エピソード15 「BADエンドは突然に★」

 月曜日、大教室の1番後ろの端に座った私は、週末のことを思い出していた。
 つい勢いとタイミング? で、天敵で恋敵のはずのAと一緒に、乙女の祭典に行ってしまった。ホントにまさかの展開過ぎて、冷静になればなるほどあり得ない。
 しかも、彼シャツならぬ彼メガネまで…。
 私、ホント何やってんだろ…。
 こんなの、絶対。

――――には絶対言えない。


 そんなことを考えていた矢先だった。
 携帯にメールが届く。相手はだった。
 お昼を学食で一緒に食べないか? というお誘いだった。
 いつもならにべもなく喜んで向かうところだったが……何となく後ろめたい気分が抜けず、ちょっと体調が優れないと、断りの返事をした。

 幸い、次は空き時間だ。
 気分転換にもなるだろうと、駅まで足を伸ばしてみることにした。

 駅前のファミレスに入ると、昼時ともあって混雑していた。
 何とか入口付近の二人がけに座ることが出来たが、沢山の人が待っている。あんまり落ち着いて食べられないな……とため息をついた時だった。
「っ!」
 入口に、Aの姿を見つけてしまった!

 絶対に会いたくない!
 とりあえず気配を消してみる。
 ……俯いてみる。
 ああ、もういっそ突っ伏すか!?

 そんな時、天啓のごとく閃いた。

 ――――!

 とっさに鞄を開け、Aから借りていた伊達メガネを取り出す。
 それを装着すれば……よし、完璧!
 これで誰も、私だって気付かないはず!!
 そんな私の気配消したよ大作戦は、何も意味は無かった。

「ウソ! ちゃん!」
 Aの声が聞こえたかと思った矢先、気付くと目の前にAが座っていた。
「え?! ちょ、ちょっと……!!」
 私の焦る声に、店員さんがこちらを気にしてか近くに寄ってきた。が、Aはしれっと言い放った。
「あ、待ち合わせだったんです! 水とおしぼりお願いします!」
「なっ……」
 私はあまりの事態に声も出せず、唸り声を上げた。
「A……! アンタねえ! 待ち合わせとかしてるわけないんですけど!!」
「固いこと言わない言わない。混んでて困ってたんだって! ま、週末の御礼ってことでさ」
「きぇー!!」
 ショッカー軍団も真っ青な悲鳴を上げて、私は自分の不運を呪った。



「結構食うね?」
「ふん! 自棄食いよ!」

 私たちの前には、ピザ、カツカレー、フライドポテト……と、高カロリーなメニューが所狭しと並んでいた。
 普段なら絶対食べない量と食べ合わせだったが、あえてがっついてやる。無論、割り勘だ。
 Aはピザを頬張りながら笑う。
「どーせの前じゃ、もっと可愛いもんしか食ってないんだろ?」
「あっはりまへへひょ!(あったりまえでしょ!)」
「……ほーんと、徹底してるなぁ」
「ほっほいへ!(ほっといて!)」
 こうなったら、デザートにデラックスパフェも頼んでやろうか。そう意気込んで、ポテトにフォークを突き刺した時だった。
「あれ? Aじゃん。そっちは……え? さん?」

――――!?

 そこには、とAとよくつるんでいる男子Bがいた。私ととは高校時代から一緒だったはずだ。
 はずだ、というのも、高校時代から以外の男に興味が無かったから、本名が思い出せない。
 それに今はそれどころじゃない。
 こ、これはまさに……

――――浮気現場を第三者に押さえられた?!ギャアァァァァ━━━━━━(゚Д゚|||)━━━━━━!!!!!!

 慌てふためく私とは対照的に、Aは特に動揺することなく笑う。
「俺たちが二人でいたら驚くことか?」
「いや、何となく……。さんはその……といつも一緒にいるイメージ強くて。今日、は?」
「あ、あの……いや、その……」

 何て言ったらいいのか分からず、言葉が出てこない。
 Aとはたまたま会っただけだし、そもそもやましいことなんて何一つないのに。
 どうしてこんなにも、私は動揺してるの?

