「静! ごめん、遅れてっ……」
静は私を一瞥すると、ビラ配りを再開する。私も彼に続いてビラを配り始めた。
しばらくビラ配りを続けていると、ふいに静がこちらを向いた。
「」
「うん?」
「……本当に、身体は大丈夫?」
私は笑顔を創って言う。
「うん、大丈夫! もうこの通り、元気元――――」
「――――」
耳元から冷気が流れ込む。
アイスブルーの輝きが眼前に迫った瞬間、ぐらりと世界が回った。
手にしたビラが夜の街に舞い上がる。
スローモーションで動いていく映像。
「ウソツキ」
冷たい声音が、頭上から降り注ぐ。
色も音も全てが冷たいのに、私の身体は柔く受け止められている。
――――ギャーーーー!!! 静が豹変!? 何この冷たい声!! 『ウソツキ』とか!! ヤバイ、今私ものっそいテンション上がってるんですけど!!!!(ド変態)
「ほんの少し、冷気を身体に送り込んだだけでぐらつくなんて力が弱まってる証拠だ。今までのなら、こんなことあり得ない」
「……静…………」
「どうして何も無いなんて嘘をつくの? どうしてそこまでしてアイツを庇うの?」
静の身体から、冷気が滲み出ている。
身震いするような寒さで、私の唇は震える。
「俺は……絶対に許さない」
パキパキッと、私たちの周りの空気が凍り始める。
静は私を抱き起こし、路地裏の壁へと押し付けた。
「氷よ……彼の者を縛る枷となれ」
「せ、静……」
「氷縛<ひょうばく>――――」
詠唱の後、私の両腕は壁に縫い止められていた。
氷の枷によって。
――――( ゚∀゚)・∵ブハッ!!スチルー!!! 拘束キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!マジですんばらしく萌えな展開キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!(しつこい)きゃーきゃー、こういう展開を待ってたんだよ!! 静、期待を裏切らねーな!! ていうか静、マジで怖いんですけど……!!(でも喜ぶ)
「や、やめて……静……」
「氷なんて俺はまだ、全然使えない。普段の相手なら、まったく作用しない」
海色の瞳が、一層の冷たさを増して私に迫る。
「、どうして? どうして…………よりによって、禁忌の魔法を」
「……」
「どうしてアイツのために!」
怒気を孕んだ声が、私の胸に突き刺さる。
「俺はっ……あんなの姿、見たくない! があんな風に……宮田に侵されるなんて許せない!」
「っ……」
腕に食い込むように、氷の枷が圧迫感を増して私を縛り付ける。
絶対零度の温度が、肌を刺す。
「力だけじゃなくて、このままじゃの心も身体も全部をアイツは奪い取る。そんなこと俺は、絶対に許さない……!」
「いたっ……!」
氷の食い込みが更に強くなり、痛みが増す。
……でも、本当に痛いのは身体じゃなくて心の方だ。
真っ直ぐに自分に向かってくる瞳が、黒く歪んでいく。
怖い……。
「……が壊されるくらいなら、俺がこのまま……当分動けなくなるくらいに傷付ける」
「静……何言って……」
「俺は本気だよ。たとえに恨まれても嫌われても……」
静の手に、鋭く尖った氷が現れる。
ネオンを浴びて輝くそれが、私の首筋に当てられる。
とても綺麗なのに……酷く悲しい色を湛えていた。
「……俺は君を失いたくない。ずっと探してた……俺の人生を変えてくれる君を……」
泣きそうに目を細めた静は、そのまま私を抱き締めた。
――――わお! スチルが動いた!! 抱き締められたよ!! そのままやてしまえ!!(何を!) 色んなことを!!(嬉々)
「せ……い……?」
ひんやりとした、静の身体。
肩口にかかる小さな吐息に、全身が冷やされていくような気がする。
私は……
1、どうしたらいいのか分からなかった
2、抱き返したくなった
――――ここでこの選択肢!? ていうかこれって静ルートなの!? 微妙過ぎるんですけど……!! でもまあ、これはもちろん2ですよね。抱き締められたら抱き返す。これ、乙女の鉄則!(マジかよ)
「静」
呟くと、顔を上げた静と目が合った。
何度見ても美しく、吸い込まれそうになる瞳。
静の瞳に私が映って、私の瞳には静が映っている。
その瞳が揺れた瞬間、腕を拘束していた氷が消えた。
「、俺……」
私は何も言わずに、そのまま静を抱き返した。
少しだけ驚いたように身を強張らせる静。しかし、すぐにゆっくりと腕が回される。
「……ごめんね、私……静がこんなに心配してくれてるなんて思わなくて……」
「……」
「……静には知られたくなかった。でも……本当は知ってほしかった。矛盾してるよね。……自分でもどうしたらいいのか分からなかった」
冷たい静の身体。
でも、段々と温かさが戻ってくるような気がした。
「自分が……私たちがしてること、間違ってるって分かってる。でも……分からない。どうしたらいいのか。どうやったら薫ちゃんを救えるのか。どうしたら、皆が幸せになれるのか私には分からない」
「……」
静の腕に力が入ったのが分かった。
「彼を、薫ちゃんをこれ以上傷つけたくない。でも、私たちはこのままじゃ傷付け合うだけなのも分かってる……どうしたらいいの……? 私は……っ……私たちは……」
言っているうちに、自分が泣いていることに気付く。
でも、止められなかった。
楓先生も巻き込んでいるから?
