僕はここで一間置いた後、はっきりと言い放った。
「それは……この僕だ!!」

「はいっ!?」
 僕の突然の告白に、皆は口をパクパクさせている。
「義高……アナタ、頭大丈夫?」
 麻衣が、心配そうな瞳を向けた。
 だが僕は、笑顔で答えた。
「僕は至って正常さ!」
「な、何で義高君が!?」
 岸谷さんの言葉に、僕はしれっと言った。
「理由? そんなのあるわけないじゃない。でも犯人は僕なんだ。それでいいじゃないか」
「いや、あの……」
「とにかく僕が犯人なんです。ごめんなさい。すいません。逮捕して下さい」
「義高……本気なの?」
 麻衣が、軽蔑したような冷たい表情で言った。
 でも僕は怯む事無く続ける。
「そうなんだ。僕が全部やったんだ。とにかく僕が犯人なんだよ! どうして分かってくれないんだ!?」
「えっ……あの……」
 僕の言葉に、麻衣はたじろいだ。
 僕はなおも続ける。
「僕がやったんだ! 僕がやったんだ! 僕がやったんだ! 僕がやったんだよ――!!!」
「わ、分かったから落ち着いて!」
 秋山さんが焦りながら言った。
「君が犯人なんだな? それで間違いないんだな?」
 小倉先輩が確かめるように言った。
 しかし僕はここで、また皆を撹乱させるような事を言った。
「は!? 何言ってるんですか! 僕が犯人なわけないでしょう! ふざけるのもいい加減にしてください!」
「えっ!? いや……君が今そう言ったんじゃ――」
「僕が言った? じゃあ何ですか。僕が言ったことは全て正しいんですか?! 僕が犯人だって言ったら必ず犯人なんですか!? おかしいよアンタ。どうかしてるよ!」
「い、いや……別にそんなつもりじゃ……」
「じゃあどんなつもりなんです? さては僕を錯乱させて自殺に追い込もうって魂胆だな! 何て卑劣なんだ! おまけに姑息で意地汚い! アンタは悪魔だ! ゴミだ! ヤニ男め!」
「ご、ごめんなさい……」
 先輩は俯いて謝った。あともう一踏ん張りだ。
 僕は、もう息の続く限りマシンガンのように言葉を発した。
「この際だから言わせてもらうけどね、まず吉野さん! あんたの行動が一番怪しいってこと自覚してる? してるわけないよね。今時占いで物事決めるなんて、自分が愚かだと思わないのか? 思う分けないよね。だってもし思ってたら、占いで生計立てようだなんて思うはずないし。とにかくそのいびつな十字架も目障りなんだよ。僕の視界に入らないでくれるかな?
 次に秋山さん! あんたさっきから聞いてれば何なんだよ。なんかイイトコ取りしすぎじゃねーか!? まあ君は総長だから仕方ないか。でもね、言わせてもらうと君はっきり言って胸無いよね! ちょっと筋肉付けすぎてるんじゃない? もっと柔らかくならないと、男に捨てられるよ。まあ、相手がいればの話だけどねっ!
 岸谷さん! アンタは男に媚売りすぎなんじゃない? 僕は君みたいな女大嫌いなんだよ! ボディタッチがやたらと多いし、何かと語尾にハートか星が付くし、伸ばした話し方も気に食わない。全然可愛くないから。
 そして麻衣! 君はどうして僕が犯人だなんて酷いこと言うんだよ!? 一緒にいたのに何故!? そうか、僕を陥れようとしてるんだろ! なあ! そうなんだろ!? はっきり言えよ! 大体何? 特捜課なんて本当に存在するのかよ!? 嘘言ってるんじゃないの?! このタヌキめ!
 で、今僕が一番文句言いたいのは……津久井さんだよ! あんた何死んでんだよ! 勝手に死ぬなよ! 死んで皆の同情買うつもりかよ? はっ? 誰が同情なんてするかよ。お前の亡骸なんてそのまま放置だよ。美人弁護士? 馬鹿言ってんじゃないよ! あんた自分の顔鏡で見たことある? あるわけないよね。だってちゃんと鏡見てたら、自分のこと美人弁護士だなんて恐れ多くて言えないはずだもんね。困るんだよねーこういう勘違い女。君本当に弁護士なの? 在り得ないよ。僕が検察官だったら、君だけには負ける気がしないね。こんな馬鹿でブスな奴には負け――」
「ブスですってぇぇ!? キ――っ! ふざけんじゃないわよ! ちょっと顔が良いからって人を馬鹿にするのもいい加減にしなさ――」
「つ、津久井……」
「も、萌……」
「し、しまった……」

