結局華子には誤解され、義高には真実を聞けないまま食事になってしまった。

 宴会場に着くと、既にほぼみんなが集まっているみたいだ。(どうやら華子は言っていないらしい……良かった)

 私は義高がいたので、とりあえず席には座らず義高をみんなに紹介することにした。

 時刻は午後八時。お腹もぺこぺこだ。

 まだ料理が完全に運ばれていない今がチャンスだと、みんなに呼びかけた。

「ねえ皆、ちょっと聞いて」

「あっ! 北林君」

「何だ何だ??」

 皆口々に何か言っているが、私は続けた。

「この人は私がたまたま道で迷った時に出会った北林君。本当はここの本館の方に用があるみたいなんだけど、まあ色々あって本館に行けなくて……それで、今日はもう遅いしここに泊まってもらうことにしたんだけど……皆いいよね??」

 私が言うと、続けて義高が一歩前へ出る。

「初めまして、北林 義高と言います。同窓会なんかにお邪魔してしまって本当にすみません。ご迷惑かと思いますが、どうか僕のことは気にしないで楽しんでください。すいませんすいません……」

 義高は申し訳なさそうに言った。(二回もすいませんって言ったし)

「この際一人や二人増えても同じだ。まあ盛り上がろうぜ!」

 そう言ったのは須山だ。みんな最初は怪訝そうな顔をしたが、やがて「いいんじゃない」と須山に続いてくれた。私は、ほんの少しだけ須山の事を見直した。

「良かったね義高、皆気さくで良い人たちだから、きっとすぐ仲良くなれるよ」

「うん、ありがとう!」

 そう嬉しそうに笑う義高を見て、私はほっと胸を撫で下ろした。幸先良いスタートを切れた気がする。

 食事もほぼ出揃い、みんなはますます盛り上がっていった。私は義高と端の方に座る。

「こんばんは」

「!?」

 横から急に声を掛けられて驚き、思わず身構えてしまった……が、そこにいたのは意外な人物であった。

「小倉先輩!?」

 どうして先輩がいるのだろう? 私たちの代だけではなかったの??

 混乱していると、華子が割って入ってきた。

「私がお呼びしたの。先輩が来てくれるなんて感激ですー!」

 そして私を睨みながら、小声で「先輩に無礼な真似したら殺すわよ」と言いながら去った。私は全身に冷水を浴びせられた気分だった。華子は怖い……(さっきの事もあるしね)

 ふと横を見ると、義高は何故か元気がなかった。さっきのスタートはどうした〜!?と思わず言いたくなるほど、目に見えて態度が違った。……?

 先輩が義高の肩を軽く叩く。

「大丈夫か――」

――ぱしっ

 何と、義高は先輩の手を振り払ってしまった。

「よ、義高!?」

 私は驚きのあまりふらついた。相手は私よりも8個も年上の先輩で、まさか無礼な真似なんて出来るわけがなく……というか、そもそも何で先輩の手を振り払うなんてことを……!!

 私の混乱を他所に、二人は固まっていた。私は必至に先輩に弁解を始める。

「お、小倉先輩! 今のは、彼は悪気があったわけじゃないんです!! ただ、ちょっと彼今ナーバスになってるっていうか、知らない人ばっかり中で心細くなってるって言いますか……」

 先輩は驚いた顔をしていたが、やがて苦笑しながら言った。

「フッフッ、随分警戒されてるんだな……突然触ったりして悪かったね」

「いえ……こちらこそ…すみません」

「義高……。先輩、ホントすみませんでした!!」

 何事も無かったかのように去っていく先輩に、私は何度もぺこぺこお辞儀をした。先輩が離れると、俯く義高を見やった。

「ねえ……先輩と何かあったの?」

 そう尋ねたが、義高は頭を振って否定した。

「ううん、何でもないよ……ごめんね。何かすごく嫌な態度とって……。後であの人に謝らないと……」

 そう言って、疲れた笑みを浮かべる義高に私は、一抹の不安を感じた。彼には重大な何かがある……そんな予感がした。




 しばらくして料理もすべて出揃ったようで、華子が叫んだ。

「えー、この度は聖桜高校バドミントン部の同窓会ということで、ここ桜山荘にようこそおいでくださいました。では皆さん、旧友たちとおおいに語り合いましょう!! それではお手をグラスに……かんぱーい!!!」

