第13章 「Night of Knights〜ナイト オブ ナイツ〜



――――場面は、麻衣救出劇よりも遡る。



 結局大塚先輩は戻ってこなかった。白瀬さんも。
 一人取り残された僕は、溜まった書類を片付けながらどうにも気分が落ち着かなかった。

 さっきの、先輩の言葉。
 そして、白瀬さんの言葉。

――――手に入れられたら、とっくに手に入れてる。俺もお前のことどうこう言えた義理じゃねえんだよ……

――――貴方と岡野さんのご関係をお教え願います!


 僕と麻衣の関係がどんなものか……。

「そんなの、僕が一番知りたいんだよ……」



 書類の整理が終わったのは、あれから三日が過ぎた頃だった。
 まったく、どれだけ溜め込んでたんだよ……そう愚痴りたくなるほど、単調だけど手間のかかる作業だった。ずっと警視庁に篭りっ放しだったおかげで、特捜課に顔を出すことすら出来なかった。麻衣はどうしているだろうか。
 もうすっかり日も落ち、肌寒い秋の夜になっている午後8時過ぎ。まとめた書類を届けに、警視の部屋へと向かう。すると、数名が歓談する声が聞こえてきた。近付いていくと、その声の主が分かる。
 げっ……この声は……

「へえ、司法試験は一発パスだったんだ?」
「勿論v まあ、私のサクセスロードは順風満帆なスタートを切ったんだけど……」
「今でも十分、順風満帆じゃないのかい?」
「いい男に巡り会えないのよっ」
「フフフ……そうなのかい? 君の周りは、いつも色んな男で溢れているじゃないか」
「ダメダメ。アイツらなんかじゃ全然ダメなの。まあ、強いて言えば……」

 津久井さんが、ふと振り返り、僕と目が合った。にっこりと微笑む津久井さん。……何となく気まずい。盗み聞きしていたわけではないけど……身動きが取れない。
「義高クンじゃない。どうしたの、そんなところで」
「や、やあ…」
 曖昧な笑みを浮かべた僕を、あからさまに嫌そうな顔で一瞥したのは、言うまでも無いが巴里だ。隣では、警視が穏やかな笑みを浮かべている。
「北林、書類を届けにきてくれたのか?」
「はい。これ、大塚先輩にも頼まれていた分です」
「ご苦労様。そうだ、少し話でもどうだ? 折角萌も来ていることだし」
「そうしましょv ねえ、義高クン」
「そ、そうだね」

 僕たちはそのまま、食堂へと移動した。夜の食堂は人もほとんどおらず、歓談にはもってこいの場所だ。警視の隣に津久井さん、その向かいに僕と…巴里が座る。
「……ねえ、義高クンと巴里クン」
「何?」
 答えたのは巴里だ。
「どうして二人とも、そっぽ向いてるの?」
「え? そんなこと無いよ」
 こう答えたのは僕。
 津久井さんは訝しげな視線で僕らを見た。
「……もしかして仲悪いとか?」
「「……」」
 僕らは何も言わなかった。が、それで全てを悟ったらしい。頬杖を付いて、僕らの顔をまじまじと見る。
「……まあ別にいいけど。でも、せっかく警視庁の御三家が揃ってるのに、二人が険悪なんて勿体無いわ」
「全然勿体無くないね。警視庁の御三家なんて、言われても迷惑なだけだし。それに、コイツと同じ目線で見られるなんて、ボクのプライドが許さない」
 すかさずそう言って、巴里がボクを睨みつける。こ、こいつ……調子に乗りやがって。
「それは僕の台詞だよ! 大体、元はと言えば、巴里が僕に突っかかってきたんだ! 諸悪の根源は巴里! 巴里が全部悪いんだ!」
「喚くな単細胞。ああヤダね、語彙数が少ない奴は喚けば済むと思ってるんだからさ。よく今まで、刑事なんてやってこられたよね。警視庁の七不思議だね、こりゃ」

――――かっちーん!!(古) 

