調査報告書 10044号

『チェーンメール――人間の心理が招く呪いの連鎖――』


調査概要:日常的に出回っている『チェーンメール』というものが、人々にどのように作用するかを調査する。


 誰もが一度はこれをもらった経験、または送った経験があるのではないだろうか……というくらい、チェーンメールは身近に存在している。インターネットが盛んになった現代では、メールが主流であるが、以前はレターという形で騒がれていた。以下、一例を挙げる。

〔例1〕6/9(木)に宮城県仙台市泉区住吉台で橘あゆみという19才の女性が何者かに襲われ暴行をされた後、顔がぐちゃぐちゃになるぐらい殴られ下腹部をめった刺しにされ殺害されました。それはわたしの友人です。彼女は妊娠3ヶ月でした。
――中略――
このメールを見たら必ず24時間以内に7人に回して下さい。パソコン、携帯、ピッチそれぞれの位置情報からメールをとめたやつの居場所をつきとめ怪しいと判断した場合殺す・・。探偵事務所の最新パソコンによりメールを回したことを確認できるようになっています。信じる信じないは自由。私は本気でとめたやつを自動的に標的にし殺すだけだから。
6/10 このメールをあざわらいとめたばかな男がとおり魔に下腹部と男性部分を八つ裂きにされ殺されました。同じ日に若林区河原町で二人の大学生が同じように頭を割られ腹がぐちゃぐちゃになるぐらいえぐられ殺されました。プログラムは止められません。もしメールを24時間以内に送れば私のプログラムセンターから連絡のメールまたは携帯などは非通知でワンコールで知らせます その連絡がくればあなたはリストから解除されるわけですもし送らなかったら時間の三時間前に二回コールします。二時間前にワンコールします。たとえ女だとしても・同じです・・現在標的は280人うち被害にあった標的は14人・・更新中
4/10 まじで俺死にそうな目にあったから送るわ・・ 達也
迷惑なメールだけどほんとに二回コールきたので怖いから回す 次の人ごめんね
おれも信じてなかったけど二回コールあったからびびった 今から送る
まじ怖いよ!次の人ごめん!

〔例2〕誰でもィィから沢山回せ!別高でもかまわねぇ!面白そうなので広めて★
6月30日(金)に全国のコンビニでうまい棒を買い占めようというメールです。この日以降は買わないようにして、コンビニを驚かす予定です。更に突然売れた事を記念して製造会社(やおきん)が、この日をうまい棒の日に制定する事を目論む予定です。方法は単にコンビニでうまい棒を買えばいいだけ!!!6月30日はコンビニへ※このメールをできるだけたくさんの人に回して下さい。全国規模で行いたいのでぜひご協力お願いします。沢山の人に知ってもらう為頑張ってください!!!!

〔例3〕Subject: Fw:Fw:Fw:Fw:Fw:FW: Fw>やっほー
どこまで届くか実験中!9人に回して下さい。スタートは、4/8の北海道小樽市の加藤浩ニさん。結果は5月13日、午後7時〜「鉄腕ダッシュ」で放送!本物だから止めないで!(長瀬チーム)

 
例として挙げた三つのメール(Bより抜粋)は、その種類は違うものの、チェーンメールとしては同じと言える。例1は『橘あゆみメール』という有名なもので、「送らないといけない」という気持ちにさせる脅迫めいた文言が多用されている。住所や被害者の名前などが明記されているため、人々は事実として受け止めやすいようだ。また、信憑性を高める工夫として、日付が加えられていること、末文のコメントなどが挙げられる。これらは、受け取った人間に更なる恐怖心を与える役割を担っていると言える。しかしながら実際に、居場所を突き止められる機械などは存在していない。
 例2は、『うまい棒』を買い占める企画という、何とも馬鹿げたものであるが、若者たちの間では有名だったようだ。このメールは、例1とは違って、貰った人間には何も害を及ぼす心配が無いため、軽い気持ちで転送されていたのだろうか。「面白いから見てみて」といった感じか。しかし、実際にはうまい棒が買い占められたなんていう話は聞いたことはない。この手のメールは、菓子製造会社が自作し、売り上げ向上のために流しているという噂も同時に出回っていた。
 例3は、実際に放映されているテレビ番組内の企画ということだが、これも全くの嘘であることが、テレビ局からの注意書きで記されている。このチェーンメールの原話とされているのが、カナダの小学校で実際行われた実験「クラス・プロジェクト」である。これは、どこまでメールが届くかを見るのが目的だったらしく、アメリカ国防総省やNASAからの返信もあったという。
 例1から3は、現在流布しているチェーンメールの派生、もしくは原型である。というのも、同じようなメールが何百通も回り、場合によっては書き換えられるためその判断は難しいのだ。次は、信憑性を追及したと考えられる新手のチェーンメールを紹介する。


