――――遠くで、誰かが私を呼んだ気がした。






V The reason for the smile.





?」
「あ、ごめん……」
「ぼけっとすんな! すぐに追いつかれるぜ」

 私たちは今、地図を頼りに資料室へと向かっている。そこには、この研究所の全てがあると言っても過言ではない。全ての情報、資料、データなどが保管されているのだ。

「念のため、他のコンピュータもて当たり次第見ていった方がいいな」
 竜也が事務室と書かれたプレートに、目をやった。
 確かに、資料室に情報があるかどうかは分からない。ここは手分けした方がいいのかもしれない。
「ああ、じゃあここで二手に別れよう」
 克朗は立ち止まり、将君、多紀、竜也、大地を呼び止めた。
「俺たちは、途中のコンピュータを調べて進もう。残りは直接、資料室を目指せ」
「分かった」
 翼を先頭に、私たちは駆け出した。

 克朗たちが、各部屋には入っていくのが視界の端に映った。
 その瞬間――――……

「くっ!?」

――――ズガガガガガッ!!!!!

 物凄い銃撃の音が背後で響き、将君が部屋から弾けるように転がり出た。
「将君!?」
 駆け寄ろうとする私の肩を、亮に掴まれる。
「お前が行っても、どうにもならねえ!」
「っ……!」
「風祭……」
 誠二が拳を握り締めたのが分かった。

 将君は、よろよろと立ち上がり、服に付いた埃を払った。それを見た研究員たちは、一瞬後ずさる。
「まさか……あれだけの銃弾を受けても、立ち上がれるなんて……」
「お前は一体……何者だ?」
 将君は、俯いた顔を上げ相手を見据えた。
「……これくらいで僕は倒せませんよ!」
 真っ赤な閃光が、瞳を駆け抜ける。
 あれは……本気の目だ。
「何言って……」
「僕はこんなところで立ち止まるわけにはいかないんだぁぁっ!!!」

 将君は見るも止まらぬ速さで研究員たちを蹴散らしていく。
 普段温厚な将君からは想像できないような、獣のような瞳。
 私はそんな彼から目をそらせなかった。

「こいつ……!! くそっ、あの銃を使え!」
 研究員の一人が、銃を向ける。
 将君は、怯むことなく真っ直ぐにそこに向かっていく。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」 
「ちっ……えぇい!!」
 
――――パンッ パンッ

「っ……!?」
 将君の動きが、一瞬止まる。その隙を付いた研究員が、銃を構える。
 将君は、敵に囲まれてしまった。
「っ……、先へ進むよ!」
「翼っ……でも……!!」
「お前が迷ったら、コイツらの今が無駄になるんだよ!?」
「っ……」
「風祭―っ!! そこを退け!!」
 私が押し黙ったと同時に、竜也が将君を囲む敵に飛び掛った。
「なっ……コイツ、化け物……!!」
 竜也は……研究員の首筋に噛み付いていた。

 そんなことしたら、竜也は……。

「水野……アイツ……」
 亮が竜也を見つめている。
 血を吸った相手は、その場に倒れ付す。すると、周りの研究員たちに動揺が見えた。

「コイツ……まさか……!?」
「いや……あの研究は、本当だったのか!?」
「所長は、このことを……!?」

「水野君……」
「風祭、お前だけ目立ち過ぎだ…………ぐっ……」
 竜也は膝を付き、肩で息をしている。
 さっきの翼の症状が出てきているのだ。
「水野! 風祭!!」
 克朗が隣の部屋から飛び出てきた。
 それに続くように、多紀も銃を構えて飛び出る。
 竜也たちを見た克朗は、全てを悟ったように目を閉じると、胸元から何かを取り出す。そして、私たちに向かって叫んだ。
「早く行くんだ!! ここは俺たちに任せろ!!」
「克朗……何を……」
「三上!! 藤代たちを頼んだぞ!!!」
「渋沢、お前っ」

 克朗は取り出した何かを口に挟むと、一気に引き抜いた。
 そして、私たちに向かって投げる。

「かつ――――っ!?」


――――ドガーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!!!!



「な、何……えぇぇ!?」
「フッ……粋なことしてくれるね。、行くよ!!」

 目の前に、突然灰色の煙が噴出してきた。
 それは一気に私たちの姿を隠し、視界を埋めてしまう。
 走りながら、隣の亮に問う。

「これって……煙幕?」
「みたいなやつだな。渋沢……死ぬなよ」
「……」

 亮の呟きが、私の頭に響き渡る。
 鳴り止まない心の警鐘が、この言葉を否定できないのが悔しい。

「キャプテン……無事っすよね……」
「誠二、俺たちもやれることをやるしかないよ」
 そう言った竹巳の瞳は、驚くほどに赤かった。
 この瞳をしている時、皆は何かを決意している。

