第4章 「後輩の正しい指導法」





――午後三時。警視庁捜査一課。

「ふぁ〜……ねみぃ」

 大きく欠伸と伸びをした大塚は、そのままデスクに突っ伏した。
「大塚先輩! 仕事してください」
「あ〜?  俺は今猛烈に眠い。だから寝る。文句あるか?」
「ありありです!  さっさと書類まとめてください。はいこれ、お茶です」
 差し出されたお茶を無言で啜り、思わず吐き出しそうになるのを何とか堪える。。
「ぐえ……苦すぎ」
「眠気冷ましです」
「……」
 大塚は後輩に一言「真面目すぎると刑事なんてやってられないぞ」と言うと、溜息をついた。
「先輩が不真面目すぎるだけだと思いますが?」
 こんなやり取りは日常茶飯時であるため、周囲の人間は皆無視している。
「……ったくよー、何でお前みたいのが俺の後輩なんだよ?」
「それはこっちの台詞です」
 二人が睨み合っていると、突然賑やかだった捜査一課が静まった。
 見れば、警察庁から来たと思われる重役達が数名、足並み揃えて捜査一課に入室してきていた。

(何なんだ……?)
 大塚は後輩と睨み合うのを止め、重役達に目を向けた。
「この課の責任者は誰だ?」
 一番小煩そうな男が辺りを見回しながら言った。
「は! 私ですが」
 捜査一課長が緊張した面持ちを向ける。きっと今持病の胃痛を起こしているんだろうな、などと大塚は軽く同情した。
「砂原君はいないのかね?」
 どっしりとした、重量を感じさせる体型の男が課長に尋ねた。
「砂原く……いえ、砂原管理官は今席を外しておりますが……」
「そうか……まあいい。今日は君達に是非とも紹介したいと思ってね。さあ、入って来たまえ」
「はい」
 返事と同時に入って来た人物を見た一同は皆固まった。

「佐伯巴里です。よろしく」

「さ、佐伯ぃっ――――むごごっ!?」
 思わず声を上げた大塚を、周りの人間が取り押さえた。
「むごごごっ! はらへ〜!」
 皆は「離せと言われて離すものか」という態度である。今大塚を離したら大変なことになる、そう確信していた。そんなのは無視して重役達は続ける。
「佐伯君は、昨年の暮れからイギリスのロンドン市警の方に実践研修に行ってもらっていてね……今日帰国したばかりだ。すぐにでも現場に復帰してもらいたいんだが、まだどこに配属になるか決まっていないんでね。とりあえず捜査一課に仮配属という形をとらせてもらおうと思うのだが……いいかね?」
「はい。去年捜査一課で勤務していましたから」
「よろしい。ではこの後のことは、ここの課の指示を仰ぐようにしてくれ。私の話は以上だ。皆仕事に戻ってくれ」
 そう言うと、重役達は颯爽と帰っていった。
 それとほぼ同時に大塚を押さえる皆の手が緩んだ。その隙を大塚は見逃さなかった。
「佐伯! お前いつ戻って……って、ぐはぁっ!!」
「巴里君!? お帰りー!!」
「きゃー! 佐伯君! 淋しかったよ〜!」
 今まで黙っていた女達がまるで芸能人でも目にしているかのように騒ぎ始めた。
 思いっきり弾き飛ばされて、近くのデスクによろめく。
「大塚君!  邪魔よどいて!」
「だ、誰?!  あの美形は!」
「可愛い〜っ!」
「……」

 大塚はげんなりしながらデスクに戻った。女には勝てない……と心の中で呟きながら。
「先輩……誰なんです?  知り合いなんですかあの人と」
「あー……去年俺の後輩だったからな」
「えーっ!?  あんな優秀そうな美形が!?」
「……何が言いたいんだよお前」
「いえ別に。あ、噂をすれば佐伯さん。こっちに来ますよー」
(ちっ……)
 心の中で舌打ちをした大塚は、手を振りながら笑顔で近づいてくる佐伯巴里を軽く睨む。
「Hello☆ 先輩。お元気でした?」
 流暢な英語と、取って付けたような敬語に、大塚は思いっきり顔を顰めた。
「……もう先輩じゃねーよ。佐伯警部補殿」
「うわ、ヤダヤダ。相変わらずヒネてる」
「うるせーよ!」
 思わず怒鳴る大塚に、巴里は肩を竦める。
「ハイハイ……まあ年はアンタの方が上だし? 去年は一応アンタの指導の下勤務していたわけだし? 先輩という呼び名は変えないよ。大塚巡査長」
「けっ。相変わらずむかつく野郎だな!  とにかく、俺とお前はもう何の関係もないんだ。気安く俺に話し掛けるな!」
「大塚! お前言い過ぎっ――」
 同僚の言葉も時既に遅し。
 その場の空気が一瞬にして凍り付いた…………巴里の態度が突然豹変したからだ。
「……いい加減にしなよ。大体オレだって好きであんたの後輩やってたわけじゃないんだから。仕事も満足にこなせないくせに、そんな偉ぶらないでほしいよね。結局それでオレに抜かされてさ。自分の不甲斐無さを、いちいちオレにぶつけないでくれない!?」
「なっ……」
 巴里の毒舌に勝てる者はいない……というのは、昨年の捜査一課の教訓であった。それは決して大塚も例外ではなく、口をパクパクしながら声にならない声を上げている。
「す、すごい!  先輩をここまでこけ落とせるなんて……」
 大塚の横で感嘆の声を上げたのは、もちろん彼の後輩である。
「……アンタは?」
「あ、すみません! 私、この四月からここで先輩の指導を受けています、白瀬夏枝と申します」
 夏枝はそのまま続ける。
「佐伯さん……私感動しました!  私もいつも同じようなこと思っていて……でも言えなかったんです!! それをあんな堂々とハッキリ言うなんて!」
「白瀬……てめえいつもそんなこと思ってやがったのか」
「ええ!」
 きっぱりと言い放つ夏枝に、大塚は大きく溜息をついた。なんで俺の後輩は皆こうなんだ? と頭を抱えながら。
 巴里は苦笑いをしながら「……そりゃあどーも」とだけ言った。そして夏枝から離れるように後ず去った。

