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あの後は散々だった。
泣きじゃくる二人を宥めながら、打ち上げに連れていってやれば、ありえないくらい飲み続ける二人の後輩。……コイツら、人の金だと思って。
そのまま一海は酔い潰れ、たった今タクシーへ押し込んだところだ。
渚はと言えば、いつの間にかウーロン茶を飲んでいたらしく、酔った様子はない。
「渚はどうする? タクるなら、送ってってやるけど」
すると、ふるふると首を振って、ボクの服の袖を掴む。
「先輩……最後にお願いがあるんです」
「何?」
「一緒に、大学まで行ってもらえませんか?」
「え?」
「お願いします!」
そう必死に懇願されては断れない。ボクはタクシーを捕まえて、「外大まで」と言った。渚は何をする気なんだ?
大学は、夜中ということもあり、静まり返っている。ただ、ところどころに灯りが点いているのは、夜間生がまだ残っているからだろう。
渚が向かったのは、見慣れた練習室だった。言うまでも無く誰もいない。
「渚、一体……」
「先輩、私、来週……日本を発ちます」
目を見開いたボクに、渚は続ける。
「……なるべく早い方がいいからって。だから、もう、先輩とも……」
渚は、そのままヴァイオリンをケースから取り出す。
灯りの無い練習室には、月の光が差し込み、渚を青白く照らしている。
「最後に一曲。先輩のためだけに弾きます。聞いて、もらえますか……?」
そんな瞳で見つめられて、断れる男はいないだろう。まして、そんな泣きそうな顔されたら……いくらボクでも、軽口も叩けない。
「……ああ」
そう言うのが精一杯だった。
小さく微笑んだ渚は、そのまま静かに目を閉じた。
聞こえてきたのは――――……
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BGM:
三つのロマンス第2曲/シューマン by tokupiの部屋様
月の光/ドビュッシー by Yuki/Little Home on the Web 様