僕の中で、何かが切れた。思わず立ち上がり、机を叩きつける。
「何だよ! 語彙数が少ないだって? 僕はお前みたいに、ベラベラお喋りじゃないんだよ! ただ喋ればいいってもんじゃないだろ?! お前はそうやって、相手に話す隙を与えないで、結局自分の意見を通したいだけの奴なんだ! このお喋り野郎!」

――――ピキッ

 巴里の額に、青筋が立った。グラスを握り締めていた手に、力が篭ったのが見えた。ふんだ。どうやら図星だったみたいだな。巴里は、怒りを宿した瞳で僕を睨みつける。
「……話すことも出来なくて、刑事としての仕事も出来ない、何のために存在してるのか分からないお前よりは遥かにマシだよ。麻衣が気の毒だよ、ホント。お前、この前の自分を思い出してみれば? 結局犯人を取り押さえたのは誰? 事情聴取したのだって、お前じゃない。さらに、お前が書くべき報告書を作成したのは誰だった?!」
「う……」
 今度は僕が、言葉に詰まる番だった。確かに僕は、この前の事件でコレといった活躍はしていない。巴里は勝ち誇った笑みを浮かべ、ペラペラと続ける。
「フン。図星だよね。大体さ、報告書が何でお前じゃなくて麻衣に任せられるのか、考えてみたことある?」
「そ、それは……」
 確かに……何でだろう。当たり前すぎて、そんなこと考えたことなかった。いや、当たり前っていうのも変なんだけど……。いつの間にか、大塚先輩が報告書を頼むのは麻衣という図式が出来上がっている。いつからだろう……?
 思案している僕を、呆れたような顔で見ている巴里。奴は盛大な溜め息をつくと、ヒヤリとする視線を投げつけてきた。ちょっと、身震いしそうになる。
「お前に任せられないんだよ、大塚先輩は。お前じゃ役不足ってこと。麻衣の方が信頼されてるってこと。この意味分かる?」
「だって、それは、あの二人は……」
「高校時代からの知り合いだから――そんなの理由にならないよ。大体、麻衣よりも劣る奴に、特捜課なんて任せられない!」
「ぐっ……」
 今の一言が、ぐさりと音を立てて突き刺さった。僕の心に。
思わず涙目になった僕。しかし、僕らの周りに人はいなかった。いつの間にか、警視と津久井さんは席を移動していた……。
「お前に麻衣が守れるの? 麻衣を助けられるの? 麻衣は特捜課の刑事だけど、それよりも前に、女なんだよ!?」
「!!」
 巴里の語気が荒くなった。その強さに、一瞬気圧された。
「そんなの、僕だって……」
 分かってる――――そう言おうとして、遮られる。
「分かってない。お前は全然、アイツのこと分かってないよ。お前がもし、もっとアイツを分かってやれてたら、アイツは……――――っ」
 はっとなったように言葉を切り、席を立つ巴里。その横顔は、どことなく苦しそうで……切なそうだった。
 僕は……何も言えなかった。巴里の言うとおりだったからだ。麻衣のことを「特捜課の刑事」という目線でしか見ていなかった。確かに仲間だし、友達だとも思ってる。時には彼女のことを、女性として見ることだってあった。でも……根本的に、僕と巴里は麻衣への見方が違っているのだ。
 僕は常に、特捜課の刑事という肩書きの先に、麻衣を見ている。友達だし、大事な存在だし、掛け替えの無い存在だけど……特捜課の刑事抜きに、麻衣を見れていない。言われるまで気付かなかったけど、多分ずっとそうやって彼女のことを見てきたんだと思う。
 でも、巴里は違う。アイツは多分、麻衣のことを「岡野麻衣」という個人として見ているんだ。

 今なら分かる。麻衣の、巴里といる時の表情の意味が。
 麻衣が、巴里の前では弱く儚げな印象で映るのも。巴里が、麻衣の前では穏やかに微笑み、切ない表情を浮かべるのも。
 
――――お互いがお互いを、ただの「男女」として見ているからなんだ……

 麻衣は、そういう関係を望んでる……?