「今日は、ちゃんに恋愛相談してたとこなんだよ。な?」
「え!?」
 Aの言葉を聞いたB君は、目を見開いている。というか、私も驚きで言葉が出ない。
「何だよA、お前好きな子いたわけ?」
「そりゃあいるだろ。健全な男子たるもの、好きな女の子の一人や二人、いて当たり前だろーが」
 お前が好きなのは男の子だろーが!! と心の中で盛大に突っ込む。
「まあそりゃそうだけど……」
 そう言って、B君は私を見た。そして、Aの顔と見比べると、一人何か納得したように頷く。
 一体何を納得したの!?
「……俺、もう行くね。またな」

 そのままお会計に向かうB君のあとを私は慌てて追いかけた。
 混みあう店内をかき分け、何とかお会計を終えたB君に呼び掛ける。
「あ、あの!」
「え!? さん?」
「あ、あのね、その……今日のことは……」
 口ごもる私に、B君は笑う。
「あはは、には言わないから安心してよ」
「え?」
「俺……さんがにずっと一途なこと、知ってるから」
 B君は目を細めて微笑んだ。
「そして、結構ヤキモチ焼きだってこともね」
「うぇっ!?」
「ははっ、さんでも、そんな声出すんだね。……高校時代から見てきたはずなのに……全然、知らなかったな」

 その言葉とその表情に、記憶の彼方に追いやった何かが蘇るのを感じる。
 B君と前にもこんな風に、二人で話したことがあった……気がする。

さん、この問題、ちょっと教えてくれないかな?』
「これはね……」

 そうだ。
 確か高校の時、同じクラスになったことがあった。
 これはその時の記憶だ。

『……さんって、努力家だよね』
「そう? そんなこと無いと思うけど」
『いや、そんなことあるって! 俺、勉強も運動も……さんがすごい頑張ってるって知ってるから!』
「あはは、それを言うならB君の方が頑張ってるじゃない。この前も、テニスの試合で3位入賞してたし」
「え!? 何でそれを知って……って、そか。が出てたもんね。女子の応援、すごかったもんなー。ははっ、俺なんて、アイツに比べたら全然で……』
「……誰かと比べても仕方ないよ」
『え?』
「自分より優れてる人なんて、山ほどいるんだもん。全部に勝つなんて、出来っこない」
『……そ、そうだよね。なんか、ごめん、俺……』
「……勉強も運動も、一位にはなれない。努力してるつもりでも、敵わない相手が沢山いるの。……だけど、負けたくない……。やる前から諦めたら、きっと……全部に負けるって思うから――――気持ちだけは負けたくないって…………――――って、私、何言ってんだろう! イタイね私、あはは!」

 あの時の私は、の隣に立つために必死だった。
 に認められる女になりたくて、ただただ必死だったのだ。
 でも、現実は想像以上に厳しくて……。付け焼刃の努力が、そう簡単に実を結ぶはずもないのだけど。
 ただ、何かに打ち込んでいないと不安だった。
 に直接繋がらないのだとしても、何かを諦めたら、そこでへの道が閉ざされてしまう気がしていた。

 だからだ。
 B君の言葉を聞いた時、私は不安になって……どうしようもなく、辛くなって。
 だから、自分を奮い立たせるために、あんなことを言ってしまったのだ。

 突然おかしなことを言ってしまい、さぞ変な女だと思われただろう。
 でもB君の反応は、私の予想とは全く違っていた。

『……やっぱり、さんはすごいよ』

 そこでその反応を返されるとは思ってもいなかった。
 純粋にそう思ってる、というような表情だった。
 ……自分の黒い部分が何だかとても恥ずかしくなった。

「そ、そんなこと無いって! それに、B君の方がすごいってば。3位入賞だって、簡単に獲れるものじゃないじゃない」
『はは、そうなのかな。じゃあ、俺も頑張ってるってことかな』
 そして、B君は目を細めて……微笑んだ。
『いつか、その頑張りが報われる日が来るよ……絶対に』
「B君も、きっとね」
『俺は……どうだろう。でも、今はまだもう少し……頑張りたい、かな』
 そう言ったB君は、何故か少し、泣きそうだった。


――――!

