お兄、私、段々お兄に近付いてるかも……!?





Chapter2:They're liar, I reckon...





「どうしたんだ!?」

――バンッ

 突然の大声に驚いたのだろうか、誰かが血相を変えて扉を開けた。
「お、水野じゃん。お疲れー」
 結人が、のんびりとした口調でへらっと笑う。水野と呼ばれた人は、私の姿を見て不思議な顔をした。
茶色のサラサラヘアに、きりっとした眉毛の美形。見た目から「王子様」という言葉がぴったりなその人は、私に近付くと静かに言った。
「気が付いたみたいだな。今の叫び声は……君か?」
「あ、あははは……そうなんです……」
バツの悪い顔で苦笑いする私。すると、もう一人部屋に飛び込んでくる影。
「水野、何かあった?」
「あ、いや……さっき運び込まれた彼女が、目を覚ましたらしい」
「ん……?」
 水野さん……が、一歩下がり、そのもう一人が一歩前へ出る。
 黒い、少し硬めの髪に、大きめの猫つり目。少し幼さが残る顔立ちが、不思議な魅力を放っている。さすがホストクラブ。今更ながら、会う人会う人が美形な理由が分かった。
「笠井、店の方は?」
「ああ、もうすぐ閉店。今、最後の客を見送りに三上が出たとこ」
 英士にそう答える彼――笠井さんは、私に向き直ると微笑んだ。
「目が覚めたんですね。突然倒れたって聞いて、心配してたんですが……体調はいかがです?」
「あ、はい……おかげさまでもう大丈夫です」
「そう……それは良かった」
 猫のような目で見つめられ、引き込まれるような感覚に陥る。目が逸らせない。濡れたように輝く黒目の奥に、真っ赤な閃光が見えたような気がした。
「おい、笠井。が放心してるぞ」
「ああ、ごめん。大丈夫ですか?」
 一馬の言葉に、はっと我に返る。
「え、ああ、ご、ごめんなさい……」
 慌てて目線を外すと、笠井さんは苦笑した。
「いいんですよ。貴女のような可愛い人に見つめられるなんて、男冥利に尽きますから」
「え!?////」
「クスクス……本当に可愛い人だな。椎名さんが血相変えて運んできたのも頷けます――――さん?」
「私の名前……」
「椎名さんから聞きました。事務全般の責任者をしている関係で、どうしてもお名前だけは伺っておきたくて……すみません」
「いえっ、こちらこそ、突然ごめんなさい」
 真っ赤になりながらうろたえる私を、結人が笑いながら見ている。
「アハハハハ、真っ赤―w かじゅまのりんご病が移ったか?」
「え!?」
「おい結人!! ふざけんなよ!」
「おいお前たち……」
 水野さんが呆れた声を出す。すると、部屋にあった電話が鳴った。近くにいた水野さんが慌ててそれを取る。
「――はい、水野……――ああ、分かった。今すぐ戻る――――…………ミーティングが始まるそうだ」
「よっしゃ。今日の売り上げはどれくらいかなー? 俺、結構ボトル入れたしなーvvv」
 ミーティング……ということは、営業が終わったということ。
 つまりは、さっきの人に会えるってこと?
「あの、そのミーティングの場所に、私も連れていってもらえませんか?」
「え、いや、でも……」
「お願いします! 私、一刻も早くさっきの人……椎名さんに会いたいんです!!」
 必死になって懇願する私に、英士が口添えをしてくれる。
「いいんじゃない? もう営業も終わったわけだし、、ワケありみたいだから」
「……笠井、どうする?」
笠井さんは、少し考える素振りを見せた後小さく頷いた。
「いいですよ。特に問題は無いと思います。ただ、僕らも同席させてもらいますが……それでもいいですか?」
「ええ、構いません。お願いします!」
 私の返事に微笑んだ笠井さんは、そのまま部屋から出ていった。その後に続くように、水野さんも出ていく。
「俺たちも行こうぜ。遅れると、何言われるか分かったもんじゃねーし」
「そうだな。俺たちも行くか」
、一緒に行こう」
「うん!」
 英士たちに連れられて、私はあの人がいる場所へと、足を進めるのだった。