 ぎゅっと拳を握り締め、立ち上がろうとした時だった。誰かが物凄い勢いで、食堂に駆け込んできた。
「警視!!」
 大塚先輩だった。珍しく、息を切らしている。
「どうした、大塚。騒々しいな」
「大変なんっすよ! 実は……」
 先輩は警視に何か耳打ちする。すると、穏やかだった警視の顔が、一瞬にして厳しいものへと変わる。それに気付いた僕らは、お互いの視線を合わせた。

――――何があった……?

「先輩、何かあったの?」
 巴里の言葉に、先輩は驚いたような顔をする。
「佐伯……北林もいやがったのか」
 どうやら、僕らに気付いていなかったようだ。それくらい慌てていたのだろうか。先輩は、警視の顔を一瞥すると、僕らに向き直った。
「岡野が……誘拐された」
「「はっ!?」」
 麻衣が……誘拐されただって!?
 津久井さんが、息を呑む音が聞こえる。背筋に、嫌な汗が流れる。
 驚きに目を剥く僕らを他所に、大塚先輩は続ける。
「アイツが調べてた案件が、ヤバイ奴らに知られちまったらしい。さっき、向こうから連絡が入った。『女探偵は預かったってな』」
「……っ、それで! アイツは無事なの!?」
 巴里が先輩に掴みかかる。
「……多分な。向こうも、そこまで事を荒立てる気はねえらしい。大人しく、こっちが従えばな」
「っ……クソっ……」
 眉間に皺を寄せながら、何か思案している巴里。
 僕は、今すぐにでもここから飛び出したい気分だった。警視は依然、厳しい表情で大塚先輩に問うた。
「……もう指示は出しているんだな?」
「当然です。俺も今から、現場へ向かおうと――――」
「大塚先輩!!」
 ヒールの音がけたたましく鳴り響き、その音と共に白瀬さんもやって来た。彼女も先輩同様、息を切らしながら僕らを見ている。
「白瀬! 足の用意は出来てんのか!?」
「勿論です!! 今、数名の警官が先に現場に向かってます。先輩、早く!!」
「わーってる!! じゃあ警視! 俺、行って来ます!!」
「ああ。私もすぐ向かう」
 先輩はそのまま、白瀬さんを連れて飛び出ていった。
 ……僕だって、このままいられるわけがない。
「警視! 僕も出ます!!」
 そう言って飛び出した瞬間、隣でほぼ同時に飛び出した影。…巴里だった。
「……麻衣を、助けるよ!」
「っ……もちろん!!」
 先を行く二人を追うように、僕らは階段を駆け下りた。
 背後に、津久井さんの心配そうな視線を感じた。



「先輩!!」
 車に乗り込もうとしていた二人を、慌てて呼び止める。
「場所は!? 僕らも一緒に向かいます!!」
「帝都湾、B倉庫だ!」
 先輩の言葉を聞き終わると同時に、急ブレーキの音が背後で響く。
「義高! 早く乗れ!!」
 巴里が運転席から怒鳴り声を上げる。僕はそのまま、助手席へと滑り込んだ。
「帝都湾だ。そこに麻衣はいる!」
「OK!」
 巴里はそう言って、アクセルを思いっきり踏み込んだ。物凄い音と共に、砂煙が舞い上がる。シートベルトを締めていなかったせいで、身体が前のめりになる。
「うおっ!?」
「シートベルト締めないと、死ぬかもよ」
「ぐあっ!?」
 こうして僕と巴里の、地獄へのドライブが始まったのだった。






――――キキキキーーーッ!!!!!!

「な、何だこの車!」
 ミラー越しに、冷たいアイスブルーの瞳が語る。
「退きな。まだ死にたくないだろ?」
「ひぃっ!?」
 何度目の光景だろうか。
 道路を縫うように走り抜ける僕らに、道を譲る他の車。譲りたくて譲っているわけじゃないのは言うまでもない。皆、命が惜しいからだ。

「ひぃぃっ!!! し、死ぬ!! ぶつかるっ!!」
「黙れバカ。そんな下手な運転するわけないだろーが」
「だだだって!! ほらっ!! 次十字路だって!!」
「緊急事態に信号も何もあるかよ。突っ切るよ!」
「ぎゃぁあぁぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!(叫)」