 目の前のB君と、記憶の中のB君が重なって。
 ようやく私は、B君の名前を思い出した。

「そっか……それすら私は……」
「え?」

 彼の名前は、高城 誠一郎(たかぎ せいいちろう)君だ。
 一緒に日直をやったこともあった。
 の写真を撮ろうとして、一緒に写っていたのも彼だった。

 ……?
 何となく、この名前に不思議な既視感を感じる。
 高校のクラスメイトだったのだから、デジャヴというのもおかしな話なのだが……。

さん?」
「え、あっ、ううん、何でもないよ。それより、今はもう、テニスはしてないの?」
「!! あ、うん……俺の頑張りは、やっぱり……ちょっと、届かなくてさ。それで、すっぱり諦めた……つもり」
「そっか……」
 B君……もとい、高城君の声には、少しだけ迷いが感じられる。
 でも、すぐにそれをかき消すような明るい声が響いた。
「あ、で、でも! さんはやっぱりすごいよ。あのの彼女になったんだから!」
「私は……」
「アイツの鈍さは筋金入りだろ? 高校時代も、それでヤキモキしてたもんね」
「えっ!」
「……まあ、鈍いのはだけじゃないけど」
「?」
 高城君はそう言って、こそっと耳打ちした。
「――――だから気を付けて。Aはきっと……本気だから」

 頭を鈍器で殴られたような気分になる。
 Aが……本気……。
 やっぱり……そうなんだ。

「……もし、どうしようもなくなったら」
「?」
「……その時は、俺に相談してほしい。Aとの間で苦しくなったら……俺に……話してくれないかな?」
「高城君……?」
「えっと、ほら……その、俺はともさんともAとも友達だと思ってるし! 皆のこと、よく知ってるつもりだしさ。だから……その、何か力になれるかもしれないって思って……」
「……うん。ありがとう」

