因果応報 輪廻転生
 当たるも八卦 当たらぬも八卦
 九字 セーマン ドーマン 
 タロットカード 水晶玉 
 魔女 悪魔 神 天使
 
 信じる者は救われる。
 じゃあ、信じなかったらどうなるの……?


























 
女裁判















「吉野さん、お願いできるかな?」
 恐る恐る尋ねた僕に、彼女は微笑む。
「ええ、勿論よ。一緒に麻衣を見つけよう」
 ロザリオを揺らした吉野さんは、心なしか安心したように見えた。
 何故そう思ったのかは分からないが……。
 しかし、彼女が一番、僕を一人で行かせることを心配してくれていたのだ。だから、そう見えるのだろうか。
「あー、縁ってば、義高君とまた二人っきり!」
「えっ! さっきも二人っきりだったの?」
 津久井さんに続いて、秋山さんが身を乗り出す。
「そう言えば、そうね。私と北林君は、ロザリオで固く結ばれた仲だものね?」
 意味深な笑みを浮かべ、僕に微笑みかける吉野さんに、二人は目を見開いた。
「なっ……どういうこと!? いつの間に、そんな深い関係になってたのよぅ!!」
「ちょっとちょっと!! 義高君ってば、麻衣ってものがありながら、縁と宜しくやっちゃってたわけ!?」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!? 僕は別に……。吉野さんも、何もそんな誤解を招くようなこと言わなくても……」
 慌てる僕に、吉野さんはしれっと言った。
「当たり前よ。北林君とは、戦友にはなれても、恋人にはなれないと思うから。ちょっと、色々あったしね?」
「ぐ……いや、まあ……あはははは」

 色々……勿論覚えてますとも。
 吉野さん、僕が最初犯人扱いしたことを、やっぱり根に持っているようだ。
 まあ、当然と言えば当然だが……。

「え、何よ? 一体何があったって言うの?」
「秘密」
「えーー!? 気になるじゃん!!」
 騒ぎ出す二人を、軽く往なす吉野さん。
 やっぱり彼女は、スゴイと思う。何と言うか、人として、スゴイ強い人なのかもしれない。
 こんな人はやっぱり、殺人を犯すなんて考えないはずだ。
 しかし、心の底から彼女たちの無実を、信じられない自分がいる……。

「えっと、じゃあそろそろ行こうか?」
「そうね。じゃあ二人とも、しっかり入り口見張っててね――あ、あとね」
 吉野さんは、服のポケットから何かを出すと、津久井さんと秋山さんに渡す。

 ――お札だった。

「何、これ?」
 訝しげな目を向ける津久井さんに、吉野さんは言った。
「これは御守りの一種。今から私が言うとおりにしてもらえる?」
 有無を言わさない口調の吉野さんに、津久井さんは何かを感じ取ったのか、神妙に頷いた。
 一体何だ……?

「私と北林君が中に入ったら、この札を入り口の壁に貼り付けて。そして、私たちが出てくるまで、絶対に剥がさないで」
「分かったわ」
「うん。それで、次は華子の方のお札。これは、細く巻いて、手首に縛り付けて。そしたら津久井は、華子の腕を掴むこと」
「縁、これって一体何のおまじないなの?」
 秋山さんが尤もな質問をする。すると、吉野さんは強めの口調で答えた。
「私たちを、守るおまじないよ。いい? 絶対にこの通りにして。津久井、華子、必ずよ!」
「縁……」
 心なしか、吉野さんが震えていた。
 僕は、何となく彼女が何から僕らを守ろうとしているのかが、分かる気がした。
「皆……ここは吉野さんを信じて、僕らも行動しよう。君には、僕らが気付かない何かが見えている……そうだろう?」
「北林君……ありがとう」

 吉野さんが、疲れた笑みを見せた。
 彼女は多分……。
 僕も、少しばかりそういう力があるから、何となく分かる。
 ここは、あまり良くない場所だ。出来れば、長居は避けたい。

「皆、後は頼んだよ」
 僕は、吉野さんの腕を引くと、暗闇世界へと足を踏み入れたのだった。






















「吉野さん、ごめんね……」
「え?」
 懐中電灯が照らす先を見つめながら、僕は呟いた。
「僕が君を選んだりしなければ、君があんな気を使うことはなかったのに……」
「……」

