「お兄っ……!!」
「なっ……?!」
気付けば私は、目の前にいたその人に抱きついていた。
兄が目の前にいるという事実に、衝動的に体が動いてしまったのだ。
「うぅっ……お兄……っ……無事で良かった……!」
一体今まで何をしてたのだろう。
こんな黒いスーツ持ってたなんて、全然知らなかった。
「…………おい」
「もう……私、ずっと捜して……っ……」
一週間捜し歩いたんだよ!? 連絡の一つ寄越せっていうのよ!
ホントに、人騒がせな兄だとつくづく思う。
「…………聞いてる?」
「聞いてるってば! お兄が無事で私――――」
「――――人違い」
「………………へ?」
「だから、人違いなんだよ。お兄って誰?」
このお方……今何と?
お兄のくせに、お兄を知らない……?
興奮していた気持ちが、一気に冷えるのを感じる。
とりあえず、体を離して、引きつり笑いを浮かべてみた。
「…………嫌だなぁ、お兄。冗談言わないで?」
「冗談言ってるのはお前だろ? 僕はアンタのお兄じゃないんだけど」
そんなこと、あるはずない。
だって、どこからどう見ても、お兄じゃん。
顔も背格好も、声だって……何もかもがお兄なのに?
「…………嘘よ」
「嘘ついてどうすんだよ」
何か、頭がこんがらがってきた。
この人はお兄なのに、「お兄じゃない」って言う。
「…………」
「…………」
あ、何か……お兄がいっぱい見えてきた……。
――どさっ
「お、おいっ!?」
この世には、同じ顔が三人はいると言うけれど――――
これはあまりにも酷い仕打ちだと、薄れ行く意識の中思った…………。
Chapter2:Go to ”Mephisto”
(………………)
――待って、お兄! 一人で行かないで……!
「ん…………う……」
(、俺はね…………アイツらを……)
――お兄……アイツらって?
(…………)
――お兄っ……お兄……!!
「……?」
「!!――――お兄ちゃん!!!!」
「うわぁっ!?」
――ガシャーーンッ
私が飛び起きたのと、誰かがひっくり返るのはほぼ同時だった。
「いてててっ……」
「す、すみません!! 大丈夫ですか!?」
「あ、ああ……大丈夫……」
頭を擦りながら起き上がる青年。
ふと目が合った。
すると、その青年は顔を真っ赤にして俯く。
「あ、あの……?」
「わ、悪いっ……ちょっと、俺、トイレ……!!」
「は、はいっ……」
振り返りもせず、慌てて扉から駆け出していく青年を、呆然と見送る。
黒髪で、少しツリ目。見るからに繊細そうな顔だった。
「突然大声出したりしたから、驚かせちゃったのかも……」
そう呟いて、今一度自分の置かれている状況を確認する。
どこか、事務所のような場所のソファーに寝かされているようだ。
さっきは、あまりのことに意識を失って……気付いたら此処にいた。
ということは、さっきの黒いスーツの人が、ここまで運んでくれたのだろうか。
でも一体……此処はどこなんだろう?
しばらく思案するが、どうにも考え付かなかった。
とりあえず、外の様子を窺ってみよう。
そう思って、腰を上げようとした時だった。
――コンコン
「!?」
控えめにノック音が鳴り、思わず緊張する。
一間置いた後、扉が開かれた。
「ちょっと失礼するよ」
「あ、はい……」
漆黒の髪と切れ長な瞳が印象的な青年が入ってきた。それに続くように、茶色の天パ風の青年、そしてさっき部屋から飛び出していったツリ目青年も入ってくる。
「気が付いたみたいだね。気分はどう?」
「あ、おかげさまで……もう大丈夫です」
「そう……良かった」
薄っすらと笑みを浮かべたクールな青年に、思わず見惚れた。
何と言うか、アジアンビューティとはこういう顔を指すんだと思う。クールビューティと呼ばせてもらおう。
「いきなりぶっ倒れたんだろー? 椎名の焦った顔、久々に見たって感じw」
「椎名……?」
「あ、君を運んできた奴のこと。でもさー、何でそんなところにいたの? うちの店の常連……じゃないよな?」
茶色の髪をふわふわさせながら、顔を覗き込まれる。
「っ……////」
シトラス系のコロンが香り、思わずくらっとする。そして、心臓に悪い……。今時の美形の代表のような顔立ちをしているのだから。
「アハハ、照れてる!? かーーーっ! 君、めっちゃ可愛いねv ねえねえ、俺のお客にならない? 君みたいな子には、特別サービスしちゃうんだけどなーーーvvv」
「えっ!? いや、私はっ……」
手を掴まれて、鼻先まで顔を近づけられる。
ていうかお客? サービス?
