第8章〜望まれざる答え〜



 
 今、僕たちは一階の談話室にいる。
 
 僕と吉野さんと津久井さん、そして先に来ていた吉文、堀之内さんも一緒だ。

 堀之内さんは途中で気分が悪くなり、談話室で吉文が休ませていたらしい。

 堀之内さんの顔が異様に赤いが、熱でもあるのだろうか……?


 ここに至るまでの経歴はこうだ。
 
 まず、僕が津久井さんを発見した後すぐに吉野さんが来て……



「津久井さん!!? 大丈夫か!?」

「よした……か……君……?」

「一体何があったんだ!?」

「突然誰かに殴られて……気を失っていたみたい」
 
 津久井さんを見ると、すごい怪我をしていた。浴衣も所々破けてしまっていた。何て酷い……

「津久井さん……ごめん! 僕が付いていながらこんな目に遭わせるなんて……」
 
 僕は本当に自分を軽蔑した。

 僕の心無い一言のせいで、津久井さんは部屋を飛び出してしまったのだ。

 あの時、もう少し気遣ってあげられれば、こんな事にはならなかったはずだ! 

「僕は…………刑事失格だ……」

 顔を上げることが出来ないでいると、津久井さんが微かに微笑んだ。

「いいの……義高君のせいじゃないよ。私が馬鹿だっただけ……みんなだって悲しかったはずなのに、私、酷い事言っちゃった……ごめんね……」

「津久井さん……」
 
 津久井さんは涙を浮かべていた。

 僕はこんな事をした犯人を絶対に許さない!!

 僕は津久井さんを抱き起こすと、自分のドテラ(浴衣の上着のこと)を脱ぎ、掛けた。

「これ着てて。早く傷の手当てをしないと」

「ありがとう……」
 
 僕は津久井さんが落ち着くと、麻衣の事を聞いた。

「津久井さん、麻衣は?! 麻衣はどうなったんだ? 君の後を追いかけていったんだ!」
 
 僕は焦りながら聞いた。津久井さんはこんなに怪我している。麻衣だって……。
 
 しかし、津久井さんは首を横に振った。

「ごめんなさい……分からないの」

「そんな……」
 
 僕は絶望した。
 
 麻衣は一体どこなんだ……?
 
 麻衣……

「北林君!? 大丈夫?」
 
 そんな時、吉野さんが走ってきた。

「津久井!? 一体何があったの!!?」

「縁……」

 吉野さんは僕らの側に駆け寄ってきた。

「吉野さん……麻衣がいないんだ……」

「えっ……それじゃあ麻衣は……」

 吉野さんの顔にも絶望が浮かんだ。でも僕は、自分を奮い立たせるように言った。

「麻衣はきっと無事だ! 津久井さんだって助かったんだ。麻衣だって生きてるに違いないよ!!」

 麻衣は生きてる。

 僕の未来のパートナーは、こんな所で死ぬもんか。

 麻衣だって探偵なんだ。簡単にやられるわけがない!(結構簡単に……)

 僕がそう言うと、吉野さんと津久井さんは大きく頷いた。

「そうだよね! 麻衣がこんなとこで死ぬわけ無いよね!」

「うん! 何たって私の平手を喰らっても生きてるんだから大丈夫よ!」

「そうだよ!(……平手?)とりあえずここにいてもどうにもならないから移動しよう。津久井さん、歩ける?」

「うん、何とかっ……いたっ!」

 どうやら津久井さんは足を挫いているようだった。
 
 僕は暫し間を置き言った。

「津久井さん、ちょっとごめん……よっと」

「きゃあっ!?」

 僕は津久井さんを抱き上げた。まあ俗に言う『お姫様だっこ』だ。

「北林君……大胆ね〜(さっき腕掴まれた時はちょっとときめいたわ……こんな変態に)」

「……義高君……ありがとう(かっこいー……夢のお姫様だっこ……)」

「いいよ、気にしないで。さあ、早く行こう(津久井さんって、見た目より……重いな)」

 こうして僕らはそれぞれの想いを胸に廊下を後にしようとした。

 その時、ふと床に目をやると、キラッと何か光るものがあった。僕は両手が塞がってしまっているので、吉野さんに言った。

「吉野さん! そこに何か落ちてない?」

「えっ? ちょっと待って」

 吉野さんはそう言うと、懐中電灯を床に向けた。

「これは……!」

 吉野さんは息を呑んだように驚いた。

「どうした!?」

 僕が聞くと、彼女はその光るものを拾い、僕たちに見せた。

 それを見た僕たちは言葉を呑んだ。

「これって……まさか……」

 津久井さんが震えながら言う。

 僕も震えていた。


 それは見慣れた携帯のストラップであった。

 そう……

 それは紛れも無く麻衣の物だった……

「これがここにあるっていうことは、麻衣はここに来たのか!?」

「そういうことよね。じゃあここで誰かが麻衣に何かした!」

「麻衣……私を追ってきたなんて……」

 麻衣はここに来たんだ。

 という事は、麻衣はもしかして、犯人に捕まってるのか?!

「麻衣は犯人に捕まっているのかもしれない」

「そんな!!」

 吉野さんが呟く。

 そういえば吉野さんはあの時、僕に「誰かいる」って言ってたな。という事は、あの時犯人はまだあそこにいたのか?

