とある街の片隅に、ひっそりと佇む廃墟ビル。
 ――――御影探偵事務所。
 ここの探偵事務所が扱うのは、世に蔓延るあらゆる謎。
 俗に言う、都市伝説と呼ばれる類もの。

 そして今日もまた。
 袋小路に迷い込んだ人間が、彼に助けを求めてやってくる。

 噂という謎を、手土産に……。



ファイル004 『チェーンメール』



「ねえねえ、詩子。最近噂の『神隠しメール』って知ってる?」
 お昼ご飯を食べている時、突然友人の香奈が言った。
 聞き返すより早く、一緒にお昼を食べていた梨絵・真希が「知ってる知ってる!」と騒ぐ。
「神隠しメール? 何、それ」
「えー? 詩子、知らないの?? 超有名じゃん」
 真希が信じられないというような口調で、携帯を差し出した。画面には、どこぞの携帯掲示板が映っている。
「ほら見て、ここ、このスレッド」
 真希が指差すスレッドのタイトルは『神隠しメールの噂』だった。
「詩子はこういうの疎いからなぁ。ほら、あれよ。いっつも回ってくるチェーンメールの一種!」
 香奈が言う。
「これは本物なんだって! 絶対ヤバイやつだよ!!」
 梨絵が興奮気味に捲くし立てると、真希が神妙な顔つきで私を見つめた。
「そうだよ、詩子。この『神隠しメール』って、本当に呪われたメールらしいんだ。何でも、隣の桜花学園の生徒が、行方不明になってるって!」
「なんかね、行方不明になった子って、『神隠しメール』が来ても無視して誰にも送らなかったんだって。そうしたら、しばらくして消えちゃったって……」
「……そのメールって、どんな文面なの?」
 私の言葉に、待ってましたとばかりに真希が携帯を見せる。その顔は心底楽しそうで……何だか本当に怖がっているようには見えない。むしろスリルを楽しんでいるようだった。



件名:Fw: Fw: Fw: Fw: Fw: Fw: Fw::神隠しメール
――――――――――――――――――――――――――――
このメールは『神隠しメール』です。
このメールは、ただのチェーンメールではありません。
本当に、呪いがかかっています。
これを受け取ってしまった貴方は、呪いにかかってしまいました。
呪いを解くには、24時間以内にこのメールを3人に回して下さい。

このメールを無視したある女子高生が、先日から行方不明になっています。
……貴方が『神隠し』に遭わないことを、心よりお祈り申し上げます。



――――END――――



「このメール……どうしたの?」
「あ、これはサイトに載ってたやつだよ。私に送られてきたんじゃないから平気」
 真希はそう言って、携帯を閉じた。
「なんかさ、すっごい典型的なチェーンメールなんだけど……逆に淡々とし過ぎてて怖くない?」
「ね! 『殺される』とかじゃなくて『神隠し』ってとこが、何とも不気味ぃ」
「チェーンメール……」

 チェーンメールなんて、最近ではちゃんと文面を読んだ記憶も無い。
 ほとんどが『不幸のメール』系だったし、一々送るのも面倒くさい。今時、チェーンメールで怖がったりする子なんて、いないって思ってた。
 だから私は、この三人の話を「ただの世間話」くらいにしか捉えていなかった。あの時、までは……。



「じゃあねー詩子」
「うん、また明日」
 香奈たちと別れた帰り道、突然携帯が鳴った。見ればメールが届いている。
「……知らないアドレスだ」
 見たことの無いアドレスから届いたメール。何の気なしに開いた私は、一瞬だけ固まった。

『神隠しメール』

 知らないアドレスから届いた、あのチェーンメール。
 いつもならすぐにでも消去するはずが、何故だか今回は躊躇われた。
「誰よ……こんなの送ってきたの……」
 大方、アドレスを変更した友人の誰かだろう。
 何となく、このまま消すことも出来ずに、私はそのまま家に帰った。






 ベッドに転がりながら、携帯を見つめる。


件名:Fw: Fw: Fw: Fw: Fw: Fw: Fw::神隠しメール
――――――――――――――――――――――――――――
このメールは『神隠しメール』です。
このメールは、ただのチェーンメールではありません。
本当に、呪いがかかっています。
これを受け取ってしまった貴方は、呪いにかかってしまいました。
呪いを解くには、24時間以内にこのメールを3人に回して下さい。

このメールを無視したある女子高生が、先日から行方不明になっています。
……貴方が『神隠し』に遭わないことを、心よりお祈り申し上げます。



――――END――――



 所詮はただのチェーンメール。作り話、噂でしかない……はず。
 でも、何となく不気味だ。
 
 もしも……もしも噂が本当だったら?
 本当に神隠しに遭ってしまったら?