私の頭はショート寸前だ。
「おい、結人! やめろって」
すると、今まで黙っていたツリ目青年が助け舟を出してくれた。
この人も、実はかなりの美形だ。繊細で、育ちが良さそうな気がする。……って、何を考えてるんだ私。こんなにも沢山の美形を一気に見たから、ちょっと浮かれてるのかもしれない。
「何だよ一馬。お前、この子が目覚めた途端にへタレて逃げ出したくせにw」
「うっ……」
「そんなんじゃ、いつまで経ってもトップ3には届かないぜー?」
「い、いいんだよ……! 俺は別に……」
「――二人とも、いい加減にしなよ。彼女が困るでしょ」
クールビューティさんの言葉に、二人はぴたっと黙る。何となくだが、この三人の勢力相関図が見えた気がした。二人が黙ったことを確認すると、クールビューティさんは私に向き直った。
「ごめんね、騒がしくて。俺は郭英士、初めまして」
「あ、英士抜け駆け! 若菜結人だよーv」
「真田一馬……さっきは悪かったな…………ええっと……」
「あ…………です」
ぺこりと頭を下げると、若菜君が笑う。
「ちゃんか! 可愛い名前―v あ、俺は結人でいいから。こっちは英士で、こっちは一馬って呼んでv」
「え……でも……」
「呼び捨ての方が、呼ばれ慣れてるから気にしないで」
「そうだな……」
若菜君……じゃなくて結人の言葉に、英士と一馬が頷く。うーん……こんなにすぐ呼び捨てなんかにしていいのか……。
「あ、じゃあ、私のこともと呼んでください!」
「もっちろん! あ、それと。敬語も無しナシ。俺、堅苦しいの苦手でさー」
「わ、分かりまし――じゃなくて、分かったわ」
慌てて言い直すと、三人に笑われてしまった。
見た目は確かに、同い年くらいだけど……。でも、何だか変な違和感を感じるような気がする。
しかし、そんなのもすぐに打ち消される。英士のこの言葉によって。
「はどうして、あんな場所に一人で?」
どうしてって、そんなの…………――――。
「――――あーーーっ!!!」
思わず大声を上げてしまい、慌てて口を押さえるが遅い。
三人は、ぽかんとした表情で私を見ている。
そうだった。
私はこんなところで和んでる暇なんて無かった。
「ねえ! さっき私を運んでくれたっていう人は今どこにいるの!?」
「うわっ!…………し、椎名のことか?」
一番近くにいた一馬の肩を掴んだ私は、大きく首を縦に振る。
一馬の顔が、また急激に赤くなっていくが、今はそれどころじゃない。
さっきの人に会いたい。
ただそれだけが、今の私の心を満たしていた。
「、ちょっと待ってて。もうすぐ営業時間が終わるから、そうしたら会えるよ」
一馬の代わりに、英士が答えてくれた。
……ん? 営業時間……??