 皆がポカンとした表情で見つめるのは、言うまでも無く津久井さんだった。
 彼女は顔を真っ赤にしながら、鼻息荒く布団を蹴り飛ばしてしまったようだ。
 よし、作戦成功だ。

「――かかったね、津久井 萌さん」
「なっ――」
「真犯人は君だ!」
 僕は津久井さんに向かって指差す。
 津久井さんは悔しそうに唇を噛み締めている。
 僕は不敵な笑みを浮かべ言った。
「こうすれば、君はかならずボロを出すと思ったよ。皆ごめん! 酷いこと言って……でも、こうでもしないと津久井さんは起きてくれないと思って――でもどうやら上手くいったみたいだね」
 
 正直、ここまで上手くいくとは思ってもみなかった。
 むしろ、津久井さんを無理矢理たたき起こすくらいの気でいたのだ。
 津久井さんが単純な人で、本当に助かった……。

 僕は皆に向き直ると上着を脱ぎ捨て(なぜ?)話し始めた。
 皆さっきのことは許してくれたようだ――ただ一人、何かを唱えている吉野さんを除いて……
「まず、益子君殺害から説明します。あの時僕は、益子君が死んだと皆さんに言いました。確かに脈が無かったし、手も冷たかったんです。でも本当は――彼はあの時生きていたんだ!」
「!?」
 案の定皆は、目を大きく見開いた。
 僕も真似して目を大きく見開きながら続ける。(意味なし)
「信じられない、といった感じですか? 僕もまさか、彼が死んだフリをしていたなんて夢にも思いませんでしたよ。でも、ここが落とし穴だったんです。つまり、今回の犯人は津久井さんの他に、あと二名いたのです! 誰かは……言わなくても分かりますよね?」
「……そんな……まさか……」
 秋山さんが口を覆いながら呟く。
「でも、じゃあ……」
 吉野さんは、首から提げたロザリオを握り締めながら俯いた。何か思うところがあるようだ。
「………」
 先輩は無言だったが、その瞳にはどこか妖しい輝きが宿っているように感じた。てか僕、何でこの人の事、先輩≠ネんて呼んでいるんだろう。別に僕にとっては先輩でも何でもないのに……
 僕はこの事だけがとても気になったが、今は捨て置くことにした。
「そうです。今回の事件は、益子君、吉文、津久井さんの三人の共犯だったんです。僕らは彼らに騙されていたんですよ」
 そう言って僕は津久井さんを睨んだ。
「でも! じゃあ千絵子を殺したのは須山なの!? 好きだなんて言ったのも、嘘だったって言うの!?」
 吉野さんが、やるせないといった表情で叫んだ。
 僕も苦しそうに言った。雰囲気を出すために。
「……吉文が、どこまでの嘘を付いていたのかは分かりません。でも、少なくとも堀之内さんの事に関しては、彼は嘘を吐いていた様には思えません。あれが演技だとは、僕は思わない!」
 僕が強く言い切ると、吉野さんの表情が少し和らいだ。
「そうよね……きっとそうだわ」
「私も須山が嘘を吐いていたとは思えないよ。少なくとも、千絵子に対する気持ちは本物だったと思うわ……」
 麻衣も俯きながら呟いた。
 僕は、そんな彼女たちを横目で見ながら話を続ける。
「益子君が死んだフリをした時に使ったトリックは、至って簡単で古典的なものでした。――上腕大動脈の圧迫――これにより脈をしばらく止めていたんです。これは僕のミスです。僕がもう少し気を付けて見ていれば、見抜けないものではなかった……」
「義高君が責任を感じる必要はないよ! あんな現場で冷静でいられる方が、どうかしてるのよ!」
「ユリエは卒倒してたけどね」
 岸谷さんが僕を励ましてくれた(?)が、秋山さんが冷ややかに突っ込んだのを、僕は聞き逃さなかった。
「ありがとう岸谷さん。でも僕も、殺人現場なんて見るのは初めてだったんだ。あの瞬間、僕も気を失いそうになったよ。何とか刑事としての理性が、僕を正気に保っていてくれたけどね」
 正気だったのかよ!? と、読者の皆さんから突っ込みが来そうだ――って……僕は一体誰に向かって喋っているんだ?
「……益子君を見て、津久井さん……アナタはわざと感情的になったフリをした。さも悲しんでいるような素振りを見せたんだ。そして部屋から飛び出て下で麻衣を待ち伏せし、背後から襲った」
「萌……私も殺す気だったの?」
 麻衣が静かに津久井さんに尋ねる。だが津久井さんは、何も言わなかった。
「……麻衣の事は殺す気はなかっんだろ? だから傷を負わせたりせずに、捕まえたんだ。探偵としての麻衣が邪魔なだけだったんだろ?」
「………」
 津久井さんは何も言わなかったが、その表情は僕の言葉が正しいと言っているようだ。
 麻衣はそんな津久井さんを、複雑そうに見つめている。
 僕はこの何とも言えない空気を壊すかのように続けた。
「津久井さんが一階で上げた悲鳴には、二つ意味がありました。まず一つ目は、麻衣の注意をこちらに向けさせ、冷静さを失わせる為。もう一つは、二階の吉文と益子君に合図を送る為……そうですよね、津久井さん」