「乾杯!!」

――カチンッ

 グラスの当たる音が響く。 宴会の始まりである。



 須山がふと言った。

「なあ、俺たちのことも北……林? に紹介しようぜ」

「あっ、義高でいいです。皆さんと同い年だから」

「じゃあ義高! 俺たちも自己紹介するからよ」

「そうね」

「賛成!」

 こうして皆自己紹介をする事になった。

「まずは俺から。須山 吉文、二十三歳。趣味ナンパ! 特技は柔軟体操。現在は中学教師で担当は国語。あと今フリーなんでよろしく★」

「教師ぃ〜!!?」

「あはははっ!! 何だよ、柔軟体操って」

 みんな驚愕したり笑ったり久々の光景だ。私は須山の職業は知っていたけど、やっぱり今だ信じがたい……。

 千絵子がふと目に入った。どうやら須山の「今フリー」という言葉が気に掛かっているようだ。私は千絵子に目で合図を送ると、千絵子は恥ずかしそうに俯いた。可愛いな〜♪

 その後、永田君、まっすー、菅、佐田の順に自己紹介は進んだ。それぞれの職業は、永田君はセールスマン、まっすーはマクドナルドの正社員になっていた。菅は確かビルのガードマンで、佐田は地域のスポーツインストラクターらしい。

 次は女子の番だ。先陣を切ったのは華子である。

「秋山 華子! まだ二十三になりたての女優の卵です☆ 私もフリーなんですよ、先輩」

「津久井 萌です。現在は弁護士です。みなさん、お困りの際は是非☆ ね、義高君!」

「岸谷 ユリエです☆ 今は幼稚園教諭です。よろしく、義高君★」

 ここまで聞いてきて私は気付いた。こいつらみんな誰かを狙っているんだ…………。しかも義高狙いが萌とユリエとは――怖い怖い。

 次は縁の番だ。

「吉野 縁です。職業は占い師です。銀座にお立ち寄りの際はお越しください。特に私の恋占いは百発百中ですよ! ね、麻衣、義高君?」

「はい?」

 縁の妙な発言のせいで、私は二人から睨まれた。縁め〜! わざとやったな。萌からは「一体どういうこと!?」オーラが、ユリエからは「私に勝てるの?」オーラがムンムンと出ていた。

 千絵子は動揺しながら言った。

「ほ、堀之内 千絵子ですっ。あの、保母さんやってます。みなさんも子供が出来たら是非――って私何言ってるんだろっ!? いや、もう……ごめんなさいっ」

 ありゃ〜……駄目だこりゃ。私たちは、額に手を当てて溜め息をついた。

 そうこうしているうちに、ついに私の番が回ってきてしまった。仕方なく口を開く。

「義高、改めまして。岡野 麻衣、二十三歳です。趣味は芸術鑑賞全般で、特技は人の顔と名前を覚えること。あと、弟はサッカー選手として活躍中です! 皆、テレビ見てあげてね☆」

 義高は笑顔で聞いている。私もそのまま笑顔で座ろうとした……が、それは叶わなかった。

「あれっ、岡野。職業言わないの? ぷっ……くくくっ……」

 須山がわざとらしく言う。やっぱこいつはむかつく!! 私は須山を睨みつけてから続けた。ああ、笑顔計画が台無しだよ……。

「あっ、小倉先輩も自己紹介して頂けないでしょうか?」

「そうだね。いいよ」

 みんなの注意が先輩にいったので、私は職業をどうにか言わないで済んだ。ありがとう先輩………そして須山――死ね!

 先輩が落ち着きのある声で言った。

「小倉 諭です。こいつらは俺の後輩で八個下。今はフリーライターやってる」

「きゃあ〜! フリーライターなんて先輩にピッタリですね!! 素敵ー!!」

「本当! やっぱ先輩ってかっこいいですよね〜」

 華子とユリエが黄色い声を上げている。

 二人と同じは嫌だけど、私も少なからず小倉先輩に「大人の魅力」を感じていた。いや、私だけじゃなくみんなそう思っていると思うけれど。こう……何ていうか、同世代には無い、絶対的な余裕? みたいなものが先輩からは漂っているように感じる。

 しかし……やはり義高の顔色は優れなかった……というか、私の気のせいかもしれないが、さっきから小倉先輩が話していると顔色が悪くなっているような……??

