第二幕〜代官と越後屋、そして町奉行所〜



――――代官屋敷

「代官様、杉原屋が来ておりますが……いかがいたしましょう?」
「ん? ああ、通せ」

 美女を侍らしながら、酒を飲む代官三上こと、三上亮。その前に、すっと入ってきたのは、越後屋もとい、杉原屋こと杉原多紀。

「お代官様、例の件でご相談したいことが」
「分かってる。ほらお前ら、ちょっくら席外せ」

 三上が顎で合図すると、美女たちはすすっと部屋から出ていく。それを見計らったかのように、杉原は口を開いた。

「相変わらず、女性には不自由していないご様子ですねぇ」
「ケッ。どいつもこいつも、似たような奴ばっかで飽きてんだよ。やっぱり俺が欲しいのは、有希しかいねえよ」
「有希……ああ、あの団子屋の娘のことですか。美人で気立てが良いと有名ですね」
「まあな。あの気の強さ……クククッ、まさに俺様好みだぜ」

 そう言って、喉を鳴らす三上。杉原は、柔和な笑みを崩さず言った。

「まあそちらは、ご検討をお祈りします……とだけ言っておきましょうか。本題は、将軍家の失脚ですから」
「そうだな。そっちの準備は整ってんのか?」
「ええ、大体は。あとは、将軍家縁の姫君でも人質に出来れば、申し分無いのですが」
「ほう……それはどういう了見だ?」

 杉原屋いわく、将軍家は過去数回、将軍の娘、またはそれに近い姫を人質に捕られ、降服せざるを得ない状況に追い込まれたことがあるという。現将軍家の血筋のものは、幸か不幸か慈悲深く、人質にされたものを捨て置くことが出来ない性分だそうで。それを逆手にとって、将軍家を失脚させるというのが、今回の謀反の全貌であった。

「クックック……杉原屋、お前も中々悪よのう?」
「いえいえ、お代官様ほどでは……クスクス」
「人質に取る奴が、気の強い女だったら……俺様が直々に戴くことにするか」
「おやおや、見境の……いえ、好色な方ですねぇ」
 杉原の言葉に、三上は笑みを深くする。そして、懐から何やら黄金色に光るものを取り出した。
「持っていけ。今までの分だ」
「これはこれは、お気遣いをどうも。では遠慮なく」
 笑みを崩さないまま、スッと袖の下にしまい込む。その動作の自然さに、代官三上でさえも、杉原屋の素性の黒さ(!)を想像する。……コイツは、色々やってやがる、と。
「クッ……お前、ホントは俺以上に悪代官に向いてるんじゃねえか?」
「クス……何のお話です? 僕はそんな器じゃありません」
 言葉とは裏腹に、杉原屋の瞳が一瞬、鋭く開かれたのを代官三上は見た。その眼光の鋭さに一瞬気圧され掛けたが、何とか踏み止まる。
「それじゃあ今宵はこれにて」
「ああ」
 音も無く出て行く杉原屋。
 彼の気配が無くなったところで、三上は舌打ちをする。
「ちっ……油断のならねえ野郎だ」
「代官、今は杉原屋の策で動くのが得策かと」
「……郭か」
 杉原屋と入れ替わりで入ってきたのは、代官の側近で懐刀の郭英士。
「既に将軍家には、我々の策略が漏れているとのこと。しかし、敢えてこのまま策を進めることで、将軍家に余計な手回しをさせずに済むのでは?」
「……まあな。今はこの策のまま進める気でいるぜ」
「先ほど、隠密集から連絡が入りまして。どうやら、将軍家のお庭番が当屋敷に近々調査に来るだろうとのこと」
「ほう……」
「その際に、人質を取るべきではないかと」
 英士の言葉に、三上は口の端を上げる。
 隠密を人質。考えたこともなかったが、人質に取れればこっちのもの。非常になりきれない将軍家、もとい現将軍なら必ずお庭番でも助けようとするはず。
「……そちらはお前らに任せた。ククッ、面白くなってきやがったな」
「……」
 無言で去る英士に一瞥をくれると、三上はにやりと微笑んだ。
「……早く来いよ、忍風情。お前らが俺の切り札になるんだからな」






が狼たちと旅に出ただってぇぇぇぇっ!?」
 大江戸町奉行所、町奉行の渋沢克朗の声が響く。
「お奉行……声が大きいです」
 胃を押さながらそう窘めるのは水野達也。
「何故! 何故それを早くに伝えなかった!? あぁ……が! 俺のが!! 汚い野犬共の餌食にぃぃ!!」
さんは、シゲさんたちと休暇に出かけましたよ?」
 のほほんとした口調の風祭将に、渋沢は怒鳴った。
「風祭!!! お前は危機感が足り無すぎる!! の美貌を思い出せ! の笑顔! あの鈴のような声!! 雪のような白い肌!! どれを取っても、この世の神秘!!!」
「は、はあ……」
「そんなと四六時中一緒……いや、同じ屋根の下、同じ空間にいるわけだ!! これはもう、何かあるに違いない!! あぁ、俺のがあいつらの毒牙に汚されてしまう!!!!!」
 そう涙を流しながら力説する渋沢に、一同はため息をついた。
「……お奉行の脳内のは、もうめちゃくちゃに汚されてそうだな……」
 そう青い顔で呟くのは真田一馬。その隣の天城燎一が、思い出したかのように言う。
「そう言えば水野……お前、あの代官三上の謀反の話、将軍に伝えたのか?」
「ああ、一応な。まあ、今の段階でどうするかまでは言ってなかったけど……」
「そうか。俺たちの方でももう少し調査を続けた方がいいんじゃないか?」
「確かに。証拠さえ掴めば、お縄に出来ますしね」
「しっかし…お奉行があんな状況じゃなぁ……」

 一馬が溜め息をつくと、皆が頷く。
 彼らは町奉行渋沢の部下であり、町奉行所の役人である。ちなみに彼らの間では、たちお庭番は、あくまでも江戸城の使用人として認識されていた。

「こうしちゃいられん!! 一刻も早く、を助け出さねば!!!」

――――じゃきんっ!!

