玲さんの話に、ただただ聞き入っていた私たち。
でも……真実を受け止めることが、未来へ続く道しるべとなる。
そう……私は信じる。
Chapter4: I know the truth.
「つまり……俺の遺伝子……いや、俺たちの遺伝子は、今もまだ、研究所に保管されてる。それで、今までも俺たちのクローン……いや、遺伝子を組み込まれた人間が誕生していたってこと?」
「そうよ……その通り。幸か不幸か……この場合、間違いなく後者でしょうけど……貴方たちは、才能に恵まれていた。そして『不完全な不老不死』に適応できた身体。この遺伝子を組み込ませれば、まさにヒーローを生み出すことが出来る。そう考えられていたわ」
「けっ……俺様が、世界に何人も生み出されてたなんてな。考えただけでも胸糞悪いぜ」
「三上……。だが、お世辞にも気分の良い話とは言えないな。西園寺監督、俺たちの存在は『今はまだ明らかにされていない』そう仰いましたよね? それは……」
「渋沢君……言葉通りの意味よ。貴方達の存在は、貴方たち自身が抹消してきたこと、私が裏で手を回して尻尾を攫めないようにしてきたことなどによって、今はまだ、組織にはバレていないわ。でも、いずれは……。現に今組織の連中は、薄っすらとだけど、貴方たちの存在に勘付いてきている。もう……時間は残されていないわ」
玲さんは、ポケットから小さなビンを取り出す。
中には、桃色の粉が入っている。
「翔君が三上君……貴方にあげていたものよ。『ローズ・ドロップ』……知っているわよね?」
「ああ……」
亮がビンを見つめている。
お兄が何故か所持していたという、不老不死の鍵を握る秘薬……。
「翔君はね、薬科大の生徒というのは表向きの姿で……本当は私と同じ、研究所員として働いていたの」
「え!? お兄が……玲さんと同じ場所で……?」
「ええ。このことは、ご両親も知っているわ……むしろ、ご両親の強い意向もあったみたいね」
「……そうだったんですか……」
「でも……彼自身、ずっとこの『ローズ・ドロップ』について独学で調べていたらしくて、二つ返事でOKしたそうよ。チャンスだと思ったんでしょうね。秘薬に触れる、大義名分が出来たんですもの」
「……まさか翔の奴、ハッキングの技術、ここで使ってたんじゃねえよな……」
呆れ顔で溜め息をつく亮に、玲さんは微笑むだけだった。
多分間違いなく……ハッキングして情報を集めていたに違いない。大方、両親のデーターベースに侵入したりしたのだろう。詳しいことや難しいことは分からないが、何となく想像できてしまうところが「私はお兄の妹なんだ」と私に確信させる……。
「両親にとっては、優秀なお兄ちゃんが研究者になってくれることは、願ったり叶ったりだったんだと思います。私は昔から、化学とか数学とかは大嫌いでしたから……」
……本当はただ、両親のようになりたくなくて、わざと嫌いになろうとしたのだけど。
外語大を選んだのも、両親に対する小さなあてつけだったのかもしれない。
まあ、そのおかげで、将来は通訳になれるくらいの語学力は身に付けられた。
「その当時私は海外、彼は日本の研究所にいた。最初にコンタクトを取ってきたのは彼の方だったわ。彼は私のことも全て知っていた……。最初はただ、色々調べただけだと思ってたけど……ちゃん、貴女の言う通り『最初から知っていた』のかもしれないわね……」
ぎゅっと、翼にしがみつく。すると、それに呼応するかのように、翼の私を抱く力も強まった。
「私は……ずっと、この不老不死の薬について研究してきたの。ローズドロップの成分についても、熟知しているわ。それでこの間……ついに、研究の最終段階まで漕ぎ着けたの」
「それはホンマか!?」
シゲが身を乗り出すと、玲さんは大きく頷いた。
「ええ。理論は既に、ほぼ完成しているの。後は最後、それを形にするだけ。でも……それに気付いた組織は、それを壊そうとしているのよ」
「何でですか!? 不老不死の薬を作り出すのが目的じゃなかったんですか?」
将君が、理解できない……という表情を浮かべる。玲さんは、首を振った。
「……人間って、本当に愚かな生き物なのよ。傲慢で利己的で…排他的」
「西園寺監督……」
「風祭君……。私たちのような人間は、組織にとって……どんな存在だと思う?」
突然問いかけられた将君が、一瞬言葉に詰まる。
それに代わるように、隣で黙って聞いていた多紀が冷めた声で言い放った。
