が立った音である。
も超美人だし!! こんな美人二人に会えるなんて、俺ってマジラッキー!!!w」
 そう叫んで、の肩をガシッと掴む結人。
 そんな時、バンッと襖が開かれた。
「おっはよー若菜! 今日も有希ちゃんとこ行くよー……って、お客さん??」
「よお藤代! 今俺美女たちと取り込み中v」
 中に入ってきたのは藤代誠二。誠二はと翼を交互に見やると、キラキラと目を輝かせた。
「うっわーーー!!! マジで美人―――!!!! 超可愛いーvvv うわーうわー! 若菜ってばいいなーー!!」
 興奮気味な誠二に、はにこりと笑いかける。
「初めまして、お侍様。と申します」
「翼です」
「初めまして!! 俺、藤代誠二って言うんだ!!! 何で君たちみたいな可愛い子がこんなとこにいるの??」
「実はさ、この二人…………」

 結人が事のあらましを説明すると、誠二も驚いたように捲し立てる。
「そ、それは駄目だよ!! 三上先輩は、女癖最高に悪いんだから!!! 君たちみたいな可愛い子、すぐに襲われちゃうよ!? すぐにこの屋敷から出た方がいいよ!!」
「そうだぜ! あ、そうだ。藤代、近くの宿屋に二人を匿おうぜ! 足が治るまで、俺たちがと翼ちゃんの面倒見るってのどうだ?」
「それ賛成!! ちゃん、翼ちゃん、俺たちに任せてよv」
 意気揚々な二人に、は苦笑いを浮かべた。
「……お二人のお心遣いはとても嬉しいのですけれど……」
 ここで言葉を切ったは、ちらりと後ろを振り返って言った。
「……お代官様、いらっしゃってるみたいですわ?」
「「……っ!?」」

 顔面蒼白な役人二人を、悪代官はこめかみを引き攣らせながら睨んでいる。その隣で溜め息をつくのは腹心の英士。
「ひっ……三上先輩……いつからここに……?」
「……あぁ? 今さっきからだぜ……?」
「いや……これには深い深いわけが……」
「藤代……若菜……テメエらは、どんな拷問がお望みだ?」
「「も、申し訳ございませんでしたぁっ!!!!(泣)」」
 逃げるように部屋から飛び出して行く二人に、畳み掛けるように怒鳴る三上。
「もし今日中に有希を連れてこれなかったら、テメエら二人とも裸で町内引きずり廻しの刑だからな!!」
「「ぎょ、御意ーーーーっ!!!!!(涙)」」

 一瞬にして姿の見えなくなった二人に舌打ちした三上は、目の前の美女二人に目をやった。そして、にやりと笑みを浮かべる。
「ほう……この江戸に、こんな美人がまだいたとはな」
と申します」
「翼です」
「お前ら、何でこんなとこにいる?」
「それは……お代官様に、是非一度お会いしてみたかったからですわ」
「ほう……?」
「そして……願わくば、お傍に置いていただけたらと思いました」
 頬を赤らめながら、上目遣いにそう呟く。三上は生唾を飲み込みながら、ニヒルな笑みを崩さないようにするので精一杯だった。
「クッ……随分可愛いこと言ってくれるじゃねえの。、気に入ったぜ? お前を俺のモノにしてやるよ」
「嬉しいっ……お代官様、は幸せですわ」
 そう言って、三上に擦り寄っていく。隣で聞いていた翼は、こめかみを引くつかせながら、拳を握り締める。いくら演技だとは言え、があんな台詞を、こんなエロ代官の前で吐くことが、どうしようもなく腹立たしいのだ。
「翼……お前も俺の女になりたいのか?」
「……んなわけないだろ、このエロ色魔」
「ん? 何か言ったか?」
 青くなったは無視して、翼はにっこりと微笑んだ。
「いえ? 何でもございません。私も是非、三上様の傍に置いていただきたいですわv」

――――ぞわぞわぞわっ

 何となく、背筋に悪寒が走った三上。その寒気の理由は、想像に易い……。
 こうして二人の美女(?)は、まんまと三上に取り入ることに成功したのであった。






「……大成功だね! 翼、名演技だったよvv」
「……死ぬ。もう耐えられない」
 三上に宛がわれた部屋で、二人は両極端な空気を発していた。は作戦が順調に進んでいることで嬉々とし、翼は蒼白な顔で俯いている。
「何暗い顔しちゃってるのよー。将軍様の華麗なる転身! なのに」
……お前、他人事だからって言いたい放題言ってくれるね?」
「だってだって、あの若菜も藤代も、あのエロ代官でさえ皆翼の虜じゃない。女の私としてはちょっと複雑だけど、でも流石私のお仕えする将軍様ですわv はこんな将軍様にお仕え出来て、幸せでございます」
「……まあ、分かってるならいいけど」
「うふふっv」
 の言葉に、気を良くした将軍様、段々と普段の調子を取り戻してきたご様子。当初の目的である、代官の謀反についての考えを語りだす。
「……今は丁度、夕刻前。そろそろ、柾輝たちが動き出す頃だね」
「とりあえず、ノリックとシゲには、三上と懇意にしているらしい杉原屋へ行ってもらってるし、二人の連絡が来次第、こっちも行動を起こすって感じでね」

 謀反の企てを暴くには、その現場を取り押さえるか、もしくは逃れようの無い証拠を引っ掴むかどちらかしかない。たちの作戦は、内外から証拠を見つけ、あわよくば悪企みの最中に、家来諸共引っ捕らえる……というものだった。

「あいつらなら、まあ大丈夫だとは思うけど……油断は禁物。、お前は特に気を付けろよ」
「大丈夫だよ。三上も大したことなさそうだし、何より翼様がいてくださるんですもん」
 そう言って笑ったに、翼も苦笑を漏らす。

 しかし……どんなに甘い空気が流れようとも、傍から見れば女同士が仲睦まじく歓談しているようにしか見えないのが悲しいところ。


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