オーナーに心配掛けたから?
静の気持ちを知ってしまったから?
どちらにせよ、私が抱えるには大きすぎる問題だったのかもしれない。
とっくに許容量を超えてしまっていたんだ。
でも、あの選択以外考えられなかったのも事実。
「ねえ……私たちはっ……どうしたら、どうしたらいいの? 何が正しいの? ねえ、教えてよ……答えてよ……!」
一度話してしまったら、もう止められない。
楓先生にも散々言われたのに、私はやっぱり分かっていなかったんだと思う。
こんなにも力が抜けていくものだったなんて。
こんなにも、精神的に辛くなるものだったなんて知らなかった。
私はバカだ。
軽く考えていたんだ、全部。
「……泣かないで……」
そう言って、静の腕に更に力が込められた時だった。
「――――全てを焼き尽くせ」
――――え!? この詠唱って、もしかして……!?
「っ!? ――――水壁!!」
ジュワッ!!
水の壁が、音を立てて消える。
吹き付ける熱風の中から、見覚えのある紅い影。
「……薫……ちゃん……?」
――――薫ちゃーん!? 何で!?
「こんばんは、先輩。こんな人気の無いところで何やってんですか?」
「宮田……」
「は俺のモノ。人のモノに手を出して、タダで済むと思うなよ」
薫ちゃんはそう言って、壁を蹴り上げた。
ふわりと舞う、薫ちゃんの身体。
彼は妖艶とも言える笑みを浮かべ、手を翳した。
「丸焼きにしてこい! 火鼠」
薫ちゃんの言葉に続くように、無数の火で出来た鼠が静に向かって放たれた。
静は私から離れると、静かに言った。
「……冷たい水に沈めてやれ。――――水虎」
静の隣に、ゆらりと水の塊が揺れる。
それはいつかどこかで見たことのある、水の形をした虎。
静の手から離れると、一気に火鼠達に向かっていく。
――――ボコボコッ!!
水が沸騰する音が聞こえる。
火鼠の大群が、水虎に一気に体当たりをしている。
ほとんどが水虎に触れた瞬間に蒸気と化しているが、量が多すぎるせいか水虎が段々押され始めている。
「ハハッ! いつまでもつかな? ほら! ほらほら!」
どんどんと創り出される火鼠たち。
静はその光景を無言で見つめ、やがてそっと手を振り上げた。
「……戻れ、水虎。それ以上、傷付く必要はない」
水虎は、少し逡巡した後、静の隣へと舞い戻ってきた。
「よし、いい子だ。ゆっくり休め」
喉を仰け反らせた水虎は、そのままかき消えた。
「何だよ、もうおしまい? つまんねー」
「……自分がにしてること、分かってるのか?」
「アンタに関係ないだろ」
「ふざけるな! お前がどういうつもりか知らないが、は明らかに弱ってる。お前、このままを殺す気か?」
静の怒声が響く。
静がこんなに声を荒げるのを初めて聞いた。
薫ちゃんは、無言で地面に降り立つ。赤黒い炎の残滓が、パラパラと零れ落ちた。
「今後二度と、彼女から力を奪うような真似をするな。今ここで誓えば、これ以上騒ぎ立てない」
「……誓わなかったら?」
挑発的な薫ちゃんに、静の目が青く輝く。
「――――力尽くで、お前を従わせるだけだ」
絶対零度の氷が、私と彼らの間を阻む。
「を傷付けるわけにはいかないから。その氷は絶対に壊れない――――俺が生きてる限り」
生きている限り。
その言葉を発した静が、青い光を纏う。
「……術者とリンクさせる魔法か。アンタも本気ってわけだ」
「無駄口を叩くな。霧よ……我に纏いその姿を隠せ――――狭霧<さぎり>」
真っ青に輝く霧が、辺りに立ち込め二人の姿を隠す。
「そんな霧、すぐに消し去ってやるよ! 煉獄!!」
霧を呑み込むようにうねりを上げる炎。
氷の膜に覆われた私は、二人の動きを見ていることしか出来ない。
どうして……何でこんなことになっちゃったの?