 津久井さんの表情が歪む。
 この推理も合っているようだ。
 僕に間違いはない! あるわけない!

 得意になった僕は、べらべらと喋りまくった。もう一気に事件を片付ける気でいた。
「悲鳴を聞いた僕らは、津久井さんたちを捜そうと、一階に降りることにしました。この時は、僕の提案に乗ってきた吉文でしたが、たとえ僕が言わなかったとしても彼は下に行くつもりだったと思います。……気絶した麻衣を閉じ込めたのは、おそらく吉文です。彼は一階に着いた途端、僕たちに――僕と吉野さん、堀之内さんに、二手に別れて捜そうと提案しました。今思えばこれは、二人になった方が動きやすかったからだと思います。吉文的には、吉野さんと堀之内さんがついて来たのは誤算だったんです。幸いというか、僕は吉野さんと一緒に行くことを決めました。堀之内さんが吉文に好意を持っていたとは知りませんでしたが、これは吉文にとっては、チャンスでした。自分に好意を持つ相手は扱いやすい……きっと彼女、吉文に何か薬品を嗅がされたか何かされたはずです。そして意識を失っている間に、吉文は津久井さんの元まで走り、麻衣を閉じ込め……吊り橋に細工したんだ! 全てを終えた吉文は、何事も無かったかのように談話室に戻る。そして僕らの帰りを待てばいいわけだ。
 これらの事をするのに必要な時間はおそらく……十分から十五分でしょう。そんなに時間はかかっていないはずだ――ここまでで、何か質問は?」
 僕が息つくと、秋山さんが言った。
「どうして千絵子が何か薬品を嗅がされたって思うの?」
「それはね……ねえ、吉野さん。僕らが談話室に戻った時、堀之内さんの様子、おかしくなかったかい?」
 僕は秋山さんの問いに答えるべく、吉野さんに言った。
「えーっと……そう言われてみれば、なんかすんごくだるそうにしてたよね……顔も何か赤かったし」
「これらの事から、堀之内さんは何かしらの薬品を嗅がされたという推理をしたんだけど……」
 僕の言葉に秋山さんは頷く。
「なるほどね。そう考えるのが妥当か……ごめんなさい、続けて?」
 秋山さんに話の続きを促されたので、僕は話を続ける。
「談話室での堀之内さんは何かおかしかった。多分……彼女は津久井さんが犯人だと気付いてしまったんだ。僕の推理では、二階で津久井さんが益子君に駆け寄った時――君は携帯を彼の元に置いたんだ。それを堀之内さんは見てしまった。だから彼女は真実を確かめようと、一階捜索に加わったと考えられる……でもまさか、吉文が共犯だとは思わなかったでしょう。
 津久井さんの自作自演には、よく考えればおかしな所がたくさんありました。まずは服の異様な程の傷つき様。その割りに身体はどこも怪我していないという点。また、あなたの証言では「暗くて犯人の顔が分からなかった」という事でしたが、そもそも顔を見たという点で、あなたはつまり、正面から襲われたということになりますよね? でもおかしいですよね。もしそうだったとしたら、麻衣は必ず犯人と鉢合わせになるはずです。犯人はどうやっても、麻衣の背後に立つことはできない。こう考えると、既にこの時点で津久井さん……あなたの証言、アリバイはおかしいという事になるんです!
 話を戻しますが、津久井さん、あなたは益子君の携帯を使って永田君にもメールをし、完璧なアリバイを作ろうとしましたね? 僕自身は、あなたが益子君の携帯を使っていた事には気付きませんでしたが――」
「私が気付いたのよ。萌」
 僕の言葉を繋ぐように、麻衣が言った。
 僕は不覚にもこの時の記憶がないのだ。一体何をしていたのかさえも思い出せない。確か四人でお酒を飲んでいたとこまでは思い出せるんだけど、その後がさっぱり――麻衣が水を溢したのは覚えてるけど……でも何だかとってもいい夢を見ていた気がするんだけど、このことについては、誰かに聞いたりしない方がいいような気がする。何故かは分からないが、どうも嫌な予感がするんだ。危険な感じがする……
 僕は麻衣に任せようと、後に下がった。麻衣はそのまま津久井さんに近づくと、携帯を見せた。
「萌……あの着メロは萌のじゃない。あれはまっすーの携帯が鳴ってしまったのね……私が勘付きそうだったから、お茶を急かしたんでしょ?」
「っ……」
「私も最初は気付かなかった……いえ、気付きたくなかった。でも、さっき萌の部屋で鳴った音を聞いて確信したの。まっすーの携帯の着メロも確かめたわ。やっぱりあの時聞いたのは、まっすーのものだった……」
 麻衣は俯きながらも続ける。
「今思えば、須山の様子もおかしかったわ……萌の携帯が鳴った時、あいつ顔青ざめてたもん。萌がマナーモードにし忘れていたと知ったからだと思うけど」
「そんな事があったのか……」
 僕は呟いた。

