「よしっ。掃除・荷造り完了!」
 年末ばりの大掃除を終えた私は、大きなスーツケースに寄りかかった。

 我ながら、素晴らしく綺麗に片付けたと感心する。
 塵一つ見えない。

「……お兄ちゃん」
 机に置かれた写真立て。
 そこでは、両親と私、そして兄が微笑んでいる。

 10数年前の色あせた写真が、私に語りかける。

 こんな風にまた、家族四人笑える日が来るのだろうか?
 ……もう来ないかもしれない……
 
――――いや、絶対に来る。

 皆今頃どうしてるの? 無事なの?
 ……無事じゃないかもしれない……もう会えないかもしれない…………
 
――――いや、絶対に無事。絶対に会える。

 自問自答しては、相反する答えが浮かんで消える。
 ……考えても仕方ないことだと分かっていても、やっぱり考えてしまう。

 そして、一番の不安はやっぱり……

――――私は生きて、此処に戻ってくることは出来るのかな……?





 
Good-by in the remembrance...





「有紀、話があるの」
「……

 カフェテラスに向かった私たちは、無言のまま俯き合っていた。
 有紀はもう、私が言いたいことに気付いているのだろうか。

「……クス、何だかこれって、別れ話するカップルみたい」
 沈黙を破ったのは有紀だった。
 有紀はおかしそうに笑みを零す。
「……確かに。あはははっ」
 つられて微笑んだ私に、有紀はため息をついた。
「……やっと笑ったわね、
「え……」
「最近、アンタの笑った顔なんて見た記憶なかったもの……」
「有紀……」
 有紀はコーヒーを口に運ぶと、淋しそうに微笑んだ。
「……行くんでしょ? どっか遠くに」
「……」
 無言で頷く私に、有紀は「やっぱりね」と呟くと、鞄の中から何かを取り出した。
「これ、私から餞別」
 手を出すように促されて受け取ったそれは、小瓶に入った薔薇のポプリだった。
「……いい香り……」
からはいつも、薔薇の香りがするんだもん。何だか私まで、薔薇にはまっちゃいそうよ」
「有紀……私……」
 有紀は静かに首を振る。
「……いいよ、何も話さなくて。多分私じゃ、力になれることなんて無いだろうしね。それにアンタには、守ってくれる人たちがいるんでしょ?」
「……うん」
「ふふっ、最近、変わったなぁって思ってたの。前までは、翔さんしか見てなかったみたいだし、翔さんがいなくなってからのは死んだみたいだったし……。でもそれが、半年くらい前から変わった。何ていうか……すごく大人になった」
 有紀は空を見上げる。
「だから思ったの。きっと誰かが、アンタを支えてくれてるんだろうなって」
 風が私たちを優しく撫でる。
 春の穏やかな風に、髪が踊る。
「……私は、有紀がいてくれたからやってこれたんだよ」
……」
「お兄がいなくなって、誰も頼る人がいなくなって私……本当に死にそうだった。でも、そんな私をいつも傍で気遣ってくれたのは……有紀だった。私、有紀がいなかったら今……ここでこうしていられなかった」
「……」
 黙ってしまった有紀に、私は言った。
「ねえ有紀。私とずっと……友達でいてくれる?」
「……当たり前でしょ!」
「ありがとう……」
 
 有紀、本当にありがとう。
 私は絶対、有紀のこと忘れない。

 たとえもう……会うことが出来なくなってしまっても……。

「必ず帰ってきなさいよ! 早くしないと、先に卒業しちゃうからね」
「うん……」
 有紀の笑顔を胸に刻みつけて、私は軽く頷いた。





 そして……

「May I see your passport, please?」
「Here it is」
「Okay. Have a nice stay」
「……Thanks」


 玲さんと会ってから半年が経った今日、私は日本を経つ。
 
 目的はただ一つ。
 全ての悲劇に、決着を……。

−っ、こっちこっち!」
 声のする方を振り返れば、闇を纏う美しき悪魔の化身たち。
 黒いスーツに、黒いスーツケース。
 空港内でも一際目を引く井出立ちに、思わず苦笑してしまう。

「……、本当に良かったのか?」
「一馬……」
「お前が無理することは無いんだぜ? 俺たちの問題だし、お前の兄貴だってお前が危険な目に遭うのは望んでないだろうし……」
 気遣うような瞳を揺らす一馬に、私は微笑んだ。
「……ありがとう一馬。でも私は大丈夫! お兄を無事に助け出したいのは私の問題だし目的よ。危険な目に遭うのは、私だけじゃないもの」
 それに……と付け加えて、私は一馬の手を取った。
「一馬たちがいてくれるもん! だから大丈夫だよ」
「……あ、ああ……/////――――いでっ!」
 真っ赤になって俯く一馬を、結人は羽交い絞めにし、英士は肘でつつく。
「かじゅまのくせに、一人でいい思いしてんじゃねーよ!」
「……油断ならないね、一馬」
「いててててっ……別にいーだろ!!/////」
「あはははっ」

