帰宅してすぐに、PCの電源を入れた。

 結局今日は、講義どころではなかった。
 黙っていると、高城君やAのことを思い出してしまい、全く集中出来なかった。
 そんな気持ちだったからか、に会うのも何だか後ろめたくなってしまい、会わずに帰ってきてしまった。

 ……こういうときは、余計なことを考えずに済むように、ゲームに没頭するのが一番。
 と、自分に言い聞かせて今に至る。


――――ロード!

 そう
 続きはまた
 明日

――――――――――――
――――――――
――――……
……

――――続きはまた明日って言っても、ゲームの中はまだ続いてるっぽいわね。あ、場面が変わった。



 ――――水の底に沈んでいく。
 冷たくて暗い、光の射さない深海へ沈んでいく。
 
 水の音が、心地よい。
 それ以外何も聞こえない世界。
 何にも縛られず、誰にも求められず、ただひっそりとたゆたう……安寧の地。

 ずっとこのままでいたいと思う。
 このまま、意識も感覚も何もかも、この水の中に溶けてしまいたい。

――――……お前は所詮あの子の…………

 誰かが頭上で怒鳴り声を上げている。

――――……お兄ちゃん……

 耳元で誰かが泣いている。
 ……縋るように、纏わりついてくる。
 ガラスの擦れるような音が、脳内に響く。
 とても苦しくて……不快だった。

 気付けば、静かな水の中が、いつの間にか泥沼に変わっていた。
 粘着質を帯びたそれは、全身の穴という穴から、体内に浸食してくる。

「ぐっ……あぁ……」

 苦しい。
 息が出来ない。
 もがき苦しむ様を嘲笑うかのように、泥が首に巻きついてくる。
 泥は……誰かの腕に変わっていた。
 腕は首を容赦なく締め付けてくる。

 頭が痛い。
 割れるように痛い。
 酸欠によるものか、意識が朦朧としてくる。

 ……もう、いっそのこと、このまま終わらせてほしい。
 そうすればきっと、全てから解放されるはずだ。

 力が抜けていく。
 目の前が、闇に染まる。
 その瞬間に感じたのは、紛れもない……安堵感だった――――。



「お兄ちゃん!! 気付いたのね!」
「……英里菜」

 見慣れた天井が目に入る。
 どうやら俺は、意識を失っていたらしい。

――――い、今の独白ってもしかして……静!? 本編初!? 静の一人称なんですけど!!!
 ていうか静……何か、いきなり
裏側が出てきてるけど大丈夫!? これ、あの期間限定シナリオプレイ(※番外編参照)してないと、衝撃強過ぎるんだけど……!!(;´▽`lllA``

「良かった……お兄ちゃんが無事で……」
 英里菜が泣きながら抱きついてくる。
 そんな妹の背を撫でながら、自宅まで自分を運んできたであろう二人の姿を思う。

(……後で、連絡しておかないと)

 気配に気付かなかったわけではなかった。
 避けることも出来た。
 でも、敢えてそうしなかったのは何故だろう。

 ……ああ、そうか。
 あのままだと……何もかもを壊してしまいそうだったからだ。
 怒りという単純な形で、『小さな炎』を消し潰すのは簡単なことだった。
 猫がどんなに暴れようとも、所詮猫は猫でしかないなのだから。

 でも、あそこで全てを失うのは本意じゃない。

 ……そう。
 あの紫色の瞳の深淵に触れるまでは、まだ……。


――――ギャアァァァァ━━━━━━(゚Д゚|||)━━━━━━!!!!!! 
 静っ、お、落ち着いて!! 小さな炎って……! 猫って、勿論薫ちゃんのことだよね!? 消し潰すって貴方、もう
殺る気満々だったってことですか!? こ、このルートはもしや……静、真っ暗闇√なのかしら……てか、BADエンドへ直行する感じ?? 確かに静のこと、ないがしろにしてたもんね……。まあいいや。先にBAD見ておいた方が、キャラの裏とか分かってHAPPYがよりHAPPYになるるかもだし!(前向き過ぎる) んで、紫色の瞳……っていうのは主人公のことだよね? まあ何はともあれ、静が思いとどまってくれて、命拾いしたね薫ちゃん……(遠い目)でも、薫ちゃんエンドの時、静ってどうしてたんだろう……。この感じだと、主人公のことすごい気にしてる感じするけど、あのエンドって静のこと全然触れてなかったけど……。って、ああ、思わずクリックしてしまった!!