「う〜……えろいむえろいむ――はあっ!!」

 何か呪文のようなものが聞こえたので、振り返って見ると縁がなにやら唱えていた。

「ゆ、縁……何してんの?」

 恐る恐る聞くと縁は「小倉先輩と私の相性……ふふふ」と不気味に笑った。

 私は悟った。こいつは、狂ってやがる……と。






 どたどたしてしまったが、取りあえず今回の同窓会の参加者は――……

――男性


小倉 諭 

佐田 嘉明

菅 秀行

須山 吉文

永田 武

益子 隆



――女性


秋山 華子

岡野 麻衣

岸谷 ユリエ

津久井 萌

堀之内 千絵子

吉野 縁


 以上、男六名(義高入れて七名)、女六名の計十二名である。ちなみに参加者は全て華子の独断と偏見で決められており、私たちは今日まで誰が来るのかは知らされていなかった。

 他にも部員は数名いるが、今連絡を取るのが可能なのはこのメンバーのみである。後は音信不通や、海外移住のため連絡先不明……なんていうのばかりだ。まあ、華子は皆の連絡先を把握しているらしいが……。恐るべし人脈網である。

 かくゆう私や萌も、その人脈網は華子に負けないくらい……いや、むしろ比にならないくらい持っていると言える。

 人との関わりから成り立つ職業の特権と言うか……とにかく、調べようと思えば、連絡先を割り出すなんてこと、造作ないのだ。ただ、職権乱用してまで調べる気がおきないので、この件については放置状態を続けている。ま、連絡したくなったら調べればいいかなくらいにしか考えていないというのが本音だ。

 我ながら冷めている……と思うが、それも性格。仕方ないだろう。萌も一瞬感情的な女に見えるが、実際はかなりシビアな性格で、あまり情に絆されるようなことはない。まあ職業柄、これも仕方ないと思う。何せ萌は弁護士。弁護士が一々情に流されていたら、それこそ仕事にならない。時には情に訴えて弁護する……ということも必要だが、それは全て計算。演技なのだ……。

 探偵業も似たようなものだ。こちらは情に訴える必要は無く、常に真実を突き止め、それを依頼者に伝える。私の場合、ちょっと特別な探偵業を営んでいるため、一般的な探偵業で行う「浮気調査」「子供のいじめ調査」などとは無縁だが……。

 私と萌。性格は似ても似つかないと思われがちだが、実は奥深いところでは、かなり通じるものがあるのだ。







 その後も楽しい会話は続いた。

 ちなみに私は義高、華子、先輩の四人で語っている。

 義高も酒に強いらしく、いつの間にか四人で酒豪対決になっていた。確か今ので瓶十五本目だ……。

「ういっく……ここまでついて来れるとは……君たち中々やるな」

「私のライバルと認めてあげてもいいわね! お酒強い人ってかっこいいですよね〜先輩?」

「ふっふっふっ……僕もここまで強い人と飲んだのは初めてですよ。まだまだ負けませんがね! わははは」

(ついてけん……υυ)

 さすがの私もそろそろ気分が悪くなってきた、が、他三人の勢いは止まるどころかますます勢いを増している。そろそろギブアップしよう……。

 見れば義高もさっきまでの顔色の悪さはどこにもなく、今では先輩と楽しそうに語らっている。一体何だったのか? やっぱり私の気のせいだったのだろうか??

 私はふと周りを見回して見た。みんな飲みすぎているのか、かなりふらふらになっている。ひどい奴はそのまま突っ伏してしまっている。

「……みんな、大丈夫?」

 声を掛けていたその時、まっすーがふらっと立ち上がった。

「俺……ちょっと飲みすぎたみたいだ……先部屋戻る……おえっ」

「大丈夫か〜?」

「ちょっと……一人で平気なの?」

 かなり酔っているらしくとても一人では戻れなそうだ。

「俺、ちょっと部屋まで送ってくるわ」

 須山はそう言って立ち上がった。しかしふらふらのまっすーを、しかも自分もかなりの酔い具合。一人で支えていくのは無理だと思ったのだろう。すぐに助けを求めた。

「おーい、誰か一緒に手伝って〜……」

 しかしみんなそれ程状況は変わらないらしく、首を横に振った。

 唯一行けそうなのは酒豪の私と華子。小倉先輩に義高くらいであった。しかしこの三人は対決の途中であり、話など聞いていないようだ。

(やっぱ私??)