スッと開かれた瞳が、赤黒く揺らめく。
「――――都合のいい存在……ですよね?」
「ふふっ……杉原君には、いつも真実が見えているのね」
「いえ……ただ、考えられるのはそれしかありませんから」
そう零すと、またいつもの柔和な表情を浮かべる多紀。
やっぱり何度見ても……あの不思議な瞳の揺らぎには、言い様の無い感情が沸き起こる。
背筋が凍りそうな恐怖を感じる時もあれば、全てを委ねたくなるような、甘美な眩暈に襲われる時もある。
あの瞳で見つめられると、身動きが取れなくなる。
これは、単なる気のせいじゃない。多分きっと……彼らが「吸血鬼」として持った力の一つなのだろう。
見上げればほら……多紀だけじゃなくて、皆の瞳にも同じ揺らぎが見えるもの……。
「つまり、俺たちという手駒がなくなることは、組織にとっては多大な損害になるわけだな」
淡々と告げる大地を横目に、一馬が溜め息を吐いた。
「……俺たちに出来ることなんて、そんなにあんのかよ?」
「一馬……俺たちは今まで、表の世界に出ないように生きてきたから分からないかもしれないけど……実際、俺たちは普通の人間の能力を遥かに凌いでるよ。普通に生活したら、目立ち過ぎてやっていけない。運動一つにしたって、軽くオリンピックで優勝できるレベルなんだから」
英士が肩を竦めると、結人も同意した。
「そーそー。昔、グループで分かれて資金調達したことあったろ? あん時、俺と英士は、ある国の『闘技大会』に参加したんだよ。世界各国から集められた兵揃いだったらしいけど……余裕で賞金手に入ったぜ? ま、あんま目立つと怪しまれるから、適当な所で棄権したけどな」
「そうだったのか……? 俺、全然知らなかった……」
「かじゅまはその時、確か風祭たちと地道に農作物の収穫手伝いやってたんだっけ? いやー、さすがへタレなかじゅまv」
「おい! 何でそれがへタレに繋がるんだよ!!」
「若菜君、真田君、落ち着いて……」
「風祭! お前らも結人に馬鹿にされてんだぞ?! いいのかよ!」
「いや、僕たちは別に……」
「すぐムキになるところがお子ちゃまでちゅねーかじゅまw」
「結人っ!!!」
「結人、一馬――――場違い」
英士の冷たい一言に、二人は瞬時に押し黙った。さすが英士だ。
「……そういうことね。特に私は、400年分の知識その他を持っている。コンピューターには及ばないけれど、コンピューターには出来ないことが出来るのが人間でしょう? 組織は、私というサンプルがなくなることを怖れているのよ。私がただの人間に戻ったとしたら……正直、今の人間のレベルでは、これ以上の科学の発展は見込めないもの」
「ぬ? つまり、不老不死……いや、吸血化が無くなったら、この異常に発達した身体能力などは、全て退行していく、ということか?」
「その通りよ。人間は常に、100パーセントの能力は発揮していない。脳が危険信号を出してしまうからね。通常の人間は、自分の潜在能力の20パーセントから30パーセント前後出せればいい方。そうやって生きているのよ」
「……つまり、俺たちはそれを“無理矢理”100パーセント引き出されている状態というわけですね?」
「120パーセント……かしらね? 私の研究では、私たちは吸血することによって、過剰に分泌されているアドレナリンなどを補っているみたい。血液中に含まれる成分が、私たちのこの状態を保つのに必要なのよ」
「……もはや、人間と言えるかどうか、甚だ怪しいな」
「今更だ、そんなこと。俺たちはとうの昔に、化け物になっちまったんだからよ」
竜也の言葉を、亮が嘲笑する。
しかし、その表情は暗く翳っていた……。
玲さんの言葉に、私は両親を思い浮かべていた。
世界的権威のある科学者である二人……。
でも、玲さんから見れば「その知能はサル以下」くらいなのだろう。そう考えると、人間って本当にちっぽけで、何も出来ない動物だ。
吸血鬼の彼らの足元にも及ばない。
「……それで、結果として本末転倒な茶番劇が始まってるわけか」
翼が毒のある言葉を呟くと、玲さんは笑った。
「そうね。私の身柄を完璧に拘束できたら、その実験データだけは奪われてしまったでしょうけど。理論は数値上で出ているから、あれなら組織の人間なら形にすることは可能でしょうし……」
「でも、玲がそんなヘマするわけないだろ?」
翼は私からそっと離れると、口の端をくいっと持ち上げる。それを受けた玲さんも、スッと目を細めて微笑んだ。