 私の言葉に、高城君はさっきと同じように、何故か泣きそうに微笑むのだった。



 高城君と別れて席に戻ると、私の食べ掛けのカツカレーにがっつくAがいた。
「あぁ! 私のカツカレー! てかもうカツないじゃない!」
「ああ、悪い、食っちまった」
 全く悪びれもせず言い放つA。
 私は無言のまま、ベルを押した。
「すいません、追加で苺パフェとクリームソーダ。あ、あとこのチョコバナナパンケーキもください」
「げっ」
「あ、あと……」
「も、もういいです! 以上でお願いします!!」
 Aが慌てて私の言葉を遮った。ちっ、もっと大量に頼んでやろうと思ったのに。
「カツカレーくらいでそんな怒るなって」
「カツカレーとかどーでもいーのよ! 私はそもそもアンタとこうして向かい合ってご飯食べなきゃいけない現実に腹が立ってるだけ!」
「つれないなぁ。デートまでしたのに」
「……いつデートなんてしたのよ」
「日曜日。二人で祭りに行っただろ」
「祭りって、あれは……」
「まあ、
乙女ゲームの祭典とも言うけどな」
「ちょっ……大きな声で言わないでよ!」
「アンタがつれない態度ばっかりするからだろ。俺だって、そこまで邪険にされると結構傷付くんだけど」
 そう言って、Aは本当に寂しそうな目で私を見てくる。
 これが全て計算なのだとしたら、コイツは俳優にでもなるべきだと思う。
 それくらい、良心が痛むような目だった。 
「……ごめん」
「ふっ、急にしおらしくされると、それはそれで調子狂うな」
「何よ……私だって、本当はこんな風に言いたいわけじゃないわよ。でもね、こういうのは困るの。私と貴方がライバルなのだとしても」
「ライバル? 何の話?」
 怪訝そうな顔でこちらを見るA。
 でも、もうこの際ハッキリさせたい。
「しらばっくれないで。私たちが争う理由なんて、一つしかないじゃない」
「いや、ごめん。全然話が見えないんだけど」
「誤魔化さないで。……Aものことが好きなんでしょ!?」
 ついに言ってしまった。
 Aは本気だと言っていた。
 だとしたら、こちらも本気で戦うしかない。
 そう意気込む私を、Aは心底嫌なものを見るかのような目で見た。
「あのさ……何をどう間違ったら……いや、どういう思考回路辿ると、そういう結論に至るのか説明してほしいんだけど」
「はあ? アンタの行動全てがそういうことでしょ? 私に近付いて、私の恥ずかしい話とか色々に暴露しようとしてるでしょ!」
「はあ?! 何で俺がそんな悪人みたくなってんの!」
「だってそうでしょ! しかも、にベタベタして私に見せつけようとしてたりしたじゃない! あんな乙女ゲーもビックリな展開繰り広げておいて、よくもそんな白々しいこと言えるわね!」
「……被害妄想もそこまで行くとある意味賞賛に値するね」
「なんですって!?」
「ほんっと、のことになると、ちゃんはバカになっちゃうんだねって言ってんの」
 Aはそう言うと、ガタンっと立ち上がった。
 そしてそのまま私の腕を引っ張り上げると、息がかかる位まで顔を近付けてくる。
「なっ、何……」
「誤魔化してなんていないよ。俺は」
 Aの瞳が、私を射抜くような強さで輝く。
 こんな間近でAと向かい合ったのは初めてだ。
「アイツとはもう、友達でいられなくなってもいいとさえ思ってる」
「そ、それって……」

――――ついに告白する気!?

「――――先出るよ」
「え、あ、ちょっと!!」

 Aはそのままレジと向かってしまう。私はパフェを運んできた店員に謝りながら、Aを追いかけていた……。



「ねえ! ちょっと!! 待ってよ!」
「A! 待ってって!」

 何時の間にか普段は来ない駅の裏に来ていた。昼間だと言うのにあまり人気がなく、薄暗い。
 Aがふと立ち止まる。

「……どうしたの?」
「ど、どうしたのって! アンタが変なこと言うから…っ!」
「俺の宣戦布告、そんなに焦ること?」
「あ、焦るよ!」
「へえ? 自信無いんだ?」
「っ……そ、それは……」

 はきっと私を好きでいてくれる。
 Aなんかより、ずっと。

 でも、それは仮の私の姿でだ。
 私の本当の姿を知っても、今と変わらず好きでいてくれるなんて、到底思えない。

 さっきの高城君の言葉がフラッシュバックする。

――――Aは本気だから

 俯いた私に、Aが一歩近付いたのがわかった。

「本当に好きなことを好きって言えない相手なんて、一緒にいて幸せ?」
「っ……し、幸せに決まってるでしょ? 私はのことが好きなんだから!」

 しかし、言葉とは裏腹に私は一歩後ずさっていた。
 そしてまた、Aが一歩近付く。

「それって、本当のホントに好き?」
「え……」
「お互いさらけ出せる相手こそ、本当の相手なんじゃないの? 無理して自分を抑え込まないと一緒にいられないなんて、そんなの本当の恋人じゃない」

 気付けば私は路地裏の壁に追いやられていて。
 背中に硬い壁を感じる。

「アンタはそれで、本当に幸せなのか?」
「わ、私は……」
「――――答えろよ」
「っ!?」

 言うなり、Aの腕に閉じ込められた。
 見上げると、私を見下ろすようにして両腕を壁につく、Aと目が合う。
――――人生で初の、壁ドンだった。
 壁ドンとは、こんなにも威力のあるものだったのか……と、呆然とした頭で思う。
 あまりにも唐突過ぎて、動けない。
 言葉さえも出なかった。
 Aが囁くように言う。

