第20章〜
神の正体〜





「死神は……小倉先輩! アナタだ!」
「え!?」
 そう叫んだのは麻衣だ。
 他のメンバーは、小さく肩を竦めると苦笑した。
「……やっぱり義高には敵わないな」
 吉文が呟く。
 そしてそれを見た小倉先輩は、突然吹き出した。
「くっ……あっははははは! 北林! 正解だよ。良く気付いたな」
「先輩が死神だったんですか!?」
 麻衣がさも驚いた口調で言った。
 僕はそんな光景に溜め息を吐き、大げさに肩を竦めて見せる。
「……最初は気付きませんでしたよ。だけど……あの時電車の中で僕に囁いた人は――……貴方でした」
「そうだよ。俺はずっとお前を監視してたんだ。吉野とな」
「え!? 縁も!?」
 麻衣の問いに答えるように、吉野さんは言った。
「うん。私と先輩はそれぞれ別に監視してたの。私は、北林君が警視庁を出る所から、ずっと尾行してたの。電車も同じだったわよ。先輩がいたことは知らなかったけど……」
「俺は今回、お前を影から支える役だったからな。何かとヒントとなるような事を教えるように指示されていた」
「え……じゃああの時の引っ手繰りは……」
「もちろん全部エキストラだよ」
「………」

 僕はそのままがくっと膝を着いた。
 何てことだ。
 本当の本当に僕らは踊らされていた。

 そうだよ。
 麻衣と津久井さんを捜しに行こうとした時、秋山さんは下 は 暗 い か ら 気 を 付 け て≠ニ僕に言った。
 でも、今思えばあの時何故、彼女は下が暗いと分かったんだ? 
 ……分かったんじゃない。知っていたんだ。

 僕はそのまま頭を抱え込んだ。
 もう嫌だ! 何もかも!!
「ひ……酷い……」
 麻衣が俯いたまま呟く。
「酷すぎるわ……皆で私たちを嘲笑っていたなんて……!」
 僕は麻衣を見上げた。
 彼女は悲しさと悔しさが入り混じった表情を浮かべている。
 そんな彼女が引き金になったかのように、僕は叫んだ。
「そうだよ! 僕だけなら未だしも、君たちは自分の友人を騙してたんだ! 麻衣が可哀相だ! 本当に仲間だったのかよ!?」
「………」
 僕たちの言葉に、何も返せないのか皆は黙ったままだ。
 すると、そんな光景を見兼ねたのか砂原警視が言った。
「落ち着きなさい、二人とも……」
 そう言った警視の携帯が、突然鳴り始める。
 警視は「ちょっと待って――」と言って受話器を取った。
「はい砂原です――え? はい……はい、今二人といますが……はい、分かりました。今代わります――」
 そう言った警視は、突然麻衣に携帯を渡す。
「え? あの……」
 麻衣が戸惑うと、警視は笑顔で言った。
「警視総監が直々に話したいそうだよ」
「はあっ!? ちょっ――」
 麻衣は抵抗したが、警視は無理やり受話器を彼女の耳に近づけさせた。麻衣は警視を睨みながらも観念したのか、渋々と電話に出る。
「お電話代わりました……特捜課の岡野です……――へっ? は、はあ……そうですか……ははは……」

