最終章〜最高の相棒〜
「津久井。ゲームオーバーみたいだな」
複数の声に顔を上げると、萌の背後に見慣れた顔が揃っている。
「吉文……それに……益子君に佐田、永田君、菅君……堀之内さんまで!?」
義高は、幽霊を見ているかのように顔を引きつらせ、「あっ、あっ」と情けない声を上げている。
ドサッという音と共に、ユリエは卒倒した。
私はといえば、今すぐにでも悲鳴や奇声を上げ、ここから逃げ出したい気分だった。
私は本当に、夢でも見ているのだろうか。
何で死んだはずの彼らがここにいるのだろう。
「いやーお二人さん。お疲れ様でした☆」
そう言ってからっとした笑顔を向けてきたのは、口の端に血の跡を残した千絵子だ。
「ち、千絵子……何でアンタ――」
「あっははーっ。何か女優の才能が開花したって感じでね」
「はぁっ!?」
私の頭はもう既に、限界を超えていた。いや、むしろショート寸前だ。
しかし、このおかしな――在り得ない状況に対応できていないのは、私と義高とユリエ(気絶中)だけのようだ。
他のメンバーは皆、お腹を抱えて笑い転げている。
あの無口でクールな先輩までもが、顔を歪ませて笑い転げているのだ。これはきっと夢なのだと思う。
「あの……これは夢ですか?」
「ぷっ……あっははははは!! うひゃひゃひゃひゃ!」
義高のこんな哀れな台詞でさえも、今の皆には笑い袋を開けるのと同じ効果を与えてしまったらしかった。しかし、うひゃひゃひゃ笑いはないだろう。
「うう……麻衣〜っ! 一体どうなってるのかなぁっ!?」
そう涙目で訴えかけてくる義高に、私も泣きそうになりながら「こっちが聞きたいわよ!」と叫んだ。
私はただ泣きそうな顔で、萌を見つめる。
義高は何故か、縁の笑う様を凝視している。
「萌!? 一体これはどういうことなのか説明してよ!!」
私が泣きそうに怒鳴ったせいか、萌は一瞬後に下がった。
私が怒鳴った事で我に返ったのか、義高も叫ぶ。手には萌の髪の毛――カツラが握られている。
「そうですよ! ちゃんと説明して下さい!!」
二人の怒鳴り声に、部屋の中は一瞬で静まり返る。
私と義高はそのまま前に――皆に詰め寄るように近づいていく。
皆はそれに呼応するかのように、一歩ずつ後退する。
そして二人同時に萌の腕を掴む。
「萌!」
「津久井さん!」
私たちが凄まじい剣幕で睨み付けると、萌は笑顔で「とりあえず一階に行きましょう?」と言ったのだった。
「さあ萌……説明してもらいましょうか?」
「もちろんカツ丼なんてないからね! 出がらし茶で十分だ!」
義高のボケにはあえて突っ込まず(酷)私は義高と二人、萌を睨み付けながら談話室の椅子に腰掛けている。ユリエはまだ気絶したままなので、ソファーに寝かせている。
そんな私たちの状況を、笑いを堪えつつも静かに見守っている他のメンバーも、私はきつく睨んだ。どすを聞かせた声で、満面の笑顔を作りながら言う。
「早く席に着いてね」
「「「は……はいっ」」」
皆の声が見事にハモる。
義高も隣で、素晴らしい営業スマイルを見せているが、実際その笑顔は私よりも暗黒オーラを含むものだった。
「もちろん皆にも事情は聞きますよ? まさか津久井さんだけだなんて思っていないですよね?」
そんな義高の言葉に皆はたじろぐ。
あの先輩でさえも、コクコクと頷いている。
そんな光景を見ながら、私たちは二人同時に言った。
「「さあどうぞ」」
「……分かったわよ……話せばいいんでしょ」
萌は観念したかのように両手を挙げ、大きく溜め息を吐いた。
「今回のことは、私のせいじゃないわよ。むしろ警視庁が黒幕なんだから」
「「はあっ!?」」
私たちの叫びが綺麗に重なったが、今はそんなこと気にしている場合じゃない。警視庁が黒幕って何なのさ!?