 地上に着いた私は、そのあまりの豪華さに目を見開いた。
 まばゆい光を放つシャンデリアに始まり、真っ赤な絨毯が敷かれた大理石の床。各テーブルには大きな薔薇の花束が生けてある。その他、言葉では言い表せないほどの、豪華な置物の数々。まさに「豪華絢爛」という言葉通りの景色が、目の前にはあった。
「すごい……」
 思わず漏らした言葉に、一馬が笑った。
「確かに……贅の限りを尽くした作りだよな。俺も最初出来た時は、結構驚いたんだぜ」
「ホストクラブって、どこもこんななの?」
「さあ。俺はこの店しかよく分からないけど……」
 もう一度、店内をぐるりと見渡す。
 どこからどう見ても、豪華な宮殿内というイメージだ。しかし、よく見るとどこか少し古めかしい。色使いというか、様式が、中世ヨーロッパを思わせる。置物も、悪魔を象った少し怖いものもあるようだ。壁に掛けてある絵画も、悪魔や吸血鬼などの怖い絵が多いのも気になる。
「お前ら、ミーティング始まるでー」
 地下から上がってきた私たちの姿を見つけたのか、金髪の人が手を振っている。
 彼は私の姿を見つけると、不思議そうな顔で覗き込んできた。
「へぇ……可愛らしいお嬢さんも一緒なんやね」
「こ、こんばんは……と申します……」
 思わずどもると、金髪さんは私の頭をぽんぽんと撫でた。
ちゃんって言うんか。初めましてー、藤村茂樹や。シゲでええで」
 コックの格好をしているシゲは、この店のコックなのだろう。しかし、ホストとしても十分やっていけそうな容姿をしている。ホストクラブって、厨房までも美形じゃないと駄目なのだろうか……。
 そんなことを考えていると、遠くから「全員集合!」という声が響いてきた。どうやらミーティングが始まるらしい。私たちは、駆け足でその場へと急いだ。

 私たちを待っていたのは、十数名の美形……もとい、ホストたち。
 私は、普段見慣れない光景に、軽く眩暈を起こしかけていた。いや、お兄は美形だったけど。
 気になったのは、その場にいたホストたちが全員、黒いタキシードに、黒いマントをつけていたこと。手には白い手袋まではめている。
 紳士……というか、赤いリボンを首元のブラウスに付けていることから連想できるのは……何故か吸血鬼だった。

 一番年上……と思われる風格のある人が、皆よりも一段高い場所へ上がる。長身でとても体格が良い、バリバリのスポーツマンタイプだ。多分、このメンバーのリーダーなのだろうなと、想像する。その人は、辺りを見回すと爽やかな笑みを浮かべた。
「皆、今日も一日お疲れ様。今夜の売り上げは、いつもの1.5倍だったそうだ。これも一重に、お前たちの努力の賜物だろう。オーナーとしては、とても喜ばしいことだ。感謝する」
 ここで一度、拍手が沸き起こる。隣にいた一馬が拍手したので、私もそれに倣って拍手してみる。オーナーが手で制すと、また静寂が戻る。
「ありがとう皆。さて、今日は月の中締め日だ。恒例の売り上げ報告、及び売り上げ上位者の発表をしたいと思う。笠井、頼む」
「はい、キャプテン」
 笠井さんが、前へ出る。
 そう言えば、事務全般の責任者って言ってったっけ。きっと、経理なども担当しているのだろう。
「本日の売り上げは、総計1050万円。昨日は700万。丁度、1.5倍だということが分かるでしょう。皆さん、お疲れ様です」

 …………へ?