 麻衣の受話器を持つ手に力が入ったのが分かる。
 声は笑っていたが、顔は鬼のような形相だ。
 一体何を言われているのか気になる。

 そしてしばらくの会話の後、麻衣は見ている者を恐怖に陥れるような笑みを浮かべ、言った。
「わざわざお電話ありがとうございました。今回の件で、上の方々がどれ程お暇で、どれだけ脳細胞が死滅されているのかがよーく分かりました。皆さんは私たちに自分たちのようにはなるな≠ニ遠まわしに教えて下さったんですね? ご心配なく。少なくとも私は、意味の無いゲームを興じるような人間にはなりませんから――北林刑事に代わります」
「………」
「麻衣ちゃんがキレた……」
 女性陣は皆、青い顔で麻衣を見つめている。
 僕は、麻衣がキレた所を始めて見たと同時に、彼女は怒らせてはいけない……と心の底から思った。
 麻衣はその笑顔のまま、僕に受話器を渡した。
「ま、麻衣……その……」
「警視総監様がお待ちよ★」
 語尾に黒い星が見えた。
 僕は怯えながら電話に出た。
「も、もしもし……捜査一課の北林ですが……」
『いやー北林君。君たちの活躍、全て拝見させてもらったよ。実に見事。素晴らしい! 君たちは警察官の鏡だ!』
 僕は、麻衣が何故キレたのか分かった気がした。
「あの……それはもしかして……」
『一部始終全て見させてもらったよ! 君たちの推理は素晴らしかった。正に平成の名探偵≠フ名がふさわしいよ。本当によくやってくれた。君たちのような優秀な警官がいて、私も鼻が高いよ! わっはっはっ』

 ぷちっという音が、頭の中に響いた。
 血管が浮き出てくるのが分かる。
 僕は自分を止められなかった。

「……んなよ」
『は?』
「ふざけんじゃねえよ馬鹿! 平成の名探偵=H んなもんなりたくもねえよ。お前らの夢話に付き合ってられるほど、現場の刑事は暇じゃねえんだ!! そんな腐った脳みそで、警察の名を語ってるんじゃねえよ。分かったか?! ターコ!!」

 そう吐いた僕はそのまま携帯を床に叩き付け、粉々になるまで踏みつけた。
 そんな僕の様子を、皆は口をあんぐりと開け白目を向きながら見ている。
 しかし、麻衣だけは何故か大笑いしていた。
「あはははっ! 義高最高!! 何か私まですっきりしたわ!」
「麻衣……」
「何か義高見てたら、もう怒りが消えちゃったよ」
 麻衣は笑いながらそう言うと、僕の腕を取って言った。
「砂原警視? まさかこれくらいの事で罰を受けるなんて事ありませんよねえ? こんな事、私たちが受けた屈辱に比べたら考えるまでもないですもんね」
 麻衣の言葉に、警視は苦笑しながら言った。
「……君には負けたよ。上には私から話を付けておこう」
「当然ですね」
 麻衣は警視にそう告げると、今度は皆の方に向き直り言った。
「もちろん、今夜の宴会は私たちの為に開かれるのよね?」
「は、はい! もちろんです!」
 皆がたじろぎながら頷くのを見て、麻衣は僕にVサインを送る。
 僕も笑顔でサインを返した。
「全く……本当お前らには負けるよ」
 大塚先輩と小倉先輩が同時に呟いた。








 ――その日の晩

「では……本日は探偵と刑事さんの二人に向けて、尊敬と謝罪の意味を込めまして乾杯したいと思います」
「本当にそう思ってるの……?」
 麻衣が怪訝そうに聞くと、秋山さんは首をぶんぶんと縦に振った。
「もっちろんです! それでは皆さん……かんぱーい!」
「かんぱいっ!!」
 僕は乾杯の合図と共に、砂原警視の隣に移動した。
「警視……一つ伺いたいんですが」
「何だい?」
「今回の件、何故僕と岡野さんが選ばれたんですか? 僕にはこの人選の意味も、上の意図も全く理解できません」
「………」
 僕の問いかけに、警視は黙った。
 そしてタバコに火を点けると、いつもは見せないような真剣な表情で言った。
「上の意図……それは私にも分からない。日本の警察の実態観察と新人のレベル向上の為と聞かされていたが。私たちはこの計画内容を知ることが出来なかったんだ。ただ一つ分かっていたのは、北林……君がこれに選ばれたということだけだった」
「そうですか……」
「上には逆らえない……それは私とて例外ではない。大塚も最後まで反対していたが、結局は阻止できなかったんだ」
「大塚先輩……」
「岡野が選ばれたのは、彼女が特捜課に配属されているということと、彼女を取り巻く環境が、今回の計画を行いやすい環境であったということ……かな。特に津久井萌さん。彼女の名は有名だ。彼女と岡野の繋がりに、上は目を付けたんだろうね。何でも、警視監直々に津久井さんに今回の話をもちかけたって噂だよ。まあ彼女も、警視監を敵に回すわけにはいかなかったんだろう。
 そして君は多分……その若さで捜査一課配属の実力を買われたんだろうね。まあそれだけではないと思うが……」
 そう警視が言った時、大塚先輩がやってきた。
「北林、悪かったな。色々……」
「いえ……先輩のせいじゃ――」
「いや、やっぱもっと早くに突入してやれば良かったよ。もう、一日様子を伺ってるのってきつくてきつくて――」
「馬鹿! 大塚!」
「え――……」