「何言ってるの!? 私たちは警察なのよ!?」
「そうだよ! 僕なんて捜査一課だよ!?」
「だから選ばれたのよ!」
萌は「あーもう! だから嫌だったのよ!」と吐き捨て、髪を乱暴に掻き上げた。
「もっと分かりやすく説明してよ!」
私が怒鳴ると、見兼ねた華子が横から言ってきた。
「えーっとね……まあ上手く説明できないんだけど、要するにこれは全てお芝居だったの。本当は誰も死んでいないし、怪我もしてないのよ」
「い、今までのこと全て芝居――嘘だった!?」
「!? じゃあ何……? もしかして――いやもしかしなくても益子君は普通にずっと生きていて橋から落ちた佐田や永田君菅君も本当は無事で津久井さんも怪我なんて全くしてない上に堀之内さんが毒を飲んで吐いた血も嘘で吉文も本当は死んでもいないし頭も殴られていないの!?」
私の言葉を奪うように、矢継ぎ早に……というか一息で捲くし立てる義高に華子は「う、うん……」と気まずそうに答えた。
私は心の中が、段々と渦巻いていくのを感じた。
怒りがふつふつと込み上げてくる。
はらわたが煮えくり返るのを通り越し、蒸発寸前だ。
お前ら…………殺す!
ついに切れた私は、義高に負けないくらいの早口で一気に皆を責め立てた。
「じゃあ何? 私は皆のお芝居にずっと騙されていて危うく殺される所だったってわけ!? 私たちが翻弄されてるのを見てずっと笑ってたの!? 私はこんな事のためにクロロフォルムで気を失わせられたりロープで縛られたり監禁されたりしたの!? 萌を心配して部屋を飛び出したのに当の本人たちはそんな私を嘲笑ってたの!? むしろこんな下らない事の為に今回の同窓会を企画したなんて言うの!?」
「ま、麻衣……」
「何なのよ! 私は本当にショックだったのよ!? 友人を一気に失うなんて……もう立ち直れないかと思ってた! 人が自分の目の前で死んでいくなんて通常じゃ考えられないわよ! 本気で心配して本気で悲しんだのに何なのよこれ! 萌の為に泣いたのよ!? なのにこんなのってない!!」
「そうだよ! 僕だって本当にショックで……どうして!? どうしてこんな企画に乗ったんですか!? 皆さんおかしいですよ!! どうかしてる!!」
怒りを全てぶちまけた私たちは、そのまま部屋を出て行こうと立ち上がった。
「ちょっ……ちょっと二人とも!」
「お、落ち着けよ……なっ?」
「本当にごめん!」
「麻衣〜、義高君〜」
「「うるさい!!」」
……本当に義高とは気が合うと思う。
ハモリ何回目だろうか。
義高以外誰も信じられない。
今日という日は、人生で最低最悪の日になりそうだ。
未だかつて、こんなに酷い仕打ちを元部活仲間から受けた人間はいるのだろうか。私はいないと断言できる。
しかも警視庁が黒幕!? 信じられない! 何で警察が事件を自ら起こすのか、全く理解不能だ。
何もかも狂ってやがる! と叫びたい。
もう世の中の事全てが嘘偽りに思える。夢幻なんて聴こえの良いものなんかじゃない。むしろ無現≠セ。
此処まで来て、これが驚愕のラストかよ!? 本当に在り得ない!
今警視監の顔を見たら「右ストレート」どころじゃ済まない。全身殴打、百連発! くらいは軽い。原型をとどめる事が不可能なくらい殴りたい!
「「ふざけんな警視庁!」」
私たちははまた、同時に叫んだ。
義高も同じ事を考えていたのだろう。
本当にむかつく! 警視庁を今すぐ爆破したい!!
