最終章<刑事篇>「僕ノ居場所」
あれから三日が経った。僕の生活は、前と変わりつつある。
まず、僕は完全に「特捜課」に配属され、籍も移された。麻衣と話し合った結果、今まで通り特捜課と捜査一課を行き来するような形には変わりないけれど。
次に、特捜課が全国展開されたことにより、他の拠点から連絡が入ることが増えた。北は北海道、南は沖縄まで主要都市にはほぼ配置された特捜課。そのうち、一緒に捜査することもあるかもしれない。さっきは、沖縄方言丸出しの男から連絡が入った。……全く理解できなかった。
そして、警視から連絡が入ることは減り、代わりに巴里からの連絡が増えた。これが一番の変化かもしれない。
秋の穏やかな日差しが、ブラインドの隙間から差し込んでくる。
すっかり冷たくなった風に、枯葉が舞っている。
そんな時、けたたましい音を立てて電話が鳴った。ディスプレイには「捜査一課」と出ているが……。
「巴里! 用の無い時は掛けてくるなって言ってるだろ!?」
受話器を握り締め、怒鳴り声を上げれば、その倍以上の文句が返ってくる。ふぅ、違ったらヤバかった。
「は? 誰もお前に電話してないんだけど。オレが用あるのは麻衣だけ! お前が出ること自体が間違ってんだって何度言ったら分かるんだよバカ」
「バカとは何だ! バカって言う奴がバカなんだよ!」
「黙れサル。とっとと麻衣に代われ」
「むっかーーー!!! 麻衣は今外出中ですが何か!?」
「早く言えよバカ! お前と無駄話してる時間なんて無いんだからさ!! あーあ、もう最悪。貴重な時間がお前のバカデカイ声で失われた」
「それは僕の台詞だよ! お前と話してる時間なんて、これっぽっちも無いんだよ!! もう切るからな! さよなら!!」
そう言った時には、既に電話は切れていた。くぁーーー!!! 死ぬほどムカツク!!!
怒りを鎮めながら、必死にキーボードを叩く。
大塚先輩から頼まれた、報告書を作成しているのだ。
僕はあの後、大塚先輩に言いに行った。麻衣にではなく、僕に報告書を頼んでほしいと。先輩は少し驚いた顔をしたけど、でもすぐに頷いてくれた。巴里に言われてからっていうのは不本意だけど、これで麻衣の負担も少しは減るだろう。この点だけは、アイツの言う通りだ。指摘されたのは悔しいけど、でもアイツがそれだけ色々考えてるってことの表れだと思えば、苦い思いは耐えるしかない。
でも……何だかんだ言いつつも、毎日が楽しい。巴里と憎まれ口を叩き合うのも、もう慣れた。そういえば、同性の友達(巴里の場合は敵だけど!)が出来たのは、とても貴重だ。
そして……麻衣。
巴里とのことが、気にならないわけじゃない。
麻衣がどんな話を巴里にしたのか、どうして巴里はあんなに晴れ晴れとしていたのか。考えれば考えるほど気になる。でも、聞けない……。それに、僕自身の気持ちに答えが出たわけでもない。全くもって、中途半端な状態だ。
……でも麻衣が、僕にとってかけがえのない存在であることに変わりない。
今、彼女に抱くこの気持ちが、恋か友情か問われたら僕は……
「ただいまー」
「お帰り。今、巴里から電話があったよ」
「あ、うん。携帯に掛ってきた」
そう言って、机の上に缶ジュースを置く麻衣。長い髪が、さらりと落ちる。
「これ……」
「義高好きでしょ? それ」
おしるこジュース、そう書かれた缶を見つめる。
知ってたのか、僕がこれを好きなのを……。
「ありがとう……」
「いいえー。報告書、お疲れ様です」
缶コーヒーを開けて、彼女は微笑んだ。
女の子がブラックコーヒーで、僕がおしるこジュース。
人はそれを笑うかもしれない。
でも、そんなの関係ないんだ。
ここは僕が僕らしくいられる場所だから。
麻衣がいるこの場所に、僕はいたいんだ。
大塚先輩に言われた言葉を思い出す。
――――大事なのは、そん時のてめえの気持ちだろ? 離したくないって思ったんなら、その気持ちが愛だろーが恋だろーが何だっていいんだよ――――
そうだ。恋とか愛とかそういうの全部ひっくるめて、僕は彼女と一緒にいたいんだ。彼女のことを、公私共に支えられる相手でありたいんだ。それ以上は考えなくてもいい。それが僕の答えだ。
「うん、美味い」
「へえ……美味しいんだ」
「麻衣も飲む?」
「……いや、遠慮しとくよ」
麻衣は苦笑しながら、何故かキッチンへと向かった。戻ってきた彼女は、アイスティーのパックと、牛乳パックを手にしている。アイスティーをグラスに注ぎ、ミルクと半々で混ぜ合わせる。どうやらロイヤルミルクティーを作っているようだ。
「ロイヤルミルクティーかぁ。僕結構好きなんだ」
「そうなんだ。じゃあ義高の分も作ろうか?」
「うん、是非」
ん……? 待てよ。
僕の分「も」って言わなかったか?
