女を信じちゃいけないの。
だって女は皆、魔女だもの。
ほら、今だって、貴方の心の隙間にそっと入り込んでるのよ……?
夢と現実
僕の案に、真っ先に眉根を寄せたのは、吉文だった。
「おい義高。こんな時にこんなこと言うのもどうかと思うけど、女侍らせてどうするつもりだ?」
本当にこんな時にそんなこと言うな、と僕は思った。
この人選にはきちんとした意味があるのだ。しかし、それを説明することは出来ない……。
「須山、北林だって何か考えがあって分けたんだろう。あまりつっかかるな」
意外にも、小倉先輩が僕を庇護してくれた。僕もそれに続く。
「吉文……訝しがられるのも無理はないかもしれないけど、今は分かってくれとしか言えないんだ」
「……分かったよ」
渋々といった様子の吉文に、津久井さんが笑った。
「何よ須山。アンタもしかして、羨ましいんじゃないの?」
「なっ……ちげえよ! 誰が羨ましがるかっての」
「ふふん。義高君がハーレム状態だからって、僻んでんでしょ? かっわいーv」
「津久井! 俺はお前たちのこと心配して――」
「大丈夫よ。いざとなったら、義高君倒せる自信あるしね!」
そう言って腕を鳴らしたのは秋山さん。彼女からは何か、とてつもないオーラが感じられる。
すると、それに同意するように吉野さんがロザリオを揺らす。
「華子もこう言ってるし、こっちのことは心配しないで平気よ。伊達に銀座の魔女を語ってないわ。いざとなれば、存在を消すことくらい容易いから」
……何か今、さらりととてつもなくスゴイことを言われたような気がするのは、僕の気のせいだと思いたい。
妖しく微笑む吉野さんに、僕は曖昧な笑みを返した。
「だーっ! 分かった分かった。さっさと岡野を探しに行こうぜ。時間がもったいねえ」
「須山ってば、自分から突っかかったくせに……」
堀之内さんが、呆れたように言った。その隣で岸谷さんは、「もう何でもいいから早くしようよ」と嘆いていた。
「じゃあ皆さん、気を付けて」
こうして、麻衣の捜索が始まった。
「あの……皆さん……」
僕は、麻衣の捜索が始まって何度目かの台詞を吐いた。
正直言おう。
僕は今、かなり苦しい状態だ。
「だって、真っ暗で怖いし」
「義高君、男だし」
「警察官なんだもの」
「いや、それはそうだけど……」
女性×3は、全員僕にしがみついて歩いているのだ。
吉野さんは右、秋山さんは左。そして津久井さんは、僕の背中に抱きつく形で歩いている。
つまり、僕は手も自由に動かすことが出来ない上、体の自由が利かない状態なのだ。
「ひっ!! 何か人影が!」
「「きゃーーーーーっ!!!!」」
「ぐはぁっ!? ぎゃーーーーーーーっ!!!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
津久井さんの声に驚いた秋山さんと吉野さんが、僕に思いっきり抱きつく。
その叫び声に逆に驚いた津久井さんも、思いっきりしがみついてきた。
骨が軋む音が聞こえ、僕はその音に叫んだ。
四人の叫び声が、屋敷全体に響き渡ったのは言うまでも無い。
その後も、僕らの叫び声は留まるところを知らなかった。
「ぎゃあ!! 今、そこに女の影が!!」
「嫌ぁぁぁっ!!!」
「ぐへえっ!!」
「きゃー! 義高君っ! どこ触ってるのよ!! 変態!!」
「そ、そんな誤解だ――ぐはぁっ!!!」
「もう嫌ぁぁぁぁ!!!!」
もう嫌なのは僕だった……。
このメンバーで行けば、大事には至らないだろうと踏んでいたのだが……もしかしたら僕は、とんだ思い違いをしていたのかもしれない。
「義高君!? ちょっと縁、ロザリオ突き刺すなんて非常識よ!!」
「ぐ……血、血がぁ……」
「何よ! 津久井だって、北林君、窒息死するわよ?」
「え……きゃーー!? 義高君、しっかりして!!」
「じ、死ぬぅ……!!――ぐひぃっ!!」
「「華子!?」」
「ご、ごめん! 何かいた気がして……つい技かけちゃった」
「(ぷすぷすぷす……)」
「義高君、ホントに死んじゃうかも……」
彼女たちの猛攻撃に、僕は本気で殺されるかと思った。
耐え切れなくなった僕は、息も絶え絶えに言った。
「ちょ、ちょっと、提案なんだけど……ごほっ」
「分かった! じゃあ、この辺りを手分けして探すのね」
「義高君、一人で大丈夫?」
「うん、僕は平気だよ……」
「じゃあまた後でね」
女性陣と離れた僕は、大きく溜め息をついた。
彼女たちが心配……いや、むしろ自分の身の心配をした方が良さそうだったので、僕は手分けして探すことを提案した。
幸い、秋山さんと吉野さんはスゴイ。
あの二人がいれば、女三人でも平気だろう。
あのままだと、僕は本気で天に召されそうだった……げほっ、ごほっ。
「さて、僕はどこを探そうかな」
辺りを見回すが、そこには壁しかない。
というか、懐中電灯を女性陣に渡してしまったんだった!
しまった。これじゃあ探すなんて無理じゃないか。
僕が、仕方なく彼女たちの元へ戻ろうとした時だった。
何気なく、手を付いた壁が、微かに動いたのだ。
「え……」
思い切って手を押すと、何と壁が奥へと動くではないか。
「まさか……これって……」
――思い込みは、過ちの始まり――
死神の言葉が、頭を過ぎる。
もしかして、これが……?
「吉野さん! 秋山さん! 津久井さん!!」
僕が大声で叫ぶ。
すると、駆け足と共に三人が集まってくる。
「どうしたの!?」
僕の目線の先を見た三人は、驚きで息を呑んだ。
「こ、これって……」
「壁じゃなかったの……?」
秋山さんも、心底驚いているようだ。彼女でさえも、この存在を知らなかったのだろうか。
「三人とも、僕、この中を見てくるよ。懐中電灯を貸してもらえるかな」
「え!? 一人で行くの?」
津久井さんが言う。
「ああ。何があるか分からないしね。皆はここで、出口を見張っててほしいんだ」
「でも……」
そう渋るのは秋山さん。でも、女性を危険な目に遭わせるわけにはいかないのだ。
「大丈夫だよ。何かあったらすぐに言うから」
僕は勤めて明るく振舞った。が、内心は恐怖心と不安でいっぱいだった。
そんな僕の胸のうちを読んだかのように、吉野さんが言った。
「ねえやっぱり……誰か一緒に連れていった方がいいんじゃないかしら?」
吉野さんの提案に、残りの二人も大きく頷く。
「でも……」
今度は僕が渋る番だ。
確かに、誰か来てくれる方が心強い。しかも、秋山さんは武道の嗜みがあるようだし、吉野さんは何か神がかり的な力を持っているようだ。
津久井さんはと言えば……無事に今ここにいられる強運の持ち主、とでも言えるか?
しかし……僕は思う。
本当に、二人で行く方が安全か? と。
僕は彼女たちを、心の底から信頼できているのだろうか。
……そもそも、このグループ分けにした理由を、もう一度よく思い出してみよう。
僕は、どういう基準で分けたんだっけ?
確か……――
「義高君、どうするの?」
「あ、ああ……」
迷ってる時間は、残念ながら無いようだ。
僕は自分を信じて、こう言った。
A、「心配しないで。僕一人で平気だから」
B、「じゃあ、誰か一緒に行ってくれるかな?」