 私が仕方なく立ち上がろうとすると萌が立った。

「私が行くわ」

 考えて見れば、萌、縁、ユリエ、千絵子はお酒が苦手でお茶飲んでたんだっけ。

 私は結構辛かったのもあり、萌に任せることにした。

「萌、お願い」

「別に良いわよ。あんたの為じゃないしね」

「……そうかい」

 萌は私が倒れてもきっと運んでくれないだろう……そう確信した瞬間であった。

「じゃあ二人ともよろしくね」

 須山と萌は「了解」と頷いた。

 心配で三人の様子をしばらく伺っていた私は、三人が曲がり角を越えた所で部屋に入る事にした。

 三人が見えなくなったので私が部屋に戻ろうと踵を返した時、ふと携帯の音が聞こえた。多分、須山かまっすーの着メロだろう。萌のは違うはずだ。音は廊下の先から聞こえた。

 私はそんな時ふと考えた。

(そういえば萌って、まっすーの事好きなんじゃない)

 萌は職業がらか結構モテる。探偵事務所に訪れる人の一割は萌目当てな程だ。所長の私としてはおもしろくない事限りなしだけど。(私目当ての客がいたら見てみたいものだ)

 しかし今まで誰の求愛も受けなかったのだ。まああんましみんな格好良くなかったからだと思うが……。(私のタイプではない)

 でも義高を見た時は自分から売り込んでいたし、実際のところよく分からない。まっすーがずっと好きで忘れられないということはとても考えられなかった。

 この同窓会だって最初は来たくないって言った萌だ。まっすーが来るって言ったら目の色変えてくる事になったけど。ただ、近くにいい男がいなかったから昔のよしみで手を打とうっていうことなのだろうか?

 実はぶっちゃけてしまうと、萌は予備校の講師(二十九歳)と高校時代付き合っていた。私もその先生は知っていたがもちろんタイプではない。巧みな話術に萌は引っかかったらしいが……。でも確かその先生の実家が「和菓子屋」さんで、萌はあっさり冷めてしまった。気まぐれな女子高生に翻弄された先生に同情したよ、私は。

 さらにぶっちゃけ大会を続けよう(一体誰に向かって話しているんだろう)

 千絵子は高校時代から須山ラブだと思う……。まあ、途中色々な男からアプローチを受けていたみたいだが、どれも上手くいかなかったようだ。

 ユリエはなんと萌たちの気に入る男全てを奪い去った経歴アリ! の子悪魔。彼女に好きな人を教えないと言うのは皆の中では暗黙の了解となっていた……。(私は未経験だけど)

 華子は……惚れやすく冷めやすいタイプで、昔から恋多き女だった。このバド部内でも、何人かと色々あったが、どれもこれもすぐに上手くいかなくなるのがパターンだ。『理想は超高く、かつ、用意周到!!』が華子のモットーである……が、実際は理想とは真逆の男とよく付き合っている。彼女は思い立ったら即行動! 派なため、私も色々振り回されたものだ。

 縁は、いまだに小倉先輩のことが好きらしく(占ってたし)おまけに銀座の魔女は美しいと有名になったせいか、貢物や花束が毎日のように贈られてきたりするとかしないとか。とにかく、相も変わらず、その美貌は健在のようだ。