「……パパはどうして、お兄ちゃんに冷たいのかしら。きっと、私がお兄ちゃんにべったりだから、嫉妬してるのよ」
「……はは、どうだろう」
「それにお兄ちゃんはこの世界で誰よりもカッコイイもの! だからパパは、男としても面白くないんだわ」

 この無邪気で、自分の思うままに生きている少女には、俺の苦悩は届かない。
 それが分かっているから……時々、どうしようもなく羨ましくて、妬ましくなる。

「お兄ちゃん、大好き…………んっ……」

 塞がれた唇から、泥のように重たい息苦しさが広がっていく。
 この重みに、俺はいつか潰されるのではないだろうか。

――――え”……こ、これってまさか……!? 嫌な予感しかしないんだけど……

「英里菜は、いつでもお兄ちゃんの味方だよ」
「…………ああ」
「………………お兄ちゃん…………」

――――って、ちょっと待てぇい!!!∵(´ε(○=(゚∀゚ )

 
ちょ、ちょっと!? 静って妹とそういう関係なわけ!? 嘘よっ、私信じない!!
 禁断の兄妹愛を許せるのは、兄×主人公、または義兄か義弟×主人公だけって決まってるの!!(私の中で)いきなり出てきた妹とそんな関係だなんて、全国の静ファンが泣くわよ〜〜〜〜〜〜っ!。・゚・(ノД`)・゚・。


 この無邪気で、自分の思うままに生きている少女には、俺の苦悩は届かない。
 それが分かっているから……時々、どうしようもなく憎くて、壊してしまいたくなる。

 その細腕を引けば、何の抵抗も無くしなだれかかり。
 寝台に引きこんで見下ろせば、待ち望むかのような瞳で俺を見つめる少女。

 彼女は夜毎、俺の熱を奪い、仄暗い水の底へと誘う。

「静君っ……英里菜のこと、もっと好きになって……もっと――――」

 彼女から与えられる水はどこまでも重く深く、俺の身体にまとわりつく。
 まるで、水蛇のように俺に絡み付いてくる。

 こんな行為に、何の意味も無い。
 ただ求められるままに、それに応えるだけの虚しい時間。

 分かっていても拒めないのは、この身に染みついた服従の証。
 自身の存在理由を与えられた者は、与えた者に隷属して生きていくしかないのだと、嫌という程に教え込まれた。
 今更何も、求めない。
 求めてはいけない。

 この無限とも思える時間に、あとどれだけ耐えればいいのだろう。
 この苦しみという快楽と絶望に塗れながら、俺はあとどれだけ、もがき続けなければならないのだろうか――――。


――――(´ρ`)?

 
……ええと……これって一応全年齢対象だったよね? せ、静がまさか、DT(下品)じゃなかったなんて……!! あ、有り得ない!! てか、何で妹と?! 嘘よー!! 優等生の静が、家じゃこんな昼メロもびっくりなアダルト展開を繰り広げてたなんて、私は信じない!!! 信じない……!! ……けど、ほんのちょっと萌えたりしたり……。いやいや、でも……!!
 あ、これはあれか。限りなくクロに近いグレー展開ってやつですね。つまり、全て未遂で終わってるっていうアレ? 最後まではやって無い展開? なんかもう、動揺し過ぎてクリック出来ないんだけど……。
 そんなぁ……静……好きだったのに……いや、今でも好きだけど(おい)
 ん……? でも最後、「静君」って言ってたよね? お兄ちゃんじゃなくて静君って。……もしや、義理の兄妹ってこと? だから、親父は静に冷たいとかそういうこと? ……ああ、もう気になる! 主人公、早くしないと静が戻ってこれなくなるってば!! ていうか、いつの間にかぽっと出の女に奪われてたんですけど……!!(ぽっと出は主人公の方)




――――セーブしますか?
 
えっと……うん、一応します。
 これって、どこに向かうのかしら……。




 昨日は結局、あまり眠れなかった。
 布団の中で、静や薫ちゃんのことを考えていたら……目が冴えてしまった。

――――……アンタ同様、静も寝不足でしょうね……。・゚・(ノД`)・゚・。 あの蛇女(酷)とよろしくやってたんだからさっ! あー、本当にショック……静に限って無いって思ってたのに。。。

 今日で試験も終わり。
 これからどうなるんだろう……。

――――ホント、どうなるんだよ……

「……
「っ……」

 校門の前には、静がいた。
 驚きに身を捩った拍子に、足がもつれる。
 転びそうになった瞬間、静が支えてくれた。

「……危ないよ」
「あ、ご、ごめん……」

 抱き締められているような格好に、途端に頭に血が上る。
 昨日もこうやって、私――――……

「……昨日は……ごめん」
「え、あ……」

 私を支えたまま、静は静かに呟いた。
 俯いている静の表情は窺えない。
 ただ……酷く、苦しんでいるように見えた。

「……静、私は……」

 ――――貴方と話がしたい。

 そう言おうとした時だった。
「二人とも……ちょっといいか?」
「楓ちゃん……」
 楓ちゃんが、私たちを手招きしていた。



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