そういえば、今まで気にしてなかったけど、今って何時なんだろう。
ふと時計を見た私は、自分の目を疑った。
――午前2時40分。
「もう夜中!? 嘘っ!!」
「、ざっと5時間は寝てたんだぜ。よっぽど疲れてたんだなー」
「…………」
あり得ない……。
見ず知らずの人に抱きついた挙句、そのままぶっ倒れて爆睡。
気付いたら夜中の三時でした…………なんて、マジで笑えない。
しかも、どこかのお店の中だって言うし……私ってば、すごい迷惑なんじゃ……。
「あ、あんま気にすんなよ? 俺たち、交代で様子見てたし、別に迷惑とかじゃ無かったし……」
俯いて肩を落とした私を見かねたのか、一馬が優しい言葉をかけてくれた。
何ていい人なんだろう。やっぱり、育ちがイイと性格も真っ直ぐになるのだろうか。
「一馬……貴方って、優しい人なんですね……うぅっ……」
感謝の念を込めて顔を上げると、一馬はこれ以上は無いというほど顔を真っ赤にさせた。
「べ、別にっ……そんなんじゃねぇよ……/////」
「あれれ? かじゅまが照れてりんごになってまちゅね〜www」
「うっせーよ!!」
結人の言葉に、明らかに動揺する一馬。
そうか……一馬は照れていたのか。
何だか、今時珍しい純情乙女を見たような気分。何ていうか……胸キュン?
「……話戻すけど、家は平気?」
英士の言葉に、はっと我に返る。
「……実は、悪いとは思ったんだけど、ちょっと鞄を見せてもらったんだ。家に連絡しておいた方が良いだろうって。あ、椎名と俺しか見てないから安心して」
ポケットから、私の携帯と学生証を取り出しながら、英士が言う。
あれ……ってことはつまり……?
「何だよ英士! お前、の名前とか既に知ってたんだー?!」
「…………」
沈黙は、肯定の証。
でも、この場合は仕方ない。むしろ、感謝しなくちゃいけないだろう。
私は頭を振って答える。
「あ、全然。気にしないでいいから。気を使ってくれて、ありがとう」
「……ごめんね。でも、その……家、誰にも繋がらないんだけど……。携帯にも、連絡来ないみたいだね……」
歯切れの悪い英士に、思わず苦笑する。両親と不仲な、家出少女だとでも思ってるのかもしれない。
「あはは、私、お兄と二人暮しなの。だから、家には誰も…………――――って、お兄!!……あ…………」
またしても、大声を上げてしまった。
英士の顔が、驚きで少し歪んでいる。
「お兄って……のお兄さんのこと? さっきもずっと、寝言で呼んでたけど……」
「うん……行方不明なんだけどね……」
「!?」
三人の目が、驚きに見開かれた。
「一週間前から行方不明なの……。それで私、お兄を捜してて…………あ、そうだ! ちょっと聞きたいんだけど」
ソファーから起き上がった私は、鞄の中からあの名刺を取り出す。
兄の失踪の鍵を握る、唯一の手がかり。
「この名刺のホスト……もとい、このホストクラブのこと、何か知らない!?」
名刺を突き付けると、三人は食い入るようにそれを見つめた。
そして、顔を見合わせている。
何か知ってる……?
「あのっ、何か知ってたら教えてほしいんだけど……!!」
すると、一馬が複雑な表情を浮かべて言った。
「知ってるも何も……俺たち、ここで働いてるんだけど……」
――……今、何と……?
「One more please.....?」
「、発音いいなーv 英文科?」
「……俺たちは、この名刺の店――『Mephisto』のホストだよ」
「……Final answer.....?」
「「「ファイナルアンサー」」」
「…………」
人は窮地に陥ると、普段は考えられない行動や発言をしてしまうもので。
何故か私は、流暢な英語を叫んでいたのだった――――。
「Unbelievable!!!!!!」
To be continued....?
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ヒロイン、無駄に英語喋るな〜(笑)いや、人って時としてあり得ない行動とか取っちゃうものなんですよね。なので、こんなのもアリかなと。
今回は、U−14と絡ませてみました。真っ赤なかじゅまに胸キュンな桃井ですvvv あ、ちなみに「メフィスト」は、メフィスト・フェレスっていう悪魔のことです。ファウスト伝説ってご存知でしょうか? 辞書引けば一発で分かりますよvvv
さて、次回はいよいよ、あのお方との再会……?