 彼女は多分、すごい強い霊感の類を持っている。
 あのロザリオを借りた時に、それを感じた。
 ロザリオには、彼女自身の力が込められていた。

 そんな彼女が、あんなにも用意周到になるほど、この場所は「陰気」に満ちている。
 僕は、彼女ほどの力は無いにせよ、人よりはちょっとばかり、そういった力があるようで、昔から怖い目によく遭っている。その反動で、逆に怖い話がテンで駄目なのだが。
 僕もここは、正直いるのが辛い。

「北林君……もしかして、貴方も……分かるの?」
「……吉野さんほどではないけれど、少しね……」
「そうなんだ……。嫌よね、こういう力って」

 そう悲しげに呟く吉野さんは、暗闇の中でもうっすらと輝いているように見える。
 漆黒の髪は、懐中電灯の灯りを受けて、輝きを纏っている。
 溜め息が出るほど、彼女は美しい……本気でそう思った。
 しかし、その美しさはどこか儚げで、消えてしまいそうな印象を与える。
 彼女の、凛とした立ち振る舞いとは、ある種のギャップを感じざるを得ない。



「魔女……。私って、そう見える?」
「え」
 突然そう問われ、僕は言葉に詰まる。
「私の通り名、銀座の魔女。どんなことでも百発百中で当てる、占い師……」
「……」
「でも、不思議なものでね……私自身の人生は占えないの。……正確には、分からない、って言うべきかな」
 彼女は、髪を弄りながら続ける。
「魔女はその昔、悪魔に魂を売って、世界を滅ぼす存在だと恐れられていた。だから、魔女狩りなんていうのが行われていたのね。でも実際は、国と教会が手を結んだ、ただの異端撲滅。……道楽なのよ、所詮。女たちは火あぶりの刑にされる前に、その体は散々男たちに良いように利用された」
「ああ……」


 魔女狩りは、中世ヨーロッパを知る上で、欠くことのできない出来事だ。
 魔女裁判にかけられた女性、数知れず。ほとんどが謂れのないことで魔女とされ、処刑された。
 フランスの聖女、ジャンヌ・ダルクもその一人だ。
 フランスを守り、誰よりも神を愛し、敬服した彼女も、最後は魔女として処刑された。
 

「魔女狩りなんてする人たちの心の方が、既に悪魔になってるのにね」
「そうだな……」
 吉野さんの言葉には、怒気が溢れている。
 確かに、魔女狩りは許されない行為だと僕も思うし、怒りも湧き起こる。
 しかし、彼女が今、ここまで怒りを露わにするのも、少しばかり疑問だ。
「そもそも……もし、彼女たちが本物の『魔女』だったとしたら、簡単に捕まるはずがないでしょ? 魔術で、いかようにも出来たはず。なのに、それが出来なかったということは、それこそが彼女たちが魔女ではないことの、最高の証のはずなのに……」
 ロザリオが、ライトの光を受けて、金色に輝く。
 彼女はそれを握り締めると、僕を見上げた。
「私もいつか……魔女裁判に、かけられちゃうのかな」

 泣き笑いのような、困ったような顔で微笑む吉野さん。
 彼女の言葉が、全ての疑問を解き明かす。
 彼女は、自分と犠牲になった彼女たちを重ねているのだ。そして、それを怖れている……。

