第15章 「刑事と刑事の狭間で」
「警視、書類まとめたのここに置いておきます」
「ああ、ありがとう」
書類の束を警視のデスク脇に置き、ブラインドから覗く光に目を瞑る。
私がここに……警視直属の部下になってから2週間が過ぎようとしている。まさか、本当に捜査一課に配属になるとは思ってもいなかった。しかも、課内庶務じゃない捜査員で、警視付きなんて。ある意味、特捜課よりも凄い立場なんじゃなかろうか。
この前私が誘拐された事件は、あの後無事解決した。どうやら、私に調査依頼をしてきた幹部が、外部に情報を流していた張本人だったらしい。あの狸……私を売ったわね(怒)
皆に同情され、実質的に私に「お咎め」は無かった。しかし、やはり誰にも言わずに……特に、特捜課に関係ある面々にも何も伝えなかったことに関しては厳重注意を受けた。そして、笑顔で怒っていた警視に「休暇という名の出勤停止」を戴いたのであった。さらに勿論、萌にもこっぴどく叱られたのは言うまでも無い。彼女には今度、心労料(?)という名目で「懐石料理のフルコース」をご馳走することが決まった……。あれ? 何かおかしくない?
「警視、コーヒーいかがですか?」
「ありがとう、いただくよ」
特捜課とは違い、ここはいつも人で溢れている。今日は特別警視の部屋で作業をしているが、普段は捜査一課にデスクを構えているのだ。そこには大塚先輩もいるし、夏枝ちゃんもいる。
大塚先輩は事の次第を聞いていたようで、特に驚いた様子もなく「これから毎日しごいてやるからな」と笑った。夏枝ちゃんに関しては、私なんか眼中に無いらしく「佐伯さんは!? 佐伯さんはどこにいるんです?」とだけ喚いている。特捜課のことは言えないから、私も言葉を濁すしかないけど……夏枝ちゃんなら多分、自力で巴里の居場所を突き止めそう(汗)
皆とても親切で、私のことを知っている人も知らない人も、何かと世話を焼いてくれる。特捜課では考えられなかった光景だ。でも、その優しさが私に、特捜課を思い出させる。
何をしていても、特捜課を思い出す。
何かと特捜課と比べている自分がいる。
そしてここには……彼がいない。
その事実が、私をどうしようもなく寂しい気持ちにさせる……。
そんなセンチメンタルな気分に浸りながら、警視とささやかな一時を楽しんでいた午後。その一時は、突如聞こえてきた怒鳴り声によって打ち壊された。
「――――っ!!」
「〜〜〜っ!? ……――!!」
どうやら捜査一課で揉め事が起こっているらしい。ため息をついた警視に軽く微笑むと、私は捜査一課へと向かおうと立ち上がる。その瞬間、勢いよく部屋の扉が開け放たれた。
「大塚先輩? どうしたんですか、そんな慌てて……」
「大塚、ノックくらいしろ」
「それどころじゃねえんだよ……岡野、今すぐ来い」
「へ?」
「俺たちじゃ止められねえよ……」
「??」
肩を落として歩く先輩に連れられて行った先には……
「だから何度も言ってるだろ!? お前じゃ役不足なんだよ!! 能無しは大人しくしてろ」
「はあ!? それはこっちの台詞だよ! この前の案件だって、結局僕が調査して報告までしたんじゃないか!!」
「あれはお前が勝手にやったんだろ? オレはオレで別件やってたんだから。お前が調査に時間掛けすぎるから、結局間に合わなくなるんだろうが!」
「何だとー! 大体お前が僕を置いて一人で向かうから…………」
「…………」
開いた口が塞がらないとはこのことだろうか。隣の大塚先輩が、げんなりした表情で呟いた。
「さっき突然来たと思ったら、いきなり言い争い始めやがった……。他の奴らが何言っても、全く収まりゃしねえ」
見れば二人を必死に止めようとする夏枝ちゃんの姿もあった。
「お二人とも!! どうか気を鎮めてくださーいっ!! 佐伯さん、北林さん!!」
しかし、夏枝ちゃんの叫びも虚しく、男二人は言い争い続けている。……というか、夏枝ちゃんがいることにも気付いていないようだ。
「あの夏枝ちゃんでも止められないなんて……」