 こんなのただの噂に過ぎないし、本当に『神隠し』に遭うはずも無い。
 でも、24時間以内にメールを送るだけで、この「もしも」で悩むことは無くなるのだ。

「……一応、念のため……」

 宛先の欄に香奈・梨絵・真希を指定して、『神隠しメール』を転送する。
 送信ボタンを押した後私は、心の中で「皆、ごめん」と呟いていた。



 翌朝、学校に行くと三人がニヤニヤ顔で寄ってきた。
「詩子〜、アンタ、意外とビビリなのね」
 香奈が肘で突付いてくる。
「興味無いっていうか、怖くて見ないようにしてたクチ?」
「あはは、詩子って可愛い〜!」
 梨絵と真希が笑う。
「……だって、まさか本当にメール来るなんて思わなくて……思わず皆に送っちゃったけど、皆はあれ、どうしたの?」
 三人は顔を見合わせて、ぷっと吹き出した。
「あはははっ、詩子、アンタまさかあんなの本気にしたの?」
「は?」
 香奈の言葉に、私は間の抜けた声を上げた。
「あんなの、いつもの噂話じゃん! うちら誰も信じてないって」
「え!? だって、昨日真希と梨絵『ヤバイ』って騒いでたじゃん!」
「いやー、あれはその場の雰囲気を盛り上げるためっていうか」
 ぺロッと舌を出す梨絵に、真希は「よっ、演技派」なんておどけていた。
「じゃあ、皆はあのメール……」
「「「無視するに決まってるじゃん♪」」」
「……」

 ……何だか、私一人だけ焦って損した気分。でも、少し安心もした。
 あの三人が信じていないなら、あのメールを送っても平気だったってことなんだから。何となくあんなメールを送り付けたことに罪悪感を感じていた私は、少し心が軽くなったのだった。

 そう、ただの噂。ただのチェーンメール。
 そうに決まってる。






「あれ、今日香奈休み?」
「え? マジで?」
「分かんないけど、まだ来てないよ」
 次の日の朝、いつもなら一番に来ているハズの香奈の姿が見えなかった。
「寝坊じゃない?」
 それほど気にした様子もなく、梨絵と真希は席に着く。でも、私だけはどうも気になって仕方なかった。香奈は今まで遅刻なんてしたことがなかったのだから。
 お昼になっても、香奈は姿を見せなかった。それどころか、連絡一つ入ってこない。お弁当をつつきながら、香奈について話す。
「家出……とか?」
「そうしたら、絶対うちらの誰かの家に来るでしょ?! うちら、友達じゃん!」

 梨絵と真希が話している中、私は嫌な予感がしていた。
 まさか……

「『神隠しメール』……」
「「え」」
 振り返った二人に、私はもう一度言った。
「香奈たちはメール送らなかったんでしょ……?」
「もう詩子、だからあれはただの噂だって! 気にしすぎだよ」
「そうそう。香奈もひょっこり出てくるって」
「……」

 本当に、香奈は無事なのだろうか。
 家出とかサボりとかじゃなくて、香奈は『神隠し』に遭ったんじゃないの……?

 考えれば考えるほど、あのメールが気になった。






「行ってきます……」
 何となく気分が晴れないまま、家を出る。
 昨日はあの後、香奈が学校に来ることはなかった。メールをしてみても、返信は無い。

 学校に着くと、真希が一人で席にいた。いつも一緒にいるはずの梨絵はいない。
「おはよう、真希。梨絵は?」
「……」
「真希?」
 真希は、携帯を握り締めて俯いていた。
「……来なかったの、梨絵」
「え?」
「朝、待ち合わせの時間になっても梨絵、来なくて……電話もメールも繋がらないんだ」
 真希と梨絵は毎朝一緒に登校している。どっちかが遅れる時は、必ず連絡し合ってるらしかった。
「きっと、携帯家に忘れちゃったんじゃない?」
「うん……そう思うんだけど……」