 そして私――はまた今度の機会にでも……。


 萌と須山を見送った後、私は縁達と話すことにした。縁はタロット占いをしているようだ。

「あなたの恋は近い将来叶うでしょう」

「えっ! 本当に?」

「本当だよ。縁様の占いは外れた事はないのよ」

「やったー! 嬉しーーっ!」

 どうやら千絵子の恋占いをしていたみたいだ。

 私が見つめていると突然縁が言った。

「麻衣のも見てあげる★ はい、そこに座って」

「えっ? でも私好きな人なんていないし……」

「これから好きになる人がいるでしょーが! はい座って座って」

「?」

 私は縁の言っている事が良く分からなかったが、とりあえず座る事にした。

「よろしい。では麻衣さん……これからあなたの人生について占います。まず、このカードの中から好きなのを一つ選んで下さい」

「……はい」

 縁の声はなんだか普段とは別人の様に聞こえた。耳で聞いているはずなのに何故か頭の奥で響いている……そんな不思議な感覚に襲われた。

 私はまるで操られているように、縁に言われるままカードを引いた。

「教皇の正位置ね。分かりました。ではあともう二枚カードを引いてください」

「うん」

 私は二枚カードを引いた。

「はい。えっと、二枚目が『愚者』の逆位置、三枚目が『月』の正位置ね」

「あの、縁。一体どんな結果なの……?」

 私は尋ねた。私自身はタロット占いの経験はないが、何かあまりよくないカードを引いてしまったような気がした。

 理由なき不安――そんな言葉が一番良く当てはまりそうな感じであった。

 横では千絵子が好奇心いっぱいの瞳で私の結果を待っている。

 ユリエがいないと思ったら、なんといつの間にか義高達に混ざっていた。お酒は飲まずに話だけ参加している。

 ふと眺めていると、ユリエはちゃっかり義高の隣を陣取っておりお酌までしている始末であった。その光景を華子はうんざりした様子で眺めている。そして私に向かってなぜかとても申し訳なさそうな視線を送ってきた。

(あ、華子は勘違いしたままだった)

 先刻の私の部屋での出来事の弁解をし忘れていたのを思い出した。

 別に義高とはそんな関係じゃないのだから他の誰と仲良くしようがしまいが私には関係ない事……なはずだったが、やはり面白くない。相手があの子だと思うと尚更だ。

 そんな時突然華子が言った。

「ちょっとユリエ! 義高君にくっつきすぎじゃない?!」

「そお? 私はただ色んな話聞いてるだけだよ。ね! 義高君★」

「え、あっ……まあ……」

 突然話を振られた義高は動揺しているようだ。

 華子とユリエは無言の睨み合いをしている。

 その様子をさぞ可笑しそうに見ているのは小倉先輩だ。

(なんかすんごいムカツク……)

 私は飲みすぎのせいもあるだろうが、胃がムカムカしてきた。ユリエの言い方にも腹が立ったが、義高も義高だ! とう。

 あの娘が可愛いからってデレデレしちゃって! ったくこれだから男って奴は――

「――衣……麻衣? 結果聞かないの?」

「えっ? あっ、ごめん」

 縁に呼ばれて我に返った私は、むかつきを押さえながら縁の話を聞くことにした。

「じゃあじゃあまず一枚目の意味からね。一枚目はあなたの現在を指しているの。カードは『教皇』の正位置。このカードから分かるあなたは、慈悲深さや思いやりがあるわ。また他人からのアドバイスや意見を素直に聞ける人ね。あなた自身、他人に認めてもらえるわ。良きアドバイザーにも恵まれているみたい」

「へ〜。当たってるかな?」

「まあ私の占いに間違いはないわね。いい結果じゃない」

「本当。いいな〜」

 千絵子が羨ましそうに呟く。まあ私も悪いのが出なくて良かったと安心したが、何か裏がありそうな気もした。

「じゃあ次にいくわね。次に引いた二枚は、ずばりあなたの気になる人のことよ!」

「気になる人って誰よ?」

「何とぼけてんの!? 彼でしょ? 義高くん!」

「はあっ? なんでよ?」

「だってさっきもユリエと義高君見てやきもきしてたじゃない? それがやきもち以外の何者だって言うのよ?」

「あ、あれは……」

 私はまさか縁に気付かれていたとは思わず動揺してしまった。さすが占い師……鋭い。

「そうなの、麻衣ちゃん?」

 千絵子は相変わらずそういうのには疎かったようで、全く気付いてはいなかった。

 私が言葉に詰まっていると、カードをトントンと揃える音が聞こえた。

「まあ取りあえず結果聞きなよ。まず二枚目の『愚者』これの逆位置。これは誤りや間違いに気付くという意味なの。義高君は何か間違いに気付いたのかしら……」

「ふーん……」

 私は何気なく答えたが、何かが引っかかった。間違えに気付く……?

「本来の愚者の意味は、ロマンス、愚考、狂人、道に迷う、酒の神バッカスという意味なの。ぷっ……道に迷って酒の神なんて義高君そのままね」

「ぷっ……あはははは! ほんとにね。義高モデルのカードみたい……」

 私と縁は思わず吹き出してしまった。だって本当に義高そのままだったのだから。

「ねえ次は?」

 千絵子が痺れを切らしたのか続きを催促した。縁は慌てて向き直る。私も姿勢を正す。占いはきちんとやらなくてはいけないと、昔聞いたことがある。特にタロットは集中しないときちんとした結果が出ない上、カードを怒らせるなんて聞いたこともあった。