 僕の叫び声が、狭い車内に響き渡る。
 巴里は、暴走族も真っ青な走りを見せていた。よもや誰も、僕らのことを警察だなんて思うまい。ていうかコイツ、絶対元族だ……。

「義高! 屋根にコレ付けとけ」
「ああ。って、うわあっ!? スピードいきなり上げるなよ!!」
 突然スピードが上がり、乗り出した体が外に投げ出されそうになった。そんな僕なんて見向きもせずに、巴里は運転を続ける。コイツ、本気で僕のこと殺す気だ……。
 屋根にサイレンを付けると、息も絶え絶えに車内に戻った。寿命が、5年は縮んだ。
「帝都湾には後15分で着く。で、帝都湾のどこなわけ?」
「コンテナヤード内のB倉庫だ」
 巴里は赤信号も無視して、車道を駆け抜けている。
 しかし、その横顔は、余裕の欠片も感じられない。多分、視線の先には麻衣しか見えてない。
「でも……B倉庫なんて分かるか? 場所の把握まではまだ……」
 すると、何でも無いことのように奴は言った。
「ああ。昔、何度か行ったことあるから」
「……」
 ……コイツ、どんな人生歩んでるんだよ(汗)
 港のコンテナに用があるなんて、やっぱりアッチ系しか考えられない。
 この風貌で、族。……似合いすぎて、笑えない。
「ねえ、お前は何で刑事なんてなろうと思ったわけ?」
「え? 僕?」
「お前以外に誰がいるんだよ」
 突然の質問。僕は少し戸惑いながらも、素直に答えた。
「僕は……子供の頃から、刑事に憧れてて。それがきっかけだよ」
「ふーん」
 面白くなさそうに、巴里はまた前を向く。折角答えてやったのに、何だよこの態度。
「そういう巴里は、何でだよ?」
 巴里は、しばらく思案すると、前を向いたまま呟いた。
「……別に。しょーもない理由」
「は?」
「お前の方が、きっとマシだって言ってんだよ」
 そう呟く巴里は、どことなく淋しげに見えた。何も言えず、そのまま巴里を見つめていると「見んなよ、気色悪い」と言われた。僕だって、そんな趣味無いっての!

 それからしばらく、僕らはそれぞれ自分のことを話した。不思議なもので、憎まれ口を叩きあってた割には、上手く話せているような気がする。コイツ、口は悪いけど、心根が腐っているわけじゃないのかもしれない。