 今更ながらに、麻衣がいなかったらやばかったと実感した。
 僕が夢の中にいた間に、こんなに重要なポイントがあったんだから。
「麻衣……ありがとう」
 僕は麻衣を下がらせると、また口を開く。
 このまま彼女に、おいしいとこを奪られるわけにはいかない!(おいおい)
「佐田たちが橋から落ちてしまった後、麻衣を捜索することになった。あの時、一階の電気を落としたのには、壁の色の違いを気づき難くするためですね? 僕は偶々それに気付きましたが……」
「待って! どうやって電気を落としたの? あの時は皆二階にいたはずよ」
 秋山さんが言った。僕はすかさず答える。
「あの時にブレーカー室に行ったわけではないんですよ。これにはあるトリックが使われていました。
 ブレーカー室には、砂の入ったバケツとアルミ製の大きな……理科で使った漏斗と言えば分かるでしょうか? あれがありました。ここから考えられるのは、まず、ブレーカーにバケツを引っ掛け、その壁に漏斗を取り付ける。そしてその漏斗に砂を流し込むんです。漏斗の先はとても細くなっていたので、一気に砂が流れ出ることはないと思います。そして時間が経つに連れ、バケツはいっぱいになり、最後はその重みに耐えられなくなったブレーカーは落ちる、というわけです。多分津久井さんたちは予め、これを試行していたと思います。まあ、たとえ上手くいかずに早めにブレーカーが落ちてしまったり、逆に遅くなってしまっても、何しろ三人の共犯です。いくらでも修正する余地はあったと考えられます」
「なるほど……でも! だったらどうしてそれらの証拠を隠滅しなかったわけ?」
「それはおそらく――」
「したくてもできなかったのよ」
 麻衣は僕の言葉を奪うように言った。
 くっそー! また麻衣に取られた!!
「あの時は、誰にもアリバイがあると同時に、誰もが疑わしい状況だった。そんな状況下では、できるだけ不審な動きは避けたいでしょ。だからあえてそんな危険を冒すよりは、このトリックが見破られるほうがましだと考えたんじゃない? たとえこれが見破られても、結局は誰にでも犯行は可能だった≠ニなるだけだしね」

――僕も同じ事を言おうと思ったのにぃ!!