 この人たちに出会って私は……笑えるようになったんだ。
 淋しさを埋めてくれる彼らの優しさに、私は何度救われてきたのだろう。

、荷物持ったる。貸してみ」
「えっ、大丈夫だよ、これくらい」
「ええからええから。たまにはシゲちゃんにも頼ってくれへんと。寂しいわ〜」
「う……じゃ、じゃあお願いするね」
「よっしゃv 任しとき」
「あ、シゲ何抜け駆けしとんねん!? 俺がの荷物持つって言ってたやろーが!!」
「サルはサルらしく大人しくしとき」
「むっきーーーーーー!!」
「……何や君ら、えっらい目立っとるけど」
「あはは……」

 たわいもない会話が安心する。
 仲間がいる、一人じゃないって思えるから。

ちゃーん! これ新製品のスナック菓子なんだ! 飛行機の中で一緒に食べようね〜vvv」
「バカ代! 遠足に行くんじゃねーんだ。菓子とか持参してんじゃねーっつーの!」
「誠二、機内に菓子は持込厳禁なんだよ。知らなかった?」
「え!? そうなの?? そんなぁ……:;」
「そうだよ。だからこのお菓子は没収だね」
「うぅ……ちゃんごめんね! 俺、そんなこと知らなくて……:;」
「……いや、むしろ私も知らないんだけどなぁ(汗)」
「笠井……藤代をからかうのもほどほどにしておけよ」
「おい渋沢……お前、何でそんなに笑顔なんだ……?」

 冗談を言える環境が、酷く心地よい。
 お互いを理解し合えることが、何よりも嬉しい。

……その、学校は平気なのか?」
「うん。一応、海外に短期留学するってことで了承してもらえたの。幸い、語学の単位は全部履修済みだったから……」
「そうか……ごめん、こんなこと聞いて」
「ううん。心配してくれてありがとう、竜也。でもね……こっちにすぐ戻れなくても、いいかなって思ってるんだ。何年かかっても、それで全てが終わるなら……大学は逃げないしね」
さん……大丈夫ですよ。きっとすぐに戻れます。いや……戻りましょう!」
「うん。そうだよ。大丈夫、ちゃんは一人じゃないしね」
「将君……多紀……」

 私のことを、本気で心配してくれる。
「家族」のような関係が、私に安らぎを与えてくれる。

、顔が緩んでいる。どうかしたのか?」
「え!? ゆ、緩んでた??」
「ああ。顔の筋肉が弛緩していたようだが」
「大地……何か嫌なんだけど、その言い方(汗)」
「ぷっ……不破が言うと、本当にそう見えてくるから不思議だよな」
「もうっ、柾輝まで! そんなに締まりの無い顔してませんよーだ」
「いや、してる」
「Σ(|||´■`|||;;Σ)ガーン!!!」
「くくくっ……、お前って面白れえ女」

 そして……

「ほらお前ら、放送掛かってるよ! いつまでそうやってるつもり? 早く行くよ」

 お兄の代わりを黙って務めてくれていた、心優しい吸血鬼。
 時には厳しく、時には優しく。
 家族のように、友達のように、人生の先輩のように……私を支えてくれる人。

 皆が私の宝物。
 皆という存在が、今の私の全て。

「翼……」
「うん?」
「私……頑張るから。絶対に皆を救ってみせる」
……」

 私が本当にファウストになれるのなら……私はメフィストを救いたい。
 守ってもらうだけじゃなくて、私も皆を守りたいんだ。

 だから今、私は祖国にさよならをする。
 もし此処に戻ってこられなかったとしても……後悔はしない。
 自分で決めたことだもの。

ちゃん、早くー!」
「……うん!」

 思い出はいつだって、胸の中にあるから……。




to be continued...

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大変お待たせいたしました!吸血鬼輪舞曲、最終部、連載開始ですv今回は例の如く序章なんですけどね……。第三部から半年後……春先?のお話です。様、ついに決意したみたいですね。大学はほぼ休学状態ですが……(;´▽`lllA``こっからはもう、ラストに向けて突っ走っていきます。更新は停滞気味ですが、是非とも見守っていただけると嬉しいですm(。_。)m
※国内なのに、何故英語?と思われるかもしれません。あれは完璧桃井の趣味です(苦笑)いや、一応日本だけどパラレル世界の日本だし何でもありです。様は外語大生な設定だし♪