「……データはちゃんと、手元にあるわ。予備として、翔君も持ってる」
「翔が? でも、アイツにもしものことがあったら……」
「ちょっと亮! 縁起でもないこと言わないで! お兄に何かあるわけないもんっ」
亮に思わず掴み掛かった私。亮は、申し訳無さそうな顔を浮かべるも、眉根を寄せる。
「……悪かったよ。でも、最悪の事態だって考えられるだろ!? 俺だってそんなこと、考えたくもないけどよ……」
「それは……そうだけど……」
口ごもった私の肩を、玲さんが軽く叩く。顔を上げると、彼女の微笑が見えた。
「……大丈夫よ。翔君は、本当に強くて聡明な子よ。そして何より……妹思いの優しい子。そんな彼が、貴女を置いて逝くなんて考えられないわ」
「玲さん……」
すると、今度は反対側の肩を叩かれる。
「翼……」
「心配すんなよ。そいつは僕の……遺伝子持ってるんだろ? なら絶対、こんなとこで死んだりなんかするはずないね」
「……うん、そうだよね」
頷いた私に、二人は微笑んだ。
「さあ、今の話を聞いていて分かったと思うけれど、私たちの身体を治せる日は、確実に近付いてきたわ。でもそれには、貴方たちの力が必要不可欠なの」
玲さんは、私たちを見回しながら続ける。
「皆に頼みたいことは、貴方たちのネットワークを駆使して、どうにかして研究施設と接触してほしいの。研究員なら誰でも構わない。そして、組織のコンピューターを操作してほしいのよ」
「監督、そりゃまたどうしてや?」
「私たちがそれぞれ持っているデータは、組織のコンピューターでしか読み込めない特殊なブロックが掛かっているの。下手に読もうとすると、データが破損する怖れがあるわ。それに、今この世界で『ローズ・ドロップ』の研究が出来るのは、悔しいけどあそこしかないのよ、藤村君」
「なんやまた……えらい展開になってきたわ〜」
シゲが腕を組みながら、天を仰ぐ。
確かに、とてつもなく難儀なことだと私も思う。
そもそも、その研究施設に入ることなんて、可能なのだろうか……?
「幸い、貴方たちには力がある。そしてちゃん……貴女がこの計画の鍵となるのよ」
「私が……鍵?」
「ええ。貴女なら、夫妻の娘という大義名分がある。研究所に入ることも、他と比べたら容易だわ」
「ちょっと待てよ玲。の兄貴は逃げてんだろ? だって狙われるんじゃ……」
「そのために、貴方たちがいるんでしょう?」
「「「!?」」」
玲さんの言葉に、翼を始め、他の皆が息を呑んだ。
「……悪魔メフィスト・フェレスは、ファウストの命を護るのが契約。貴方たちは彼女のメフィストになるのよ。彼女を護ることが、今の貴方たちの使命……そうじゃないの?」
「玲……」
「店の名前を付けた理由、もしかしたら『こうなることを願って』付けたんじゃないのかしら?」
「翔が、それを……?」
亮の呟きに、玲さんは苦笑した。
「彼は全て……分かっていたのかしらね」
「……翔、お前はここまで読んでたってわけかよ」
ちっと舌打ちした亮が、私の頭を軽く叩く。
「ったく……お前の兄貴は、とんだペテン野郎だぜ」
「…………」
否定できないところが、お兄の全てを表しているようで、何だか複雑な気分だった。
「というわけで、ちゃん、皆。そっちは任せたわよv」
ウインクを投げて寄越す玲さんに、私は間髪入れずに応えた。
「分かりました、玲さん。私たちに任せてください!!」
「「「えっ!?」」」
私の発言に、目を丸くしている皆。特に驚いたのは、翼だった。
「ちょっ、!? お前、自分が何言ってるのか分かってんの?!」
「うん。分かってるよ」
「お前だって、命狙われるかもしれないんだよ!? それがどれだけ危険かってことお前――――」
「でも、翼たちが守ってくれるでしょ?」
うっ……と一歩引いた翼に、私は一歩詰め寄った。
「契約違反は許しません。私はお兄に会うまでは、皆から離れないって決めたんだから。つまり、皆は私から目を離しちゃ駄目ってこと! そうでしょ?」
「そりゃあそうだけど……」
私は、お兄仕込みの「最高の笑顔」を見せた。
「じゃあいいよね? 危険なのは皆同じ。私が一人でいたって、お兄の妹なんだし危険なことに変わり無いよ。ね?」
「……はあ。分かったよ。ホントお前って頑固……」
「やった! 翼に勝ったv」
「翼を折るとは……お前、すごい女だな」
柾輝の感心したような声に続き、翼の溜め息と、周りの笑い声が響き渡った。