Chapter5:Community of interests.





「不老不死の……実験体!?」

 聞き返して置いてなんだが、何て真実味の無い話なのだろう。
 不老不死なんて、夢のまた夢の話くらいにしか思ってなかった。
 人間はいつか死ぬ。それが早いか遅いかだけなのだ。それがこの世界の掟…のはず。

「……信じられないって顔だね。ま、それが普通の反応だろうけど」
「俺だって、信じたくねえよ。こんな身体になっちまったなんてな!」
「…………」
 ヴァンパイアは信じられて、不老不死が信じられないなんて自分でも笑ってしまう。でも、この広い世界。自分たちとは違う種族がいたっておかしくないかもしれないとは思っていた。だから、ヴァンパイアがいたと聞いても、それほど驚くことは無かった。
「嘘だと思いたいよ、僕も。でも……」
 椎名さんは一旦話を切ると、花瓶から薔薇を一輪抜く。そして……

――ザシュッ

「なっ!?」
 刺の部分で、自らの腕を傷付けたのだ。
 白い腕に、真っ赤な線が描かれる。
 慌ててハンカチを差し出そうとする私に、彼は首を振る。
「見てな……」

――スゥッ

「!?」
 彼が軽く手を握ると、傷は見る見るうちに消えて無くなったのだ。
 腕には、痕一つ残っていない……。
「……こういうわけ。嫌でも信じる気になっただろ?」
 私は無言で頷く。

 夢でも見ているような気分だった。
 手品か超能力と思いたかった。
 でも……これは違う。不老不死の力……。

「俺たちは中世ヨーロッパ時代に、この拷問を受けた。傍目には『悪魔憑きの儀式』と発表されたが、内容は薬物投与。俺たちは、その拷問の数少ない生き残りだ」
「死んだ奴の方が明らかに多かったからね……自分の悪運の強さを、あの時ばかりは呪ったよ」
「ああ……死んだ方が、よっぽどマシだったからな」

 これ以上無いくらいに、辛そうな、悲しそうな顔をしている二人に言葉を失う。
 信じられないような話。でも、事実彼らは今も、それに苦しめられているのだ。
 もう……何百年も……。

「不老不死……それに加えて『吸血化』だしね」
「吸血化……?」
「副作用だよ。あの時代、秘密裏で研究されていた不老不死の薬は、様々な副作用があった。結局は皆、それに耐えられずにショック死してしまうのがオチでね」
「でも稀に……吸血性を帯びることで、不老不死になった例があったらしい。……ネズミがだけどな」
「僕たちは、その希少なサンプルだったんだよ。吸血性を帯びる代わりに、永久の時を手に入れた、ね……」
「…………」

 今まで聞いた、どんな御伽噺よりも信憑性の薄い話。でも……色々なことを知った今となっては、彼らの話は全て真実と思える自分がいる。

「…………いつの間にか牙が生えて……筋力が異様に発達した。鼻が利くようになって、暗闇でも目が見えるようになった。遠くの物音も聞き取れるようになったし、生き物の気配にも敏感になった」
「特に血の匂いにはな……ハハッ、化け物になっちまったってことだな」