息も荒げに二人同時に扉を開けようとした時……扉が何故か、自動で開いた。
「? 気が利くわね。この扉――――ぁぁっ!?」
そんな呑気な言葉を吐いてしまった自分に後悔した――――本当に酷い仕打ちだ、これは。
「二人とも、ご苦労様」
「「け、警視!?」」
何度目かのハモリは、今までで一番綺麗だった。
「いやぁ、君たちには悪いことをしたね」
「………」
私たちは無言のまま警視を見た。
警視――そう呼ばれているこの人の名は、砂原 雅輝。
警視庁きっての凄腕警視で、その容姿はそんじょそこらのアイドルをはるかに凌ぐ程だ。頭脳明晰、容姿端麗だ。
そんな、女性なら誰もが憧れるような砂原警視に対し、ぶすっとした表情で怒りを露わにしている私はすごいのかもしれない。
「まあ……全ての責任は我々警視庁――官僚の奴らにあるんだ。岡野さん、君のお仲間は協力させられたんだよ。だからもう許してあげてくれないか?」
私たちの視線に慌てながらも、笑顔で警視は言った。私はいらつきながら答える。
「……警視は何故、今回の事を黙っていたんですか? そもそもこんなことする上の意図が、私には分かりかねます!」
「僕も彼女と同じです! 何故このようなことを!?」
義高にも言われ、警視は「弱ったなー」といった表情を見せ、溜め息を吐きながら言った。
「私は……本当は今回のことには反対だったんだよ。私の大事な部下たちに、心の傷を負わすような体験させたくなかったからね。……しかし、上の決定は絶対だ。皆、圧力に負けて結局は認めざるをえなかった。北林の世話役――大塚も反対していたんだ、最後までな。でも力及ばずだった」
「先輩が……?」
「ああ。あいつは最後まで北林のことを心配していた。でもな……私たちにはどうすることも出来なかったんだ。詳細は全く知らされていなかった上に、いつそれが行われるのかさえも分からなかった。……北林、お前が選ばれたことだけしか知らなかった」
「先輩……でも、どうして僕だったんです!? 何故僕らがそれに選ばれたんですか!?」
義高は警視に詰め寄った。
私も知りたい。
何故自分たちが選ばれてしまったのか。
警視はここで一端話を切り、胸ポケットからタバコを取り出すと火を点けた。私は反射的に灰皿を差し出す。
「フフッ、ありがとう……。君たちが選ばれた理由……それは一言で答えられない。二人の、物事に対する探究心、行動力、判断力、決断力、理解力、想像力――そういうものから総合的に判断して決まったんだろう。まあ強いて言うなら、岡野は特捜課だし、何よりも、これを実行するには最適な友人たちがいたことかな。北林は……この年で刑事になれる実力を買われたってとこだな」
「「……」」
私は何だか、とてつもない脱力感に襲われた。
もう怒る気力も残ってはいない。
出るのは溜め息だけだ。
「あの〜お話は終わりました?」
宴会場に移動していた皆が戻ってきたようだ。
皆気まずそうな瞳を向けてきた。
警視は立ち上がると、皆に向かって敬礼をした。
「皆さんも、ご協力感謝します。後日、警視庁から謝礼が届くと思いますのでお受け取りください。
……今回の事は、皆さんにとっても大変だったと思います。特に津久井萌さん。貴女のお名前は日頃からよく耳にしていました。犯人役をやられたそうで……」
「ええ……まあ。あまり気乗りはしなかったんですが、私も弁護士という職業柄、警視監直々のお願いと言われてしまうと断りきれなくて……麻衣、騙していてごめんなさい……」
「………」
私は固く口を閉ざした。
そんなにあっさり許せるような問題ではないのだ。
てかギャラありかよ!? と突っ込みたかった。
警視はそんな様子を見兼ねたのか、おもむろに携帯を取り出すと電話を掛けた。
「……もしもし? 砂原です。今、警視監に電話繋げますかね? ええ――はい、今二人のところにいます。はい……はい――」
「警視!? まさか警視監に――」
「ほら、警視監から君たちに話があるそうだよ」
「えっ! ちょっ――」
私は慌てふためくが、電話を受け取ってしまった以上、話さなくてはならない。私は恐る恐る電話に出る。