「お前、実はキャリア組なんだろ」
「え?!」
 目を見開いて驚く僕に、巴里は淡々と言ってのけた。
「んな驚くこと? 知ってたよ。じゃなきゃ、こんな早く刑事になれるわけないからね、この国じゃ」
「う……そうだけど……」
 僕は俗に言うキャリア組。でも、それをひけらかしたくなかった。だから敢えて上に頼んで、キャリア組であることを公にしないでもらっている。あまり効果は無いのかもしれないけど、それでも僕は、自分の力で上へ上がっていきたかった。
「ちなみに大塚先輩も、キャリア組。あの人、あまりに上に歯向かい過ぎて、今じゃ巡査長止まりらしいけど」
「え? そうだったの?」
 あの人が、真面目に勉強して刑事になった姿なんて想像出来ないから驚いた。そもそも、理論よりも先に身体が動くタイプの人は、キャリア組には珍しい。
「詳しいんだな、随分。でも、巴里もキャリア組なんだろ?」
 当然、肯定の返答が返ってくると思ったが、奴は軽く首を振る。
「……キャリア組とは違うよ。ボクの場合、特殊だから」
「特殊?」
「異例な入署経路ってこと。だから…………いや、何でもない」
「……?」
 巴里が何を言いかけたのかは分からなかったが、何となく麻衣絡みなんじゃないかと思う。巴里は誰に言うでもないように、正面を見つめながら呟いた。
「この国じゃ、上は望めない。こんな、閉鎖的な島国じゃあ、世界は程遠い。昔からの柵に囚われて、進歩どころか、退化していく一方だよ」
「イギリスは、もっと自由だったのか?」
「少なくとも、ココよりはね。まあ、どっちにしろ、上層部が腐ってることには変わりないけど」
 吐き出すように言った巴里。僕も桜山荘の事件で、嫌と言うほど警察上層部の腐った性根を見せ付けられている。警視が、少しずつそれを変えようと動いていることも知っているけど……それも、気休め程度にしかならないことも知っている。
 古くからの伝統を大事にする日本は、良い意味でも悪い意味でも「閉鎖的」で「排他的」だ。よそ者を排除しようとする動きは、まだまだ根強く残っている。都市部においては、そんなことは無いだろうが、地方の農村などではそれが色濃い。だからこそ、日本の良き文化や伝統が守られてきたとも言えるが、そのせいか「革新的」なことが出来ない風土が出来上がってしまのも事実だ。
 イギリスは、やはり伝統と格式を重んじる国だ。そういった面においては、あまり日本と大差ないのかもしれない。そう、巴里の瞳が物語っていた。
「そうだ。巴里は警視と仲良いの?」
 唐突過ぎるかとも思ったが、何となくこんな言葉が口を付いて出た。
「……」
 珍しく(かどうかは分からないけど)巴里は黙ったままだった。どうやらこの件については話したくない……というか、僕には話すつもりは無いらしい。何となく気まずくなって、無理矢理話を続けた。
「ま、まあ、兄弟関係は色々あるだろうからね。そうだ、僕も妹が一人いるんだけど。あ、咲華っていって、今は高校生なんだ。元気にしてるかなぁ」
「……へえ、お前妹いたんだ?」
 奴が「妹」に反応したことにほっとして(何でほっとしてるんだ……?)僕は続ける。
「うん。僕が言うのも何だけど、本当に可愛いんだ」
「ぷっ…お前、それ、ただの兄バカじゃん」
「……」
 初めて……巴里の笑った顔を見た。思わず、まじまじと見てしまう。すると、巴里は少しバツが悪そうに、咳払いをした。
「……巴里でも、笑うんだ」
「……お前、ボクを何だと思ってるわけ? そりゃ人間だし、笑うくらいするよ」
 心底心外そうな顔で、眉間に皺を寄せる巴里。
「いや、お前の場合、人を小馬鹿にしたような意地悪な笑顔しか見たことないから……」
「お前……喧嘩売ってんの?」
「だって本当のことだろ? お前が優しく微笑むなんて、想像すら出来ないよ」
「まあ、お前に微笑むことはこの先一生、何があっても無いだろうけどね」
「一々ムカツク奴だなぁ! 別にそんなの、見たいとも思わないけどな!」
「ボクだって見せたいとも思わないし。気味悪いこと聞いてくるなよ」
「むっかー!」
「妹にも、くれぐれもお前みたいな馬鹿にはならないように、今から言い聞かせておくんだね」
「な、なにおー!(怒)」

 結局、低レベルな言い争いがこの後しばらく続くのであった。
 はあ……巴里といると、幼児化していく気がする……(涙)






 結局、巴里の見事な走り(?)のおかげで、予定よりも大幅に早く目的地に着いた。見ればまだ、他の警官たちは着いていないようだ。
「裏口抜けてきたからね。普通で行くより、遥かに近いよ」
「裏口ってお前……どんだけこの辺の地理に詳しいんだよ(汗)」
「都内、都内近郊なら、誰にも負ける気がしないね」
「……」
 軽口を叩いてはいるが、手には銃。
 僕らは息を潜めて、コンテナ内を移動している。辺りはしんと静まり返り、人の気配が感じられなかった。
「本当にここに麻衣が?」
「しっ。何か聞こえる」
 巴里の腕が、静止を迫る。
 大人しく従い、壁に体を貼り付け様子を伺う。
 すると、倉庫の闇の中から男たちの話し声が聞こえてきた。

「警察って言うからどんなのが来るかと思いきや……アンタ、本当に警察のお仲間なのか?」
「運が無かったな。あの取引は、警察にバレるわけにはいかないんでね。まあ取引さえ終われば、アンタは無事に……とは言えないが、まあ譲歩した形で帰してやるよ」