 自嘲気味に笑う二人。
 永久の時を過ごすのは、一体どんな気分なのだろう。
 まだ人生を語るには生き足りない私には、想像することも出来ない。

「僕たちは……この忌々しい、不死の身体を治す方法を探してるんだ」
「何百年も前からな……」
「治せるんですか……?」
 私の問いに、椎名さんは目を伏せる。
「……分からない。でも、薬が作れたってことは、何かしらのヒントがあるはずだろ? いくつもの時代を渡って探し続けて…………あの薬は、ずっと研究され続けてることが分かってる」
 三上亮が私へ視線を向ける。
「翔は……その薬を調査してたんだ」
「え!? お兄が……!?」
「アイツは、俺たちを助けるって……それで、何か嗅ぎ回ってるのが、組織にばれたに違いねえ……!」
 拳を握り締める彼。
 お兄ちゃんが……不老不死の薬について研究していた?!
 組織というのが何なのかはよく分からないが、おそらくは薬を研究している人たちのまとまりを指しているのだろう。確かに、そんな重要な情報が漏れてしまっては大変だ。いわゆる、口封じということなのだろうか……。
「さっき言った『ローズドロップ』。あれは……不老不死の薬に使われていた薬品の一つなんだよ。あの薬品は、表舞台には決して出ない秘薬。それを手に入れられたってだけでも、お前の兄貴は只者じゃなかったってことだね……」
「お兄……そんなことを……」
「俺のハッキングの技術をちょっと教えたら、アイツすぐに俺以上のハッカーになりやがった。あの才能は、普通の人間とは思えないぜ」
 呆れたような口調で零す三上亮。私も何故か、同じような口調で返してしまう。
「……確かに、お兄は何でも完璧でした…………」
 でも……ハッキングまでしてたなんて!
 進学だって、てっきり外語大に進むものだと思ってたら、突然薬科大に変えたお兄。あの時は訝しく思ったけれど……不老不死の薬の研究をするためというなら納得がいく。
「まあでも……あんなあからさまなメッセージを残したっていうことはさ、お前の兄貴は生きてる可能性が高いんじゃない?」
「え!」
 椎名さんの言葉に、思わず顔を上げる。
 お兄が死んだとは思いたくなかったけど、てっきりもう会えないと思ってしまっていた。
「ああ……俺もそう思う。そもそも、遺留品が残ってる時点で、翔は無事でいる可能性が高い」
「確かに……」
 もし……もし殺されてしまったのだとしたら、兄の物をその場に残していくはずが無い。必ず処分するはずだ。しかし今回、兄の遺留品はしっかり残ったままだった。しかも、超重要な「ローズドロップ」……この名刺まで残されていた。これが意味するのは……。
「……もしかしたらお兄は、貴方達をおびき出すための人質なんじゃないでしょうか?」
 何気なく呟いたつもりが、意外と大きな声で告げてしまっていたようで。二人は目を見開いて、私を見つめている。
「あ……ええっと……その……。これは私の推測に過ぎないんですが……もし、逆にですよ? 組織……というか、その薬を研究している人たちが、貴方たちを探しているとしたら……そうも考えられるんじゃないですか?」
 私の言葉に、静かに首を振る椎名さん。
「……それは多分無いね。僕たち、あの時代の動乱に紛れて、自分たちに関する全てのデータは処分してきたから。それから先のどの時代においても、公式なデータは全て処分したし」
「……国家機密レベルでは、ちょっと手が届かなかったけどな」
「……まあね。もしかしたら、処分しきれてないものもあるかもしれないけど」
「そうですか……」
 じゃあ、単にお兄は、首を突っ込んだから捕まっただけ?
 でも……やっぱり何かが引っかかる。
 これだけじゃ無い気がする。
 偶然にしては、あまりにも出来すぎているし、そもそも、何故突然お兄がそんな薬の研究をするのかも分からない。
彼らを……ヴァンパイアを助けたいから、それは分かる。でも、何で突然ヴァンパイアなのだろう。何故彼、三上亮がヴァンパイアだと分かったのだろう。どうして……。

「ま、用心するに越したことねえからな。公には姿を隠して生きてるっつーわけだ」
「それで……ホストクラブなんですか?」
 姿を隠している割には、目立っているような……と言いかけて思い留まる。この店に辿り着くまでの労力を思い出したのだ。
ここは、知る人ぞ知る悪魔の巣――――もとい、吸血鬼たちが巣食う、楼上だった……。
「ホストクラブだけじゃないよ。僕たちはその時代、その時に合った職業に就いてるだけ。偶々この時代、裏の世界が知れそうな職業がコレだったってだけ。ま、容姿的にもホストは向いてるだろ?」
 にっこり笑った椎名さんに、私は曖昧に微笑む。
 確かに……ホストは天職だと思うけど……。

――――コンコン

 そんな時、ノック音が響く。
 しばらくの間があった後、扉が開く。――水野さんだ。
「椎名、フロアは片付いた」
「OK。今行くよ」
 椎名さんはソファーから立ち上がり、部屋から出て行く。それに続くように、三上亮も立ち上がる。
「ほら、お前も来いよ」
「え、あ、はい……」

 階段を上る途中、彼の後姿を見ながら思う。
 お兄を親友だと言い切るこの人は……どんな人なのだろう。
 そして……この人の知るお兄は、どんなだったんだろう。

 私の知らないお兄を、この人は知っているに違いない……。



 フロアに出ると、以前のように従業員全てが集合していた。
 壇上に立つのは渋沢さん。彼は私たちの姿を見つけると、軽く頷いた。それを合図に、椎名さんが前に出る。
「……お前らに、大事な話がある」
 場の空気が、瞬間にして張り詰めたものに変わる。
「実は……俺たちの秘密、そこにいる……に全て話した」