「いっせん……ごじゅうまん……?」

、口開いてる」
 結人の突っ込みも、私の耳には届かなかった。
 笠井さんの淡々とした口調が、逆に耳に残る。
 目が点になるとはこのことだろうか。
 1050万が、一晩に落とされる店。
 世のセレブたちの懐具合が、私は気になって仕方がなかった。

「本日の売り上げ総計トップ3を発表します。まず、三位は光徳」
「よっしゃv 僕が三位や!」
 光徳。そう呼ばれたホストが、一歩前へ出る。すると、盛大な拍手が起こった。
 黒い猫ッ毛に、口元のほくろが印象的な美少年だ。関西弁も、意外性があって良いかもしれない。
「ノリックー、いいで! 関西人の底力見せてやってやv」
 横ではシゲが口笛を吹いて持て囃している。それに投げキッスを返す光徳さん。
 と、その時偶然に目が合った。すると、今度は私に向かってウインクを放つ。
 目から☆が出てるような、そんなウインクだ。思わずくらっと来る。
? 大丈夫?」
 英士に支えられ、何とか踏み止まる。何て破壊力のあるウインクなのだろうか。こんなのを間近でやられた日には、きっと私はまた意識を失うに違いない。私はなるべく彼を見ないように、そっと英士の後ろに隠れる。
……?」
「ウインクガード」
「……?」
 英士が訝しそうな顔をしているに違いないが、敢えて気にしないことにする。
 そんなことをしていると、笠井さんの声が響く。
「売り上げ総計120万。この調子で、これからも頑張ってください」
「任しとき! 来月は僕がトップ3に入るでーv」
 にっこり笑ってそう宣言する光徳さんは、上機嫌で輪に戻っていった。ちらっと見えた口元の、白く光る八重歯が印象に残った。
「次に二位。売り上げ総計400万の翼……椎名さんです」
 笠井さんの言葉に、私は思わず英士の後ろから跳び出た。
 赤茶色の猫ッ毛が見える。間違いない。さっきの人だ。
 椎名さんが前へ出ると、さっきよりも盛大な拍手が沸き起こる。
「一位との差は、僅か2万円でした。最初の一時間遅刻が敗因でしたね」
「ま、たまには勝利を譲ってやるのもいいかと思ってさ」
「明日からの活躍も期待してます」
「そりゃどーも」
 不敵に笑う椎名さんが振り返る。

 ……やっぱり、見れば見るほど私には、お兄にしか見えない。
 思わず、「お兄……」と呟いてしまう。その瞬間、信じられないことに椎名さんがこっちを見たのだ。
「っ……」
 驚いたような、安堵したような表情で私を見つめた椎名さんは、すぐに視線を元に戻し、何事も無かったように輪に戻った。
 私は、複雑な気持ちでいっぱいになる胸を軽く押さえる。
 笠井さんの言葉も、途中まで耳に入っておらず、その名前が出てきて初めて我に返った。
「――――亮。一位は三上先輩です」

――アキラ。
 その名前に、私は名刺を思い出す。
 兄失踪の、唯一の手がかり。
 この名刺の人物が、何か知っている。

 亮と呼ばれた人が、輪の中から気だるそうに出てくる。
 漆黒の髪で長身。ドラキュラ……ヴァンパイアの姿が、とても似合っている。
 拍手が響く中、私はただ、その亮という人物に釘付けになっていた。

「以上が、本日の売り上げトップ3の発表です。次に、半月のトップ3を発表します」
 場内が、一気にざわめく。
 今月のトップ3と言うと、店の看板に載っている写真に入るくらいの人気者なのだろうか。
「この発表は、ホール責任者の水野から。水野、宜しく」
「分かった」
 笠井さんと入れ替わるように、水野さんが壇上に上がる。
「俺から半月のトップ3を発表する。まず三位から……――――郭」
「……はい」
 英士が、すっと前へ出る。
 その後ろで、結人と一馬が小さくガッツポーズをしている。何だか、三人の団結力が見えた気がした。
「白薔薇の称号。今回も守り通したみたいだな」
 オーナーが、爽やかな笑みを浮かべ、白い薔薇を一輪差し出した。英士はをれを受け取ると、私たちを振り返る。そして、軽くガッツポーズをしてみせた。それを皮切りに、周囲から盛大な歓声が沸き起こる。
「やったー!! 英士、万歳!!!」
 結人と一馬が英士に駆け寄ると、英士が照れくさそうに笑う。
「今回も、あのトリオにやられてもうたわ〜」
 シゲが髪をかき上げながら言う。

 ホストの世界は競争率がすごく激しいというのを聞いたことがある。
 しかし、ここのホストは仲が良さそうだ。何と言うか、ライバルではあるけど、仲間……そんな雰囲気なのだ。
 とても、他人を蹴落としてトップを目指しているなんて、想像も出来ない。他のメンバーを見ても、ただのゲーム感覚的なノリにしか見えないのだ。こんなものなのだろうか?