 何となく、嫌な気分になりながら私も席に着く。
 隣の席の香奈は、今日もまだ来ていない。






「香奈と梨絵……来なかったね」
「……」
 放課後になっても、香奈と梨絵の二人が来ることは無かった。無論、連絡も無い。
 私たちは無言のまま、駅までの道を歩いていた。
 
 駅が見えてきた時、突然真希が立ち止まった。
「真希?」
「……『神隠しメール』の呪いよ」
「……」
「私たち、あのメール無視しちゃったから……だから、香奈も梨絵も消えちゃったのよ!」
「真希……」
「どうしよう……私……次はきっと、私が消されちゃう……」
 震える真希に、私は何て言葉を掛ければいいのか分からなかった。



 電車の中、私は一人あのメールのことを考えていた。

 香奈たちは、本当に神隠しに遭ってしまったのだろうか。
 本当に、あのメールの呪いなのだろうか。
 考えても考えても、答えは出ない……。



 帰宅すると、母親が私に尋ねた。
「さっき、香奈ちゃんのお母さんから連絡があって……香奈ちゃん、家に帰ってきてないらしいのよ」

 やっぱり……香奈は、消えてしまったんだ。
 呪いかどうかは別にしても、あのメールが関係しているに違いない。

「学校にも行ってないみたいじゃない。詩子、何か知らない?」
「……知らない」

 部屋に駆け込んだ私は、パソコンを立ち上げた。
 調べれば、何かあのメールについて分かるかもしれない、そう思った。

「これ……これでもない……これも…違う……」

 しかし、どのサイト、掲示板にもロクな情報は載っていなかった。この結果こそが、都市伝説らしさを物語っていると思ったが、香奈たちのことを考えるとただの偶然とは思えない。
 そんな時、ふと目に留まった。

――――都市に蔓延るあらゆる謎、解明します。 御影探偵事務所

「都市に蔓延る、謎……」

 掲示板の中で、その書き込みだけが妙に目に付いた。
 普段なら、こんな怪しい書き込みなんて無視するはずが……私はその内容を書き留めていた。









「……ふーん、それでここにやって来たってことね」
「あの後、真希もいなくなって、もう本当にどうしたらいいのか分かんなくて……」
 目の前に座る、人形みたいに綺麗な女の子、璃亜。
 彼女はこの事務所の所員らしい。見た目は私と同じ、高校生くらいだと思うけど……バイト?
「詩子、私にそのメール送って」
「え……」
 戸惑う私の携帯を掴むと、璃亜は自分の携帯へと『神隠しメール』を送った。
「ふふっ、これで私にも呪いがかかったってとこかな」
「璃亜……でも……」
「大丈夫よ。じゃあ紫季、私ちょっと出掛けてくるね。噂の概要とか、詩子に説明してあげて」
 そう言って、璃亜は事務所から出て行った。
 残された私の前に、紫季、と呼ばれた男の人が座る。
「所長の御影紫季だ」
「九条詩子です……」
 濡れたような真っ黒な髪の毛から、暗い赤い瞳が覗く。カラコン…?
 じろじろと不躾な視線を感じたのか、彼は抑揚の無い声で言った。
「何か?」
「いやっ、あのっ……き、綺麗な目だなぁって……赤い目なんて、初めて見たからつい……すみませんっ」
 言い訳がましく捲し立てた私に、彼は薄っすらと笑みを浮かべる。その微笑みはとても綺麗で、思わず見惚れてしまった。
 御影紫季さん……不思議な人。
「さて……詩子。お前が知りたいのは、チェーンメールについてだったな」
「は、はい……」
 彼はパソコンを開くと、私にそれを見るように促す。そこは、チェーンメールをデータベース化しているようなサイトで、今までに出回ったことのあるチェーンメールを数多く紹介していた。
「アンタも知ってるだろうが、チェーンメールは『悪戯』だ。最近、迷惑メールに対して色々騒がれてるが、これらもその一種と考えられている」
「はい……それは知ってます。私だって、今までこんなの信じてなかった。でも……」
「友人たちが消えて、本当かもしれないと思ったわけだ」
 俯いた私に、彼は静かに言った。
「チェーンメールを創り出しているのは、紛れもなく人間だ。もし、見ただけで死ぬようなメールが創れたとしたら、そいつはもう神にでもなってるだろうよ」
「……」
「詩子、これだけは覚えておけ。この世の中を作っているのが人間なら……その世界で生まれ出る全てのことは、人間によって作り出されているということをな」
「人間に……」
「そうだ。呪いにせよ、人間が人間にかけるものだ。悪意や善意も、人間の心が生み出す。この世で起きていることが『結果』だとすれば、その『原因』を作ったのも紛れも無く人間だ」