「くそ! どこ行った!?」
「他所見するな――――氷雨<ひさめ>」
「ちっ!! 煉獄!!」
無数の氷の雨が、薫ちゃんに向かって降り注ぐ。
雨と言ってもその破壊力は大きく、氷の矢が降っている印象だ。
自分の周りに炎で壁を作り、薫ちゃんは必死にその氷から身を守っている。
しかし、静の威力の方が勝っているのか、火を潜り抜けた氷が、薫ちゃんの頬を傷付けた。
「うっ……!」
薫ちゃんの力が弱まった瞬間を、静は見逃さなかった。
すかさず薫ちゃんの背後に周り、その身体を羽交い絞めにする。
「くそっ、放せよ!! 放せ!!」
「凍結」
「くっ!!」
見れば、薫ちゃんの膝から下が凍りついていた。
氷は地面を這うように張り、薫ちゃんを囲うようにして輝いている。
「念には念を入れさせてもらうよ。――――氷縛」
「うっ……」
薫ちゃんの全身が、氷の枷によって縛られる。
苦しそうに眉を顰め、薫ちゃんは静を睨んだ。
「……ちくしょう……流石まほアカきっての優等生ってか。いつも本気なんて出して無かったんだろ?」
静は無言で薫ちゃんを見ている。
「フン……アンタ見てると、イライラするんだよ。アイツにそっくりだ。力持て余してるくせに、それを悟らせないように振舞う。限界なんて感じたことないくせに、いつもそれ以上力を出さない」
「……お前には関係ない」
「アンタはそうやって、いっつも相手の限界を引き出して、楽しんでるだけなんだろ? どうせ誰もアンタの本気には敵わないのにさ」
「黙れ」
「……ふーん、やっぱり図星なんだ? ちゃんに力もらってから、オレ、他人の力の流れが見えるようになってるんだよね。アンタの力は、内に溜まり過ぎて今にも暴発しそうだよ」
「……それ以上言うな」
「ちゃんに執着するのも、ちゃん相手なら――――」
「うるさいっ!!」
「ぐぁっ……!!」
薫ちゃんを拘束している氷が、薫ちゃんの身体へ食い込む。
ギシギシッと、薫ちゃんの身体が軋む音が聞こえる。
「静!? やめて!」
静の全身が、真っ青に輝いている。
漆黒の髪が逆立っているように見える。
……怒っているのだろうか。
「……そうだ……そうやって、本気出せよ……。力があるヤツには、弱いヤツの気持ちなんて分かんねえだろ……? いつだって本気で挑んでるのに……相手は実力の半分も出してない。それなのに、さも頑張ったかのように振舞う。……これ以上の屈辱があるかよ」
「……」
「何もかも全部、本気なのに……どうしてオレは、一個もアイツに……勝てな……ぐはっ…ごほっ!」
「キャーッ!? 薫ちゃん!!」
血の塊を吐き出して、薫ちゃんは咳き込んだ。
――――( ゚∀゚)・∵ブハッ!! つ、ついに禁断の吐血シーンがキタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!! もー何なのこのゲーム!! 拘束ありーの、吐血ありーの、まさに詰め込むだけ詰め込んだパンドラの箱かよ!! もーどんだけ萌え要素詰め込みたいんだよ製作陣!! って感じ。
明らかにヤバイ状況だ。
渾身の力を込めて氷に体当たりするも、静の氷の壁は壊せない。
「静、薫ちゃん……もうやめて……お願い……」
ふと顔を上げた時だった。
闇夜に隠れていた月が、私たちを照らすように顔を出した。
ふわっと、身体が軽くなる。
力が……漲ってくる。
私は咄嗟に……
1、回復魔法を自分たちに向けて放つ
2、攻撃魔法を氷の壁に向けて放つ
――――ちょ、どういうタイミングで選択肢!?(汗)これってどういうこと? 回復魔法はまあ分かるけど、攻撃をしたらどうなんの!? うーん……でも回復させて時間稼ぎしたって仕方ないよねぇ……。もういいや、セーブをして、2でいっとこう!!