「皆、静かに。次に二位の発表だ。二位は…………――――三上」
「ちっ……二位か」
 舌打ちをしながら前へ出たのは、さっき本日のトップとして呼ばれた亮さん。長いマントを翻しながら、壇上に上がる。
「三上、惜しかったな。今回も青薔薇のままだ」
「フン……次が楽しみだぜ」
 青い薔薇を差し出された亮さんは、それを掴むとくいっと手首をスイングさせた。
 とすっという硬い音と共に、バラは壁へと突き刺さる。
「三上せんぱーい! 無駄にかっこつけるのヤメテくださいよーー!!!」
「そうですよ、三上先輩。意味無いことしないでください」
「うっせーな! バカ代、笠井!! 次はてめえらの額にブッ刺すぞ!!」
 悪態を付く姿を見ても、熾烈なホストの争いは感じられない。
 テレビや漫画で、「〜派」とかいう派閥があるのを見たことがあるが、そんなのも感じられない。皆が、穏やかに笑ってる……そう見えるのは何故なのだろう。
「一々騒がないといられないのか? 次、トップの発表だ」
 水野さんの不機嫌な声音で、騒いでいた面々も渋々おとなしくなった。でも、トップ2が亮って人なんだとすると、やっぱり一位は……

「トップは、三ヶ月連続で椎名だ」

 ほら、やっぱり。

「やったな、翼」
「よっ、大将! さすがやなv」
 椎名さんが壇上に上がると、割れんばかりの拍手が辺りを包む。

 やっぱりお兄はすごいんだから、と私は心の中で呟く。
 お兄じゃないと言われても、私にはお兄にしか見えないのだ。

「赤薔薇は、もうお前のトレードマークだな。あと半月、いや来月も頑張ってくれ」
「僕以上に、これが似合う奴がいるかよ。未来永劫、深紅の薔薇は僕のモノだよ」
 オーナーから深紅の薔薇の花束を受け取る椎名さん。彼はそれに軽く口付け、宙高く投げ上げた。

 花びらが綺麗に舞い散り、私たちの頭上に降り注ぐ。
 それは、薔薇のシャワーのようだった。

 ぽかんとして薔薇シャワーを受ける私に、いつの間にか戻ってきていた英士たちが口々に呟く。
「……相変わらず、大胆不敵というか、何と言うか……」
「椎名には、さすがの英士も敵わないってか?」
「確かに……この薔薇が一番似合うのは、椎名かもな」
 
――大胆不敵。
 兄は、その容姿に似合わず、とてもしっかりした人だった。
 自分の意見をしっかり持っていて、芯の強い人。友人は多かったと思う。
 でも、どちらかと言えば、一人でいることの方が多かったかもしれない。
 それに、大胆不敵という言葉は、兄を表す形容詞では無かった。

「これで発表を終わる。渋沢、最後頼む」
 水野さんが壇上を降りると、オーナーが壇上に上がる。
「……さてここで、トップの三人には賞与を……といきたいところだが、どうやら今宵は、美しい令嬢がいらしているようだ」
 オーナーが、私へと目を向ける。
 穏やかな笑みを浮かべているが、その眼光の鋭さに思わず身が縮こまる。
「オーナー、彼女は椎名に用があるようです」
 英士が目で椎名さんに合図をしてくれる。椎名さんは軽く頷くと、こちらへ向かって歩いてきた。


 段々と近付くにつれ、お兄が歩いてくるように見える。
 少し困ったような、それでも優しい笑みを浮かべるその表情は、お兄にしか見えない。

「……お前……気付いたの?」
 お兄……。そう呼びかけたくなる衝動を必死に抑えて、私は言った。
「……椎名さん。さっきはすみませんでした。突然その……抱きついたりしてしまって……」
「いや別に……。体調はどう?」
「はい……おかげさまで。すっかり良くなりました」
「そう……寝不足だったんだろ? 顔、真っ青だったし」
 心配そうに覗き込んでくる椎名さん。
 お兄もよく、そうやって私を見ていた。

 ねえ……他人なのに、こんなにも似ているなんて、在り得るの?