彼女は特に気にした様子もなく、アイスティーを作っている。
「ねえ麻衣、もしかして――――」
次の瞬間、僕の不安は的中した。
トントンと、ドアがノックされる。
「空いてまーす」
「ったく、無用心な事務所」
入ってきたのは、金髪碧眼。紛れも無く巴里だ。
「遠路遥々お疲れ様です。はい、ロイヤルミルクティー」
「サンキュー」
ジャケットを脱ぎながら、片手でアイスティーを飲み始める巴里。く……何か知らないけど、高そうな服着やがって。おまけにアクセサリーまでしてやがる。何か知らないけど非常に腹立たしい!
「ん……中々イケるよ、これ。もうちょっと甘くてもいいけど」
「それ、ガムシロ何個入ってると思ってるの……」
「何個?」
「3個よ」
呆れた表情で空になったグラスを受け取る麻衣に、しれっと「4個が基本」と返した奴。不本意ながら僕もそれは同感だった。
「これ、兄貴から頼まれた資料。今日中に調査して、明日には回答しろって」
「はーい。じゃあ、ちゃっちゃとやらなくちゃね。よいしょっと……」
「あ、おい。それ、結構重いよ!?」
「大丈夫―…………げっ、重っ!?…………えっ、あ、うわわっ」
「麻衣!」
「おい!?」
ぐらりと揺れる麻衣に、思わず手を伸ばす僕ら。
しかし、僕は忘れていた。手に、おしるこジュースを持ったままだということを……。
――――ばしゃっ!!
「……」
濡れた髪から覗く瞳が、怒りに燃えている。
白い肌が、おしるこ色に染まっている。ついでに高そうなシャツも、すっかり小豆色だ。
冷や汗を流しながら、机に倒れ掛かっている麻衣。どうやら資料を置くのに成功した模様。若干、震えているのは僕の気のせいだと思いたい……。
「……おい」
「あはは……これは、その……」
「……何か言い残したいことは?」
「ひぃっ……ちょ、まっ……!」
「――――Kill you」
「ひっ……う、うぎゃぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
神様はまだ、僕に試練を与え足りないらしい。
嗚呼、神よ。僕はそんなにも罪深い人間なのですか? 僕は何も悪いことしてないのに……。
でも……僕はこの時思ったんだ。
麻衣がいて、巴里と喧嘩出来るこの場所が、僕の本当の居場所なのかもしれないって。
そう考えたら、こんな中途半端な状態も満更悪くないと思えてくるから不思議だなぁ。
思わずへらっと笑ったら、巴里の鉄拳が頬にめり込んだ。
「何にやけてんだよ!!」
「うるさーい!! 嬉しかったら笑ったんだ!! それの何が悪いんだよ!?」
「お、お前っ……キモイこと言うな!!(汗)」
「何だとー!?」
「ちょっと二人とも!! 事務所で喧嘩しないでよーーーーっ(泣)」
秋の彩りを感じる今日この頃。
僕の生活は、すっかり色付き始めていた――――
――完――