 僕は、胸が詰まる想いだった。彼女を通して、魔女裁判にかけられた哀れな女性たちの想いが、伝わってくるような気がする。

「吉野さん……」
 僕は、胸ポケットを漁る。
「北林君?」
「えっと……あ、あった」
 僕が差し出したのは、銀色に鈍く輝くネックレス。
 十字架。キリストのシンボルマーク。
「これ……」
「はは……驚いた? 実は僕、家が結構熱心なキリスト教信者なんだ」
「そうだったの……」
 ネックレスを額にかざし、僕は言った。
「神様がいるかどうか……。実は僕も正直なところ、心の底から信じられてるわけじゃないんだ。キリスト教のくせに、って思うかもしれないけどね」
「確かに……」
「でもさ、『何を信じるか』は、結局は自分次第だと思うんだよ。僕の家は、たまたまそれが『神』だった。でも、隣の家は『仏』だし、遠い海の向こうでは、僕らの知りえない存在を心の拠り所にしている人々もいるだろうし」
 彼女は頷きながらも、僕の言葉の真意は分かりかねているようだ。
「分かりにくいな……。つまりさ、その時代、その場所で、自分が何を信じ、何を拠り所としてきたかによって、人生って決まると思うんだ。極端な話、今もし、キリスト教徒対仏教徒で戦争が起こったとしたら、僕は間違いなく仏教徒に酷い目に遭うだろう。でも、僕はその運命を受け入れざるを得ない」
「北林君……」
「だって僕は、結局は自分の意思でキリスト教徒として生きているから。小さな子供でもそれは同じ。親の影響、家柄で、生まれた時からキリスト教徒っていう人たちも多いと思うけど、それも仕方ない。僕らはこの時代に、キリスト教徒として生を受けたことに、何ら変わりは無いからね」
 ここで一旦話を切り、俯く彼女の肩に、軽く手を置く。彼女はゆっくりと顔を上げた。
「……だから僕は、その結果どんな結末になろうと、全部受け入れる。キリスト教徒撲滅運動が起きたとしても、僕は逃げずに立ち向かうよ」
 瞳を揺らす彼女に、僕はきっぱり言い切った。
「――それが、自分自身に誇りを持つってことだと思うから」

 しばらくの間、ただ僕を無言で見つめていた彼女は、やがてうっすら微笑んだ。
「……ふふっ……北林君って、想像以上に熱い人なのね」
「そうかな? 自分ではあんまり……」
「あははっ、きっと周りは皆思ってると思うわ」
「えー?!」
「でも……北林君が言いたいこと、分かった気がする」
 彼女はロザリオを外すと、僕がさっきしたように、額にかざした。
「私は……占いを信じてる。そして、それを拠り所にしている。もうこの時点で、私と占いは運命共同体なのよね……。だからもしこの先の未来に、占い師が魔女だとされて、魔女狩りが始まってしまったとしても……」
 大きな瞳が、光を帯びて輝き、僕を見据えた。
「占い師として、運命を受け入れる。それが、私の――誇りだから!」
 そう言った瞬間、ロザリオが光を放った気がした。
 僕は無言で頷いて、彼女のロザリオに、自分の十字架を合わせる。そして、そのまま祈りを捧げる。
「主よ……もしいらっしゃるのなら、僕らをこの悪夢からお救いください」
「……私たちを、どうか御守り下さい……」
 吉野さんが、静かに続ける。
 金と銀のクロスが、不思議な存在感を持って、暗闇に浮き上がる。
 僕らは無言で、その光景を見つめる。

 不思議なもので、こうしているとさっきまで感じていた「嫌な感じ」が薄れていくような気がする。
 怖さが無くなっていく。
 心が落ち着くのだ。

「やっぱり貴方は……スゴイのね」
「え……」
「流石は、麻衣が見込んでいるだけのことあるわ」
 そう言って笑う彼女には、さっきまでの悲しげな印象は無い。
 笑っている方が、何倍も綺麗な人だ……と、心の中で呟く。口に出したら、色々と問題が起こりそうなのでやめておく。
 しかし、麻衣が見込んでいる? 僕のことを??
「麻衣が僕のことを見込んでるって……」
 しかし、彼女は意味深な笑みを浮かべるだけだった。僕は苦笑しながらクロスを手に取り、彼女に差し出した。
「え……」
「これ、吉野さんに持っててほしいんだ。さっき僕に、そのロザリオを貸してくれただろ? そのお礼」
「でも、これは貴方の……」
「いいんだ。僕は、神様よりも信じてることがあるから」
「?」
 今度は僕が意味深な笑みを浮かべる番だ。
「さあ、そろそろ進もうか」
 背後で溜め息を吐いた彼女が、小走りで駆け寄ってくるのが分かる。そして、小さく呟く。
「ホント……北林君って、謎な人」

 それ以上聞かない彼女は、やっぱり占い師。
 きっと、もう分かってるに違いない。
 だから僕も、あえて言うことはしなかった。


 僕が信じているのは、僕自身。
 僕は自分の信念を貫く。
 それが、僕が僕として存在する唯一の方法なのだ。


「そんなことないって。謎めいてるのは、吉野さんの方だと思うけど?」
「うふふっ、それはそうよ。だって私は、魔女ですから」



 神か占いか。
 どちらが正しくて、守ってくれるかなんて分からない。
 でも、それでも僕たちは、信じるしかないんだ。
 信じることから、全てが始まる。
 この世界を信じることで、初めてこの世に存在できる。
 自分という存在を信じることで、初めてこの世界に自分という存在を確立できるのだ。

 ――信じるものは、救われる

 この言葉の真意が、何となくだが分かった気がした。


























「ねえ、あれ、何かしら?」
「ん?」

 吉野さんが指を指したのは、古い箪笥のような、備え付けの押入れのようなものだった。
 人が一人くらい入れる大きさで、入り口は不自然に鍵が掛けられている。
「何が入ってるのかしら……」
「さあ……とりあえず、調べてみようか」
 そう言って、僕がそれに近付いた時――

――バンッ、バンッ!!