「……もしもし。特捜課の岡野です……」
しかし、警視監の反応は意外なものだった。
『君が岡野君か! よくやってくれた。君と北林君の活躍は全部見させてもらったよ。いやー素晴らしい推理だった。君たちは警視庁の鏡だよ! わはははは』
「はあっ?! ふざけんなじじい!」と言いそうになるのを必死に堪えた。
一体何を言っているのか分からない……いや――本当は分かっている。ただ分かりすぎて、今すぐこの携帯をブン投げたい衝動に駆られるのを押しとどめるだけで精一杯だ。
しかし私はあえて、警視監の口から聞く事にした。
「……一体それはどういうことなんでしょうか?」
『ん? 君たちの行動は全て監視させてもらっていたんだよ。もちろん、何かあったらそこですぐに中止する手はずになっていたんだ。救急隊員もずっと待機していたんだから』
「……くそじじい」
思わず口に出てしまった。だが幸い呟いただけなので、誰にも気付かれてはいないようで安心した。もちろん、警視総監にもだ。
義高はそんな私を、心配そうに見ている。砂原警視は私と目が合うと、乙女が落ちるであろうウインクをした。
「警視……目から星が出てますよ……」
私はぼそっと呟く。
『おーい岡野君? 聞こえてるかい?』
遠くで警視監の声が聞こえた。
本当に狂ってる。
日本は終わりよ……
大きく溜め息を吐きながら義高に携帯を手渡し、砂原警視を睨みつけた。
「警視もいたんですね!? ずっとこの様子を見ていたんですね!?」
私はすごい剣幕で怒鳴ったが、警視はしれっとかわす。
「まあね。何せ妨害電波を発信したりと、やる事はたくさんあってね。監視カメラなるものを、旅館じゅうに取り付けさせてもらったよ。そんなわけだからクロロフォルム……正確には、違う薬品なんだが、そんな物が手に入ったんだよ。おまけに君のデータから、君の体内に影響を及ぼすような薬品は避け、もし万一なことがあってもすぐ助けられるように救急隊員を至る所に潜ませていた――安全は保障されていたんだよv」
「………」
この人の語尾に、今vマークが出た気がするのは私の気のせいだろうか。
本当は一発殴ってやりたいところだが、そんなことしてファンの恨みを買うのは御免だ。いや――あえて殴るのも面白いかもしれない。
「はあっ!? 何言ってんですか?! アンタ頭おかしいんじゃないですか!? 意味分かんねーーっ」
案の定、私と同じ台詞を聞いたであろう義高は、普通に文句(むしろ罵声)の声を上げていた。私は少し抑えていたのに……
でも、そんな義高を見ているうちに、私は少しずつ怒りが解けていくのを感じた。
何だかもう、どうでもよくなってきた。
とにかく疲れた。
「麻衣! 本当にごめんなさい!!」
「岡野! 悪かった!!」
皆が必死に謝ってくる光景に、私は思わず吹き出す。
「ぷっ……あははっ……皆が謝ってくるなんて何か笑える……」
「麻衣……」
「……もういいよ。皆が無事ならそれでいい……」
そう言った途端、縁と千絵子と華子が抱きついてくる。
「うわあっ!?」
「ごめんね! 本当に!」
華子が言う。
「聞いて! 私もずっと知らなくて……コーヒーがすんごく苦くて吐いちゃったの! で、二階で須山にこの事聞いて、急遽協力することになっちゃったのぉ!!」
千絵子は手足をバタつかせながら話している。
「私が遅れた理由はね、北林君がちゃんと桜山荘に着けるか監視しなくちゃいけなかったからだったの! でも途中で見失って……もう諦めかけていたら、何と麻衣とはもう会っていたのよ! 二人が出会ったのは計算外だったの!」
「そうなの……?」
私が聞き返すと、縁は早口で言った。
「本当はね、北林君が先に桜山荘に着いている予定だったの。で、私たちが色々言って、ここに泊まらせる計画だった。でも実際は既に麻衣と会っていて、ごく普通の流れでここまで持ってくることができたのよー」
さらにね――と縁は付け足す。