私は天に縋るような気持ちで、詠唱を始めた。
「流星よ――今、我のもとに集い、我を阻む壁を滅せよ!」
振り返った静と目が合った。
『――星酔醒!!!』
――――ドガーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!!!!!!!!!!!!
物凄い爆音と共に、私と二人を阻んでいた氷の壁は崩れ去った。
その瞬間、私は二人の間に飛び出した。
――――主人公相変わらず最強じゃん!!(;´▽`lllA``
「もうやめて!!」
静が困惑したように私を見ている。薫ちゃんを背に庇うようにして立っているため、薫ちゃんの表情は窺えないが、きっと静と同じような表情をしているに違いない。
「これ以上傷付け合うって言うなら……私は二人のことを……全部学校に話すから!!」
「そんなことしたら……ちゃんだって……」
「もちろんよ。私も一緒に……退学する」
背後の薫ちゃんが、息を呑んだ音が聞こえる。
静が、視線を私から逸らす。
「私たちの魔法は……こんな風に使うためにあるんじゃないよ…………」
「――――その通りだ」
突然掛った声に、驚いた瞬間。
頭上に黒い影がひらりと舞った。
え、と思う間もなく。
背後と目の前の二人が、「ぐあっ!」と言って倒れ込む。
「喧嘩なんて青臭いことすんなら、魔法なんて使うんじゃねーよ」
「いつまでビラ配りしてんだよ! 店はとっくに開店してんだっつーの!」
「楓先生……オーナー……」
そこには、静の背中に足を乗り上げ、踏み付けているオーナーと。
同じく、薫ちゃんの背中に座り込んでいる楓先生がいた。
――――(llllll゜Д゜)ヒィィィィ アダルト組がタッグを組みやがったよ!? なんちゅータイミングで登場してくんだよ!! ていうか二人、どうして一緒に!?
「どうして……」
驚き過ぎてそれ以上言葉が出ない私に、楓先生が言う。
「俺様を誰だと思ってんだよ。まほアカの保険医様だぜ? この街だって俺のテリトリーの範囲内。強い力が動けば、すぐに分かんだよ」
「おい、何言ってやがんだ西之園! 俺がお前に連絡やったんだろーが!! てめえんとこのガキ共が、何かヤバイ臭いさせてやがるってな」
「ハッ。お前の助けなんぞなくても、俺はコイツらを見つけられたっつーの」
「ざけんな! 教師なら教師らしく、ガキ共の手綱くらいしっかり締めとけよ!」
「うっせーな。テメエこそ、薄気味わりぃ格好してんじゃねーよ!」
「……あの……」
私の存在など忘れたかのように、楓先生とオーナーは罵声を浴びせ合っている。
「大体テメエは、昔っから気に食わなかったんだよ!」
「あー奇遇だな。俺もテメエのことは、大大大っ嫌いだ。もう一生顔を見ることも無えと思ってたのによ!」
「だからそれはこっちの台詞だって言ってんだろーが!! 大体テメエが何をどう間違えば教師なんぞになるんだよ! テメエを雇ったなんて、世も末だ」
「お前こそ、いつからそっちの趣味に走りやがったんだ!? あー気持ち悪ぃ! カマ野郎が!」
――――いきなり喧嘩おっぱじめましたけど!! つーかホントにそーなの!? 元ヤン×2なの!?