 そう言って、戦国武将のような格好に身を包む渋沢。一同は唖然。そのまま馬に飛び乗る渋沢を、何とか押さえ込む。

「ぬおっ!? 放せ!! 俺のを助けに行くんだ!!」
「お奉行、落ち着いてください!! ていうか何ですか、その格好は!?」
「そんな時代遅れの格好したら、江戸中の笑い者ですよ!!」
 竜也と一馬が必死説得するも、渋沢は聞こうとしない。
「……お奉行、助けに行くって言っても、たちの居場所、分かるのか?」
 天城の控えめな言葉に、渋沢は大きく頷く。
「もちろんだ! のことなら何でも分かるぞ!! 例えばのお気に入りの下着は――――」
「「「「てめえはストーカーか!!!!(怒)」」」」

――――がすっ!!!

……フォーエバー……☆(キャプスマ)」

 役人一同、同時に見事な蹴りがヒット。
 渋沢は泡を吹いて倒れ付す。謎の言葉を残して……。

「ったく……、お奉行に何かされてないだろうな」(一馬)
「……お奉行が一番危険な気がするのは、俺だけか?」(天城)
「いや、俺もそう思う……」(水野)
「あははは……さん、気を付けて」(将)

 役人たちの活躍によって、何とかの身に迫る危険が一つ、回避された模様。

「とにかく、俺たちだけででも、三上の屋敷近辺を調査した方がいいだろう」
 倒れ伏す渋沢の横で、天城が言う。
「そうだな。じゃあ天城、お前は風祭と一緒に、近辺に聞き込み調査に行ってくれ。俺と真田は、代官屋敷を出入りする奴らを重点的に調べ上げる」
「「「了解」」」

 すっかりお奉行の座を水野に奪われた渋沢に、明日はあるのか?!
 町奉行所の行く末はいかに…………。






「っくしゅん!」
「何や、風邪か?」
「いや、そんなことないと思うんだけど……」
「夜になると、少し冷え込むね。代官屋敷も目の前だし、今日はこの辺りで休むか」
 将軍様の提案で、一行は町中の宿屋に泊まることになった。



 宿屋の一室にて、作戦を立てる一行。
「誰かが囮……というか、三上の気を引いてるうちに、残りの面子で謀反の証拠を突き止めるってことやな」
「せやけど、誰が適任かな?」
「私がやるよ」
 ノリックの言葉に、が挙手する。
「代官の三上は、女には目が無いんでしょ? だったら、皆が何かするよりも、女の私の方が絶対油断するに決まってるわ。大丈夫、私に任せてv」
「「「「駄目だ(や)!!!!」」」」
「な、何で?」
 男性陣の言葉に、はびっくりしたように問う。
「当たり前やろ!? は女や! そして俺たちの大事な女なんやで!? 三上の旦那に手でも出されてみ。シゲちゃんは、三上の旦那を日本海に沈めなきゃあかん!!」
「そうやそうや! ちゃんを危険に晒すことなんて出来へんよ!!」
、お前が行ったら、翼の機嫌が直らなくなる」
「柾輝、余計なことは言うなよ。、お前、自分が何言ってるか分かってる? アイツは女癖最悪の悪代官だよ? いつ襲われるか分かったもんじゃない。そんな危険な場所に、お前を一人で潜入させるなんて出来ないよ。却下」
「でも私、これでも……」
「「「「とにかくその案は却下!!!!」」」」
「うぅ……」
 有無を言わさない口調の四人に、はしゅんと頭を垂れる。その姿に四人は「うっ……」と怯みながらも、「のため」と断固として譲らなかった。
 しかし、いつまで経っても話はまとまらない。要するに、適任がいないのである。どうするべきか考えあぐねていた時、ずっと黙っていたがぱっと顔を上げた。

「ねえ、一人じゃなきゃ、いいんだよね?」
「ま、まあな。一人じゃなきゃ、ええけど……」
 シゲの言葉に、はにっこりと笑う。その微笑みはとても綺麗で、誰もがうっとりとしてしまった。……ただ、一人を除いて。
「……何、
「ふふふ……翼、私、いーいこと思いついちゃったv」
「……何だよ」

 何となくの考えていることに気付いた翼は、冷や汗を流しながら後ずさる。
 は膝を付いたまま、つつっと翼に寄っていく。傍から見れば、が翼を誘惑しているようにも見えるが、実際は違う。少なくとも、翼にとってこの行動は、恐怖の幕開けでしかない。

「ねえ、将軍様ぁ」
 上目遣いのまま、翼に擦り寄っていく
周りは呆然とそれを見ているが、翼だけは顔面蒼白だった。
、ちょっ……」
「一緒に代官を陥落させましょう?」
「!!!」



 その言葉の意味を知る翼は、声を失い。
 はにっこりと微笑んだまま。
 他の面子は「?」を出したまま。
 しばし、時は止まったのであった――――。



 第三幕へ続く


/表紙/


 
あんまり時代劇っぽく出来ません(涙)しかも笑えませんよね……ギャグの書き方忘れました(爆)あぁ……私からギャグ取ったら何が残るんだよ……(ノ_-)クスン
  次回こそ、代官屋敷に潜入です。あのお方の華麗なる転身をご覧あれv