 砂原警視が慌てて大塚先輩の口を押えたが、もう遅い。
 僕は、この二人に対し新たな怒りが込み上げてくるのを感じた。

「もしかして……いや、もしかしなくても二人はずっとこの現場に潜んでいたんですね……?」
「き、北林……これには深いわけが……」
「お、落ち着いて!」
 二人の命乞いの後、僕はにっこり微笑むと、近くにあった水を二人に向かってぶちまけた。
「「うわあっ!」」
「少し反省して下さい!!」
 僕はぷいっと横を向き、慌てて服を拭く二人を恨んだ。
 ――その時である。
「北林君! ちょっといい?」
 振り向くとそこには、タロットを抱えた吉野さんがいた。
「え? あ、ああ」
 僕は彼女に連れられるようにして、端の方に行き腰を下ろした。
 彼女はタロットを切りながら言った。
「北林君の未来を占ってあげるわ」
「は、はあ……」
 何で突然? とは思ったが、占いなんて普段やる機会もない僕は、彼女の言葉に従った。
「じゃあいたって簡単な方法でいくわね。ここから好きなカードを一枚選んで捲って。それで終了よ」
「うん……」

 僕はカードを選びながら、強く未来を思った。
 僕の未来は……

「これだ!」
 僕は一枚のカードを選び捲る。

 ――星の正位置……かな?

 僕は吉野さんを見た。
 彼女は笑顔だ。
「おめでとう北林君。アナタの未来は素敵よ☆」
「素敵……」
 素敵って何だろう……と思ったが、あえて突っ込まなかった。
「星の正位置の意味は『希望、夢』という意味があって、これは夢が叶う、良い未来になる、なんていう暗示なの」
「へえ……」
「北林君。私はさっき、アナタをずっと監視していたって言ったわよね?」
「う、うん」
 僕が頷くと、彼女は優しい笑顔で言った。
「私は、北林君が電車に乗る前に寄った喫茶店の中までも尾行したの。でもね、桜都に着いた途端、アナタを見失った。もうあの時は本当にどうしようかと思ったわ。でも……」
「?」
「でも……私たちが何もしなくても、北林君と麻衣は出会っていた。本当は私たちが、北林君に色々言って別館に泊まらせる予定だったんだけど、その必要はなかったわ。本当に予定外の事に驚いた!」
「………」
「そしてまさか、二人で協力して事件を解決するなんて思いもしなかったわ。本当、運命の悪戯っていう感じよ」
 そして立ち上がった彼女は、きっぱりと言った。
「運命の力には誰も逆らえないものよ」
 僕はそう言って去っていく吉野さんの後姿を眺めながら、複雑な思いでいっぱいの胸を、軽く押えた。
「運命には逆らえない……か」