「……あの!」
「「何だよ!?」」
「いや……あの……」
物凄い剣幕で二人に言われ、思わず萎縮した私にさらに追い打ちを掛けるような声が……。
『――――おい、どこだ。この辺りで物凄い乱闘騒ぎがあったって……』
『何でも、あり得ないくらいの魔法の衝突があったってよ!』
『あ、ほら、警察が来た!!』
警察という言葉を聞いた途端、楓先生とオーナーはぴたりと黙った。
そして、それぞれ薫ちゃんと静を担ぎ上げる。
「チッ。今日のところは一先ずこれで勘弁してやる」
「命拾いしたな。次遭ったら、今度こそテメエを叩きのめしてやるから覚悟しとけよ」
「ハッ。減らず口も大概にしろよ」
「テメエがサツに捕まったら、大笑いしてやるからな」
「それはこっちの台詞だっつーの! カマ野郎が!!」
『――――さっき、この路地から怒鳴り声が聞こえたってよ!』
『誰かいるのか!?』
「げっ。マズイ。ほら、さっさと行くぞ!」
「え!?」
「このままここにいたら、色々やべえだろーが!」
「あ……」
1、楓先生たちと行く
2、オーナーたちと残る
――――これって、最後の分岐っぽいよね。完全薫ちゃんルートか、静ルート……ていうか、他キャラルートかの? うーん……何だか静も気になるなぁ。でも、薫ちゃん吐血してたし((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル これはやっぱり人として乙女として、吐血者をほっといちゃいかんでしょ。つーか、魔法無しで仮にもまほアカのエリートを一撃で倒すオーナーって何者なの……汗
「は、はいっ」
そう言うと、楓先生はにやりと笑った。
「輝け――――月光輪舞曲<ルナティック・ロンド>!」
――――で、出た!! わけわかめな魔法キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!! だから何で、いきなりカタカナ呼びなんだよ!! どーして静とか薫ちゃんとかびっくりするくらいに古風な呼び名の名前なのに、なんでいっきなり横文字ー!? どーでもいいけどホント気になる〜〜〜〜!! つーか、センス0だね。
「っ……!?」
路地に大勢の人たちが傾れ込んできた瞬間、目の前に光の洪水。
眩しくて、何も見えない。
ぐいっと腕を引かれ私は走り出す。
『うわっ!? 何だこの光は!!』
光に紛れながら、私たちは路地裏から離れた。
どうやらオーナーたちもどこかへ逃げたようだった。
私の腕を引く楓先生が、軽く息を切らして振り返った。
「お前もいつかこれくらいは使いこなしてくれよな」
「! もしかして……楓先生って私と同じ……」
軽く頷いた先生は、そのまま私の手を引いて走り続けた。
――――やっぱり……楓ちゃんって、星使いだったんだ。主人公は月だけど、楓ちゃんは太陽とか? どうでもいいけど、この後どうなんだよ……。
***
あれからしばらく経って、私たちはファントムシティから少し離れた場所にある公園に来ていた。
楓先生は肩に担いでいた薫ちゃんをそっと、近くのベンチに横たわらせた。
「回復<ヒール>」
楓先生の声が響くと、薫ちゃんの顔色は幾分か良くなったように見える。
血の気の引いた肌も、段々と赤みが戻ってきている。
「……ん……う……」
「……やっと気付きやがったか、小僧」
「薫ちゃん……」
「…………ちゃん……? 楓ちゃんも……アレ……オレ、どうして……」
「喧嘩してぶっ倒れたんだっつーの。ったく……」
「喧嘩……? …………!!」
バッと起き上がろうとした薫ちゃんは、そのまま胸を押さえ「ぐぁっ」と呻いた。
「馬鹿。いきなり動くなよ。もしかしたら、肋骨が折れてやがるかもしれねえ」
「いってぇ……」
薫ちゃんが眉を顰めて胸を押さえる。
「薫ちゃん……大丈夫?」
慌てる私に、薫ちゃんは眉根を下げて笑った。
「ん……何とか。ちょっと……痛いけど……」
「、少し宮田を頼む。近くで薬草見てくる」
「はい」
楓ちゃんは私たちを残し、林の中へと姿を消した。
何となく、無言になってしまった。
私はベンチに寄り掛かるようにして、空を見上げた。
相変わらずの綺麗な月。
真っ白な月が、私たちを照らしている。
――――スチル!! 薫ちゃんのアップだ……。
「……ちゃん」
「うん?」
薫ちゃんに視線を向けると、彼は月を見つめながら呟いた。
「……オレ、まほアカ辞めるよ」
「え?」
「……もう、魔法は使わない」
「薫ちゃん……?」
「だからもう……ちゃんを困らせることも無いよ」
そう言って、薫ちゃんは小さく微笑んだ。
――――えぇっ!? な、何で!! ちょっと薫ちゃん、どーしてそーなっちゃうの!? いくらちょっと、さっきはウザいとか思っちゃったけど、でもでも、だからって学校辞めることはないんじゃないかな!?(突然のことで混乱中)
1、薫ちゃんを止める
2、何も言わない
――――選択肢!! もーこれは止めるでしょ!! だって薫ちゃんを助けるためにしたことなのに、これじゃあ結局追い詰めただけになっちゃうし!! 何かもう、エンディング臭がぷんぷんしますけど、もーいいよ!! このまま薫ちゃんエンド見てもいいから止めるでしょ!!
