――――某国、正午。
 世界屈指の学術都市であり、数々の学問所の最高峰とも言われる国。
 そこからだいぶ離れた場所に、それはあった。

 真っ白な外壁に守られるようにして聳え立つ砦。
 郊外にひっそりと佇むその要塞は、外部からの侵入を拒んでいるように思える。
 研究所と呼ぶには不釣合いなほど、ある種の芸術性を備えた楼上は、薄っすらと霧がかかっている。

「何や化け物でも出そうな雰囲気やね……」
「ここだけ、中世ヨーロッパ時代を残したみたいだな」
「ケッ、なおさら胸糞悪りぃぜ」

 表向きは、私物の建築物として登録されているらしいこの研究所は、世界各国から集められた優秀な学者、研究者、博士たちが出入りする。私の両親も、以前はここで生活していたのだ。
 かくゆう私も、子供の時に来たことがあったのを思い出す。この白い建物は、数年前と全く変わっていなかった。白……というより、灰色の空気を纏っているこの建物は、私には冷たい牢獄にしか見えない。

、どうかした?」
「……ここに、全てを終わらせる鍵があるんだね」
「……ああ。何もかもを終わらせる……ね」

 呟いた翼は、目を細めて塔を見上げた。
 風が吹き、私たちの髪を揺らす。
 鳥たちが、黒い影となって飛び立っていく。


「よし。皆、行くぞ」
 克朗の掛け声に、私たちは目線で頷いた。

 お兄……。私は、全てを終わらせてみせる。
 時代を超えて続く、悪夢のような悲劇に終止符を……。





Chapter4: Vampire knightRevolution overture





 研究所の入り口には、強硬な肉体を持ったガードマンたちが立ち塞がっている。でも、これは全て調査済みだ。
 私たちは適度に間を空けながら、数名単位で入り口へと向かっていく。英語が主流ということで、私が先陣を名乗り出ると翼と亮に挟まれた。

「最後までカッコイイとこ持ってかせるわけにはいかねえな」
「敵城に突っ込む女傑もいいけどね」
「亮…翼……」

 ガードマンと目が合うと、案の定訝しげな視線を向けられる。でも私は怯まない。
Say a name and business
Today, we are assigned to this institute
Please show me the ID card or the letter of introduction
Ok. Waiting a minute......

 そして、ポケットから取り出すフリをした瞬間――――

「ぐっ……!?」
「な、何!?」

 目にも止まらぬ速さで、黒い影がガードマンに飛び掛った。
 その直後、鈍い鉄の香り……。

「や、やめろっ……」
「こいつ……ら……まさかっ……」

 うめき声を上げながら、次々と倒れ付すガードマン達。
 気付けば、周囲には静寂が戻っていた。
「……プッ! 野郎の血なんて不味くて飲んでられっかってんだ。気分悪りぃぜ」
 亮が血の塊を吐き捨てた。

 口の端から零れる鮮血。覗く白い牙。
 吸血鬼の証……。

「うわっ……久しぶりに血飲んだかも……マズッ!! げろげろ〜!!」
「ほんまやね……血って、こんなマズイもんやったっけ?」
 誠二が愚痴ると、光徳も舌を出して眉を顰めた。
「ほんとだな……おえっ…男の血って、こんなにマズイのかよ! ぺっぺっ」
 結人が唾を吐いている。
 それを、無言で見つめる英士。
「文句言うな。でもこれで、当分は起きないし、僕たちのことだって思い出すこともない……」
 呟いた翼と目が合う。すると、はっとしたような表情を浮かべ俯いてしまった。その表情には、暗い影が射している。
「ほら、ぼっとしてる場合じゃないぜ! さっさと乗り込もうぜ」
 結人が急かすと、我に返ったように翼は顔を上げる。その瞳は、いつものように赤く輝いていたのだが……どこかバツの悪そうな揺らぎが見える。
「まずはそれぞれ、手ごろな研究員になりすますんだ。出来たら、入り口付近廊下……エリアB 1で落ち合おう。いいな?」
「了解や! ほな、また後でな」
 克朗の指示に、滑り込むように入っていったのはシゲ。それに続くように、皆駆け出す。