 僕が席に戻ると、すぐに麻衣がやってきた。
「麻衣、少し外に出ないか?」
 僕はそう言って、麻衣を縁側に誘った。



「うわ〜……桜綺麗……」
「本当だな……」
 僕らは縁側に腰掛けながら、目の前にある大きな桜を見上げた。
 太く、年齢を感じさせるその幹とは裏腹にその枝の先には、若さを含む細かな薄紅色の花びらが、折り重なるようにして咲いている。
 その花びらは一枚一枚が白く輝く月の光を纏い、一層この宵に映えている。
 昨晩の月も美しいと思ったが、今宵の月は遥かにそれを凌いでいた。

 僕は明日東京に帰る。
 麻衣とも今日でお別れだ。

「ねえ義高……」
 麻衣が呟いた。
「ん?」
「あのさ……前に義高私に言ったでしょ? 『運命は自分で選ぶものだ』って」
「ああ……」
「私……あれからずっと考えてたの。運命を選ぶって何だろう? って。でね、自分なりに答えが出たの」
「聞かせてくれる?」
 麻衣は頷く。
「多分……運命はやっぱりいつも一つしかないと思うの。義高の言うように、幾つもの選択肢があるとは思えない……でもね、毎日を精一杯悔いの無いように生きれば、その先に続く道はきっとその人にとって、最良なものになるんだと思うの」
「………」
「いつも道は一つしかない。でも、その道はその時々で絶えず変化する――そう思ったの」
 僕は麻衣の話を聞きながら、さっき吉野さんが僕に本当に言いたかった事が、分かったような気がした。

 ――道は一つしかなくても、その道を作っていくのは自分自身――

 麻衣のこの言葉は、僕の心に深く残った。
「麻衣……僕は最初この事件に首を突っ込んだ事を後悔した」
 でも――、と続ける。
「今は、君たちに出会えて本当に良かったと思ってる。麻衣……ありがとう」
 僕の言葉を聞いた麻衣は、首を振った。
「その言葉……そのままアナタに返すよ……ありがとう義高」

 僕は忘れない――
 最後にこうして二人で桜を見た事を……

――僕がこの計画で得たのは……桜の……麻衣たちとの思い出かな……

 僕は、隣で桜を見上げる探偵を見つめながら、そっと心の中で呟いた。






 翌朝、僕と大塚先輩と砂原警視は、麻衣たちの見送りの元、この桜山荘別館を後にした。
 落ちたはずの橋は、一晩の後綺麗に直されていた。

 僕が迎えの車に乗り込む前、麻衣が言った。
「義高……あのね……」
「……?」
 麻衣はしばらく迷った末、「ううん。何でもないの」とかぶりを振った。

 麻衣が何を言いたかったのかは分からない。
 だけど僕は、何故か君とはまた会える気がするんだ。
 素敵な未来になるように、僕は毎日を精一杯生きるよ。

「……元気でな。探偵頑張れよ」
「うん……そっちもね。いつまでも新人やってるんじゃないわよ」
「きっついな〜」

 僕のこの言葉を最後に、車は動き出す。
 僕は窓から顔を出し、大声で叫んだ。
「皆――! さよなら――!」
「元気でね――!!」

 僕は、麻衣たちの姿が見えなくなるまで手を振り続けた。


 桜が舞った。
 まるで別れを惜しむかのように。

――僕らは桜の下で出会い、別れたのだ。



 車の中で、砂原警視が言った。
「寂しいかい? 彼らと別れて」
「寂しくない――と言ったら嘘になります。でも……」
 僕は顔を上げ、笑みを浮かべて言い切った。
「たとえ離れていても、お互い頑張っている限り心は離れないと思うんです。だから僕はまた、頑張れます!」
「そうか……」
「たった二日でお前も成長したな……」

 助手席の大塚先輩が呟いた。
 そんな先輩に、警視は悪戯っぽく笑って言った。
「大塚、北林に追い越されるなよ?」
「警視〜! そりゃないですよ!」
「そしたら僕、大塚って呼べるんだ!」
「北林! 調子に乗るな!」
「こらこら……車で騒ぐなよ」
 僕らの笑い声を乗せながら、車は東京へと走るのだった




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