「っ!! 翔!!!」
叫んだ直後、懐かしい声が聞こえた。
駆け寄ってくる二つの影に気付く。
「翼!!」
そして続くのは、玲さんの声。
残っていた研究員たちを、玲さんは蹴り飛ばし、何かの薬品を嗅がせた。すると、すぐに動きが止まる。催眠剤か何かか……。
私は、自分を抱く影に問う。
玲さんは、呆然とこの光景を見ていた。
「どうし……て……っ……なん…で……こんな……無茶っ……」
引きずるように上体を起こした彼は、私を引き起こす。
血に濡れながら……。
「………怪我……は?」
「ないっ……ないよっ……」
「そっ…か……」
彼はそのまま、私の肩に頭を乗せるように、寄りかかった。
翼は……私を庇って撃たれたのだ。
「ちゃん……」
玲さんは目を伏せ、背後に目をやった。
「…………」
二つの影が、段々とその姿を露にする。
私は二人をまじまじと見つめた。
「お母さん……お父さん……」
二人の手には銃が握られている。
その時、倒れた榊が呻いた。
「…………よくも私を……裏切ったな……!!」
「……所長……もう、やめましょう……」
お父さんが、震えた声で呟く。
「何を今更っ……!! お前たちの息子は、クローンなんだぞ!! それを知りながら、研究を続けていたくせに!」
「っ……でもっ……私はこの子を愛しています……!!」
お母さんが、倒れているお兄に駆け寄る。
「フン……研究にかまけて、ろくに連絡も取らなかったお前たちが何を言う気だ?」
「っ……」
押し黙ってしまった両親。
榊はそのまま、その横に立つ玲さんを見上げた。
「……玲………何故だ? 何が不満だった? お前は……私の、一番の理解者だったはずだ……! お前だけは、分かってくれると思っていたのに……!!」
「……所長は、私のことを何も理解してはいなかった」
「何だと……?」
「私の願いは、400年前からただ一つ……普通の人間に戻り、普通の死を迎えることだけ。研究なんて、どうでも良かったんです。私はただ、組織を利用していただけ」
「玲ぁっ……!」
「榊所長、貴方の負けです。貴方は神にはなれなかった」
「……―――玲、何をっ!?」
「さようなら、榊所長」
――――ドンッ!!
動かなくなった榊を見つめて、玲さんは呟いた。
「さようなら……哀れな人……」
玲さんの瞳からは、一筋の涙が零れ落ちた。
そんな時、顔だけを後ろに向けた翼は、立ち尽くす玲さんに言った。
「……玲、早くデータを……」
「翼……貴方っ……!」
「早くしろっ……!」
翼の声が響き、玲さんは眉を寄せ、そのまま踵を返した。
「二人とも……一緒に来てくれるわね?」
玲さんの言葉に頷いた二人は、最後に私を振り返った。
「……ごめんね……」
涙を浮かべたお母さんの肩を、お父さんが支えながら二人は出て行った。
「これで………もう……大丈夫だ……ね……」
翼が息をつき、そのまま私に倒れ掛かってくる。
私は必死にその体を支える。
「翼ぁ……体っ……私のせいで……」
「……アイツらは皆……何とか生きてる…よ……」
「!!」
「完全に……治癒出来なくなったってわけじゃあ……ないみたい…だからね……っ……多分、大丈夫……だよ……」
「でも……翼……は……」
「フフッ……僕は……ちょっと……キツイ……かもね……。治癒が……追いつかない……」
「そん…な……」
「でもまあ……アイツらが…いるから……お前はもう……大丈夫……」
息も絶え絶えにそんなことを言う翼。
私は、目の前が歪んで、滲んで、何も見えなくなっていた。
「っ……ひっく……つば……さぁっ……やだっ……そんなこと……言わないでっ……」
「そう……言われても……ね…………強がりも……ちょっと……キツイ……な……」
そう言って笑った翼は、私を抱き締めた。
「ねえ……このままで……いても……いい…よね……?」
「つば…さ……」
「あーあ……こんなことなら……誓約破ってでも……お前を本気で…僕のモノに……すれば良かった……」
こんな冗談を言う翼。
でも私には、何かとても重要なことに思えた。
何か……重要な何かを、私は思い出しそうだ。
そして、頭に浮かんだのは、研究所での出来事。