――ざわざわっ

「えーっ!? 椎名、それマジで言ってんのー!?」
「ホンマかいな!? それって、大変なこととちゃうの!?」
って、あの女か?」


 一気にざわつく面々。そして、全員が一斉に私に目を向ける。
 うっ……怖い……。

 ざわついた場内を諌めるように、椎名さんが声を張り上げる。
「静かにしろ! もちろん、理由あってのことだ。――――若菜、真田、三上。前に出て、事の次第を説明しろ」
 名指しで呼ばれた三人は、おずおずといった様子で壇上に上がる。三上亮だけは、気だるそうな雰囲気のままだったが、結人と一馬は顔面蒼白、かなり狼狽した様子だ。

「あいつら、何かやらかしたのか?」
「三上のダンナが呼ばれるなんてなぁ。一体何しよったんか、めちゃ気になるわ〜」


 まずは、狼狽したままの結人と一馬が、私の事をちらちら見ながらさっきのことを告げた。
「うわ……そりゃーマズイよ二人とも! タクにいっつも言われてたじゃん!」
 今度も一際大きく反応したのは、黒髪短髪の青年。目の下にホクロがあるのが特徴的だ。
 ぴょんぴょん跳び跳ねながら捲し立てる姿は、犬っころのような印象を与える。
 結人とはまた違った明るさ。何と言うか……尻尾が見える。従順なワンちゃんという感じ。
 壇上に立つ二人は、俯いたまま無言で立ち尽くしている。すると、椎名さんが二人に言う。
「お前らは注意力が足りなすぎなんだよ! 何度も言ってるだろ? ていうか毎日言ってるよな? それなのに、どうしてそんな初歩的なミス今頃犯してるわけ!? お前らが捕まったら、僕たちまで巻き添えくらうんだよ! そんなことも分からないとか言わないよな!?」
「「はい……」」
「正式な処分は渋沢から下ると思うけど、お前らは罰として一週間薔薇禁止!」
「「はい……」」
 しゅんと項垂れて、静々と壇上から降りる二人。
 何だかとても悪いことをしたのだと、今更ながら思う。何と言うか……お兄の……いや、椎名さんのマシンガントークの餌食になってしまったことに、お悔やみ申し上げます。あぁ……お兄のマシンガントークを思い出してしまった……。
 というか、薔薇抜きって……人間で言う、飯抜き? などとどうでもいいことを考える。

「自業自得でしょ」
「「うう……英士……」」


 英士との会話を聞いて、心の中で二人に謝る。
 悪気は無かったのだ。でも、あれを見たおかげで、秘密を知ることが出来た。彼らには感謝の気持ちでいっぱいだった。
「……次、三上」
 椎名さんの声に、嫌そうな表情を浮かべながら壇上に立つ三上亮。
「……別に申し開きなんてするつもりねえよ。ただコイツに、血ぃ吸ってるとこ見られたってだけだ」

「「「「!?」」」」

 場内は騒然となった。そりゃそうだろう……と、私は他人事のように思っていた。
「おい、三上。どういうことなのか説明しろよ。俺たちにはさっぱりだぜ?」
 色黒の青年が言う。ツンツンの髪の毛と、着崩したスタイルは、何とも野性味に溢れている。ワイルド系と言うのだろうか? とにかくそんな感じだ。
「あぁ? だからそれだけっつってんだろ」
「それだけでは意味が分からないと言っている。きちんと順序だてて説明しろ」
 抑揚の無い声で淡々と告げるのは、釣り目がちな青年。何ていうか、白衣が似合いそう……などと、どうでもいいことばかり考えてしまう。
「ちっ……めんどくせえな。おい、翔の妹!」
「は、はいっ?」
「お前が説明しろ」
「えぇっ!?」
 突然話を振られて、慌てふためく。
 ちょっと待ってよ!? 何でそういう流れになるの!?
「……三上よりは適任かもね。頼むよ」
「し、椎名さんまで……」

――……マジですか!?