 どうやら麻衣に話しかけているらしい。暗くてよく見えないが、麻衣は拘束されているようだ。しかも、譲歩した形とは……あまり猶予は無いらしい。

「しっかしまあ……ロープで縛られ、口には猿轡なんて、ベタすぎやしねえか?」

「っ……」
 そんな、火曜サスペンスもびっくりな拘束されているなんて! そう思ったのは僕だけじゃないらしい。巴里も、ぎりっと奥歯を軋ませた。

 水滴が滴り落ちる音が響く。
 男たちが話す中、いつ切り込むかタイミングを図る僕ら。目線で合図をし合う。

(いいか、義高。あそこで突っ立てる2人をまず落とす。そして麻衣の拘束を解いて、後は派手にかませばOKだ)
(分かった。不本意だけど、今はお前と協力するよ)
(……そりゃこっちの台詞だっての)


 そして……巴里が腕を振り上げた瞬間。
 僕らは一斉に切り込んだ。

「大人しくしなよ」
「ぐあっ!?」
「とりゃあ!!」
「うわぁっ!!」
 巴里が一人を背負い投げし、僕はとび蹴りを喰らわせた。自分でも褒めたくなるくらい見事に決まり、二人の男はあっけなく倒れ伏した。僕、すごい!
 スーツ姿でロープに縛られている麻衣が、ぽかんとした表情で倒れていた。僕らは素早く彼女に駆け寄る。
「「麻衣! 無事か!?」」
 思わず巴里とハモる。麻衣は一瞬呆けたように瞬きし、やがて力強く頷いた。それを見て、ほっと一息つく。巴里も同じようで、溜め息にも似た息を吐き出していた。

 その時だった。
 中での異常に気付いたらしい他の仲間が、倉庫内に駆け込んできたようだ。足音が近づいてくる。僕らは急いで麻衣の拘束を解き、助け起こす。

「もうすぐ応援が来る。それまでいける?」
 気遣うように声を掛ける巴里に、麻衣は微笑む。
「もちろん!」
 その笑顔に、僕は心底安心した。

 やっぱり、こんな状況でも微笑むことが出来る麻衣は、とても強い。
 ……儚げで守りたくなるような、そんな女性じゃない。

 でも……それが彼女の本当の姿なのだろうか……?

 そんな思いが頭をよぎったが、今はそれどころじゃない。
「ははっ、頼もしいな。巴里、僕たちで敵を散らそう」
 巴里は頷くと、不敵な笑みを浮かべた。どうやら、派手にかます時が来たらしい。
 麻衣が、例の改造銃を構えたのが引き金となり、僕らは同時に飛び出した。



「何だお前ら! う、うわぁ!?」
「刑事の結束力は固いんでね。敵に回したのが運のツキだ」
 自分よりも遥か巨体を、いとも簡単に締め上げる巴里。泡を噴いて倒れた男に、冷ややかな視線を投げた。
「オレの大事なモノを狙った罪は重いよ。監獄で反省しな」
「てめえ! よくも……」
 他の男が巴里目掛けて突進してくる……が、巴里は身動き一つしなかった。殴りかかろうとした瞬間、男の動きが一瞬止まる。――――数発の、乾いた音と共に。
「あ、熱っ!? ぐあっ! な、何だ!? うぅぅっ!!!」
 立て続けに、パンパンパンという高音が鳴り響く。
「クスッ……女探偵の逆襲ってね」

 巴里の視線の先には……麻衣がいた。
 乱れた着衣で銃口を向ける麻衣からは、危険な香りが漂っている。何かを振り切るかのように、引き金を引き続ける彼女は誰が見ても危うい。しかし、だからこその美しさがあった。