「そうだね。僕も今おなじ事を言おうと思ったんだよ」
 僕はできるだけ笑顔を作り言った。が、心の中では麻衣に対しライバル心剥き出しだった。
 しかし僕のそんな思いを知ってか知らずか、麻衣はなおも話し続ける。くー! 何だよ〜、さっきは「お願い」なんて言ったくせに! はっ! 僕の推理の仕方が気に入らないのか!? さっきの事、もしかしてすんごい根に持ってる!? かー! どうしよう!!
「二階で仮眠を取っている間に、私と義高はこの事件についてを考えた。そしてその途中に千絵子と須山が訪ねてきたの。千絵子は何かを話したがっていた。多分萌のことだと思うわ。でも話そうとした瞬間に、須山が来てしまった。きっと須山は千絵子が萌に気付いたという事に気付き、監視していたのね。そして千絵子の話を聞けないまま――千絵子は殺されてしまった……義高? ねえ、聞いてるの?」
「えっ? あ、ごめん」
 僕はいつの間にか終わっていた麻衣の話を全く聞いていなかったが、適当に続けることにした。(おい)
「僕たちが部屋で話していると、何と堀之内さんが来て、すぐに吉文も…………え?」
 皆の突き刺さるような視線の意味が分からなかったが、吉野さんの「もう聞いたっつーの」という呟きによってやっと理解した。うわー、やっちったよ……
 僕はじたばたしながらもう少し話を進めた。
「じゃ、じゃあ! 麻衣の実演はすごかったよね!? 僕あんな不味いコーヒー飲んだことなかったよ! …………って――これも間違い……ですか……?」
 恐る恐る尋ねると、皆は軽蔑した眼差しのままコクンと頷いた。僕はもう泣きそうになりながら、必死に言った。
「あ、わ、分かったよ! 僕たちが二階に下りる前に益子君の部屋に寄った時のことでしょ!?」
「そうよ……早く説明すれば?」
「う、うん……今までのは軽いジョークだって。あはははは」
 しかし麻衣は全く笑わなかった。
 僕は皆に白い目で見られながらも、話し始めた。
「ぼ、僕と麻衣は、益子君の部屋に証拠を探しに行ったんです。するとそこには――津久井さん、君がいた。君はあの時に益子君を殺害したんだ!」
「!?」
「驚くことはないですよ。僕は君の服に血が付いていたから、君がナイフを抜いたと考えた。だけど、よく考えたらそれはおかしいんだ。何故なら、人は死後一時間程度で死後硬直が始まる。僕が言いたいこと、分かるよね?」
「っ……」
「つまり――硬直が始まってからナイフを抜くことは不可能。血が付くことなんてまず在り得ない……ってことね?」
 麻衣が代わりに言った。
「そうだ。あの時気付けなかったのは僕らのミスだ。そして、あの時まで益子君が生きていたという証拠についても説明すると、益子君の手……これだ。彼の手は異様に冷たかった。最初確かめたときのことです。でも、彼の死亡推定時刻は吉文が発見する前わずか十五分前後です。ということは、まだ遺体は温かいはずなのです。でも彼の手は異様なほど冷たかった――これは彼が死んだフリをする為に、氷を握っていたからです。正確には体全体を冷やしていたと思いますが……
 さっき麻衣とも確認しましたが、宴会場からは氷が消えていましたし、益子君の部屋の氷も半分以上無くなっていました。益子君の浴衣が濡れていた理由はおそらく、溶けた氷のせいですね。また、それを隠すために水をかけたのかもしれません」
「萌……あんたが死んだフリをしていると気付いたのも、手の冷たさが大きなポイントだったわ。萌が本当に死んでいるとしたら、まだ死後二十分程度。義高の話をそのまま引用すると、これも明らかにおかしいのよ。それからあのキーホルダー。あれで脈を止めていたのね……あんな大きなキーホルダー持ってるなんておかしいと思ったのよ。萌、ミスしたわね」
 麻衣の言葉にも津久井さんは無言を決め込んでいたが、その表情にはもはや気力は見えず、諦めの色が滲んでいた。
 完全勝利まで後一歩だ。
「吉文を撲殺した時にも君はミスを犯していた。まず一つ目は、薬を飲む水とコップが無かったこと。二つ目は、吉文は左利きだったのに、携帯を右に持たせてしまったこと。これで他殺と見破られてしまったんだ。
 吉文は……君を止めようとしたんじゃないのか? 彼は二階に戻る前『もう殺人は起こらない……起こさせない』と呟いた。これは君を止めるということを意味していたんじゃないのか? でも君の返り討ちに遭ってしまったんだ……」
「萌……どうしてなの? なんで……」
 秋山さんが呟くが、津久井さんは頑なに口を閉ざしたままだ。
「津久井さんが吉文を殺害したのは、多分僕らが津久井さんの部屋から出てすぐだったと思う。僕は部屋で、どこかの部屋が開く音を聞いたんだ。きっとその時に犯行を行ったんだろう。
 音……といえば、小倉先輩。あなたは前に『扉の音が多かった』と言っていましたよね?」
「あ、ああ……定かかは分からないけどな」
「多分あれは、津久井さんのものだったんですよ。津久井さんは吉文と堀之内さんについての対策を話し合っていたと思われます」
「そうか……」