「……薫ちゃん、そんなのダメ……そんなの嫌だよ……」
「ちゃん……」
「私は……薫ちゃんと離れたくないよ……」
「どうして……? 何で離れたくないなんて……言うの?」
1、薫が好きだから
2、分からない
――――ど、怒涛の選択肢ラッシュ!! もーこれは最期の確認なわけですよね!? 薫ちゃんエンドに向かっていいのかって最期乙女を試しているわけですよね!?(果てしなく勘違い)ああいいですとも!! もー静も楓ちゃんも晋也もカマも野中Tも、ぜーんぶ捨てて薫ちゃんを選んでやるわよ!! ドーンとこいっ!! このヤンデレ困ったちゃん!!
「薫ちゃんが好きだから!」
「え……」
薫ちゃんの瞳が、大きく見開かれる。
私はそのまま続けた。
「薫ちゃんが好き! 大好き!! だから離れないで……」
「……ちゃん…………」
薫ちゃんは少しだけ頬を赤くして、それから少しだけ寂しそうに笑った。
「……ごめんね……オレが、力を貰ったばっかりに、ちゃんにそんなこと言わせてる……。依存症状が出てるんだよね…………」
違う、違うよ薫ちゃん。
私は別に、依存症状のせいでこんなことを言ってるわけじゃない。
きっとずっと、私は薫ちゃんに惹かれてたんだ。
初めて会った、電車の中から。
真っ赤な瞳に、魅入られていた。
薫ちゃんの真っ直ぐな気持ちと、素直な想いに私はずっと……。
その時、薫ちゃんの瞳からつぅっと、涙が零れた。
「っ……ハ、ハハハッ……あれ……オレ、何で……」
「薫ちゃん……」
「ハハっ……おっかしーなぁ……オレ何泣いて……ハハハ……」
一生懸命目を擦りながら笑い続ける薫ちゃんに、胸が締め付けられる。
「……ごめっ……こんな……ウソなのに……それでもオレ、嬉しいなんて…………アハハハ、ホントオレ、馬鹿だ………………っ……」
後から後から溢れ出てくる涙に、薫ちゃんは目を擦り続ける。
真っ赤な瞳が、さらに赤く輝いている。
――――ぐぁぁぁっ!! か、薫ちゃーん!!(号泣)ごめんごめんねっ、なんて可哀相なの!!。・゚・(ノД`)・゚・。 ごめんね、こんな泣かせたかったわけではないんだよ。うぅ……薫ちゃん、辛い目に遭わせてごめんよ〜!!(馬鹿)
「ごめん……ちゃん、オレ、本当に……ごめん……っ……。ちゃんに好きって言ってもらえて、ウソでもこんなに嬉しくて……っ……こんなになって初めて、オレ……ちゃんをどれだけ傷付けたかって気付いた…………」
屈みこんで泣き続ける薫ちゃんの頬に、そっと触れる。
ぴくっと顔を強張らせた薫ちゃんは、そのまま私を見つめた。
「……依存なんかじゃない。私は薫ちゃんのことが好き。力をあげたとか、そんなの関係無いの。ただ、薫ちゃんが薫ちゃんだから好きなんだよ」
「…………ちゃん…………」
呆けたように、力なく私を見つめる瞳は、普通の男の子のそれで。
私も、素直な気持ちをそのままぶつけた。
「いつも明るくて、元気で、可愛くて……でも本当は、すごい寂しがり屋で弱くて……そういう薫ちゃんが私は好き」
そう言うと薫ちゃんはふいっと顔を背け、目を伏せた。
「オレは……弱くて、ダメなんだ。弱いから、何も手に入れられなくて。弱いから、全て奪われる」
薫ちゃんの身体から、また黒いもやもやが滲み出てきたのを私は見逃さなかった。
「弱いからっ――――いてっ!?」
私は向けられた頬を、思いっ切り叩いた。
――――(llllll゜Д゜)ヒィィィィ 主人公、DV!?