「……やっぱ、悪魔みたいな女だね、お前は」

 そう巴里が呟いたことを、麻衣は知らない。



「おりゃあ! テニスで鍛えた瞬発力と根性を見せてやる!!」
「な、何だこいつ!」
「どりゃあぁあああああ!!!!」
 義高は、迫り来る男たちの懐に素早く飛び込むと、顎に頭突きをお見舞いした。予想だにしなかった動きのためか、男はそのまま後ずさる。
「どうだ! 必殺『石頭アタック!』の威力は!」←最早テニスは関係ない
「ぐ……なんて固い頭なんだ……」
「アーハハハハハハハハッ!!! そうだろう! 痛いだろう!? 男の強さは、頭の固さにあり! 見たか外道!」
「……お前、本当に刑事なのか……?」
 高笑いをする義高の背後から、別の男が近付いてきていた。気配に気付いた義高は、素早く身を屈めると、そのままバック転の要領で思いっきり蹴り上げた。
「ぐはぁっ!!」
 その蹴りはクリティカルヒットし、近付いてきた男は吹っ飛んだ。
「甘いよ! まだまだ――――うわっ!?」
 さっき頭突きを喰らわせた男が、義高に掴みかかってきた。

――――パンパンパン!!!

「ぐっ、うわっ、ひいっ!?」
 男が数回揺れ、そのまま倒れる。義高の視線の先には、麻衣がいた。
「……ははは、助かったよ、麻衣……」
 聞こえているのかいないのか。麻衣はそのまま、義高のすぐ隣にいた男にも発砲した。うめき声と共に、膝を付く男。はっとした義高は、そのまま男を拘束する。
「やっぱり麻衣には、敵いそうにないや……」
 義高の呟きも、麻衣は知らない。






「警察だ!! 全員大人しく外へ――――な……?」
 大塚たちが駆けつけた時には、既に事は収束した後だった。
 倉庫の中には、男たちが転がっている。何名かはふらりと立ち上がって逃げようとしたが、ほぼ全員気を失っているようだった。
 何事かと視線を走らせた先には……疲れて座り込む二人の刑事がいた。
「……佐伯、北林……」
 慌てて駆け寄った大塚は、二人の姿を見て大きな溜め息をついた。
「……こんだけの大人数、二人でシメやがったのかよ」
 大塚の声に、はっとしたように二人は立ち上がると、離れた場所で座り込む麻衣の元へと駆け寄った。
「ったく……ほら、お前ら。全員署まで連行しろ! ぶっ倒れてる奴らは、とりあえず生きてるかどうか確認しとけ」
 大塚の隣では、夏枝が呆然と佇んでいる。
「し、信じられません……。まさか、この人数を二人でなんて……」
「二人じゃねえなこりゃ。三人でやりやがった」
「え?」
 大塚は顎で夏枝に合図する。
顎先には……麻衣を取り囲む二人の刑事の姿。夏枝は「まさか……岡野さんが?」と呟き、同時に首を振る。
「だって、そんな……岡野さんは、女性だし……」
「それが出来るから、アイツは特捜課なんだろ」
「!!」

 夏枝は思わず大塚を振り仰ぐ。
 彼の視線の先には、賑やかな三人組の姿があった。それを見た夏枝は、「……今回は完敗です」と、一言呟いた。






「「バカ!!」」

 僕と巴里の怒鳴り声が響く。
 僕らの声がハモッたのは本日二回目だ。随分と仲良くなったもんだ。怒りを隠しもせず、巴里が言う。
「お前、自分が今回どれだけ危険な目に遭ったか分かってる!? もう少しで大変なことになるところだったんだよ!? 誰にも何も言わずに一人で敵地に乗り込んでいくなんて、無鉄砲もいいとこだね! そういうのはただの無知! バカ!!」
「本当だよ! 何とか間に合ったから良かったものの、あのままだったら麻衣、君はあいつらに酷い目に遭わされてたよ!? どうして僕に言わなかったの!? 一人で依頼請け負うなんて、無茶もいいとこだよ!!」
 巴里のマシンガントークに負けないくらい、僕もマシンガントークをかましていたから驚きだ。こんなにも口からスラスラ言葉が出てくるなんて思わなかった。
「コイツに言わなくても、オレに言えば良かっただろ!? 何のためにコッチに戻ってきたと思ってんの!? お前を助けられなきゃ、何の意味も無いじゃん!」
「で、でも……これは私の仕事で……」
「君の仕事は僕の仕事だろ!? 一人で抱え込むなんて、職務放棄だよ!!」
 本当にそうだ。
 僕は一応、麻衣の相棒なんだから。麻衣の仕事は僕の仕事。今までだって、そうやってきたのに……どうして麻衣は、僕に何も言ってくれなかったんだ。