竹巳が取り出したあるものを飲んで、翼たちは回復した。
あるもの……それは……。
「……ねえ……翼……」
「……?」
「私の……血、飲んで……?」
返答は無い。
でも、私を抱く腕が震えるのが分かった。
「血を飲めば……翼の体……少しは回復するんでしょ…? そうだよね? なら今すぐに飲んで」
「……お前、何言っ……」
「翼がいなくなるなんて嫌なの! 絶対にダメ!!」
翼がいなくなるなんて、絶対にダメだよ。
皆がいてくれたって、翼がいなくなったら意味がないんだよ。
私たちは、誰か一人が欠けてもダメなんだ。
「……それは…………出来ない」
翼の返答に、私は泣き叫んだ。
「っ……どうして!? どうして飲んでくれないの!?」
「……悪い……。でも……どうしても……お前の血だけは……飲めない……」
「何でよ! 何で!? 私なんかの血じゃ、翼の役には立てないの?」
「違う……っ……そうじゃない……」
「じゃあどうして……? 翼の命が掛かってるのよ!?」
「僕は……を傷付けるような命、いらない……」
「翼っ!」
「……悪い。でも、お前には…………お前だけには……僕の醜い姿……見せたくないんだ……」
翼の腕に力がこもる。
腕の震えは、さっきよりも増している。
翼は私を、どこまで守ってくれるんだろう。
どれだけ大切にしてくれているんだろう。
嬉しいの、本当に。
でも……私は…………
「……何……ふざけたこと……言ってるのよ……」
「……」
「翼は全然醜くない……!! 血を吸ったって、翼は翼じゃない! そんなつまんない意地とかプライドとかのせいで翼が命を落としたら、私は一生立ち直れないよ……」
私は翼を強引に引き剥がすと、自分の首筋を思いっきり肌蹴させた。
そしてそのまま、翼の首に手を回し、無理矢理抱きしめた。
「……っ……!?」
「血を吸って! これは……ファウストの命令よ!!」
「っ……」
「メフィスト!! 命令を聞きなさい!!」
「っ……!!」
「翼がどうしても聞かないなら……私も今ここで死ぬから!!!」
「……っ……」
これはもう、私の意地、エゴだ。
翼がいなくなるのが嫌で、そうなったら私が耐えられないから、そのための我侭だ。
でも、それでも……私はこの意地を貫く。
翼が嫌がっても、私は翼を助けたい。
「私も死ぬんだか――――――――っ……!」
叫んだ瞬間、首筋に走った痛み。
でもそれは、すぐに甘い疼きに変わる。
「つ………ばさ……」
「……っ……ふっ……………っ……」
「ぁ……んっ…………」
切ない声音で私の名を呼びながら、翼は私の血を飲んでいる。
でも、この血が彼を救うと思うと、嬉しくて幸せな気持ちになった。
私を守ってくれたこの吸血鬼を、今度は私が守れたのだから。
「初めて……翼の役に……立った……ね……」
意識が薄れてきて、目が霞む。
「いっつも守ってばっかりで……お兄の代わりも……させちゃって……」
首筋が熱くなって、その熱さに比例するように、全身から力が抜けていく。
「翼……っ……ありがと……」
そう言って微笑めば、優しさの中に、悲しみを湛えた瞳に見つめられる。
でもすぐに、その瞳は甘く、穏やかに歪められた。
「……お前は本当に………――――――」
小さく、呟かれた言葉を心の中に刻み込んで。
目が覚めた時には、皆の笑顔に会えますように……と悪魔に祈って。
私はそのまま、深い眠りへと落ちていった……。
――――最高のメフィストだよ……
to be continued.....Final!!
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ついに、ここまで辿り着きました!あまりにも長すぎて、前編後編に分けたくらいに頑張りました。
もう、翼の吸血シーンが書きたくて書きたくて、プロットの段階で考えていたので満足しました(笑)ちょっと何か、微妙に年齢制限っぽい描写になってしまいましたが……まあ、許容範囲だよね?(誰に言ってる
眠りについたヒロイン、目覚めた先にあるのは幸福な未来……? 次回、いよいよ最終回です。あと少し、お付き合いくださいませ。