「白瀬は佐伯に強く出ないからよ。ったく、さっきまでアイツ『毒舌な佐伯さんが素敵ですv』とか抜かしやがって、ずっと傍観してやがったんだぜ。ありえねえってんだよ」
それでも止めに入ったということは、相当二人の争いがヒートアップしてきたからであろうか。
「それで警視に助けを……」
すると先輩は、大きく首を振った。
「いや。お前に助けを求めてんだよ俺は」
「私?」
「お前しかいねえだろ。あいつら止められるのは」
何故だか期待されているらしい。
とりあえず、二人に軽く声を掛けることにする。
「二人とも……ちょっと……」
しかし、二人はまるで私には気付かず、構わず言い争いを続ける。
「もう怒ったぞこの馬鹿野郎!!」
「黙れサル。その幼稚な頭をどうにかしろよ」
「うっさいな! お前こそ、そのチャラチャラした格好、どうにかならないのかよ! 金髪にノーネクタイなんて、そんな警察いてたまるか!!」
「は? お前ホントに頭おかしいんじゃないの? これは地毛! ネクタイなんてしてない刑事沢山いるだろーが。まあでも、ネクタイしてたって、全然っ仕事の出来ない能無しもいるけどさ」
「何だと!」
「ほらまた同じ言葉しか言えない。知能はサル以下ってとこ?」
「むっきー!! もー堪忍袋の緒が切れたぞ!! 巴里!! ふざけんなーーーーっ!!!」
「なっ!? いきなり殴りかかる奴があるかよ! この単細胞が!! 大体喧嘩でオレに勝てるわけないだろ? 身の程を知れよ!」
……何て低レベルな喧嘩なのだろう。
これが仮にも警視庁御三家、トップ3の姿だと言うのか。
「うっさいんだよ!! 一発殴らないと気が済まない!! おりゃーーーーっ!!」
「フン! 殴ってこいよ! その場であの世に逝かせてやるからさ!」
……ここは警察ですよ?
そして曲がりなりにも、君たちは刑事ですよ?
「死ね巴里!!!」
「お前が死ね!!!」
――――ぷちっ
「――――二人とも、そんなに死にたいの……?」
私は銃2丁をそれぞれ、二人の胸に突き付けた。要するに、二人の間に押し入ったのだ。二人の動きがピタリと止まる。
「ま、麻衣……?」
「お前……何で……」
冷や汗を流しながら、カタコトで言葉を発する二人。
そりゃあまあそうだ。突然拳銃を突きつけられたら、誰だって言葉を失うよ。でも私は敢えてやるよ。
「何でじゃないよ。こんな所で騒いでたら、皆何かと思うじゃない。しかもまたそんな口喧嘩して……二人とも、もうそんな歳じゃないでしょ」
銃をしまいながら窘めると、二人はそっぽを向いた。全く……どうしてここまで仲が悪いのか。
「もう……二人とも、仲良く上手くやってるって聞いてたのに……」
「オレたちが仲良く上手くやってた? どこをどう脚色したらそんな話になるんだよ」
「巴里と組んでから、意見が合ったことなんて一度だって無いよ!? 毎日こんな感じだよ。もうほとほと疲れたよ」
「そりゃこっちの台詞だっての。お前のお守りをこれ以上させられるなんてホントごめんだね」
「君こそ僕の邪魔ばっかりして! もう耐えられないよ!!」
「ああ、それはオレも同感! 初めて意見が合ったね」
「そうだな! じゃあ今を持って、僕たちは解散だ!」
「それはイイね! もっと早くこうするべきだったよ。バイバイさよならもう二度と会うことも無いだろうけど」
「きーーー!! 最後までムカツク野郎だな!!」
「はいはいはい……落ち着いて二人とも。そんな簡単にパートナー解消宣言しないで」
「「もう限界なんだよ!!」」
「そんなこと言わないで……」
困る私の背に、人影。
「ふぅ……思ったよりは、長く持ったな」
「警視……」
警視は二人に微笑んだ。
「どうだった? 男二人、相棒になったこの二週間は」
「どうもこうもないよ! 最低最悪の二週間だったよ! これ以上コイツと一緒にやってかなきゃいけないなら、オレは迷わず刑事を辞める!!」
「巴里!? 何言って――」
巴里の爆弾発言に驚く私に、更なる追い討ちが。
「そんなの僕だって同じさ!! 警視、今すぐ僕らを特捜課から外してください!! じゃなきゃ僕も刑事を辞めます!!」
