――――夢を見た。
温かい日の光に照らされた、温かな部屋。
沢山の優しい眼差しに囲まれて、私は微笑んでいる。
「……」
優しい響きを持って、紡がれる私の名前。
それを聞くだけで、私の瞳からは涙がとめどなく流れる。
その雫を、眩しそうに目を細めて眺める沢山の影。
手を伸ばした。
その笑顔に、その眼差しに。
温もりに触れそうになった瞬間――――
目の前が真っ白になった。
Final chapter: Vampire-rondo...
「……Translate the following syntax.」
「Yes……――――We are the person who serves a god. However, the heart
is taken by the devil. The angel is crueler than the devil. The devil is
more kind than the angel. If permitted, I want to serve a devil......」
「……Your translation is lyrical. I think that it is very wonderful!」
「ふふっ、Thanks, teacher」
終業のチャイムが鳴り響き、教室はざわめく。
帰り支度をする私の横で、大きな溜め息をついたのは有紀。
「これであの授業も絶対A取ったわね……」
「ふふっ、きちんと勉強してるもん」
「はぁ……約半年、休学してた人間とは思えないわ……」
そう言って机に突っ伏す親友に、私は笑った。
「有紀に追いつかなきゃって、頑張ってるんだよ」
「追いつくも何も……とっくに追い越されてるわよ」
「そんなことないじゃない。推薦留学も見事勝ち取って、将来有望な本大学切ってのエリートのくせに」
「まあね……でも、本場の英語には敵わないもの。の発音は、ほんっとーにクイーンズイングリッシュよね。羨ましいっ」
「不可抗力ってやつだよ。海外暮らしの方が、長いんだもん――――あ、お兄からメールだ」
忙しくメールを確認する私に、有紀は苦笑した。
「ったく……翔さんが見つかった途端、またブラコンに戻っちゃって」
「いいの! お兄は私のお兄ちゃんなんだから」
気が付くとそこは、病院のベッドの上だった。
目を開けて飛び込んできたのは、真っ赤に泣きはらした目。
「っ!! 目が覚めたのね!?」
「おかあさ――――」
呟きがかき消されるほど強く抱きしめられた。
「ごめんね……ごめんねっ……」
子供のように泣きじゃくる母。
その後ろには、お兄とお父さんが立っている。
「母さんってば、俺が付き添うから平気だって言うのに『私がついてる!』って聞かなくてさ」
お兄が苦笑しながら、果物やら何やらを置いた。
「……、身体は平気か?」
「うん……大丈夫だよ」
「そうか……」
以前会った時よりも、顔の皺が増えた父。
でも、その瞳だけは変わっていなかった。
「ほら母さん、は病み上がりなんだから、あんまり無理させちゃダメだろ? 離れた離れた」
「嫌っ、と一緒にいたいの!」
「我侭言うなよ……ほら、どいて」
お兄が嫌がるお母さんを私から引き剥がした。
お母さんって、こんな人だったっけ……?
「お兄……私……」
「……全部終わったよ。何もかもね」
お兄は私の手を握る。
「お前のおかげだ、。お前が頑張ったから、僕たちは救われたんだよ」
お母さんとお父さんが私を見つめる。
「ごめんね、……翔も……。私たちは、貴方たちに会わせる顔が無かったの……。だから、研究という名目で距離を置いていた……」
「何度も会いに行こうとしたんだ。でも……出来なかった。本当にすまなかった……」
「お母さん……お父さん……」
お兄が二人を振り返る。
「……父さんたちは、秘密裏に不老不死の秘薬について研究をしていたらしいんだ。僕が遺伝子操作をされたことを知ってね」
「そう……なの……?」
二人は無言で頷く。
ああ……二人もまた、苦しんでいたのかもしれない。
研究者としての立場と、子供を持つ親としての立場の狭間で。
「翔……何度謝っても済むことじゃないのは分かってる。でも、これだけは言わせてちょうだい。母さんは、貴方を本当に愛しているわ。貴方が誰のクローンでも、貴方は私たちの息子なの」
「母さん……」