〔例4〕Subject: Fw:Re:Fw:Re:Fw:Re:Fw:PSPが当たる
度々メール配送でご迷惑かけております。木朱式会社懸賞金一の社長 川嶋龍之介です。この度は我社の有能な社員がWQJT66JPというメール探知ソフトを作り、その実験も兼ねてメール配信に協力してもらいたいと思っております。一番多くこのメールを転送していただいた方にはPSPをプレゼントしたいと考えております。つきましてはこのメールを文面を変えずに何人でもいいので転送してください。よろしくお願いします。 社長 川嶋(Bより抜粋)

〔例5〕前略 信頼する友人から緊急メールが回ってきました。ご検討のうえご協力下さいますようお願いいたします。アメリカの連邦議会はつい先日、イラク攻撃の判断を大統領に委任する決議を可決しました。このメールは急を要する依頼であることをご理解下さい。国連の「平和についての請願書」は対立ではなく平和を主張しています。イスラーム世界が敵なのでありません。戦争は答えにはなりえません。今日、世界情勢はともすれば第三次世界大戦に突入しかねない危ういバランスの上にたっています。国連は現在、この世界的悲劇を回避する為の署名を集めています。もしあなたがこの悲劇的可能性に対して反対であるならば、このメールを「転送」ではなく新規のメールに「コピー」して、署名リストの最後にご自分の名前を署名し、知っている限りの人に送って下さい。もし、あなたが500名以上の署名の集まったものを受け取った場合、次の2つのアドレスにそのコピーをお送り下さい。
×××@un.int <mailto:×××@un.int>
×××@whitehouse.gov <mailto:×××@whitehouse.gov>
もし、この請願書にあなたが同意されない場合でも、できればこの請願書を他の方にも転送してください。緊急を要します。どうかご協力ください。また、このメールを他の言語に翻訳出来る方は、翻訳して同様に転送願います。