「こほんっ。では三枚目。『月』の正位置ね。このカードは……危険を冒してまでも進む価値がある、勘が鋭く働く、早い行動が良い結末へ繋がる、という意味ね」

「危険を冒す……」

 私は何か重大なことを忘れているような気がした。

 そう――義高が桜山荘に行く理由だ。

「もしかして義高君は、重大な何かを抱えているのかもしれないわ。まあこれはあくまでも麻衣が引いたものだから必ずしも全てというわけではないけど」

「うん……」

「でも北林君ってなんか不思議だよね。見ず知らずのうちらと一泊するなんてさ。いくら縁と麻衣ちゃんが誘ったからって普通嫌がるもんじゃない?」

「……確かに」

 確かにそうかもしれない。私とだってまだ顔を知っている程度なのに。

 そう考えると段々義高には何かここに来る理由があったんじゃないかと思い始めた。

 本館はここから近いしどうにかしていく事はできる。というかまた迷う事自体ちょっと考えにくい。

 今日だって遅くなったけど無理に本館に案内してもらう事だってできなくはない。確かに頼みにくいだろうけどそれよりもここで一夜明かす事の方が普通嫌だろう。

 私だって、仕事上他人への聞き込みや調査のために遠くまで赴く事はあるが、そこの家で一夜を明かしたことはない。どんなに遅く暗くなっても必ず近くのホテルに泊まる。それか車の中で寝る。

 女の私でもそうなのだ。義高は男だ。まさか夜道が怖いわけでもないだろうし(実は怖い)、自分と同年の奴らと過ごすなんてもっと気まずいのでは……?

 何だか義高が分からない……

 すると縁がためらいがちに言う。

「あとね麻衣。月のカードには『嘘、不正直』っていう意味もあるの。なんだか義高君って……」

「嘘……不正直――か」

 私は正直、義高を疑い始めていた。

 人を疑う事は仕事上どうしようもないことだし割り切っている。

 だけど自分の友人は疑いたくはないのだ。ずるいと思う人もいるとは思うが、それはやはり人情だろう。

 だから義高のことも疑いたくはない。でも義高の本当の目的がわからない限り信じる事は無理かもしれない。

「じゃあ麻衣。最後に未来のことを強く思って一枚引いて。これで占いは終了よ」

「分かった……」

 私は沈んだ気持ちでカードを引いた。でも気持ちとは裏腹に、出たカードは『太陽』の正位置だった。

「麻衣。このカードはね、幸福、安心、発展、満足なんていう意味なの。また目標に向かう時なんて意味もあって、同じ目標を持った人となら一緒に進めるということの暗示なのよ」

「え……」

(目標の同じ人――?)

「麻衣。義高君の結果で気にしているならそれは間違いよ」

 縁は私の心を読むように言った。

「占いは所詮占いでしかないのよ。私がこんな事言ったら矛盾してるって思うかもしれないけど……。でもね、占いだけでその人の事全てが分かるわけないのよ。占いはあくまでもその人を知る一つの手段であって、実際にその人と話したり、触れ合ったりしてわかる事が真実なのよ」

「でも……縁の占いは百発百中なんでしょ?」

「確かにはずした事はないよ。でもね麻衣。なにが本当で何が嘘かなんて、結局はその人自身、あるいはその人を取り囲む周りの人たちの意識にすぎないの。私たちが真実と思う事だって、他人から見れば嘘偽りかもしれない。占いはその人の考え方に沿って解釈されるから、同じ事を言ったとしても、それこそ人の数だけの捉え方、つまり『結果』があるのよ」

「十人十色なのね」

「そう。でも麻衣は占いの結果に惑わされて本当の義高君を疑ってしまっている。それじゃあ占いの意味はないの。最後まで人を、自分の目でその人を判断しなくては駄目。あくまでも占いはその手助けでしかないんだから……」

(自分の目で判断……)

 この縁の言葉で心が軽くなった気がした。

 この子は本当に占い師に向いていると思う。そして、良い占い師だと感じる……。

「縁……。うん、分かった。ありがとう」

「いえいえ。でもこの分だと二人の相性はバッチリね!!」

「縁!!(怒)」

「良かったね、麻衣ちゃん!」

「千絵子まで〜!!」

 でも縁はとても大事な事思い出させてくれた。

 疑う事が探偵の仕事じゃない。

 人との信頼関係が一番重要なのだ。

 何で今まで忘れていたんだろう。こんな大事な事を――当たり前なのに。

 私は苦笑する。

 そして心の中で義高に「疑ってごめん」と謝り、私が見たままの義高を信じると固く誓ったのだった。




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