――一週間前。
 最愛の人が突然いなくなってしまった。

 翔。私の兄。

 彼の遺留品が、繁華街の片隅から見つかり、その中にあった見慣れない名刺。

――ホストクラブ『
Mephisto』  亮<アキラ> п~×××―●●●●

 青い薔薇が描かれているそれは、微かに薔薇の香りがした。


 何故、兄の財布にこんな名刺が入っていたのか。
 この店に行けば、何かが分かると確信した私は、連日連夜慣れない繁華街を歩き続けている。
 しかし、誰に聞いてもその所在は不明。本当にあるのかどうかも甚だ怪しい。

 それでも、私は諦めるわけにはいかない。
 大切な兄を救うために。

 そして……
 日を追うごとに高まる、この胸騒ぎにも似た焦燥感を突き止めるために……。







 Prologue:Feel uneasy....






、今日一緒に帰らない?」
「ごめん有紀……今日もちょっと……」
「そっか……」

 私は、友人に軽く詫びると、急いで大学を飛び出した。
 時刻は午後7時を回ったところ。
 この分だと、今日は沢山の場所を回れそうだ。



 電車に飛び乗り、肩で息をしながら車窓からの風景を眺める。
 三日月に照らされた町が、白く煌いて見える。

「お兄……」

 突然いなくなってしまった私の兄。
 つい一週間前までは、一緒に笑っていたのに。
 兄と話した最後の会話が、頭から離れない。



……お前は、吸血鬼(ヴァンパイア)って信じるか?」
「吸血鬼……?」
「そう。幾千もの夜を越え、現代にその姿を溶け込ませている孤高の存在だよ」
「いてもおかしくはない……とは思うけど……」
……俺はね……アイツらを…………」
「……?」




 兄はあの時、私になんて言おうとしたのだろう。
 ただ、遠くを見つめて、何かを決意しているような、そんな表情を浮かべていた。


――吸 血 鬼


 この言葉が、妙に頭に引っかかる。
 兄の失踪と、何か関係がある…………私の第六感が、そう告げていた。











「すみません、あの……」
 人混みの中、あの名刺を見せながら訪ね歩く。
 しかし、来る人来る人皆が「知らない」と口を揃えること数時間。
 今日で7日目。
 ここまで探しても見つからないなんて、本当はこんな店無いのかもしれない。
 そう思うと、途端に疲労が押し寄せてくる。

――ドンッ

「っ……!?」
 いきなり肩にぶつかられ、思わずよろける。
 すると、いかにも「ホスト」といった感じの二人組みに囲まれていた。
「す、すみません……」
「別にいいよ。君、学生? こんな時間にふらついてるなんて、危ないよ」
「そうそう。出会ったのが俺たちみたいな善良な奴らで良かったぜ? ククッ……」
 言葉では良い雰囲気を与えているかもしれないが、下品な笑みを浮かべながら身体に手を回してくる仕草に、身の危険を感じざるを得ない。特に、体格の良い方の男には、生理的嫌悪感を抱いてしまった。
「は、離してくださいっ……」
 身を捩って逃げようとするが、がっしりと掴まれた腰は動かない。
「夜のこの街は危険がいっぱいだぜ? 俺が送ってってやるよ」
 そう言いながら、酒臭い顔を近づけてくる大男に、思わず目を瞑る。
「おい鳴海……あんまり苛めるなよ」
「何だよ設楽。可愛がってやってるだけじゃねーか」
「その子……怯えてる」
「けっ。うるせーよ。お前、先店戻ってろ。俺はこの羊ちゃんと戯れてくるからよv」
「おいおい……」
 どうやら、もう一人は、私を逃がしてくれようとしているらしい。しかし、それも上手くいかないようで。味方はいないのだと改めて実感する。
「本当に一人で平気なんで! 離して!!」
「あぁ!? 俺様が直々に送ってやろうって言ってんだぜ? 何ならそこのホテルでお楽しみっていうのでもいいんだぜ〜?」
 恐怖で体がガチガチに固まってしまっているのが分かる。
 しかし、焦る気持ちとは裏腹に、頭の奥底では「今日は13日の金曜日だっけ……厄日ね」などと、冷静に状況を分析している自分がいる。
 窮地に陥った時ほど、どうでもいいことが思い起こされるもののだと、これまたどうでもいいことを考えてしまう自分に、心の中で苦笑する。
 ……時間稼ぎにもなりゃしなかった。ただの現実逃避だと悟る。
「嫌っ、やめて……!」
「クックックッ……その怯えた目、ゾクゾクするぜ。アッハッハッハッハ――――」
「何してるわけ? こんなところで」
「!?」

 男の笑い声がぴたりと止まる。
 恐る恐る目を向けると、黒いスーツに身を包んだ男性が大男に向かい合って立っている。顔は見えないが、声と体格から察するに男性だと判断する。大男の顔が、一気に青ざめていくのが分かった。

「お、お前っ…………メフィストのっ………!!」
「その馬鹿デカイ図体、もう二度と僕の前に晒すなって忠告したハズだよね? それも三日前に。なのにもうそれを忘れたってわけ? お前のその無駄にデカイ頭は飾りなの? だとしたら、ホントお気の毒様って感じ。何度言ったって、一瞬で忘れるわけだ。はーあ、ホント最悪だね。こんな馬鹿が、同じ街で同業やってるのかと思うと、寒気がするよ。ていうか客も店も気の毒だね」
「くっ……」
「あ、何? 返す言葉も無いって感じ? そりゃそうだよね。何たって、容姿も頭脳も僕の足元にも及ばないし。そんなんでこの街でホストなんてやってけると本気で思ってる? お前はせいぜい、借金の取立て屋がお似合いだよ。それか、そのデカイ図体生かして、工事現場ででも働けば? 頭の無い馬鹿は、肉体労働くらいしか出来ることないんだしさ」
「っ……お、覚えてろよ!! いくぞ、設楽!」
「はいはい……」
 大男は、今度は顔を真っ赤にしながらどこかに行ってしまった。溜め息をつきながら呆れた表情を浮かべるもう一人の男性は、私たちに向き直ると頭を下げた。
「……ごめん。アイツにはよく言っておくよ」
「獰猛な馬鹿犬は、首輪だけじゃ足りないんじゃない?」
「……ごもっとも。檻に入れて飼うことにするよ。……アンタも、絡んじゃってごめんね。でもホントに、一人は危ないから気を付けなよ?」
「は、はい……」
 苦笑したように笑う男性――設楽さんは、駆け足でもう一人の男性を追いかけていった。確か名前は鳴海……?
 残されたのは、私と黒いスーツの人。

「……大丈夫? 絡まれてたみたいだったけど」
「えっ、あ、はい!!……あの、ありがとうござ――――」

 声を掛けられて、お礼を言おうと顔を上げた私は、そのまま動けなくなった。目の前の人物を見たまま。
 だって、そこにいたのは……。

「お…お兄っ!?」
「………………は?」



 13日の金曜日。三日月の晩。 
 私の胸騒ぎは、最高潮を迎えていた……。



To be continued....?


top / next


 
ついに妄想爆裂の(笑)『ヴァンパイア・ホスト』まがいをやってしまいましたvと言っても、設定とか全然違うんでパロではないんですが……。
 まあ、毛色の違う『夜型愛人』とでも思っていただければ良いかと。
あんな素晴らしい作品の足元にも及びませんがね……(ノ_-)クスン
 そしてヒロインしか出てこない序章……(汗)まあ、数名登場してますが。次回以降、どんどん出てきますのでお楽しみに☆