「まさか二人が協力して事件を解決するなんて思わなかったわ。私、何回も吹き出しそうになっちゃって……特に千絵子が死ぬとこなんて、須山のくっさい台詞に死ぬほど笑いを堪えてたの。いやー危なかったわ☆」
「縁……アンタすんごい楽しそうね……」
「そんな事ないよ! でもほらやっぱり、二人は運命で結ばれているんじゃない?」
「……だから何でそうなんの?」
「だってこうも上手くいくなんて、偶然じゃないわ! まさしく運命よ!!」
「あのねえ……」
「あ、ちなみにタロット占いの結果は嘘じゃないわよ。あれにはさすがに驚いたわ……まさか本当にこうなるとはね」
「!?」
「まあこれで私の記録はまた更新されるわけね。義高君と仲良くやってちょーだい☆」
「………」
私は興奮気味な縁の話を、ただ呆然と聞いていた。
……ていうか、どう考えても縁は楽しそうだ。むしろ縁が全ての黒幕のような気がするのは、気のせいだろうか……?(いや、かなり怪しい)
そんな時ふと誰かの視線を感じ、私は振り返る。
そこには萌の姿があった。
「萌……」
「ごめん、麻衣……」
萌が頭を下げた。
「萌――」
「私が軽く考えすぎていたわ! 本当にごめんなさい……」
「……もういいよ。萌だって犯人役、大変だったでしょ? お疲れ様。全く……アンタは女優よね」
「麻衣……」
萌は顔を上げた。が、その表情はまだ曇ったままだ。相当責任を感じているらしい。
こういう萌は、何だか苦手だ。いつものような、あの厭味の一つでも言ってほしいのに。
でも私は、こういう時どうしたらいいのか知っている。
こういう時は――……
「萌……そんな顔じゃ法廷の女神の名が廃るわよ? 次の裁判も負けるんじゃない? あーあ。不敗の女神もここまでかぁ」
「なっ、何ほざいてんのよ! 私が負けるわけないじゃないっ!……あ……」
思わず出た言葉に、萌は口を押さえたがもう遅い。
やっぱりどんな時でも萌は萌だ。
これが私の知っている萌なのだ。
私はそんな萌に思わず吹き出した。
「あははは、相変わらずだなー。ま、それだけの元気があれば、次も大丈夫でしょ」
「ふふ……ありがと……」
萌は顔を赤くしながら言った。
――その日の夜
「えーでは、気を取り直しまして、改めてバド部同窓会を始めたいと思います。大塚先輩と砂原さんも増えました! 一層盛り上がっていきましょう!! それでは……」
「かんぱーいっ!」
昨日のそれよりも、皆は騒がしかった。
きっともう、何も隠していることがないからだろう。
「ちょっと! ちゃんと説明してよ!」
気絶から覚めたユリエが、皆に詰寄っていた。
今回の計画を知らなかったのは、私と義高とユリエと千絵子の四人だけだ。ユリエが怒るのも無理は無かった。
「だって! ユリエ絶対ボロ出ると思ったんだもん!」
「ひどーい! 皆でのけ者にしてぇ!」
「仕方ないでしょ!」
ユリエが見た人影とはまさしく――警官。
何か変わった事が無いかと調査していた所を、ユリエに見られてしまったらしい。今思えば、どうりでタイミング良く携帯が繋がったわけだ……警察がバックにいたのだから。
砂原警視、皆から聞いたところに寄れば、警視総監が直々に今回の計画を、萌に持ちかけたそうだ。
萌は法廷で名高い新人弁護士。頭の回転も速く、犯人役にはもってこいだったらしい。で、他にメンバーを集めるにあたり、丁度良かったのが部活のメンバー。どうせなら、同窓会ということにしてしまおうということだったらしい。全く迷惑な話だ。
そして今回こんな事が行われた理由は、日本の警察の実態検証と、新人のレベルアップを図るためだと言う。
日本の警察のレベルが低下していると言われ続ける中、警視庁が独自で考え出したものらしい。
ちなみに、私たちのような哀れな目に遭う人間は、これから先どんどん増えるだろう。その人に合わせた、最適な計画が実行されていくのだ。
まさに悪夢のような計画。
ここから得られるものなんて、あるのだろうか。
――そういえば……小倉先輩は……
私はふと考えた。
先輩は何故、この同窓会に出席したのだろうか。
私たちの代とは何ら関係は無いはず。
何か理由があるのだろうか?