 この時僕は、ある疑問を抱いていた。

(何故犯人は津久井さんを置いていったんだ?)

 麻衣をさらうなら、津久井さんもさらうはずだ。

 しかし、犯人は津久井さんには怪我を負わせたものの、殺してはいなかった。おまけに連れ去りもしていない。なんでだ?

 ……分からない事だらけだ。

 犯人は一体、何をしようとしてるんだ? 

 そもそも益子君を殺害した犯人と、今ここにいた奴は同一人物なんだろうか? それすらも怪しい……

 僕が考えていると突然携帯が鳴った。

――メールだった

「誰だ……?」

 僕は一端津久井さんを下ろし、携帯を見た。

「っ!?」

――死神からだった

「義高君?」

 二人が心配そうに僕を見つめた。

 僕は無理に笑顔を作り「ちょっと仕事の件みたい」と誤魔化した。そしてメールを見た。









『――愚人へ

 随分と手こずっているようだな。君に二つ目のヒントをあげよう。

 過ちは段々と膨らみ、最後には取り返しのつかない事になる。

 信頼すべき者――天使と悪魔――を見分けられなければ君に未来はない。

 確かめたからと言っても、断定はできない。

 目に見える事のみが真実というわけではないのだから。

 思い込みは過ちの始まり。

 感情に流される事、是ほど愚かなことはない。

 真実を見極めろ。

 何も一人でやろうとするな。

 自分だけで解けるほど甘くない。

 君の一番信頼する者。それは君の前から消えはしない。


 思い込みを捨てる。

 それができればすべては繋がるだろう……』















(思い込みを捨てる……?)

 僕にはこのメールの意味が良く分からなかった。

 でも、この「信頼する者は消えない」というフレーズ。

 これはきっと麻衣の事だ。

 麻衣は生きてる。そして、間違いなくこの旅館の中にいるんだ。


 死神……

 お前が何者かなんてもうどうでもいい。

 お前が何を企んでいるのかなんて僕には分からない。

 お前が犯人なのかもしれない。

 それでもいい。

 僕は今はお前に踊らされてやるよ。

 でも、最後にはお前の正体もろとも犯人を必ず捕まえてやる!



 僕は携帯を力一杯握り締めた。

 二人は不安な瞳を僕に向けていた。

「二人とも……行こう」

 僕は再び津久井さんを抱えると、足早にこの場から離れた。


 麻衣……必ず見つけるから!

 待っていてくれ!!


























 と、そんなこんなで今に至るのだが。

 今、津久井さんは吉野さんと堀之内さんに手当てを受けているが、幸い深い怪我はないようだ。良かった……。

 傷はすぐに治る程度のものばかりだ……と、吉野さんが言っていた。

 でも最初津久井さんを見たときは、すごい怪我をしているように見えたし、血だらけに近い様子だった気がするのだが、僕は気が相当動転していたみたいだ……あの壁の血は津久井さんのものではないのだろうか……?

(じゃあ誰の……まさか……)

 僕は頭をふるふると振った。

 そんなことはない。

 麻衣は無事だ。

 絶対に……

「義高。一端上に戻らないか?」

 突然吉文が言った。

 今気付いたが、吉文は羽織を着てない。

 ふと見れば堀之内さんが横になっていたらしい椅子に、畳み掛けてあった。吉文が気遣って掛けたのだろう。

「そうだね。とりあえず上の様子も気になるし、戻ろう」

 本当は麻衣の事が気がかりで戻りたくは無かったが、今ここでこうしていても仕方が無いし、警察の事も気になる。今は一度戻ってこれからの事を考えるべきだろう。

「津久井……大丈夫?」

「うん。何とかね」

 堀之内さんが津久井さんに話し掛けた。しかし、堀之内さんの様子が微妙におかしいのは僕の気のせいなのだろうか? どことなくぎこちない感じがする。

 特に僕が見る限りでは、津久井さんや吉野さんと極力目を合わせないようにしている気がした。 

 でも、じゃあ何で自分から話し掛けているんだろうか? 謎だった。


 吉文もそうだ。
 
 談話室に僕らが戻って来た時、妙にぎこちない感じがした。

 僕が、何か変わった事があったかどうかに対しても「特になかった」としか言わなかった。津久井さんの姿を見た時は、さすがに驚いていたが……。

 僕の思い過ごしなら何てことはないのだが、何かこの二人にはあるような気がする。何か隠している……? 僕らが別行動している間、何かあったのだろうか? 

「…………。」

 色々考えを巡らせてはみたものの、結局何も分からなかった。

 何だか誰もが何かを隠しているように思えた。正直、心から信頼できる人はいなかった。

 

 麻衣……

 君ならこんな時、どうする? 

 僕は一体どうすればいいんだ?



 そんな想いを胸に、上に戻る事にした。

 津久井さんはもう一人で歩けるらしく、今度は吉文を先頭に、僕が最後尾になった。

 僕らは無言のまま階段を上る。足取りは重かった。

 階段を上る度に、麻衣から一歩一歩遠ざかってしまうような気がして、僕は溜め息を吐いた……。