……つもりが、何故か意識は残ったままだった。
「もう……天国に来ちゃったのか……」
しかし、目を開けるとさっきの風景が視界に入る。
「義高君、いつまで寝てるの?」
見れば津久井さんが僕を上から覗き込んでいるではないか。
「え――津久井さん……?」
「ぷっ……あははははっ」
「はっ?」
僕が状況を飲み込めずに目をぱちくりさせていると、津久井さんは僕を引っ張り起こした。
立ち上がった僕は、そのまま、また倒れそうになった。
「義高、やっぱお前はすごいよ」
目の前にいたのは、死んだはずの吉文だった。
「悪戯が過ぎたんじゃないの?」
「義高君と麻衣が可哀相だよ」
秋山さんと吉野さんが笑いながら言った。
「は?」
僕は何が起きているのか全く分からなかった。
何故死んだはずの人間が自分の前にいるのか……
そもそも撃たれたはずの自分が、何故生きているのか……
「よ、義高……一体どうなってるの……」
麻衣が青い顔で口をパクパクさせている。
僕は衝動的に麻衣の傍に駆け寄り、二人で背中合わせになる。
そして、津久井さんがまだ手にしている銃を見て愕然となった。
何と銃の先からは、国旗の描かれた紙が糸で繋げられているもの、紙ふぶきの残骸、紙テープ、小さなスプリングの付いた人形等――が飛び出ているではないか。
「……まさか……」
僕は慌てて自分の額に触れた。
しかし血は愚か、傷一つ付いてはいなかった。
「あわわわ……千絵子……まっすーも佐田たちまで……どうして……」
麻衣が指差しながら、後退する。
僕は押されて前のめりになった。
しかし、僕もこの状況から逃げ出したいと思ったため、つい後退してしまった。
すると今度は麻衣が前のめりになる。
まるで押し競饅頭をしているみたいだ。
とにかく逃げたい! それだけだ。
「いっ、一体どういうことなの……!?」
「さ、さあ……僕もさっぱり……もう頭が壊れそうだ……」
僕らは背中合わせのまま呟いた。
すると……
――パンッ パンッ パンッ
「!?」
突然のクラッカー音に驚き振り返ると、ゆっくりと部屋の扉が開いた。
そして僕らはそのままフリーズした。
もう駄目だ。
僕は壊れた。
「二人ともお疲れ様だったね」
「ナイスファイト!!」
「大塚先輩っ!?」「け、警視!?――――うわぁっ!!?」」
僕は前に出ようとし、麻衣は逆に後ろに下がろうとしたせいか、僕らはお互いに弾き飛んだ。
どうやら押し競饅頭は引き分けのようだ。
僕らは今、一階の談話室にいる。
もちろん、気分は最低最悪だ。
そして無言のまま、皆から今回の事件の全貌について聞いている最中だ。
「まあそう怒るなよ。だから俺は今回の事は反対したんだって!」
「……だから許せと? 人が何人も死ぬなんていう馬鹿げたシナリオに付き合わされた事を仕方なかったから許せ=Aそう言うんですか!?」
「そうですよ! 私たちがどれだけ今回の事件で傷ついたと思ってるんですか!? 大塚先輩も警視も酷すぎます!」
麻衣が言っている警視とは、本名――砂原 雅輝。
警視庁きっての凄腕警視で、僕たちの上司でもあり先輩でもある人だ。
容姿端麗かつ頭脳明晰で、今までに幾つもの難事件を解決してきたという実績を持ち、その若さで警視という役職に就いているのも頷ける。
砂原警視は、僕の憧れでもありライバルでもあった。
しかし今はそれどころではない。
大塚先輩の言葉に対し、僕らは怒りが爆発したのだ。
ふざけるなよ!
僕らがどんな思いでこの二日間を過ごしてきたと思ってるんだ。
絶対に許せない。
「だから何度も言うように、私と大塚に非はないんだよ。悪いのは上――警視庁なんだから。今回のシナリオを作ったのも、決行を決めたのも全ては上なんだ。私たちに反論の余地はなかったんだよ」
「だからって……」
僕が呟くと、今まで黙っていた吉文たちが口を開いた。
「義高、岡野! 本当に悪かった!」
「ごめんね麻衣ちゃん! 義高君!」
「本当にごめんなさい!」
皆は口々に謝罪の言葉を発した。けれど言い訳の言葉も忘れない。
「聞いてよ! 私なんて須山にクロロフォルム嗅がされた上に、超苦い風邪薬入りのコーヒー飲まされたの! 本当に気持ち悪くてぐたっとしてたら、須山から今回の計画について聞かされたんだから。私のは不可抗力だよ!」
「俺だって、津久井に頼まれたときは断ったよ! だけど、そうしないと経費で落としてきた遊び金を学校にばらすって言われてさ〜」
「俺なんて、ずっと死体役だぜ!? もう寒いし氷は冷たいしで本当に死ぬかと思ったぜ。ジャンケンで負けただけでこの役に決まったんだから」
「皆酷い! 私なんて今回の計画知らされてなかったじゃない! どうして仲間はずれにするのよ! もう人間嫌いだよ!」
「だってユリエに話したら、絶対ボロが出ると思ったんだもん! 千絵子もそうだと思ったから最後まで言わなかったのよ! 私だって須山を殴ったりするシーンは、本当に笑いを堪えるので精一杯だったのよ!」
「私も! もう須山が千絵子に告白する時なんて顔上げていられなかったもん! あはははははは!」
「ちょっと縁……笑いすぎだよ!」
「あはははごめん千絵子。でもアンタあれはまじウケたよ!」
「お前らなんてまだいいじゃねえかよ! 俺らなんて橋から落ちるためだけにいたようなものじゃねえか! 全く……酷い扱いされたよ」
「本当だよ! 俺だってメールが隆から来たことを知らせたくらいだよ」
「俺台詞なかったし……」←菅
「……君らね……言い訳の方が明らかに長いだろ……」
僕は呆れて言った。
麻衣はといえば、津久井さんをこっぴどく叱っているようだ。
あの津久井さんも、今の麻衣の前ではたじたじのようで、僕は思わず吹き出した。
そんな時ふと、何も言わずに佇んでいる小倉先輩に気付く。
彼は一体……
僕はここで、最後に確かめたかった事を確かめることにした。
「皆……ちょっと携帯を机に出してくれないかな」
「?」
皆は訝しがったが、今の僕には逆らえなかったようだ。
渋々ながらも携帯を置いた。
「先輩もお願いします」
携帯を置くことを躊躇う先輩には、どこか焦りの色が見える。
僕の勘は当たっているかもしれない。
「僕は今から一つ、確かめたいことがあります。僕はこれからある人物にメールを送ります」
「どういうこと?」
「今に分かりますよ……」
僕は吉野さんの問いに答えると、あの人にメールを送信した。
これで全ての謎が解ける。
そしてしばらくの静寂の後、それを破るようにメロディーが流れた。
皆の視線がある一点に集中する。
それは……
僕は静かに、でもハッキリと言い放った。
「……やっぱり……死神の正体はアナタだったんですね」