「弱くて何が悪いの!? 弱かったら、幸せになれないなんて誰が決めたの!? 弱いなら、それを補って助け合いながら一緒に生きていける人を探せばいいじゃない! 力なんてなくたって、望めば手に入るの!! 力を得ることだけが、努力じゃない。ゴールじゃないの。力があって強くて、才能に恵まれてるから何が偉いの!? そんなんで人の価値が決まるわけじゃない!」
「……」
「一番じゃなくたっていいじゃない! 負けたっていいじゃない! そこまでの過程は、きっと無駄じゃない……無駄じゃないよ!!」
「けど……オレは……」
「逃げないで!!」
私の言葉に、薫ちゃんが振り向く。
その瞳は、色々な感情が織り交ざった色を映している。
「薫ちゃんは、逃げてるの!! 力が無い、弱いって、そうやってずっと、お兄さんの影から逃げてるんだよ!!」
「逃げてなんて……オレはいつも、本気で……」
「嘘よ! その気持ちを一度でも、お兄さんに直接ぶつけたことがあったの!? お兄さんに本気で、体当たりしたことがあった!?」
「っ……」
「最初から、勝てないって思い込んで、そういう風にしか接してこなかったんだよ薫ちゃんは! 本気で挑んでるなんて嘘。本気になったフリして、自分を慰めてただけなのよ!!」
「……んだよ……ちゃんに……オレの気持ちが分かるのかよ! オレが今まで、どれだけ苦しんで、どれだけ悲しんできたかなんて、分かんないくせに!!」
怒りを孕んだ瞳が、私を射抜くように見つめる。
でも私は、その視線から逃げずに正面から受け止めた。
「分かんないよ! 薫ちゃんがどれだけ苦しんできたかなんて、私は知らない。分からない。でも……だから、薫ちゃんの気持ちを少しでも分かりたかった! 少しでも、薫ちゃんを元気にしてあげたいって思ったんだよ……」
薫ちゃんの瞳が、ぐらぐらと揺れる。
「……ほら、また薫ちゃんが傷付いた」
私はそのまま、薫ちゃんの手を握った。
「薫ちゃんは、人を犠牲になんて出来ない子だよ。今だって、私を傷付けたと思って、それを見て自分が傷付いているんだから」
「オレはっ……」
「ねえ、薫ちゃん……私が前に言ったことは嘘じゃないよ? 私はずっと、薫ちゃんの傍にいるよ。それだけじゃ足りない? 私だけじゃ、ダメ?」
薫ちゃんの瞳が、困惑仕切ったように、震えている。
そして、恐る恐る……といったように呟いた。
「…………オレなんかで、ホントにいいの……? 兄貴じゃなくて……オレで……?」
「お兄さんなんて私にとってはアウトオブ眼中! 私はお兄さんでもなく、他の誰でもない、薫ちゃんがいいの! 薫ちゃんが好きなんだって言ってるでしょ!」
段々イライラしてきた私は、思わず大声で怒鳴るようにして言ってしまった。
すると、薫ちゃんは鳩が豆鉄砲を食らった……とでもいうのだろうか。目を丸くして、やがて噴出した。
「…………ぷっ……クククッ……アハハハハッ……アウトオブ眼中って……ちゃん、今時そんな言葉使う子いないよ……アハハハハッ」
「うるさいなー! とにかく、もっと自分に自信持ってよね。薫ちゃんは自分で思ってるよりずっとずっとカッコイイし、素敵なんだから!!」
――――あぁ、スチル消えた……。
恥ずかしさで、ついつい大声で怒ったような口調になってしまう。
薫ちゃんはひとしきり笑った後、ベンチからゆっくり起き上がった。そしてそのまま、私の首へと手を回すようにして、倒れこんできた。
「ちょ、ちょっと薫ちゃ……きゃーっ!!」
――――ドサッ!!