 紫季さんの言葉が、まるで呪文のように私に降りてくる。
 全ては人間が創り出したもの…?

「呪いじゃない……誰かが香奈たちを……?」
「……調べてみないことにはまだ確信めいたことは言えないが、おそらくは…な。調査結果を待っていろ」
「はい……」



 帰り道、あのメールを眺める。
 ……このメールを創った人間が、香奈たちを消したのだ。

 何のために? どうして私たちだけが?
 この疑問を、紫季さんなら解決してくれるの……?






――――コツン コツン

 暗くなった道を、璃亜が足早に歩く。
 それを追うような足音。
 
 段々と距離を詰めてくるその音に
 璃亜は思わず振り返る。

 その瞳は、大きく見開かれた。






 あれから二日が経った。
 依然、香奈たちは行方不明になったまま。

 そして今、授業中にもかかわらず、私の携帯は振動し続けている。
 すっと盗み見ると、着信相手は『御影探偵事務所』だった。
 いても立ってもいられなくなった私は、授業をそっと抜け出した。

「も、もしもし!」
 人気の無い屋上まで来て、通話ボタンを押す。
『御影だ。詩子、お前に話がある』
 静かな、少し低めに告げられたその言葉に、私の胸は早鐘を打つ。何か分かったに違いない。
「何か分かったんですか!?」
『今から事務所に来られるか?』
「え? い、今ですか?」
 授業中……だということは、多分分かっているはず。しかし、それでもこう言うのは何かわけがあるのだろう。
『……来ることは強制じゃない。もう、依頼は璃亜が解決した』
「え?」
 思わず聞き返すと、彼はもう一度言った。
『謎は解決したんだよ』
「それって……」
『このままお前が来なくても、お前の友人たちは皆無事戻る』
 その言葉を聞いて、私はその場に座り込んだ。
 皆、無事だった……。
「良かった……皆…良かった……」
 安堵の溜め息を漏らす私に、彼は少し間を置いて言った。
『……来るも来ないも、お前の自由だ。真実を知れば、お前はきっと、今まで通りに過ごせなくなる』
「……どういう意味ですか?」
『そのままの意味だ。言っただろう、詩子。世の中の事象は、全て人間によって生み出されていると』
 紫季さんの言っている意味が、いまいちよく分からない。
 確かにそれはそう聞いたけど、それが今の言葉に繋がる理由が分からない。
「あの……それは一体……」
『あまり時間が無い。詩子、お前が今まで通りの日常を求めているのなら……もう、事務所へは来るな』
「え……」
 突き放したような言い方。でも、その言葉にはどこか優しさが感じられる気がした。
『しかし……全てを知って、日常が崩れたとしても、真実を知ることを願うなら……』
 彼は一旦言葉を切ると、囁くように言葉を紡いだ。
『今すぐ此処へ来い……』

 ドクン。
 紫季さんの言葉は、まるで私の頭の中に直接語りかけてくるかのよう。
 少しの怖さと、それを凌ぐ甘美さを持っている。

――――ダメ、これ以上踏み込んではダメ。

 私の心が、そう告げている。
 真実を知ったら、前のようには戻れない……そう、漠然と感じる。

『詩子、決めるのはお前だ』

 携帯を持つ手が震えている。

 でも……真実を知らなくて、本当にいいの?
 もし、このまま日常に戻ったとしても……それは「本物」なの?