 
例4、5の二種類は、数あるチェーンメールの中でも、信憑性の高さは群抜いていると考えられる。しかし、よく見れば例4は「木朱」と「株」という字が換えられているし、例5の場合もよくよく考えてみれば、このような大事なことがメールで回されるというのもおかしな話である。しかし、前者は景品欲しさに、後者は人々の善意によって、やはり広く流布されていく。
チェーンレター・メールは、1998年頃から流行の兆しを見せるが、その後は飽和状態になりつつある。特に、一昔前までは「手紙」という形態が一般的だったためか、そこまでの広がりを見せなかった。しかし、メールが普及した現代においては、その頻度、速度、範囲は異常なほど拡大している。それこそ、北海道から沖縄まで、もっと言えば世界中に数時間で同じメールが蔓延するのが実情である。
  携帯が普及し、メールという手段が主流になると、チェーンレター改め、チェーンメールは途端に肥大化したと考えられる。一日に送られてくるメールのほとんどがチェーンメールという時期もあっただろう。二〇〇〇年半ばだろうか。内容は千差万別だったが、やはり多いのは例1のような「不幸のメール」系だ。脅迫めいた文言が必ずと言っていいほど添えられ、嘘だと頭では理解していても、やはり心のどこかで「もしかしたら……」という不安が抜け切れず、結局は転送してしまうといった連鎖が続く。例1では、「回さないと、警告のコールをする」との警告文があるが、実際にコールが来たという話も現実にある。結局その後は何も起こらず、悪質な悪戯だと片付けたそうだが、悪戯もここまで来るとある種のこだわりを感じざるをえない。
 チェーンメールは、悪意・虚偽の有無にかかわらず「転送してください」の一言が添えられているもの全てを言う。チェーンメールは、サーバーの肥大化を招き、ネットワークを壊しかねない。一人が10件のメールを転送し、またそれを受け取った人物が十人に転送する……これを続けていくと、一時間もしないうちに下手すると何万件、何十万件のメールが行き交うことになる。実際、チェーンメールが原因で病院に電話が殺到し、業務に支障をきたすなどの弊害が起こっている。(稀少種の血液を求めている患者がいる。協力してほしい……などのメールが出回ったため)まさに、文明の利器が招いた弊害であろう。これらのチェーンメールの中には、元は真実であったものも多い。しかし、様々な人の手に渡るうちに、段々と内容が変化し、最終的には信憑性の薄い悪戯メールとなってしまうのだ。「チェーンメールは悪である」「迷惑メールの一種」とし、チェーンメールを無くそうと訴えかける人々も多い。
 しかしながら、このような運動、呼びかけがあるにもかかわらず、何故チェーンメールは蔓延していくのか。理由は大きくわけて二つあると考える。一つは、人々の心にある「不安」や「善意」によるものだ。ちょっとした不安も、「ここでメールを止めたら、悪いのでは?」という人の善意も、メールを送ることで解消されるのだから。メールという手軽さが、更に連鎖に拍車をかけるのだ。また、映画『リング』を代表とする恐怖の連鎖は、他人と恐怖を共有することで、少しでも不安から回避したいという人間の心が浮き彫りにされている例である。
 もう一つは、コミュニケーションのツールとして有効であるからだと考える。チェーンメールは大抵の場合、「話題性」「流行性」を強く含んでいる。それゆえ、あまり親しい間柄でなくとも、チェーンメールを共有することで、一種の「仲間意識」を持ったような錯覚に陥るのではないか。特に、受験期やテスト前によく回る「合格メール」と呼ばれるチェーンメールは「絶対合格してほしい友人に送って」などとあるため、貰った本人はその相手が自分に好意を持っていると感じるだろう。結局は「送らないと不幸になる」メールに変わりないのだが、友情を強める道具としても用いられているのだから、とても興味深い。小学教諭の知人の話では、小学生の間で回っているチェーンメールは「●●の悪口」系が圧倒的に多いという。これも一種のコミュニケーション。悪口を言うことで、仲間意識を高めるという子供の心理は、理解に易い。また、中国の知人の話では、数年前から「反日運動メール」というものが回っており、自分も受け取った記憶があるという。「●月×日□時、△△(場所)に集まって」というような内容で、事実デモが行われていたらしい。この辺は妙にリアルで生々しいが、チェーンメールとしてはかなり反響を呼ぶものであっただろう。日記型コミュニケーションツールとして爆発的な人気を誇る「ミクシィ」でも「バトン」と言われるメールが蔓延している。バトンには、『○○バトン』とタイトルが付いており、これが回ってきた人は、そこに記されている質問に答えて掲載する。末尾に「●人に回して」と付け加えられているためチェーンメールの一種として考えられているが、特に強制はされておらず厳密には区別されているようだ。これも「合格メール」同様、「仲の良いマイミク(ミクシィ上の友人)に回して」などと、あくまでも好意を持って送っているという意識があるよう。いずれにせよ、チェーンメールはその形を変えながら、時代を超えて存在し続けるものであり、今後どのように変化していくのかなど、興味は尽きない。

追記
 ここで一言付け加えたいのは、チェーンメールを生み出すのはいずれも『人間』であるということだ。人間によって生み出され、人間によって成長を遂げていくチェーンメールは、人間の心そのものを表している。
 恐怖心を煽るような謳い文句も、人の善意につけ込むような信憑性の高い話も、全ては人間が作ったものなのだ。人間であるが故に呪いを認識し、それに恐怖する。チェーンメールと呪いは、もはや同義語である。そう考えると、チェーンメール自体が現代社会の呪いであり、それを送り続ける人間たちは、既に呪われていると言っても過言ではないだろう。
 チェーンメールという呪いの鎖。これがこの世の中から無くなる日は来るのだろうか。来るとしたらそれは……人間社会の終わりだと、私は思うのである。


以上

御影探偵事務所所長
御影 紫季


※尚、本報告書は、同事務所所長、御影 紫季の管理下において、永久に保管されるものとする。




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