、行くぞ」
「あ、うん」
 亮に促され、駆け出そうとする。しかし、翼はぼぉっとしたように立ちすくんでいた。
「翼……?」
「あ…悪い。急ごう」
「……?」
 何かを振り切るような素振りを見せ、私を追い抜いてく。

「……どうしたんだ、アイツ……」
 様子のおかしい翼に、私は胸騒ぎのような焦燥感を抱いていた。
 ……正確には、自分自身のこれからに。

 あの時感じた――――最初に彼らに出会う前に感じた――――あの胸騒ぎ。第六感の危険信号が、胸の中に鳴り響いている。







「君たちは誰だ? 何故こんなところにいる?」
「すみません、今日からこちらに派遣されることになった者なんですが、道に迷ってしまって……」
「……入館証を見せてもらえるかな?」
「分かりました。でも、その代わり――――」
「なっ!?」
「……アンタの服、ちょっと借りるよ」

 これで三人目。
 何とか研究員と成り代わることに成功した私たち。
 後はB1に急ぐだけ。

「……翼、大丈夫?」
 肩で息をしている翼は、明らかにおかしかった。
 顔色は、今までに見たことないほどに青白い。
「ああ……」
 そう言って笑って見せるも、強がっているのが分かる。亮も心配そうに翼を見ている。
「ちょっと休んだ方が……」
「大丈夫だよ」
 私の言葉に首を振り、ふらつきながら部屋を出て行く翼。今にも倒れそうなのに……。
「亮……翼、どうしちゃったのかな……」
 無言で何かを思案する亮は、何かを確信したように目を見開いた。
「……先を急ぐぜ。多分、そこで分かるはずだ」
「……?」








「皆、集まって――――!?」
 B1に着くと、異様な光景が広がっていた。
 壁に寄りかかるようにして苦しそうにしている光徳、座り込んでいる誠二と結人。
っ、大変なんだ! 結人たちの様子がおかしくて……」
 一馬が焦った声を上げる。
 それと同時に、翼がその場に崩れ落ちた。
「翼!?」
「くっ……」
 膝を付き、立ち上がれない翼に駆け寄る。そんな光景を見ていた亮が、舌打ちをした。
「チッ……まんまとやられたな」
「ああ……そうみたいだね」
「英士……何言ってるんだよ」
「一馬、まだ分からないの?」
「え……」
「コイツらの共通点、分からない?」
 英士の言葉に、私はここに来るまでのことを思い出していた。
 
 誠二・結人・光徳、そして翼。
 この四人だけがやったことは……

――――!?

「まさか……」
「……流石だね、。そうだよ。多分、コイツらの不調の原因はさっきの『吸血行為』にある」
「!?」

 そうだ……。
 この四人だけが、ガードマンの血を飲んだ……。

「ガードマンの血液に何かが――――ぐっ……」
「渋沢!」
 克朗が胸の押さえ、屈み込んだ。
 それを皮切りに、柾輝、直樹、多紀にも異変が起きる。
「皆っ……!? どうして……」
「チッ! ココのヤツらの血ぃ吸ったヤツ、全員か……!!」
 亮が壁を殴りつける。
 一体、どういうことなのだろう。
「……この結果から考えられるのはただ一つ。この研究所内部の人間の血液には、俺たちの身体機能を低下させる何らかの物質が含まれているということだ」
「不死の身体に効く薬があるってことか……?」
「椎名、どんな不調を身体は訴えている?」
 大地が尋ねると、翼は顔を歪める。
「……体中の骨と筋肉に、過度の負担をかけたみたいだよ……体中が疲れて……だるい……」
「……そうか」
 大地はしばらく考え込んだ後、静かに言った。
「俺たちの身体は、無理矢理に筋力を増長させられている。通常ならオーバーヒートを起こしかねない危険な状態だ。それを正常に保つために、血液中に含まれている様々な成分を摂取していたのは分かっているだろう。しかし、椎名たちの様子を見れば分かるとおり、それが出来なくなっている。つまり、この循環が抑制される何かが血液中に含まれていたということだ」
「何で、そんなこと……」
「……俺たちの存在に気づかれていたのかもしれないね。ここに乗り込んでくることも読まれていた……そう考えると辻褄が合う」
 英士は結人を支え起こす。
「そんな……」
 大地の話をまとめると、筋力が無理矢理増強させられている状態でも正常でいられる均衡が保てなくなっているということ。だから、極度の疲労感と筋骨の激しい負担感に襲われているのだ。