 巴里がいるから……? だからなのか? 麻衣はやっぱり、僕との相棒関係を解消するつもりなのだろうか。
 そんな思いが押し寄せて、少しキツイ言い方をしてしまった。麻衣はしゅんと項垂れている。
 言ってから後悔したが、もう遅い。でも、しばらくして麻衣が突然吹き出した。これには僕だけでなく、巴里も驚いているようだ。

「くすっ……あははっ……二人とも、息ぴったり……ふふふっ……」
「お前ね……ホントに反省してる?」
 呆れたような声で、巴里は麻衣を見る。そりゃそうだ。僕たちは一応、彼女を怒っているわけで。笑われる理由なんてこれっぽっちも思い浮かばないのだから。
「もちろん! ホント……心配掛けて、ごめんなさい」
「麻衣……顔、笑ってるよ」
 口では謝っているものの、麻衣の顔は今にも笑い出しそうに歪んでいる。思わず突っ込んでしまった。
「だ、だって……二人とも、ホントに……あはははっ、仲良しだね!」

――――ぞわわわわわっ!!!!

 全身に、悪寒が駆け巡った。鳥肌が立つ。
 僕と巴里が……仲良しだって!?
 あーりーえーなーいー!!! 麻衣は一体、どこをどう見たらそう見えるって言うんだろう!? 目がおかしいよ! やっぱりあの男たちに何かされたんじゃなかろうか!?

「は!? 何言ってんの!? オレとコイツが仲イイなんて、おぞましいこと言うなよ!」
 案の定、全身を慄かせて、青ざめる巴里。
そんなの僕だって同じだ! 今すぐ全身を掻き毟りたいくらいの嫌悪感が、体中を這い回る。
「そ、それはこっちの台詞だよ!! 麻衣、僕とコイツがいつ仲良くなったって言うんだよ! それは君の勘違いに過ぎないよ!!」
 僕らは二人でお互いを見比べながら、悪寒に耐えていた。
あり得ない! コイツと仲良いなんて、世界がひっくり返ったってあり得ない!!
「そういうところが息ピッタリなんだもん。あははっ、二人ってホントは絶対、仲良くなれるって思ってたんだ。やっぱり間違ってなかった」
 しかし、麻衣は何を勘違いしているのか、嬉しそうに笑って手を叩いた。
 僕らは世にもおぞましい体験をしているかのように、全身でお互いを拒否しながら絶叫した。


「「大間違いだ!!」」
 

 本日三度目のハモリが、夜の港に響き渡る。
 それは、恐怖と嫌悪感に満ち溢れた、男二人の悲しい叫びだった…………。



 この事件の後、彼らは再び絶叫することになる。
 女探偵の、あの決断によって……。



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 大変ご無沙汰しております(汗)続探13章です。いよいよ物語も後2話(?)を残すところになりました。いやぁ……何か無駄に時間だけが過ぎてます。ごめんなさい。長らく放置しちまって……。
 救出絵巻の前には、実はこんなことがあったんだよー的なノリの今回でしたがいかがでしたか? 久々にぶっ飛んでる義高が書けたかなーと自分では喜んでます(変態)やっぱり奴はこのノリじゃないとね☆おかげで巴里のカッコよさが際立ちますd(^-^)ネ!あー義高可哀相〜(棒読み)いやいや、義高も意外とカッコよかったですよね?ね?……あれ?
 次回が、実質的に最終話となりそうです。+後日譚、エピローグっぽいので本当の最終話って感じかな?? 多分、すっごい長くなるかなー。そしたら二話に分けるかもしれませんが……(決まってない)とにかく、あと少しだけお付き合いいただけたら幸いです。今度はすぐにアップしますんで(;´▽`lllA``
200711/8 桃井柚