 思わず、こんな問いかけをしていた。
「紫季さん……今の、この日常は『本物』なんですか……?」
 返ってきたのは、静かな低い声。
『……それを判断するのはお前自身だ。お前が『本物』だと思うのなら、そうなんだろう』
「じゃあ『偽物』だと思えば……」

 紫季さんは何も答えてくれなかった。
 でも、その沈黙こそが肯定の証――――そんな気がした。

 ドクン、ドクン。
 鼓動が苦しい。
 この胸の高鳴りが胸騒ぎなのか、緊張から来るものか分からない。
 紫季さんは、私にとって『善』なのか『悪』なのか……どっちなんだろう。
 そもそも、私は何故、『御影探偵事務所』に行ったんだろう。

 紫季さんは、この世の全ては『人間』によって生み出されていると言った。
 なら……今の私のこの状態も、『誰か』が作り出したもの?

 ……世界を作るのが人間であるなら、私もそれを作っている一人……?

『詩子……決断しろ』

 そうだ。
 こんな疑問を抱いた時点で、私の日常はとっくに壊れてるんだ。
 このまま元の生活に戻る? そんなの、出来るわけがない。
 だって……以前の私なら、この世界が『本物』か『偽物』かなんて考えるはずがなかったもん。
 そんなことを考えちゃうことこそが、私の世界が「非日常」になった証拠でしょ?

 私の世界が本物か偽物かどうか。
 決めるのは……私。
 
 だってこの世界は……私が作っているんだから。

 私は、階下へと続く扉に手を掛けながらはっきりと告げた。
「今すぐそこへ、紫季さんのところへ向かいます」
 受話器の向こう側で、紫季さんが微笑んだのが見えた気がした。









「それでは皆さん、かんぱーい!」
「「「かんぱーい!」」」

 とあるマンションの一室。
 机の上には、お菓子やジュースが所狭しと並べられている。

「いやいや、君たちの演技力には参ったよ」
「あははっ、このまま女優デビューしちゃおうかな!?」
 ジュース片手に、香奈は笑った。
「でもさ、学校とか家とか本当に平気なの?」
「大丈夫。君たちは今日、ここで解散だ。最後にちょこっとだけ演技してもらうことにはなるけど、後のことは心配しなくていいよ」
 男が言うと、梨絵は安堵したような笑みを浮かべた。
「しっかし、まさか『チェーンメール』を専門で作ってる業者があるなんてびっくりしたー!」
 パソコンを動かしながら、真希が男を振り返る。

――――チェーンメール製造業者。

 世の中に出回っているチェーンメール。その火付け役として、彼らは暗躍している。
 チェーンメールを作り蔓延させ、一般消費者たちにメールを頻繁に送信させることを目的としている。勿論、バックに付いているのは『電話会社』である。電話会社が顧客の詳細情報を彼らに流し、彼らはそれを独自に分析し『ターゲット』化していく。

「君たち女子高生が、一番携帯を使いこなしているからさ。年いくと、携帯メールなんてロクに使いこなせないからね。ご協力、感謝するよ」
「いいえー。うちらも金欠だったし、こんな割のいいアルバイトだったらいくらでも協力するよ!」
 香奈は財布を嬉しそうに擦っている。
「でもさぁ……詩子には、ちょっと悪いことしちゃったよね」
「うーん……でも、あの子がいたからこの作戦上手くいったようなもんだしなー」
 梨絵の言葉に、真希が唸る。
「ま、お小遣いも沢山入ったし、詩子には皆で何か奢るってことで♪」
「そうだね。そうしよっ」

 女子高生3人組が騒いでいる中、男はそっと部屋を出る。
 向かったのは隣の部屋。
 玄関を開けると、人形めいた美少女と、黒い闇を纏った青年。その後ろには、詩子がいた。