 研究所は、薔薇の雫のために人間までも生物兵器に変えたというの?
 研究員は、それを受け入れたの? 研究のために、自分の身を実験体に使うことさえ厭わないなんて……。
 お母さんとお父さんは……こんな悲劇を生み出すことに加担していたというの……?
 お兄は……こんな狂った螺旋の中に投げ込まれたっていうの……!?
 
 そして私は……そんな狂った世界を作った人間から生まれた。
 本当のバケモノは、私たち……。

「おそらくは一過性のものだ。しばらくすれば、回復する」
 大地の言葉に、竹巳がポケットから何かを取り出す。
「これ、もしもの時のために持ってきたんだ。少しは回復を助長すると思う。皆で少しずつ回し飲みしてください」
 竹巳が取り出したのは血液パックだった。
「完全回復は無理だろうけど、ここで休憩するのにも時間の限度があるから。不死じゃなくなったわけではないし、血液を欲する気持ちが無くなったわけでもないから」

 皆は無言で血液パックを啜る。
 すると、段々と顔色が元に戻ってきたのが分かる。
「っ……笠井、悪い……」
「いえ。これは貸しにしておきますから」
 竹巳の言葉に、笑みを浮かべる翼。
 良かった。皆、少し良くなったみたい……。

「さぁて、姫さんたちが良くなったところで、敵さんに遭遇みたいやで?」
「!!」
 気付けば私たちの周りに、数名の研究員たちが立ち並んでいた。

「侵入者というのは、お前らだな?」
「何の目的かは知らないが、抵抗すれば命の保障は出来かねる」
 そう言って、銃を構える相手。
 
 でも……こんな事態は予測済みだ。

「そんな玩具で……俺らが倒せると思うとんのか?」
「僕たちも舐められたものやね」
「よっしゃ、久しぶりに暴れるで!」
 シゲ、光徳、直樹が前に出る。
 そして、そのまま研究員たちに飛び掛った。
「くっ……こいつら……!」
「あくまでも抵抗するつもりか!」
「……殺してもかまわん! 上に知られる前に、事を済ませ!!」
 激しい怒号の後、静寂だった廊下は一気に戦場と化した。

 革命の――――始まり。










――――バンッ バンッ

「ちっ……!」
 シゲが間一髪で銃弾から逃れる。その背後から殴りかかる研究員。
「藤村っ! 伏せろ!!」

――――ドガッ!!

「ぐはっ……!」
「俺たちの邪魔すんじゃねえ!」
 一馬が回し蹴りを喰らわせ、研究員は倒れ伏した。
「シゲちゃん危機一髪……リンゴ王子、恩に着るで!」
「リンゴ王子じゃないっ!! 結人、英士、俺たちも加勢だ!」
「きゃーっ、かじゅまがへタレてなーいvvv」
「結人、冗談言ってる場合か!!」
「一馬、やれば出来るじゃない。結人、やるよ!」
「あいあいさー!!」
 私たちを取り囲むようにして広がった六人は、迫り来る研究員たちを返り討ちにしていく。その強さは圧倒的で、私たちの有利は絶対だった。
 しかし……