 私たちの微妙な会話の雰囲気に、周りが囁き合っているのが聞こえる。

 見つめた先にいるのは、お兄と同じ顔をした違う人。
 頭では分かっていても、心がそれを受け入れてくれない。
 いや、本当は頭でも分かっていないのかもしれない。

「過労でぶっ倒れるまで、あんな場所で何してたんだか…………――!?」
……!?」

 涙が零れ落ちた。
 悲しいのか、淋しいのか、よく分からない。
 ただ、目の前にいるこの人が、お兄じゃないのが、どうしようもなく辛い。

「椎名……アンタ、に何したんだよ!?」
 結人が、椎名さんに掴み掛かる。それを、一馬と英士が止めにかかる。
「ごめっ……結人、違うの! 私が勝手に悪くてっ……勝手に泣いてるだけだから……」
 複雑な表情を浮かべている椎名さんに、私は頭を下げた。
「ごめんなさい、椎名さん………皆さんも……」
 顔を上げ、周りにいたホストたちを見回す。

 聞くなら今だ。
 もしかしたら、誰かが何かを知っているかもしれない。
 それはもしかしたら、とても危険なことなのかもしれない。
 でも、私は自分を抑えることが出来なかった。
 
「私は、と言います。実は、一週間前に私の兄が行方不明になりました……」
 私の言葉に、英士たちが押し黙ったのが分かる。
「……兄が失踪した次の日、この街で兄の遺留品が見つかりました。そして、その中からこれが出てきたんです……」
 そう言って、あの名刺を掲げる私。
 皆、口々に何かを言っている。
「この名刺には、このお店……そして<アキラ>という人の名前が書かれています。兄は……その……男ですし、ホストクラブの名刺を持っていることが、私には不思議でたまりませんでした。だから、これは兄が残した、何か重大な手掛かりだと考えました。それで、捜しているうちにここ……『Mephisto』に辿り着いたんです……」
 名刺を真ん中のテーブルに置くと、皆が詰め掛けて見に来た。
 その中には、あの亮という人も混ざっている。
 彼は、その名刺を手に取ると、私を食い入るように見つめた。
「貴方が……亮さん…ですね?」

 声が震えるのが分かる。
 彼が……兄の失踪の謎に大きく関わる人物。
 その人が今……私の目の前にいる。

「ああ……そうだ……」

 目の前にいるこの人が、私を見つめる。
 その漆黒の瞳は、私の心までも見透かすような、居心地の悪さを与える。
 でも、お兄を見つけるためにここまで来たのだ。
 私は見つめ返すのを止めない。

「……お前!! もしかして………」
 何かを思い出したように、私へ一歩近付く彼。そして…………
「――まさか! 翔<かける>の妹か!?」
 私は彼を見つめたまま、大きく頷いた。
「……翔は、私の兄です。亮さん……貴方は、兄とどういう関係だったんですか? 兄がいなくなったこと、何かご存知なんじゃないんですか?」
 私は、彼の胸元を掴んで訴える。
「この名刺は、貴方の物なんでしょう!? いつ、これを兄に渡したの? 兄とはどこで知り合ったんです!? 兄はこのお店に来たことがあったんですか!? ねえ! 何か教えてください!! 教えてよ……!!」

 私のあまりの剣幕に、皆が沈黙している。
 でも、この人しか兄の行方を知る人はいないのだ。
 亮さんは、私の腕を軽く掴むと、静かに胸元から下ろした。痛くは無かったけれど、有無を言わせない力強さがあった。