 でも、お兄の頼み(違う)を断れるはずもなく……。気付けば私は、壇上に立っていた。
 目の前には、沢山の目…………。
 眩暈がして足元がぐらつきながらも、何とか踏みとどまる。

「え……ええっと…………です……?」



 私は、時々つっかえながらも、何とか自分のこと、聞いた話の全てを話した。
 最初のうちは、好奇心だけが目立った彼らも、段々と自分の昔を思い出していったようで……。
辛そうな表情を浮かべる者、悲しそうに俯く者、憎悪剥き出しの瞳を輝かせる者など、様々だった。
「…………以上が、私が聞いた全てです」
 そう告げると、皆、思い思いの表情を浮かべた。さっきまでは顔面蒼白だった結人や一馬も、今度は違った表情を浮かべ、私を見ている。
「……サンキュー。もういいよ、下がって」
 そう言って私の前に出る椎名さん。
「……コイツが言った通りだ。翔は、俺たちの知らない情報を掴んでいる可能性が高い。そして、それは紛れも無く俺たちには必要不可欠な情報だ」
 神妙に頷く一同。
「『ローズドロップ』……。俺たちが、つい最近手に入れた情報……それを、コイツの兄貴は既に手に入れていた。そこからも、ソイツが只者じゃないってことは、お前らにも分かるはずだ」
 ここで話を切った椎名さんは、私の腕をぐいっと引いた。よろけながら、何事かと見上げると、彼はにこっと微笑んだ。

「――――というわけで、お前と俺らの目的は、見事一致したってわけだ」

 ……そうか。
 何であの時、私が殺されなかったか分かった。
 気まぐれでも何でも無い。
 この人は、あの瞬間に勘付いていたのだ。

――――私と彼らの“利害が一致”することに…………

「…………その笑い方、お兄そのものなんですって……」

 不敵な笑み……とでも言うのだろうか。とにかく、挑戦的な勝気な微笑みを浮かべる椎名さん。
 私も、お兄にそうしたように……強気で返す。

「……明日からは、顔パスで入店が可能ってわけですね?」
「フフッ……お前は俺たちの“ファウスト”様だからね」
「魂まではあげませんけどね」

 悪戯っぽく微笑めば、椎名さんも苦笑する。それを見た皆も、近くに集まってきた。

、改めてよろしくね」
 英士が白薔薇を一輪、私に差し出す。
「英士……ありがとう」
それを受け取ると、彼は優雅に微笑んだ。
! 一時はどうなることかと思ったけど、結果オーライだよな!」
「結人……ごめんね、私のせいで……」
「いや、のせいじゃない。それに、逆に俺たちにとっても良い事があったしな」
「一馬……」
 二人がそう言ってくれて、気分が一気に楽になる。良かった……。
「何や何や! この可愛い子がちゃん!? 僕も話したい〜!」
 この人は確か、この前一日の売り上げトップ3の……
「あ、僕は吉田光徳。 ちゃん、仲良くしたってやv」
「こ、こちらこそ宜しく。吉田君」
「クン付けなんて、寂しいことしないでや〜。呼び捨てで構わへんって!」
「じゃ、じゃあ……光徳」
「う〜ん……! 何かめっちゃ新鮮な響きやv 若い女の子に名前呼んでもらえるんて、やっぱ違うわー!――――いたっ!?」
「アホ! ノリックはがっつきすぎや! 、俺のこと覚えとるかー?」
「シゲ! もちろん覚えてるよ」
「これからは毎晩お前のために、美味い飯作ってやるさかい! 楽しみにしとってな〜v」
「何すんの藤村! 僕がせっかくちゃんと楽しい一時を過ごしておったんに!! 邪魔せんといてー!」
「あははは……」

 関西弁の吸血鬼……一体どうやったらそうなるんだろうか、などと考えてしまった。
 まあもう、何でもありな世の中になったということなのだろう(違うと思う)
 ふと視線の先に、ワンちゃん……もとい、さっきの犬っころ青年がいた。
 目を輝かせ、尻尾を振り振り……しているはずもないのだが、幻覚が見える……。
「ええっと、貴方は……」
「あ! やっと気付いてくれた!! 俺、藤代誠二! ちゃん、俺とも仲良くしてねーーー!!」
 そう言いながら、がしっと私の手を握り振り回す彼。
 握手……のつもりなのだろう。
「う、うん……宜しくね、誠二君」
「宜しくーーーっ!!」
 ますます激しさを増す握手(?)。しかし、ぴたっと彼の動きが止まる。
「誠二、が困ってるよ。いい加減、その手離したら?」
「ご、ごめんちゃん!」
 何故か怯えたように手を離す彼。見れば隣には竹巳が立っていた。
、誠二って呼んであげて。そっちの方が喜ぶと思うし」
「タク〜! ありがとーーーーーvvv」
「……離れて。暑苦しい」
「あはは、誠二と竹巳って、面白いコンビだね」