「くっ……こいつら、一体何人いやがるんだ!」
「キリがないね……倒しても倒しても出てくる」
「まるでゾンビみたいやな」

 倒しても倒しても、集まってくる研究員。
 これじゃあいつまで経っても先へ進むことは愚か、戻る事だって出来ない。
 研究員の攻撃を交わしながら、シゲが振り返った。

「姫さんたちは先に行き!! ここは俺らで食い止める!!」
「そうやな! このままここにおっても、埒があかん。たちは先に進んで、目的達成に向かってくれや!――――どりゃぁっ!」
 敵を背負い投げした直樹が、声を張り上げる。
「後から絶対追いつくからっ……先に行け!!」
 一馬が敵を羽交い絞めしながら、苦しそうに言った。

「……任せたよ!」
 翼は頷くと、私の手を引いて駆け出した。
「っ……一馬っ、シゲっ!!」
 私は振り返りながら、彼らの名前を呼んだ。
、あいつらなら大丈夫だ。信じてやろうぜ、仲間をよ」
 柾輝が横を駆けながら言う。
「あいつらの連携はスゴイんだ。心配いらない」
 克朗が笑みを浮かべて言い切る。

 でも、何故だか……私は笑えない。
 何故だか……あの六人にはもう会えない気がしてしまう。
 今別れたら、もう……。

「っ……っ、何止まって……!!」
「嫌っ……行けない! 皆を置いて先に行きたくないのっ……!」
 立ち止まって、そう叫んだ時だった。

「危ないっ!!!!!」

 一馬の叫び声が聞こえ、振り返った目に飛び込んできたのは銃を構えた研究員の姿。
 
――撃 た れ る!

「させるかっ……!!」

――――ドスッ!!

「くっ……!!」
「……え」
 目を瞑った私を庇うようにして腕を伸ばしていたのは一馬。
 その腕には、細い針のようなものが刺さっている。
「て、手こずらせやがって……!」
 研究員はよろめきながら、一馬を掴み上げた。
「てめっ、離せっ!?」
「お前ら! 今後はその銃だけで攻撃しろ! それさえあれば、楽勝だ! アハハハハハ!!!!!」
「何……?」
 その研究員の言葉に、他の研究員も一斉に銃を構える。

 あの銃は……何?

っ、、しっかりしろ!」
 翼に肩を揺すられ、我に返る。
「っ!……一馬、一馬―――っ!!!」
 私を庇って撃たれた一馬。
 私のせいで、皆を危険な目に……。
!! 俺たちのことはいいから、早く行け!!」
「一馬っ、私……っ」
っ、お前を守るんことは、名誉賞もんなんやで! はよ行かんかい!! 俺らにもカッコ付けさせてくれや!」
「直樹……」
「こんなのカスリ傷だ! 俺たちはメフィストだぜ!? こんくらいどうってことない!」
「そそv 今の一馬はへタレじゃないんだぜ! このまま一馬に任せておけって!」
、椎名たちと先へ……!」
「結人……英士……」

 そうだ……。
 私がここで立ち止まったら、駄目なんだ。
 私は皆のファウスト。
 皆を率いていかなくちゃ駄目なんだから。

ちゃん! 走るんや!!」
「っ……皆! 絶対、また後で……!!」
「「「当たり前!!!」」」

 光徳の声に弾かれたように、私たちは戦場を駆け出した。
 背後では、激しい銃撃戦の音が木霊している。

 でも私たちは立ち止まらず、振り返らず、ただ先を目指して駆け抜ける。
 皆と……私自身のために……!




to be continued...?


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何だか凄まじくアクションモノになってます、吸血鬼輪舞曲14話です。ついに研究所に乗り込み、彼らの革命がスタートしました。でも、何だか暗雲が立ち込めている様子……? どうなってしまうんだぁ(お前が考えるんだよ)今後は、こういった、何か戦場描写が続くと思われます……。はてさて、どうなるヒロイン!