「……やっぱり僕、一人で行きます」

 僕は言った。やっぱり誰も信用できない。そんな気持ちのまま、誰かと行動を共にするなんて僕にはできない。

「そう……じゃあしょうがないね」

 吉野さんが淋しそうに呟いた。疑われている事が分かるのだろう。でも僕にはどうする事もできなかった。

「分かった。君がそう決めたなら、それに従おう。俺たちも適当に分かれて岡野を捜そう」

 小倉先輩がみんなに言った。

 みんなは何ともいえないような顔を僕に向けると、何人かずつ固まって談話室を出て行った。僕はその光景を無言のまま見送った。

 最後に秋山さんがこの部屋を出て行くとき、彼女は僕に「麻衣を必ず見つけてね」と強く言った。僕は黙って頷き、みんなが出て行ったのとは逆方向に歩き出した――不安は大きかった。












 どれくらいの時間が過ぎただろうか。

 僕は一人で麻衣を捜し続けていた。しかし、彼女の姿はどこにもなく、部屋という部屋、少なくとも、みんなとは逆方向のこちら側は全て捜し尽くしてしまった。

 僕は途方に暮れながら、でも懸命に捜し続けた。ごみ箱をあさり、冷蔵庫を引っかき回し、物置やトイレまでも隈なく捜した。そして僕は大変な事に気付いてしまった。

(まさか! トイレで流れてしまったのか!?)

 僕は麻衣が奇声(!?)を上げながら、トイレに流されていくそんな恐ろしい想像をして身震いした。人を流す事なんてできるのだろうか……。


 この後の僕の想像は留まる事を知らなかった。

 僕の中では既に犯人は「トイレの華子さん(あれ!? 何だか漢字変換がおかしくなってないか?)」になっていた。

 華子さんはトイレにいる幽霊だ。

 きっと麻衣をトイレに流したに違いない! 

 くそ! 麻衣を助けるには下水処理場まで行かなくちゃならない。

 ああ今ごろ彼女は「臭い〜! 汚い〜! 義高助けて〜」と泣いている事だろう。(あくまでも自分を呼んでいると思っている)

 僕はここで、良い事を思い付いた。

(そうだ! 僕もトイレで流されればいいんだ!)

 僕はそう思うや否や、急いでトイレに走り、レバーを思い切り踏み、足をその中に突っ込んだ。(もちろん靴と靴下は脱いで、傍にたたんで置いた)

 が、僕は流れるどころか、突っ込んだ足が詰まってしまい、水が一気に溢れ出した。

「○▽■?※Cα〜っ!!」

 僕は声にならない声を上げると死に物狂いで足を引き抜いた。

 あまりに強く引いたので、思わず後に吹っ飛び、壁に思い切り頭をぶつけた。

「いてっ!!」

 触ると大きなたんこぶができていた。

 僕は間違いなく「トイレの華子さん」の呪いだと悟った。しかしこのおかげで「麻衣は流されたのではない」ということが分かったので良かったと思う。

 僕はいそいそと靴下と靴を履くと、トイレから逃げるようにして出て行った。後から微かに女の笑い声が聞こえたような気がした。






 僕は再び廊下へと出た。

 遠くで誰かの足音がする。微かな話し声も聞こえた。おそらく他のメンバー達のものだろう。みんなもまだ見つけられていないようだった。


――その時だ。僕のポケットに振動が感じられた。


 慌ててポケットを探り、携帯を取り出した。

 すると、何ということだろうか! 画面には「メッセージ受信」と出ているのだ。見ればちゃんと電波は三本立っていた。

 僕は急いでメールを開いた。そして今度はメールの相手にも驚かず、冷静に画面を見ている自分がいた。

 相手はもちろん――死神……


『――愚人へ

君にこのメールが届く事を祈る。思い込みにより君たちはまだ真実を見られないようだな。

目の前に答えはあるのにそれに気付かない愚人よ。


もう一度言う。

思い込みは過ちの始まり

真実は目の前に……』



「思い込みを捨てる……またこれなのか」

 僕は独り言のように言った。(いやむしろ独り言に決まっているのだが)

 まだ僕が、僕達が思い込んでいることなんてあるんだろうか? 僕にはもう分からなかった。

 携帯はまた、圏外になった。

 そんな時、僕の頭の中で最近人気のアイドルグループ「ハザード」の新曲が流れ始めた……。



『メールミー

早く下さい

ぼくはいつも待ってる

メールミー 

どこにいても 

いつもメールを気にかけてる

メールミー

ほかの人の声も嬉しいけど

メールミー 

特別なんだ

そんなふうに思ってるの

きみは知らないね……』
(※小説『自殺サークル』より抜粋・一部改変。問題があるようでしたら、即消去いたします)



 無意識のうちに僕は口ずさんでいた。こんなふざけたメロディーを。

 メールが特別? ただ電話代がもったいないだけだろ!? でも何故か、頭に残る歌詞だった。メールミー……

 僕は悔しくて悔しくて(色々な意味で)この思いをどこかにぶつけたかった。そしてその矛先を目の前に広がる“壁”に向けたのだ。

 僕はその壁目掛けて「ザワーリーパンチ」を繰り出そうとしたが、ふと違和感を感じ手を止める。

(壁……なんかおかしくないか?)

 僕はじっと壁を見つめた。何か、どうしてもこの壁に違和感があるように思うのだ。そしてその違和感に気付いた僕は「あっ!」と声を上げた。

(この壁、他のと微妙に色が違うんだ)

 しっかり見ないと分からないが、確かにほかのよりも色が濃かった。しかし、これに何か意味はあるのだろうか……?

 僕は「ただの壁だ。何も変わった所なんて……ない」と言いかけてふと、愚人の言葉を思い出した。

 思い込みは過ち……。壁はただの壁……?

――まさか!

 僕は勢いよくその壁に向かって体当たりした。すると、ガガ―ッという重たい音と共に、壁が内側に動いていったのだ。間もなく壁はすっかり中に入り、ここがウォークインクローゼットだと分かった。

 そう。僕達は「壁が壁以外のものであるはずがない」という思い込みを抱いていたのだ。

 もっと早くに気付いていれば……。

 しかし、今更後悔してももう遅い。今はとにかくこの中を調べる事が先決なのだ。

 僕はゴクリと生唾を飲み込むと、「よっしゃーっ!!」と気合を入れてその中へと足を踏み入れていった……。



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