「、お前もだ。お前たちは、私たちにとってかけがえのない宝なんだ。今までのことを許してくれとは言わない。でも、もしお前たちに少しでもその気があるのなら……」
お父さんはここで一旦間を置くと、眉を下げて微笑んだ。
「また家族四人、一緒に暮らそう」
「ただいまー」
「お帰り、」
「早かったな」
家に帰った私を出迎えてくれたのは、お母さんとお兄。
キッチンからは、夕食の良い匂いが漂っている。
お兄と二人で暮らしている時には、あまりお目にかかれなかった光景だ。
「お父さんは?」
「ちょっと打ち合わせに出てるわ。多分もう帰ってくるんじゃないかしら」
私たちはあの後、家族四人で暮らすことに落ち着いた。
二人では広く感じたこの家も、四人では少し窮屈に感じることもある。
でも、とても心地よい圧迫感だ。
「ねえお兄、またさっき、●●会社の人事部から電話あったんだって?」
「ああ…ったく、しつこいったらないよ」
お兄は薬科大を卒業したら、薬剤師になることに決めたらしい。
お兄の薬物に関する知識はすごいから、どこの会社からも引っ張りだこらしくて、毎日電話が鳴り響いている状態。
そんなお兄の夢は「人の心を救う薬を開発すること」だそう。身体だけじゃなくて、心から健康を取り戻せるような薬を作るって張り切ってる。
「お母さん、この煮物、とっても美味しいよ!」
「そう? ふふっ……良かった」
両親は結局、長期休暇を取った。そして、そのまま日本の医療施設に勤務することになった。もちろん、自宅から通勤するという形で。
研究所は事実上壊滅状態らしく、現在は復興作業に追われているらしい。所長が亡くなったことが波乱を呼び、当分の間は研究は休止されるようだ。
幸い、玲さんが裏で手を回してくれたらしく、お兄やお母さんたちはすんなり元の生活に戻ることができた。多分、彼らが血を吸ったおかげで、私たちと対峙した研究員たちは何も覚えていないのだろう。
しかし、その玲さんは一向に捕まらず、今どこでどうしているのかは分からない。
でも、玲さんなら大丈夫だと私は確信している。
「そう言えば……お前、院には行けそう?」
「うん、大丈夫だよ。何てったって、お兄監修ですからv」
「フフ……頼もしいね」
私はと言えば、残り少ない学生生活を慌しく過ごしている。
今は大学院に受かるために勉強中。
私の将来の夢は、世界を股に掛けて活躍する通訳だ。それを叶えるため、とにかく頑張らないと。
「もう……あれから半年が経つのか」
「うん……」
彼らとは、あの後一切の連絡が取れなくなってしまった。
ただ、お兄は研究所での一件の後、亮と話したそうで……。何を話したのかは教えてくれなかったけど、その嬉しそうな表情を見れば、彼らは皆無事なのだろうと思う。
「大丈夫だよ、いつでも会える」
「うん……そうだね」
お兄はそう言っては、私に笑いかける。
私は微笑んで頷くのだ。
『メフィスト』は、いつの間にか無くなっていた。
綺麗さっぱり、街から消えてしまったのだ。
もう、あの……むせ返るような薔薇の香りはしない。
色あせたレンガを見つめながら、ぼんやりと思い浮かべる皆の笑顔。
その笑顔はいつでも、私の中で色鮮やかに映えている。
「皆……」
呟いて、ふと足元を見る。
大きな、大きな、両手いっぱいで抱えないと足りないような、薔薇の花束があった。
それはまだ、あまり時間が経っていないことを表すように、瑞々しさを保っている。
微笑が零れる。
希望が溢れてくる。
私は薔薇を一輪抜いて、踵を返した。
……彼らに会ったら何を話そうか。
そんなことを考えるだけで、自然と口元が緩んでくる。
「早くしないと、どんどん先に成長しちゃうんだから――――ねっ!」
そう言って、思いっきり薔薇を投げ上げる。
ふわり、と舞った花びらのように
美しい未来に思いを馳せて見上げた空は
ほら……
こんなにも美しいんだよ――――……。
繁華街の奥地、知る人ぞ知るホストクラブがある。
悪魔の名に相応しく、昼はひっそりとその気配を消し影に紛れ。
夜の帳が下りる頃……静かにその扉は開かれる。
甘い、一夜の夢を紡ぐために。
そして――――
“Mephisutopheles”の名に則り……“Faust”の甘美な朱血を楽しむために……。
メフィストに会いたくなったら、薔薇の香りを頼りに歩いてみて。
きっと、甘い笑みを浮かべて貴女を待つ、沢山の影に出会えるから。
一生彼らに、身も心も囚われてしまうけれどね……。
end...