「……最初に言っておく。確かに翔は俺の友人だ。お前のことも……アイツから聞いてる。でも、アイツが行方不明になってたなんて、今初めて知ったよ……」
「そんな……」
 その場に崩れ落ちる私に、亮さんは続ける。
「翔が行方不明だと……? アイツがどこに行ったのかなんて、俺が聞きたいぜ……!!」

 ガンッと、机に拳を叩きつける亮さん。
 兄はこの人と本当に仲が良かったのだろうか。
 兄は私のことを話していたというが、私はこの人のことなんて何も知らない。
 どうしてお兄は、こんな街に一人でいたのだろう。
 知れば知るほど、分からないことが増えていく。

 そんな私たちに、椎名さんが言う。
「……つまりお前は、失踪した兄を捜してる。それで、その兄貴が僕にそっくりっていうわけ?」
「……」
 無言のまま見つめると、椎名さんは困惑した表情を浮かべた。
 私は携帯を取り出すと、椎名さんに手渡す。それを見た彼が、息を呑むのが分かった。
「……それが、兄です。椎名さんに、そっくりでしょ……?」
「これって……どう見ても椎名だね……」
「うっわー……ドッペルゲンガ―ってやつ?」
「マジで似てるな。ていうか、椎名にしか見えない……」
 英士たちが驚きの声を上げる。
「俺も最初に見たときは、椎名かと思ったんだ。でも、アイツは椎名じゃない。翔っていう人間だった……」
「亮さん……お兄は……何か言ってませんでしたか?」
 しばらくの間があった後、彼は静かに首を振った。
「――――いや、何も無い…」
「…………そうですか……」

 お兄……私、やっぱりだんだん、お兄に近付いてるよ。
 手掛かり……見つけた。

 私は、くるりと背を向けると、そのまま出口へと向かって歩き出した。
「ちょっ、!? どこ行くんだよ!!」
 びっくりしたように追いかけてくる一馬たち。
 扉の前まで来た私は、もう一度皆を振り返り……彼――三上亮に向かって、びしっと人差し指を向けた。

「――――三上亮! 貴方が何か隠してることは、バレバレなのよ!! 貴方の秘密、絶対に暴いてみせるから!!」
「なっ……!?」
 当の本人は、目を丸くして見ている。
 私は、呆然としている他のメンバーにも、大声で啖呵を切った。
「貴方たちも、一緒よ! 覚悟しなさい――――吸血鬼ホストっ!!」
 そのままドアを蹴破るように店を飛び出す。
っ……!!――――――っ!!!!」
 一馬が何か言っていたが、私は振り返らずにそのまま走り続けた。

 だから私は気付かなかったのだ。
 私を見つめる彼らの目が、不思議な輝きを帯びたのを…………。





 ……走りながらも思うのは一つ。

――――彼らは皆、嘘を付いている。

 あの時一瞬、瞳が何かを確信したように揺らいだのを、私は見逃さなかった。
 絶対に、何かを知ってる。三上亮――彼は何か、重大なことを隠している。
 私に嘘を吐いている――――勘が、そう告げているのだ。
 吸血鬼の格好をしたあの人……いや、正確にはあの人たち全員が、何かを隠している気がしてならない。

 そして……
 お兄にそっくりなあの人。
 彼がお兄に似ているのは、偶然じゃない気がする。
 これは、本当にただの勘だけれど……でも、それだけで十分なほど、私の第六感がシグナルを発している。


「……私、お兄のためなら、どんなことだってやってみせるからね……!」


 闇夜に浮かぶ月が、赤く鈍く、輝いていた。



To be continued...?


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あんまり翼姫と絡めなかった……(涙)シリアスから遠ざかっていたら、いつの間にか全然書けなくなっていました。。。
ギャグに走りたくなる衝動を必死に押さえつつ、執筆。はう〜。・°°・(>(ェ)<)・°°・。そして無駄に長くなってしまった……。
でも、ちょこっとだけ兄失踪に近付いてきた今回。次回は、ついに彼らの正体が明らかに……?
さてさて、どうなるんだヒロイン!!