 ふと視線をずらすと、少し離れたところに、コック姿の二人組が見えた。私と目が合うと、びっくりしたように視線をそらされてしまった。
「何や、タッキーとポチ。何してるん? こっちへ混ざりー」
 シゲが手招きすると、恥ずかしそうに二人は寄ってきた。
「は、初めまして。僕は風祭将と言います……」
「クスクス……将君ってば、顔真っ赤だよ?」
「えぇっ!?////」
 顔を真っ赤にして俯く風祭君。
 あぁ……何かちょっと、一馬と似たものを感じるわ。でも、こっちは天然な感じ。
「初めまして、風祭君。です。えっと、貴方は……」
「僕は杉原多紀。シゲさんと将君とあと……――――」
「シーーーゲーーー!! お前、俺をわざと冷蔵室に閉じ込めたやろーーー!? 殺す気かーーーーー!?」
 突然の怒鳴り声に驚くと、目の前には顔を真っ赤にした金髪短髪の青年が息を切らして立っていた。
「何やサル、もう出よったんか。つまらんのー」
「何ほざいとんねんアホが!! おかげで凍死するとこやったやん!!」
「アホはお前や! 安心せい。俺らは死んでも死なれへんからv」
「ぬぉー!! これはものの例えじゃ!! くーーーっ、今日という今日は、絶対許さへんっ…………って、誰や、アンタ?」
「気付くの遅いっちゅーねん!!」
「ぷっ……」
 素晴らしいボケと突っ込みに、思わず吹き出した私。ていうか、何で関西弁が三人もいるんだよ? と思ったが、やっぱりこれも何でもありな世の中になったから、ということで片付けておく。
です。ええっと……」
「俺か? 俺の名前は井上直樹や。俺のことはなお――――」
「サルでええってv サルって呼んでやってや!」
「シゲぇぇっ!!」
「やーいサル! こっちまでおいでーーーっww」
「ムキーーーーーッ!!!」

 直樹……と無難に呼ぶことにしよう。本当に、関西人の何違わぬボケ突っ込みぶりに、心底感心した。
「ええと、杉原君はコックさんなの?」
「多紀でいいよ。そう、僕たち四人は厨房担当なんだ」
「あ、ぼ、僕も将で……」
「あ、うん。将君ね。私の事もでいいから」
「は、はいっ」
 何だか弟といるみたいな気分になり、思わず笑みが零れた。
 でも、厨房四人組も、ホストの面々に負けず劣らずな容姿。……不老不死になると、皆美形になるのだろうか。それとも、なる前から美形だったのか。そんな下らなくも、乙女としては気になることが頭を蠢いていた。

「クッ、早速大人気だな」
 振り返ると、ニヒルな笑みを浮かべた三上亮と渋沢さんがいた。
「オーナーの渋沢克朗だ。きちんと話すのは初めてだったな」
「あ、です!……ええぇと、克朗さん?」
「呼び捨てで構わない。一応ホストだからな」
「は、はあ……」
 爽やかな笑みを浮かべる克朗。……こういっちゃ何だが、かなりうそ臭い。胡散臭い。
「よお、妹。俺様のことも、呼び捨てにさせてやってもいいぜ?」
 偉そうに顔を近づけてくる三上亮。
「ちょっと! 顔近づけないでよっ、三上亮!!」
「呼び捨てってお前……フルネーム呼びかよ」
 そう言えば私、この人のこと「三上亮」ってフルネームで呼んでた気がする。ま、どうでもいいけど。
「亮様って呼ばせてやるよ、妹」
「はぁっ!? 何で様付けなんてしなくちゃいけないのよ! それに、私は! 妹って名前じゃありません!!」
「ククッ……気の強いところも、まさに翔の妹だな」
 人を馬鹿にしたこの態度。
 本当に腹が立つ。ていうか一体何なの!? どうしてこんな奴とお兄は意気投合なんてしたのか理解不能!!
 ふいっとそっぽを向く私に、笑いを押し殺している三上亮。この男……本当にむかつくんですけど!
!」
 突然名前を呼ばれ、きょろきょろとする。すると、少し離れたところから椎名さんと色黒の青年、白衣が似合いそうな青年が手招きしているのが見える。
 私はまだ笑い続けている三上亮に、あっかんべーをして見せると、お兄のもとへ……じゃなかった、椎名さんたちのもとへと駆け寄った。