「……もういいや……やめた」
これ以上考えても疲れるだけだと悟った私は、もう何も考えないことにした。
全ては終わったのだ。
それでいいの。
でも……一つだけ皆に言いたいことがある。
それは「お前ら全員役者に転職するべきだろ」という事。
私はそんな思いで皆を見つめながら、義高を捜した。彼は大塚先輩と砂原警視に囲まれている。二人は私に気付くと、義高の隣を空けてくれた。
「あ、麻衣も一緒にどう?」
「うん」
私がそう答えると、義高がビールを注いでくれた。
「ありがと」
私がビールを一口飲むと、義高は「ちょっと外に出ない?」と私を縁側へ誘った。
縁側は、春の風が心地よかった。
桜の花びらが、ひらひらと舞いながら落ちていく。
その光景はまるで、桃色の雪が降っているようだ。
「綺麗だね……」
「ああ……本当にな……」
しばらくは無言のまま桜に見入っていた私たちだが、義高がふと呟く。
「何か……今思えば早かったな……昨日の今日って感じがしないよ」
「うん……こうしていると、昨日のことが全部夢だったような気がするね」
「でも夢じゃないんだよな――その内容が全て嘘でも……」
そう言って苦笑する義高を見て、私は思っていた。
この人と出会ったことは――現実。
他が嘘偽りでも……これだけは違う、と。
「でも――義高と出会ったことだけは、真実だよ」
「……うん。それだけは間違いないな」
そう言って私たちは笑った。
彼とは今夜でお別れだ。
もう二人で何かをするなんてきっとない。
一緒に行動できるのは、今日で最後……そう思うと、何だかとても寂しくなる。
バド部メンバーとはもう一日一緒にいられるけれど、それを過ぎればやはりお別れ。
次はいつ会えるのだろうか……もう会えないかもしれない。
「はあ……何だか寂しいな……」
私は思わず呟く。
義高は何も言わなかった。ただじっと、桜に見入っているようだ。
「まあ、警視庁に行けば会えるか……頑張って昇進しなさいよ?」
私がそう言って笑うと、義高は振り向き真剣な顔で言った。
「……麻衣たちに出会えて、本当に良かった」
――そんなこと、今更だよ……
「……私も。きっと皆もそう思ってるよ」
私も義高の言葉に答えるように、真剣な顔で言った。
桜の花びらが風に乗り、私の髪を掠めていく。
本当に今夜は綺麗だ。
白く輝く満月に照らされて、桜の花びらが光を纏ったように見える。その情景は、やっぱり御伽噺の世界だ。
「麻衣も、探偵家業頑張れよ」
「うん」
私は思う。
散々な一日だったけれど、彼という人間に出会えたこと、また彼自身が私や私の友人を大切に思ってくれたことは、何よりも嬉しいことだ、と。
義高の笑顔を隣で見ながら「こんな同窓会も満更悪くないかもね……」と心の中で呟いた。
翌朝、義高と大塚先輩、砂原警視は、私たちに見送られながら帰ることとなった。
落ちたとされていた吊り橋は、見事なまでに修復されている。
さすが警察、と何故か感心してしまう自分が嫌だった。
ああ、これも所詮警察官の性なのね……およよよ〜。
義高と別れる時、彼は言った。
「……ねえ麻衣」
「ん?」
「あのさ…………いや、いいんだ…何でもない……お互いにこれからも、警察官として誇りを持って頑張ろうな」
「うん……」
彼が最後、私に何を言おうとしたのかは分からない。
でも、一緒に頑張っている仲間がいることは、たとえその人と離れてしまっていても、とても心強い。
義高が頑張っている限り、私も頑張れる。
「元気でね、義高!」
「うん……麻衣もね」
そう言って彼は、軽く敬礼をした。
私も真似して返す。
彼はそんな私に笑顔を向けると、先を行く先輩たちを追いかけていった。
私はその後姿を、しばらくの間見送った。
彼の姿が遠くなり、次第に見えなくなる。
次に会う時彼は――私は――どう成長しているのだろう。
何だか今から、とても楽しみだ。
義高とは、とても長い付き合いをしてきたように感じるのは何故だろう。
義高の姿が、完全に見えなくなると同時に私は呟く。
「行っちゃった……」
「中々な別れだったわね〜」
突然の声に驚き振り返ると、そこには萌、千絵子、ユリエ、華子、縁の姿があった。
「皆……」
私が呟くと、突然華子と千絵子に腕を掴まれる。
「えっ――」
「さあ! 残りの休暇、スポーツでもするか!!」
「テニスしたーい!」
「ちょっ――うわあっ」
私はそのまま引きずられるようにして、皆に連れて行かれてしまった。
でも私にとって、此処はとても居心地がいいのだ。
此処に勝る安らぎ所はない……皆がとても大切なのだ。
「しょうがないな〜……」
「そうこなくっちゃ!」
皆の笑顔に囲まれながら、私はほっと溜め息を吐く。
そして気付く。
私がこの計画で得たもの――それは、皆との安らぎの時間と、義高との思い出。
そしてさっき義高が言いかけた言葉が何なのか、私には分かったような気がした。