麻衣を捜し始めて、どのくらい時間がたっただろう? 辺りは依然として、闇に包まれている。

「麻衣……いないわね」

「もう部屋という部屋は探し尽くしちまったな」

「麻衣ちゃーん……」

「……」

(麻衣……一体どこにいるんだよ)

 僕は段々と、焦燥感に襲われ始めた。しかし、すぐさま自分を落ち着けようと、死神の言葉を思い出す。






――君の信頼するものは、君の前から消えはしない――






 僕はこの言葉を繰り返し呟くように、麻衣を捜し続けた。

 それはもう隅から隅まで。ごみ箱も、物置も、机の下も、冷蔵庫の中までも……(やりすぎ)    

 僕らは先刻、吉文達が捜した場所ももう一度捜した。

 しかし、どこにも麻衣の姿を見つける事はできなかった。

「こっちにはいないのかな……」

「一旦戻るか?」

「うん……」

 僕らが諦め、踵を返そうとした時だった。

 僕の見間違えかもしれないが、一瞬、横にある壁が動いたように見えた。

「!!?」

 僕は急いで、その壁に手をついた。何故かその壁だけ色が違う事に気付いたのも、この時だった。

「皆! この壁、なんかおかしいよ!」

「えっ!?」

 皆を壁近くに寄らせると、この壁の他とは違う点に気付いたようで声を上げた。

 この壁は他と比べると薄く、色が違うのだ。

 これは一体……

(……もしかしたら!)

 ある考えが浮かんだ僕はこの壁に望みをかけ、壁を思い切り押した。

 すると、何と、壁が動いたではないか! 

 壁はどんどん中に入っていく。

 三人はは固唾を飲んでこれを見守っていた。

 壁は一メートル程中に動き、止まった。



「なっ……!」



 壁だと思われていたのは、備え付けの「ウォークインクローゼット」だったのだ。

 中は暗く、何があるのかさえよく分からなかった。

「吉文……この中を見てくる。懐中電灯を」

 そんなに広くないと思われるため、僕は一人で入る事にした。皆は、入り口の確保にあたった。

 もしこの中に犯人がいたら、三人が加勢してくれる手はずになっている。 ……もっとも、そんなのは想像だけで十分だった。


































「うっ! くっさー!」

 中に入ると、黴の匂いが鼻を突いた。どうやら長い間使われていないようだ。

 僕は吉文に借りた懐中電灯を点けた。

 実際に入ってみると中はとても広い。奥行きがかなりあり、一人で入ったことを少し後悔した。

 後では、二人が心配そうに様子を伺っているのが見える。

(仕方ない。先へ進もう)

 僕は自分を奮い立たせ、奥へと進んだ。

 今度は懐中電灯を壊さないように気をつけながら……。






 遂に僕は、端まで辿り着いた。

 ふと見ると、そこには押入れのようなものが取り付けてある。しかし、外側から鍵が掛かっているようだ。

「こんな所に何しまうんだ?」

 僕がそれに近づいた時だった。






――ドンッ!! ドンッ!!






「ぎょへぇっ!?」

 僕は思わず叫んでしまった。中から突然、物音が聞こえたのだ。しかも、壁を蹴っているようだ。

(この中に……何かいる!)

 僕は恐怖に耐えながら、必死に声を振り絞って言った。

「だっ、誰かいるのか!?」

 すると、僕の声に答えるかのように、ドンッドンッという音が返ってきた。

 間違いない、ここに誰かいるんだ。しかも鍵が掛けられているということは……誰かここに閉じ込められているんだ!

 僕は意を決すると、鍵に手を掛け叫んだ。

「今鍵外すから、蹴らないでくれ!」

 物音はピタリと止んだ。どうやら本当に中に誰かが閉じ込められているようだ。僕は鍵を壊すと、思い切り扉を開けた。

「ふはっ!!」

 くぐもった声と共に、ゴロンと何かが落ちてきた。

 それは勢いよく床に落ちた。ドサッという音と共に。僕は反射的に懐中電灯を向けた。



「――っ!?」



 僕は懐中電灯の光に照らされたそれを見て、思わず懐中電灯を落としてしまった。

 パリンッという音が響いたのはこれで二回目だ。

 しかし、そんなこと全く気にならない程僕は動転していた。

 割れた懐中電灯の光に照らされた顔を見て、僕は泣きそうになった。

 ……そこには、僕がずっと捜していた顔があったのだ。



「麻衣っ!!!」

「よひははっ!?」



 すぐさま麻衣に駆け寄り、彼女の自由を奪っているロープを解き、口のタオルを外す。

「うう……やっと出られた」

 麻衣は大きく息を吸いながら言った。そしてすぐに咽た。黴を吸い込んだためだろう。

 苦しそうに息を吐きながら、彼女は言った。

「必ず助けてくれるって信じてた……本当に来てくれたんだね!」

麻衣は涙声になっていた。(……と思う)



――麻衣

……僕は、僕は……



 僕は衝動的に彼女を抱きしめていた。

「わっ!?」

 麻衣は驚き(むしろ拒否)の声を上げた。しかし僕はそのまま言った。

「……無事で…本当に良かった……君に何かあったらと思って僕は……」

 その先はもう、言葉にならなかった。



 我ながら、情けないと思う。

 しかし、こうなってみて初めて、仲間を失う怖さが分かったのだ。




 こんな僕に、麻衣は泣きながら言った。

「ごめん……ごめんね……」

 僕は無言で彼女を抱く腕に、力を込めた。






























 僕は彼女から離れると、泣いて震えている肩に手を置き優しく言った。

「もう一人で無茶な事しないでくれよ? こんな思いはもうたくさんだからね」



 本当にもうたくさんだ。

 こんな思いは二度とごめんだ。



「義高、本当にごめ―」

「ストップストップ!」

 僕は彼女の言葉を遮り、その場からすっと立ち上がった。

 そして、指を「ちっちっ」と振りながら(古っ)言った。

「麻衣、ごめんじゃないよ」

「えっ?」

 麻衣は僕の言った意味を理解できなかったらしく、戸惑っていた。

 僕は彼女に手を差し出しながら悪戯っぽく笑った。

「こういう時には何て言うの?」

「……!」

 やっとこの意味を解したらしい彼女は僕の手を取ると、涙を拭い笑みを浮かべた。



「あははっ……ありがとう!」







 暗闇の中に、光が生まれた気がした。

 希望と言う名の光が……






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