――夏
 
 暑さに耐えながら、魔法陣研究に励む日々。
 魔法陣の楽しさを教えてくれたのは会長と皆。
 私は、まほ研にいる時だけ、明るい自分になれたのだ。

「会長ー! 見てくださいよ、コレ!」
「お! いいねー、納涼花火」

――ヒュー―ーーン……ドンッ……パラパラッ

「きゃー、凄いっ優子ちゃん!」
「ホント、お前やっぱ才能あるって」

 この頃には、魔法陣を組み合わせて、魔法の応用が出来るようになっていた。
 日々、魔法陣を研究して、新たな何かを創造することが楽しくて仕方なかった。
 この魔法陣も、最近創り出したもの。火と水のコラボを実現させた、自信作。
「っ…ふふっ……」
 思わず苦笑してしまう。
 私、今までは火なんて絶対扱いたくなかったのに……。
 今は火に対して、何の抵抗もない。むしろ、水と火を融合させてみたかった。

 でも……一番楽しいのは――

「優子ちゃん、オレこの魔法スゴイ好きだな」
 
 会長の笑顔を見ること。
 これが私の一番の楽しみ。








 合宿では、魔法陣の世界大会で発表する魔法陣の作成を行った。
 連日徹夜で、もうへとへと。
 しかし、それ以上に楽しかった。疲れなんて忘れるくらいに。

「優子、ちょっとおいで」
「愁先輩」

 会長は私をいつしか「優子」と呼ぶようになって。
 私も「愁先輩」と呼ぶようになった8月。

 先輩に連れられて行った先は、開かれた野原。
 夜空には満天の星。
 今にも星が降ってきそうだった。
「わぁ……」
 思わず感嘆の声を上げた私に、愁先輩は微笑んだ。
「キレイだろ? 昨日の晩見つけて、優子に見せたかったんだ」
「すごい……キレイ」
「もっとキレイなの見せてやるよ」
 そう言った先輩は、ポケットから紙切れを取り出すと、それを風に乗せて飛ばした。
「燃えよ――火球」
 呪文と共に、その紙切れが燃え上がった。
 しかし、燃え方が普通とは異なっていた。
 キラキラと煌きを帯びつつ、一向に灰になる気配がない。
 あ、あの図は……
「優子、あの魔法陣に向かって、何でもいいから水の魔法を放って」
「え?」
 戸惑う私を先輩は促す。
「いいからいいから。早く」
「え……えっと……」
 水の魔法……でも、火と水を混ぜるなんて、出来るのだろうか。相反する魔法は、下手すると爆発を引き起こす可能性があるのだ。以前私が作った魔法陣は、その反発を最小限に留めたもの。実際の魔法では成功するか分からない。あれは、理論と魔法陣上でしか成しえないものだったのだ。
 しかも水は、火に消されてしまう。私は先輩の行動の意図が分からなかった。そんな私を見兼ねたのか、先輩が苦笑しながら近付いてきた。
「優子、オレってそんなに信用ない? 大丈夫だよ、爆発なんてしないから」
 読まれてた……。
「信用してないわけないですよ。ただ、ちょっと心配なだけで……」
「心配性め。オレを信じなさい!」
 ここまで言われてやらないわけにはいかない。
 私は、あんまり威力の高くない魔法を放つことにした。
「じゃあ…………泡沫」
 水泡が、ゆっくりと燃える紙切れに近付く。
 そして……

――ドヒューーーーーンッ……

「!?」
「よし、成功!」

 炎と水がぶつかった瞬間。
 その二つは不思議な光を放ち、そのまま夜空へ駆け上がった。

――ドンッ……パラパラッ

 閃光を描くように駆け上がった不思議な光は、夜空の一番高い場所で飛び散った。
 無数の光と、星屑を撒きながら……。
 それはまるで、花火の中に宝石を混ぜたようだった。

「ぁ……」
 驚きのあまり声が詰まる。
 今のは……
「どう? オレの考えた魔法陣。今度の大会の作品候補に、是非入れたいんだけど」
「す、すごいです!! 絶対、優勝間違いなしですよ!!」
 興奮する私に、先輩は笑った。
「アハハ、優子に言われると、何だかホントに優勝できる気がしてくるよ」
「絶対できますって!! ていうかしましょう!!」
 先輩は笑いながら、その場に腰を下ろした。私も横に座る。
「……今の魔法陣、優子が前に創ってくれたのからヒントを得たんだ」
「あの時の……」
 前に創ったやつ。でも、あんなの先輩に比べたら、足元にも及ばない。先輩は、夜空を見上げながら続ける。
「あの魔法……火と水っていう、相反する属性同士じゃないと出来ないんだ。優子の創ったやつも、そうだったよな?」
「はい」
「相反する属性……でも、これにはきっと意味があると思うんだ。二つは相容れないけれど、逆にスゴイ力を生み出すことが出来るとオレは信じてる」
「そう…ですね……」

 何だか、私と先輩のようだと思った。
 火と水は、決して相容れない存在。反発しあって、交わることが出来ない。もっとも、先輩とは反発し合ってはいないけれど……。
 でも、どこか根本的な部分では、決して交われないのだと、漠然と感じている。
 それは、仕方の無いことだけれど……少し寂しい。

「オレさ……この力を利用して、新しい魔法を考えてみたいんだ」
 夜風が私たちを撫でる。降ろした髪が、緩やかに舞った。
「属性に縛られてたら、何も生み出せない。魔法は魔法。絶対に繋がる部分があると思う。オレはそれを見つけ出して、色んな可能性を探していきたいんだ……」
「……」
「それがオレの夢」

 そう言って微笑んだ先輩に、私は目を奪われた。
 魔法の話をしている時の先輩は、他のどんな時よりも生き生きしている。
 いつもは、大人びた表情をしている時が多いけれど、今はまるで子供のような顔をしている。
 でも私は、そんな先輩のこと……嫌いじゃない。むしろ……。
 
「……愁先輩なら、どんな夢も叶うと思います」
 視線をずらして呟く。

 何だか、先輩の顔を直視できない。
 こんなに純粋な目で見られると……とても気恥ずかしい。まるで、小さな子供と話しているような気になってくる。いや、そんなハズはないんだけれど。

 一人困惑していると、先輩が苦笑したのが聞こえた。
「……ホントにどんな夢も叶うかどうか……試してみようかな」
「え……」
「…どんな夢でも叶うなら、オレは――」
「先ぱ――」


――!!


 宙が回った。
 夜空が遠く見える。
 目線の先には、赤銅色の紅星……。



「愁……先…輩……」
 真っ赤な髪が、星の光を浴びて煌いている。
 影になっているはずなのに、その双方の瞳は燃えるように輝いていて……動けなかった。


「好きだ」

 風が止み、音が消えた。
 私は目を見開いたまま、動けない。
「オレの夢は……叶うかな…?」

 切なそうに笑った先輩。
 何だかこの人がすごく小さく見えて……思わず笑ってしまう。
 二個も年上なハズなのに……とても可愛く思えた。
 子供っぽい人は大嫌いだったけれど……今は……。

「言ったじゃないですか……どんな夢でも叶うって……」
 そう呟いた瞬間、先輩の肩越しを星が流れた。その星は、私の心に降ってきたのだった。