私たちはそのまま、公園の地面へと転がる。
薫ちゃんに抱き締められて、身動きが取れない。
幸い、周囲には人気があまり無いのがせめてもの救いだった。
「ちょっとぉ……!! 薫ちゃん、いったぁ〜い!!」
「アハハハッ、ごめんごめん。でもオレ嬉しくて! もーちゃんに抱き付かないとどうにかなりそうだったんだよ!」
「だ、だからって……//// もー、どいて! 離して!!」
「ヤダ! 絶対離さない! ちゃんはオレのだもん! うーん、ちゃんいい匂い〜v」
「きゃっ、ちょっ、どこ触ってんの!? やっ、止めなさいっ!!」
身を捩ると、薫ちゃんが耳元で囁く。
「ねえちゃん……オレ、ちゃんのこと、ホントに大好きだよ」
思わず薫ちゃんを見つめると、意外なほどに真剣な表情を浮かべていた。
その瞳には、からかいの色は全く見えず、ただ真っ直ぐ私だけを映している。
鼓動が、早鐘を打ち始める。
「……ごめんね。オレ、いっつも軽口しか叩けないけど……けど、オレ、ちゃんのことは、本気で……本気で好きなんだ……」
「……」
「誰にも……兄貴にも、静先輩にも……絶対に渡したくない!」
「薫ちゃん……」
「さっき……ちゃんに言われて……オレはきっと、今まで本気で欲しいと思って、兄貴に挑んだことなんて無かったんだって気付いた。いつも、全部、兄貴に奪われたって思ってたけど違う。本当は何も、奪われてなんていなかった」
薫ちゃんはそう言って、私を引き起こしてそのまま地面に座り込んだ。
「奪われたような気になってただけだった。勉強も運動も出来て、皆から期待されてて……ただ、そういうのが羨ましかっただけなんだ。オレはそれが悔しくて……兄貴に勝つことばっかり考えてて、ホントに欲しいものなんて考えたことなかった」
月光を浴びる薫ちゃんを見るのは、何度目だろう。
でも、今までの中で一番綺麗に見えるのは、気のせいなんかじゃない。
「でも……ちゃんに出会って……オレ、初めて本気で奪われたくない、負けたくないって思った。だから、力が無いのが悔しくて……怖かった。ちゃんが、オレ以外のヤツのモノになっちゃうかもって思ったら、どうしようもなく怖くて……それで、ちゃんに酷いこと……」
「薫ちゃん……」
「でも……そんなオレでも、ちゃんが好きって言ってくれて……何か、今までの全部、報われたような気がするんだ」
薫ちゃんはそう言って、優しく微笑んだ。
「オレはオレのままでいていいんだって分かったから。だからもう、間違えない。オレはオレらしく、生きていける」
「……うん!」
「これからも、ちゃんに迷惑掛けたりいっぱいしちゃうかもしれないけど……でも、ちゃんを好きって気持ちだけは誰にも負けないから! だから……」
薫ちゃんの顔が、そっと近付く。
「ずっと……オレだけを見てて。オレだけを好きでいて」
――――( ゚∀゚)・∵ブハッ!! な、何か入り込み過ぎてて、思わず突っ込むのを忘れたよ……!! やっぱり薫ちゃん可愛いvvvウザいなんて言ってごめんね!! お姉さんが馬鹿だったわ!! やっぱりヤンデレボーイは最高だよ☆ オレだけを好きでいてって!! もー何か、他キャラどーでも良くなってきたぁ……!!(単純)
真っ赤な、燃えるような瞳は、透き通るように輝いていて。
燻った、曇りの無い瞳に、私は何も言えなくて。
ただただ、頷いた。
「頷きだけじゃ……足りない」
薫ちゃんの唇が近付いてきて、思わず目を瞑った瞬間――――
――――ガスッ!
「なーに発情してやがんだ! このエロガキが!!」
「〜〜〜〜いっ……てえぇえぇ!!」
呆れ顔で(ちょっと青筋を立ててる?)私たちを見下ろす楓先生がいた。
――――( ゚∀゚)・∵ブハッ!! 薫ちゃん涙目!!(笑)楓ちゃんナイス!! そりゃー自分がせっかく薬草採ってきてやってんのに、何やってやがるこんちくしょー!! って感じだよね。
「ったく……ちょっと目を離したらすぐこれだから、エロガキは嫌なんだよ! ほらっ、さっさと立て。んで、とっとと身体見せろ」
「楓ちゃーん……もうちょっと空気読んでよ〜〜! オレ今、一世一代のマジ告白した瞬間だったのにさぁ!!」
「うっせー! お前の告白なんて知ったこっちゃねえんだよ!」
「楓ちゃんの鬼ぃぃ!!」
二人のやりとりを見ていたら、何だか気が抜けて。
私はいつの間にか、ベンチにもたれ掛ったまま眠ってしまっていた。
頬に当たる、優しい月の光を感じながら……。
――――三章 終
――――なんつーか、この主人公思った以上に男らしいよね……(笑)ていうか、薫ちゃんのこのルートだからなのかな? ……ていうか、これ、薫ちゃんエンドに行くの?? どーなの?? ていうか三章って一体何がテーマだったんだろ……。あ、あれか。各キャラ豹変の章ね☆←勘違い