「義高まで!? 二人とも、ちょっと――――」
しかし警視は、何事も無かったかのように微笑むだけ。そして、そのまま書面を私に差し出した。
「フフフ……分かった分かった。そうなるだろうと初めから分かってたよ。巴里と北林、少しは分かっただろう? 特捜課というものが」
「え……警視、それって……」
警視は私に、書面を見るように言った。
そこには、私が再び『特捜課』に配属になる旨が書かれている。
思わず警視を見上げると、彼は意味深な笑みを浮かべた。そしてそのまま、私についてくるよう促す。戸惑う義高と巴里をそのままに、私は警視を追いかけた。
「佐伯さん! 北林さん! お飲み物いかがですか?☆」
背後で聞こえる甲高い声に、こっそりと溜め息をつきながら。
警視の部屋に入ると、彼はデスクに腰掛ける。
「警視、あの……」
「やはり、あの二人には荷が重かったみたいだね」
「そんなこと……私よりは遥かに……」
「麻衣、適材適所という言葉を知っているだろう? 人にはそれぞれ、向いている場所がある。そこじゃないと、その人の本来の力は発揮できないものだ」
「二人は……特捜課は向いていないということですか……?」
「そうじゃない。ただ、君のほうが向いているというだけだ。そして、もう一つ。人には相性がある。相性は、誰かが間に入ることで良くも悪くもなるものだよ。それに、麻衣は気付かないかい?」
エメラルドグリーンの瞳が、私を覗き込む。
デスクに腰掛けているため、少し上目遣いになるその瞳。普段よりも、少し悪戯めいたその瞳に、思わず引き寄せられる。
「君がいるから、あの二人はまとまるんだ。わかるかい? 君を中心に、あの二人が動く時にこそ、あの二人は協力し合える」
「……」
「二人とも、心根の優しい子たちだ。憎まれ口を叩きあっていても、本心では認め合っている。だからこそ、誰かの支えが必要なんだ。それがあって初めて、彼らの力が発揮されるのさ」
その支えに、私が? 私の問いに答えるように、警視は頷いた。そして、一通の封書を手渡される。
封書は、新組織体制作成のための確認書類だった。
特捜課の欄だけ、まだ記名されていない。
「決めるのは上だ。でも、きっと悪いようにはならないよ」
「……」
そう言われては、口を噤むしかない。
一体、どうなるのか……。
それから三日後、新しい組織体制が発表された。
これが上の決めた答えなら、それに従うまでだったが……何となく、ほっとしたような、物足りないような、不可思議な気持ちに見舞われた。
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捜査第一課 強行犯捜査第2係
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佐伯巴里
鈴村夏生
龍田葉子
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捜査第一課 第二特殊犯捜査−特殊犯捜査第0係 (全国)
岡野麻衣 (東京)
北林義高 (東京)
綺堂巡 (神奈川)
一宮和貴 (大阪)
羽柴和歌 (大阪)
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15章です。あっさりコンビ解消ですかいって感じですけど、まあいいですよね。この話は勢いで出来ています☆(おい)よく喋る二人は、スラスラ言葉が出てきてとっても楽です。言い合いのシーンは、書いてて楽しい。特にレスポンスのよさが好きvしっかしまあ、拳銃突きつけるのはどうかと思うよ、麻衣さん(汗)まあこのお話はフィクションですので、何でもありですけどね(苦笑)
さてさて、次回はいよいよ最終回一個前です。ある意味、このお話の最大の佳境というか、見せ場というか……結構重要なシーンが入ってます◎どうぞお楽しみにv 巴里っ子ファンの方々は必見です(笑)→いるのかよ……
2007/11/26 桃井柚