「ぎょぇーーーっ!?」
「きゃーーーっ!!!!」
 みっともない声を上げて、僕はその場に尻餅をついた。吉野さんは、震えながら立ちすくんでいる。
 今、何かがその中で動いた……!?

「き、北林君……」
「あ、ああ……何か、いるみたい、だね……」
 一気に、恐怖が押し寄せてくる。
 この中には何がいるんだろう。
 魔物? 妖怪? 幽霊? それとも……
「ま、まさか……殺人鬼が潜んでいるんじゃ……」

 吉野さんの上ずった声に、僕は背筋が凍る思いだった。
 そうだ。
 もしかしたら、この中には、犯人が潜んでいる可能性もある。
 こんな部屋があるなんて知らなかったから、さっきまで僕は、犯人はこのメンバーの中にいると断言したけれど、こうなれば話は別だ。
「まさか……」
 でもここで思い直す。
 犯人がこんなところにいる理由が分からない。
 そもそも、外側から鍵が掛けられているのだから、犯人が自分から潜んでいるはずはない。
 ここから考えられるのは……
「もしかしたら……誰かが、犯人によって閉じ込められてる……?」
「閉じ込め――……っ!! もしかしたら、麻衣!?」
「――!!」
 そうだ。こんなところに閉じ込められている可能性のある人物なんて、一人しか思い当たらないじゃないか!!
 僕は大声で叫ぶ。
「麻衣!! 麻衣じゃないのか!?」
 すると、それに答えるかのように、中から音が返ってきた。

――ドンッ、ドンッ、ドンッ!!!

「麻衣だ! 麻衣が閉じ込められているんだ! 今開けるから、ちょっと待っててくれ!!」
「でも北林君、鍵はどうする?」
「あ……そうか。鍵が掛かってるんだ……」

 辺りを見回すが、鍵を外すのに使えそうなものは何もなかった。
 思わず舌打ちをすると、吉野さんが思い詰めたような目で、僕を見た。
「北林君……武器、一つだけあるわ」
「え! どこにあるんだ!?」
 彼女は僕に、二つのロザリオを向ける。
「……これ。これで叩けば、壊せるかもしれない」
「ロザリオ……」

 確かに、金属の固いもので叩けば、この脆い鍵は壊せるだろう。
 しかし所詮は装飾品の要素が強い僕たちの十字架。
 これで叩いたら、無傷というわけにはいかないだろう。最悪の場合、破損する可能性もある。

「北林君……さっき私に言ったわよね? 『神様よりも、信じてることがある』って」
「ああ」
「それを一番に考えた時……このロザリオを失うことと、それで得られる結果――貴方はどっちを選ぶの?」


 そんなのは……最初から決まってる。
 きっと吉野さんもそれを分かってるから、あえて聞いたんだろう。
 僕は彼女の手に握られているクロスに触れ、迷わず答えた。



「もちろん、こっちさ」



 彼女は頷くと、銀のクロスを僕に手渡す。
 そして、自分のロザリオを一度、ぎゅっと握り締めた。
「ロザリオ……許してくれるよね……?」

 銀色のクロスを、僕は胸に当てる。
 これは僕が、キリスト教徒である証。
 常に、肌身離さず持ち歩いていたもの。
 でも……

「主よ……僕は……僕の信念を選びます。無礼を…お許し下さい……」

 胸元が、一瞬光ったような気がしたのは、僕の甚だしい勘違いだろう。
 でも、僕には何故だか、神が全てを理解し、許してくれたような気がしてならなかった。

「吉野さん」
「北林君」
 顔を見合わせた僕らは、そのまま同時に鍵を見やる。
 そして次の瞬間、金と銀の十字架が、閃光を描きながら振り下ろされたのだった。


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