「……アンタが『神隠しメール』を作って私に送ったの?」
「そうだよ。あとは、あの子たちに協力してもらって、そこらの掲示板に書き込んだり、適当にメールを回せば『立派な都市伝説』の出来上がりってわけさ」
 悪びれもなく言う男に、詩子は問う。
「じゃあ、隣の桜花学園で行方不明になってる子がいるっていうのも……」
「? そんな話は知らないよ。まあ、チェーンメールは『成長』していくものだからね。誰かが書き加えたり、削除したり……その繰り返し。元の文面なんて、すぐさま無くなっちまうもんなんだ」
 煙草に火をつけて、その場に座り込む男。璃亜は煙たそうに顔を背けると、男に言った。
「謎を作り出して、それに翻弄される人間を見るのは楽しい?」
「ああ、最高だよ。自分が世の中を支配しているような気になる」
「……かなり重症ね。いつか自分が作った謎に呪い殺されるわよ」
「あははっ……そいつは本望だね」
 璃亜は「バッカみたい」と吐き捨てた。
 歪んだ笑みを見せる男に、詩子はあとずさる。詩子は、紛れも無い恐怖をこの男から感じていた。
 そんな詩子を背に、紫季が一歩、男に近付く。
「……謎に浸り続ければ、一種の中毒になる。気付いた時には、もう謎が無ければ生きていけなくなる」
「それは最高だね。まさに、そんな人生を俺は望んでるよ」
 へらへらと笑う男に、紫季がまた一歩近づく。
「謎に魅入られた人間の末路は、二種類ある」
 怪訝そうな顔で紫季を見上げる男。
「謎を飼い馴らすか、謎に食い殺されるか……そのどちらかだ」
「――っ」

 男の動きが一瞬止まる。
 薄っすらと、額には汗が滲んでいる。
 目は怯えたように見開かれ、黒目いっぱいに紫季の姿を映し出していた。

「っ……アンタは……一体……」

 壁に擦り寄りながら、紫季から遠ざかろうとする男。
 紫季は、ただ目の前の男を見ている。

「生憎俺は、依頼以上のことはしない性質でね……お前を警察に突き出すなんてことはしないさ」
「ひぃっ……や、やめろ……来ないでくれ……」
「おやおや……何をそんなに怯えてるんだ? フフフ……俺が怖いのか?」
「い、嫌だ……俺は、謎に食い殺されたくない……っ……」
「さっきまで、そうなることを望んでたんじゃないのか?」
「あ、アンタは……アンタは謎を……」
「さっさと行け。まだ、やることが残ってるだろ」
「うっ……うわぁっ……!!」

 走り去る男を見ながら……
 詩子は何となく、この男が何に怯えているのか分かったような気がした。



 気付いた時には、すっかり日も落ちていた。
 隣の部屋にいた、香奈たちの騒ぎ声ももう聞こえない。
 立ち尽くしていた私に、紫季さんが呟くように言った。
「後悔したか? 真相を知って」
 その聞き方がとても優しくて、私は首を振った。
「ううん……してない。むしろ、知って良かったです」
 見上げた先には、赤い瞳。
 この瞳が映し出すのは、どんな風景なんだろう。彼は一体、何を見て生きているんだろう。
「どう? がっかりした? 呪いじゃなくて」
 悪戯っぽい笑みを浮かべた璃亜が、私を覗き込んだ。ガラス玉のような瞳が、私を映し出している。
「璃亜はどうやって、ここを突き止めたの?」
「簡単よ。自らアイツの話に乗ってやったってだけ。すぐにこのマンションに連れて来られて、あの子たちにも会ったわよ。ま、こんなことだろうと踏んでたから、紫季に連絡したってところ。こんな手の込んだことする暇あったら、もっと別な方法で金稼げって話よ」
 「ホント、バッカみたい」と、つまらなそうに璃亜は言い捨てた。今更ながら、同じ女子高生には見えない……。
「でもあの人は……チェーンメールに呪われてたんじゃないかな」
 ぽつり、と漏らすと、二人分の視線を感じる。
「あの人はもう、チェーンメール無しでは生きていけないよ、きっと。そんな気がするの……」

 あの人の目は、普通じゃなかった。
 黒目が幾重にも渦巻いているように見えた。
 あの目は、多分……。

「こういう業者は、此処だけじゃない。それこそ、潰しても潰しても湧いて出てくる。アイツ以外にも、ああいう『謎創りに魅入られた人間』はゴマンといる……」

 溜め息をつきながら、紫季さんが何処かに電話を掛ける。
 しかし、その横顔は何故か楽しそう。
 ……何だか、本当に不思議な人たち。

「くすくすっ……詩子が今、何考えてるか当ててあげるわ」
 璃亜が愉しそうに笑い、私に耳打ちする。
 鈴のような声音が脳髄に響く。
 無言で頷いた私に、璃亜はまた、軽やかに笑い声を上げるのだった。