 僕は「そうか……」と答えるだけの先輩に対し、ある疑念を抱いた。
 そして僕は、もうその答えを知っているような気がした。
 僕には確かめたいことがあったが、それは最後に回すことにして、話を再開した。

「吉文殺害方法は後頭部を鈍器のような物で強打。津久井さんは全ての罪を彼に着せるつもりだったんだ――」
 僕はここで話を切って、大きな溜め息を吐く。
「津久井さん……僕の推理はここまでだ。でも僕はにまだ分からないことがある――犯行の動機だよ。君は何故こんな事を……?」
「私も分からない……萌、どうしてなの!?」
「津久井! 答えて!」
「………」

 皆のやるせない表情を前に、津久井さんが動揺しているのが分かる。
 彼女のこんな凶行には、きっと何かわけがあるはずなんだ。
 彼女は意味も無く友人を手にかけるような人じゃない!
 しかし、あくまでもだんまりを決め込む彼女に苛立った僕は、思わず彼女の両肩を掴んで揺さぶった。
「ねえ! 何とか言ってくれよ!!」
 僕がそう言った時だった。
 自分の胸に、何か冷たくて硬いものが押し当てられたのだ。
「えっ――」
 突然の事に、僕は当惑した。
 そしてそれが拳銃だと気付いたのは、数秒経ってからのことだった。
「つ……津久井さん……これは一体――」
「ふふふ……罠にかかったのは義高君の方よ!」
「萌! どういうつもりなの!?」
 麻衣が叫んだ。
「津久井!? 何するつもりなの!!?」
 吉野さんの悲鳴にも似た言葉に、津久井さんは不敵な笑みをこぼした。そして……
「こうするのよ!!」

 ――パンッ

「きゃああああああ!!」
 部屋の中に火薬の臭いが立ち込める。
 瞬間目を瞑ってしまった僕がゆっくりと顔を上げると、天井に小さな隙間ができていた。
「本物だって分かったかしら?」
「何でこんな事を……!?」
 僕は逃げるタイミングを失い、また津久井さんと睨み合う形になってしまった。
「萌! 止めて!」
 麻衣が近づこうとすると、津久井さんは怒鳴った。
「動かないで! 動くとこのまま義高君を撃つわよ!」
「くっ……」
 麻衣は悔しそうに動きを止める。
 それを見た津久井さんは、僕の胸に当たっている拳銃に更に力を込めながら言った。
「……そうよ。何もかも義高君たちの言う通り――全て私がやったのよ!」
「な、何故なんだ!? どうしてこんな事を……」
 僕の必死の訴えも虚しく、彼女は笑って言った。
「アナタに教える必要は無いわ。もっとも……もうここで死ぬんだから聞いても意味がないのよ!」
「何!?」
「萌! どうして!? 義高は何も関係ないはずよ!」
「津久井! 義高君を放して!!」
 麻衣や岸谷さんが叫ぶが、津久井さんは冷ややかに言い放つ。
「ああ……もちろんあんたたちも、すぐにあの世に送ってあげるわ」
「萌っ……」
「そ、そんな……何でよ!?」
 秋山さんの言葉を馬鹿にしたように、彼女は笑った。
「……何で? 決まってるじゃない。私の目的はただ一つ――あんたたちを全員殺すことなんだから!」
「!?」
「理由が知りたいの? でもダメ、教えてあげない。皆苦悩しながら死ぬといいわ」
「津久井さん……君は……狂ってる!」
 僕が途切れがちに言うと、彼女は自嘲気味に言った。
「狂ってる……確かにそうかもしれないわね……そうよ……私は狂ってるのよ……ふふふふっ……あははははは!」
 彼女の笑い声だけが、部屋に響き渡る。
 僕は動くことすらできないままだ。
「じゃあそろそろゲームを終えましょうか……義高君、覚悟はいい?」
「………」