「よお、さん? 俺は黒川柾輝だ。ま、よろしくな」
「不破大地だ。お前の兄は、俺の研究対象として申し分ない。よろしく頼む」
「は、はあ……」
 何だか後半はよく分からなかったけど、とりあえず挨拶をする。
でいいよな? 俺も柾輝でいいぜ」
「俺も大地で構わない」
「柾輝に大地……宜しくね」
 考えてみれば、ホストだし、皆名前で呼ばれる方が慣れてるのかもしれない。
「ほら、挨拶が済んだら明日の配置図の確認でもしてこいよ」
「へいへい」

 椎名さんにどやされ、柾輝と大地は皆のもとへ戻っていった。
 椎名さんと二人っきりになっちゃった……。

「椎名さん、あの……」
 この人には、色々お礼を言わなくてはならない。理由はどうであれ、彼は私を二度も助けてくれたのだ。
 一度目は街で。二度目は、私を生かしてくれた。

「……翼」
「……へ?」
「翼って呼べよ」
「……は、はい」
 何故か照れる私に、彼は意地悪そうな瞳を向けている。
「あと、敬語もなし。僕、お前と同じくらいの歳で、時が止まってるから」
「……分かった」

 お兄と同じ顔の翼。
 でも、何故かこの時は、翼とお兄が被ることは無かった。

!!」
「え……」

 いつの間にか、皆が翼と私を囲んで立っている。
 すると、翼も一歩下がってその輪に混じった。中心で立ちすくむ私。
 何、この図は……。
 あたふたする私に、クスっと笑みを零した翼。

――――パチンッ

 指を鳴らす音が聞こえたと思った瞬間、私を取り囲んでいた皆が、一斉にその場に片膝を付き跪く。
 驚きで固まっていると、すっと三人が前へ出てくる。
 三上亮、英士、そして……翼だった。
「えっ……あの……」
 三人はそれぞれ、青薔薇、白薔薇、深紅の薔薇を手にしている。そして、お互いに目配せをすると、三上亮が口を開いた。

「ファウスト……私たちは、貴女を待っていました」

 深い礼を取りながら、青い薔薇を私に差し出す。それを受け取ると、今後は英士が一歩前へ出る。

「我々が、必ず貴女をお守りいたします」

 白薔薇を差し出しながら、優雅な礼を取る。私は、声も出せずに、ただその薔薇を受け取る。
 二人の薔薇を受け取ると、最後翼が私の前へ立つ。
「翼……」

 どうしてだろう。
 今まではお兄にしか見えなかったのに、今はお兄とは似ても似つかないような気がしていた。
 内面から滲み出るオーラのようなものが、全然異なっているから……。

 呆然と見つめる私の手を取った翼は、その場に片膝を付く。そして、私を見上げながらゆっくりと告げた。

「メフィスト・フェレスの名にかけて……今ここに、誓いを」

 手の甲に、触れるような優しい感触。
 翼の唇が触れたのだと気付いた時、私はいつの間にか真っ赤な……真紅の薔薇を手に持っていた。



 ファウストが、悪魔メフィストと交わした契約は、冒険の手助けをさせる代わりに、その魂を捧げるというもの。
 私が欲しいのは、兄の無事な姿。手に入れたのは、沢山の仲間たち。
 彼らが欲しいのは、時の呪縛からの解放。手に入れたのは、その鍵。


――――利害一致により、私たちの契約は、今ここに成立したのだった。





 To be continued――――PartV?


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利害一致って、何か愛もドラマも無い感じですが(汗)結構いい響きだと思います。所詮は皆、自分のために動くもんですよ(やさぐれ)
 人のために……なんて言っても、結局は人のために働く自分が好きなだけだ! と冷めたこと言ってみます。でもまあ、それだけじゃないことも、たまにはあるかもしれませんね……。
 さて、ヴァンパイアと契約を交わしたヒロイン。眠れぬ夜が続く予感……!?