「このままだと……俺が本当に……奪っちまうよ?」

 自分の心音がうるさ過ぎて、周囲の音が何も聞こえない。
 Aに阻まれて、A以外は何も見えない。

「ずっと見てきたんだ。入学した直後からずっと」
 Aは苦しそうな顔をしている。
「最初はただ、面白そうだなって思っただけなんだ。ただの……アイツの友達で居続けるはずだったのに俺は……」
 Aの指が、私の髪の毛を掬い上げる。
 その指が、頬に触れる。
「いつのまにか、アイツの友達っていう立場じゃ物足りなくなって……こんなはずじゃなかったのにな」
「っ……」
 その顔は、何だか今まで見てきたはずのAじゃないような気がした。

――――どくんっ

 鼓動が跳ねる。
 これ以上心臓が動いたら、死んでしまいそうな気さえするのに、益々動悸が激しくなっていくのは何故なのか。

 高城君のことを思い出したから?
 Aの本気を知って動揺しているから?
 
 ああ、一番の理由は多分……

「……

 私を見下ろすその表情が。
 ……泣きそうに微笑む、その表情が。

「…………好きだ。本気で……」

 高城君の表情と重なるから……。

 Aの片手が、私の頬に触れる。
 思わず身を固くすると、苦笑したような声が降ってくる。
「眼鏡」
「え……?」
「……やっぱりちょっと、大きいな」
「あ……」
 こんなのまるで、恋人同士みたいだ。
 としか、こんな近くで触れ合ったことも無いのに。
「……でも……よく似合ってる」

 Aがあまりにも優しい顔で私を見るから……勘違いしそうになる。
 これじゃあまるで……Aが好きなのは……

「さて、そろそろ戻らないとな」
「あ……」
「背中……痛くない?」
「だ、大丈夫……」
 Aの視線に、また鼓動が速くなっていく。
 まともにAの顔が見れない。
「なあ」
「な、何?」
「……って呼んでもいい?」

――――嫌。
 そう言おうとしたのに……口から出たのは、全く違う言葉だった。

「……もう、呼んでるじゃない」

 私は一体、何を言ってるんだろう。
 でも、嬉しそうなAの顔を見て……胸の奥がキュッと鳴るのを感じて、慌てて頭を振る。
 私、どうしちゃったの……。



 二人並んで、大学への道を歩く。
 こうしていると、さっきまでの出来事は、無かったかのように錯覚してしまう。
 でも、まだ鼓動は速いままで……さっきまでの時間が幻などでは無かったのだと告げている。

「じゃあ俺、次の講義こっちだから」
「あっ、メガネ……」
「次会う時でいいから。……またな、

――――ドクン

 この気持ちは何なのだろう。
 どうして私は、こんなにも……。

「……こんなの、ただの……気のせいよ……」

 私の呟きは、高い空に溶けていく。
 去りゆくAの背中を見つめたまま、立ち尽くす。
 動悸はまだまだ、治まりそうになかった。



 ***



 彼女と話すのは、本当に久しぶりだった。
 と一緒にいるところに、挨拶程度はしていたけれど……きっと、彼女のことだから、俺のことなんて目に入っていなかっただろう。
 昔から彼女は一筋で……他の男の付け入る隙なんて、微塵も無かったのだから。

 だから……さっき、テニスのことを聞かれて、動揺してしまった。
 俺に関することを聞かれるなんて思ってもいなかったから……嬉しくなってしまって。
 だからなのか。
 諦めたはずの想いが。蓋をしたはずの想い出が、静かに沁み出してくるのが分かった。
 本当は……今でも……


 あの時、もっと勇気を出していれば。
 彼女の心に、自分が映る未来は有り得たのだろうか。
 だからもし、次にチャンスと呼べる時が来たのなら、その時は――――

「なんてな…………ははっ、俺って、本当に情けないなぁ……」



 少しずつ、皆の歯車がずれ始めていた――――


back/top/next