「佐伯さん! お茶飲みます?」
「え、いや……」
「ささ! 遠慮しないで下さいよ。はい、そこに座って」
「……」
 巴里は渋々といった様子で椅子に座った。大塚はその光景を見ながら、こいつは白瀬みたいなタイプが苦手なんだな……と考える。
「あ、そうそう! さっき丁度おやつにって『ドーナツ』貰ったんですよ! これでも食べててくださいv」
 そう言って、巴里の前に山盛りのドーナツを差し出す夏枝。
「あ”!! それ、俺のじゃねえかよ!!」
「先輩はダイエットでもしてください。じゃ、私、お茶淹れてきまーす!!」
 
 夏枝がお茶を淹れに行っている間、巴里は大塚に言った。
「……アイツが次の後輩?」
 ドーナツをぱくつきながら、うんざりしたような顔を浮かべている。
 うんざりしたいのはこっちだよ! と心の中で愚痴ながら、大塚もドーナツに手を伸ばす。
「……ああ、そうだよ。お前と同様、生意気な小娘だ」
「うるさいよ。ていうかああいうタイプ苦手なんだよね。どうにかしてよ」
「知るかアホ。全くいい気味だぜ。せいぜい仲良くしてやってくれよ?  佐伯君」
「は? 冗談じゃないね。何でそんなことアンタに言われなきゃいけないのさ」
「てめえも今日からあいつの先輩だろーが! だったら親しくすんのが普通だろ!」
「勝手に先輩にしないでくれない!?」
「先輩は先輩だろーが! 屁理屈こいてんじゃねーよ!」
 そして今まさに、大塚と巴里の第二ラウンド(もち巴里優勢)が始まろうとした時、突然捜査一課に誰かが飛び込んできた。
「佐伯巴里は?!」
 息を切らしながら飛び込んできたのは、砂原雅輝だった。
「砂原警視?  一体どうしたんです、そんなに慌てて――」
「佐伯は?  どこだ?」
「え、あ、あそこにいらっしゃいますが……」
 課長の言葉を聞き終わるより早く、砂原は巴里と大塚の所へと走っていった。そんな砂原の様子を皆は、不思議そうに見ていた。

「巴里!」
「何?! 今忙しい――っ……!?」
「警視!?」
 二人は同時に驚きの声を上げた。そしてすぐに巴里は立ち上がり敬礼をする。
「……只今ロンドンから戻りました。砂原警視、お疲れ様」
「……ああ。早速で悪いが私の手伝いをしてもらいたい。大塚、少し借りるよ」
 砂原は大塚を一瞥すると、巴里を連れ出て行った。

 一人取り残された大塚は、残りのドーナツをがつがつと平らげ、お茶の残りを一気に飲み干す。
 ……夏枝に対する、せめてもの仕返しだった。
「……ま、今日くらいは許してやるか。久々だろうしな」

 しかし、夏枝から色々聞かれることを考えると、今から頭が痛かった。




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どうもー!ついに新キャラが出揃ったかな??な四章です。大塚さんが出てきましたねー。前作をお読みの方は、ちょこっとご存知かとw
彼は後輩’Sに恵まれない可哀相な男になってますね。ま、やるときはやってくれると思うので、とりあえず放置プレイで(おい
夏枝ぽんも登場です。巴里っ子と夏枝ぽん。この二人が新風を送り込んでくれるはずですね。どうなるどうなる。
次回は探偵視点。まさかあのまま泣き寝入りするはずもなく? 二人が向かった先は……。