――――『私たちそのものが、謎……そう思ってるんでしょ?』






 駅まで送ってくれた二人に、私は問いかけた。
「二人は……どうしてこの仕事をしているの?」
 彼らは妖しく微笑んで私を見た。

――――『謎に魅入られているから』

 二人は何も言わなかったけど、私にはこう聞こえた。

「あの……また、ここに来てもいい?」
 そう言って、紫季さんを見上げる。
 黒い髪を風に揺らしながら、彼は薄く微笑んだ。
「お前がそれを望むなら……またいずれ、此処に来ることになるだろう」
「え?」
「それがいつになるかは分からないが、その時は……俺たちは、お前を歓迎するよ」
「あ……」

 人ごみに紛れるようにして、二人はいなくなった。
 残された私の手には、一枚の名刺。

――――都市に蔓延るあらゆる謎、解明します。 御影探偵事務所。
      所長 御影紫季

 私はその名刺をしっかり握り締めた。









「詩子、今日帰り駅前のパフェ食べに行かない?」
「ごめーん、今日はバイトなんだ」
「そっかー、じゃあまた明日ね」
「うん、バイバイ」

 詩子は友人たちと別れ、電車に乗り込む。
 香奈たちはあの後、近くの廃屋で発見された。もちろん、無傷で。
 警察の調べに対しても「気付いたら此処にいた」と貫き、真相が明るみに出ることは無かった。
 

――――『チェーンメールの呪い!? 現代の「神隠し」に遭った女子高生たち!!』
――――『呪われたメール! 犯人は依然見当もつかず』
――――『都市伝説になぞらえたミステリー! チェーンメールの実体!』



 
こんな煽り文句が世間を賑わせ、香奈たちは時の人になった。
 『神隠しメール』はこれを受けて、いよいよ爆発的に蔓延した。これに続く、第二、第三の『神隠しメール』が蔓延するのも、もはや時間の問題だと言える。
 人々は、日に何通ものチェーンメールを受け、転送する。これを繰り返している。


 詩子たちの関係は……何も変化は無い。
 今まで通り一緒にお昼を食べ、遊び、笑う。
 詩子の日常は、今までと同じ
――――"非日常"



「おはようございまーす」
「ああ、おはよう九条さん」

 マンションの一室に入ると、詩子と同じくらいの年齢の男女がそれぞれパソコンの前に座っている。
 詩子もその中に入ると、マシンを立ち上げた。

「おー、見ろよ! 俺が創った『合格祈願メール』、もう列島全域に回ったぜ!?」
「私の作った『呪いの人形メール』なんて、一分間で何百件単位で回ってるもんねー」
「皆すごい! 私も負けてらんないじゃん」
「ははは、皆楽しそうだな」
「だってこんな楽しいアルバイト、他に無いですもん! ね、皆」
 詩子の言葉に、他のメンバー全員が頷いた。

「さて……今日はどんなチェーンメールを作ろうかな」


 待ってて、璃亜、紫季さん。
 私はきっと、謎に近付いてみせるから。


 名刺を眺め、詩子は今日もキーを叩く。

 謎を生み出し、謎に近付くために。
 彼らにもう一度、会うために……。



「ねーねー、今流行りの『探偵事務所の噂』って知ってる?」
「えー? 何それ」
「知らないの!? 超有名じゃん! ほらこれこれ」
「これ、マジでヤバイやつらしいよ! 隣の聖桜学園の子がね……」



件名:Fw: Fw: Fw: Fw: Fw: Fw: Fw:探偵事務所の噂
――――――――――――――――――――――――
 とある街の片隅にある廃墟ビル。
 ここに行くと、貴方の悩みを解決してくれるらしい。
 報酬は貴方の魂で。 

 このメールを受け取ったら、3日以内に4人の人に回して下さい。
 回さないと、彼らは貴方が「謎を持っている」と判断し、近付いてくるでしょう。
 彼らに目を付けられたら最後。彼らから逃げることは出来ません。

 彼らはいつも、貴方を狙っています。
 貴方をアチラ側へ引き込もうとしているのです。

P,S
 このメールを無視した女子高生はアチラ側から、戻ってこれなくなったそうです。
 貴方が、自分の日常を守りたいなら、メールを回すことを強くお勧めします……。


――――END――――





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