 その決意は……聞きたくなかった。

「克朗……皆……」

 私の呟きまでも、この黒い煙は飲み込んでいった……。










 たちの姿を完全に隠した煙幕。
 これで、アイツらはまた一つ危険から逃れた。
 そんな時、俺の視界に煙幕の向こうに向けて引き金を引こうとしている研究員の姿が映った。俺はすかさずその銃を蹴り飛ばす。
「くっ……!」
「悪いが、あいつらは撃たせない。お前たちの相手は、俺たちだ」
「くそっ! お前ら、こいつを撃て!!」

 壁に向かって走り込み、蹴り上げて一回転をする。
 壁に無数の穴が空いた。……勘一発だな。
 水野は依然、研究員たちに飛び掛ってはその血を吸い出している。もう立っていることさえ辛いだろう。しかし、あいつはそれをやめようとしない。これは一種の執念なのだろう。
 風祭もそうだ。あいつの動きは、今まで見たことが無いくらいに俊敏だ。あいつはいつか化けると思っていたが、今ここでそれが発揮されている。しかし、あいつ……傷が癒えていない?

「不破! 避けろ!」
「大丈夫だ。読めている」
 渋沢の声に、俺は一歩横へ動く。すると、銃弾が肩を掠めていった。
 そんな俺の背後で、杉原が耳打ちをする。
「不破君、将君の傷、癒えないんだ」
「ああ、そのようだな」
「さっきの針に、何かが仕込んであったのかもしれない」
 俺は風祭が抜き捨てた針を拾うと、それを調べる。
 よく見ると、何かの液体が先端から滲み出ている。この香りは……ローズドロップ? いや、似ているが少し違う。香りが薄い。
「杉原、この針には気を付けろ」
「分かってるけど……どうやら、逃げ道無いみたい」
 いつの間にか俺たちは、何十人もの研究員に取り囲まれていた。そいつらは全員、手に銃を持っている。
 背中には、渋沢と風祭の息遣いが聞こえる。水野は、壁に寄りかかって何とか立っている状態だ。
 どうするべきか……。

「不破君。君はきっと、こんな選択をするはずがないと思うから、敢えて言うね」
「何だ?」
「アイツらの血を吸うよ。動けなくなるまで」
「そんなことしたら、すぐに動けなくなる。そこにあの針を打たれたら、俺たちは間違いなく死ぬ」
「分かってるよ」
 杉原はいつもの柔和な笑みを浮かべると、俺に銃を渡す。
「君はデータを解析する時、必要不可欠な人間だから。これで、何とかここを切り抜けて、ちゃんたちに追いついて」
 風祭も笑った。

 コイツは何で、こんな状況でこの笑顔が出来る?

「不破っ、ここは俺たちに任せて先に行ってくれ!」

 こいつらは……絶対に勝ち目のない勝負に敢えて臨もうとしている。
 しかも、自分たちは死ぬつもりだ。

 なのに何故……

「三上たちに会ったら伝えてくれ! 俺はお前たちのキャプテンで良かったと!」

 笑顔を見せる?

「水野君! しゃがんで!!」
「くっ……!」
「ここから先は、絶対に進ませないよ。僕たちの命に代えてもね」
「杉原! 風祭!! 後ろだ!!」

――――ザシュッ ドシュッ!!

「うぅっ……」
「くっ……」

 俺は……

――――ダーン!!!


「……不破君?」
「不破……」
「どうして……」
「俺は今、心と体が矛盾しているんだ。気にするな」

――――ドンッ ドンッ

「うっ」
「がっ」
「くそっ……!」

 絶対に勝てないと分かっていながら、敢えて闘うのは意味が無い。
 その考えは変わらず俺の中にある。

 だが……

「クス……不破君」
「何だ?」
「……笑ってる顔、久しぶりに見たよ」
「……」

 そう言えば以前に、微笑を伝授してもらったな。
 それが今、出来ているらしい。

「そうか……」
「クスクスッ……不破君って、面白いなぁ」

 ああ、そうか。
 そういうことだったのか。

「風祭」
「?」
「アイツの笑顔の理由が、今掴めた」
「……それは良かったね」
「ああ」

 アイツの笑顔の理由は、何てことはない。
 アイツはただ、自分の気持ちを素直に表現していただけだ。
 
……微笑み、完璧にマスターしたぞ」
 今もまた、俺は微笑んだようだ。
「データはお前らに任せた。俺はコイツらと共にここに残る」
 、お前とお前の兄のこと、もう少し調査したかったが……知らないことがあったままでも、いいのかもしれないな。

 そして……
 俺の呟きは、その後の銃声にかき消された。





to be continued...


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あまりにも長くなりすぎたので、二話に分けた今回。タイトルも新たに考えました。不破っちの独白も、例の如くおかしいです。が、元々この話自体がおかしいので、敢えてスルーでお願いします(笑)さて、次回こそ、ヒロインチームのお話です。