 僕は何も発することができなかった。
 人間いつかは死ぬけれど、まさかこんな形で終わりを迎えるとは夢にも思わなかった。
 まだまだやりたいことが、沢山あったのに――……
 僕の人生は、たったの二十三年間で幕を閉じてしまうのか。
 そう考えると、僕は泣きそうになった。
 しかし、決してそんな心境を顔には出さなかったが。

「やるなら早くやりなよ……」

 僕は素晴らしく強がりを吐いた。
 本当は死ぬことが、怖くて怖くて……もう今にも漏らしそうだ。
 足は震えて、声も掠れ、全身の欠陥が脈打っている。 
 また、汗腺が異常を起こしてしまったのでは? という程の大量な汗を掻いている。

 それでも……
 それでも僕は……
 ――刑事なんだ。

「義高……巻き込んでごめんなさっ……私何もできない……!!」
 麻衣が泣きそうな声が聞こえる。
 でも今は、振り返るだけの余裕はない。
 仕方なく僕はこのままの状態で叫んだ。
「麻衣よく聞いて!」
「余計なことは喋らないで!」
 津久井さんの叱咤に、僕は猛反発した。
「いいだろ! どうせ僕はもう死ぬんだ! 最後くらい喋らせろ!!」
 僕があまりにも強い口調で言ったせいか、津久井さんはそのまま黙った。僕は続ける。
「麻衣……僕の上着の中に銃が入ってる――もし僕が撃たれた時は迷わず……それを使って津久井さんを撃て!」
「なっ――」
「麻衣! 分かったか!?」
「義高……でも……!」
「頼む麻衣! そうしないと、君たちは皆死ぬことになるんだ! 僕は君たちに死んでほしくない!」
「義高君……」

 岸谷さんの悲痛な呟きが聞こえる。
 僕の言葉は確かに残酷かもしれない。
 でも、僕が死んでしまったらそれをやれるのは麻衣しかいない。
 彼女しかもう、津久井さんを止めることはできないんだ。

「義高……死なないで……」
 麻衣は静かに言った。
 多分、僕の言葉を理解してくれたんだと思う。
 僕は強がって笑った。
「さあ……? 約束はできないな……津久井さんの手元が狂えば生きられるかもしれないけどね……」

――でも……僕はもう思い残すことはない……

「義高!」
「お話は終わったかしら? 大丈夫よ麻衣。あなたもすぐ彼の元に送ってあげるから……」
 笑いながら言った津久井さんは、僕の頭に銃を向ける。
「い、嫌ああああっ!」
「津久井っ! 止めて――っ!!」
 様々な悲鳴が飛び交うが、僕にはもう、誰のものかを判別するだけの気力が残っていなかった。

 僕は目を閉じる。
 津久井さんが引き金に手を掛けたのか、僕の額の前でカチャッという音がした。

――ここまでか――……

 僕は目を閉じたまま、僕を見つめているであろう麻衣に向かって言った。
「麻衣……自分の仕事に……誇りを持って生きろよ……」
「よ、義――」
「さよなら義高君」

 津久井さんの声と同時に、パンッという音が響いた。

 額に強い衝撃が走る。 

「きゃあああああああああああ!!!」
「義高ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」



 僕は皆の悲鳴を聞きながら、そのまま倒れ込む。
 視界が段々狭まっていくのを感じた。

――死ぬって……こういう感じなのか……

 そして僕は、そのまま意識を手放した……。




目次/進む