『堀之内 千絵子です。よろしくね』
『義高君、早く麻衣ちゃんを見つけようね!』
『話したい事があるの……』
『あっ、私持ってくるね』
『義高君……多分犯人は――……』


 ――ああ、神様……
 あなたは本当にいるのですか?
あなたは何を……僕らに何を……託されたのですか?
あなたが本当にいるというなら、何故、人が死んでしまうのですか?
 ――神様……どうして……











  
第12章<全分岐共通>〜仲間の義〜









「麻衣……」
 僕は隣で放心している探偵を見つめた。
 彼女の瞳には何も映っていない。おそらく何も見てはいないのだろう。何も聞こえていないかもしれない。
 僕は既に、この状況に現実を感じてはいなかった。
 涙の気配すらない。瞳は完全に乾いている。 
 不思議だ。
 何も感じない。心はまさしく虚無だ。だから悲しくもない。むしろ、笑いが込み上げてくるようだ。
「くっ……くくっ」
 思わず笑いがこぼれる。
 しかし、他のメンバーたちはそんな僕に気付いていないようだった。みんなは悲しそうな表情を見せている。
 だが、僕にはそれが何か“作られたモノ”に思えた。何かわざとらしいような気さえする。僕は本当におかしくなりかけていたのだ。

 友人を――死者を――冒涜するほどに……。

 僕は、本当におかしくなってしまったのか……?
 僕は込み上げてくる笑いに堪え切れなくなり、少しこの場から離れようと立ち上がった。――それと同時だった。
「あはっ……あはははははっ!!」
「!?」
 驚いて振り向くと、そこには片手で顔を覆いながら笑い続ける吉文の姿があった。
「須山……あんた……」
 津久井さんが後退りながら呟く。
 皆は、この光景を唖然としながら見ていた。麻衣も我に返ったように驚いている。
「くくくっ……どうせみんなもう死ぬんだよ! 誰も助からない。皆殺しさ。俺たちは皆死ぬんだ!」
「須山……」
 誰が言ったのだろうか。もうこの際誰でもいい。
 吉文は完全におかしくなってしまっていた。狂っていた。
 吉文は笑いながら続けた。
「義高や岡野が、どんなに頑張ったところで何も変わらないんだよ! 変えられたのならとっくに変わっているはずなんだからな。俺たちは逃げられない。元々こういう運命なんだよ……」
 吉文はそれだけ言うと、部屋から出て行こうとした。その時、今まで沈黙を続けていた秋山さんが立ち上がった。彼女は吉文につかつかと歩み寄ると、吉文を自分の方に向かせて言った。
「須山、歯食いしばんな!」(まるでレディース)
「えっ……」
 吉文が何か言う前に、彼女は彼の頬を思い切り叩いた。
 部屋中に甲高い音が響き渡る。
 僕は思わず息を呑んだ。そして思い出した。秋山さんと岸谷さんに張り手を食らった時の事を……。あれは痛かった。
「なっ、何すんだよ!?」
 吉文はそう叫ぶと、秋山さん目掛けて殴ろうとした。僕は慌てて止めようとした。が、どうやら心配は無用だったらしい。
「頭冷やせって言ってんのよ!! この馬鹿!! おんどりゃあっ!」
 ――どしんっ!!
「す、すげ……」
 僕は感嘆の声を上げた。何と彼女は吉文の攻撃をいとも簡単にかわし、代わりに背負い投げをしたのだ。強い……。めちゃくちゃ強い。総長だ。秋山組初代。
「くっ……くそっ……」
「少し冷静になりなさいよ」
 吉文は今のが相当効いたのか、まだ起き上がれないでいるようだ。秋山さんはそんな吉文を見下ろしながら、ため息をついた。
「辛いからって、あんたがそんな風に自暴自棄に陥ってどうすんのよ!? 皆辛いんだよ!?」
「うるさい! 俺の気持ちなんてお前に分かってたまるかよ!」
「あんたの気持ちなんて分かるわけないわよ! 分かりたくもないわ!」
「お前が犯人なんだろ! だからこんなにつっかかってくるんだ!」
「馬鹿な事言ってんじゃないわよ! あんたこそ犯人なんじゃないの!?」
 秋山さんと吉文は、凄まじい攻防を繰り広げていた。もはや、僕らが止めに入れるようなものではなかった。僕たちはただ、固唾を飲んでこの場を見守るしかなかった。
 すると突然、吉文が黙った。秋山さんもこれには戸惑っているようだ。吉文は秋山さんに負けたのだろうか。負けを認めて押し黙ったのだろうか?
 僕が「二人とももうそれぐらいに……」と言おうとしたとき、吉文がふいに言った。
「俺はっ……俺は……堀之内が好きだったんだよ!」
「っ!?」
(な、何――!ッ?)
 初耳だった。(当たり前だ) 
 吉文が堀之内さんを好きだったなんて。
 秋山さんは驚きで声を出せないみたいだ。
「嘘……じゃあ、二人は両思いだったってこと……?」
 津久井さんと吉野さんが、声を揃えて呟いた。麻衣と岸谷さんは、ただ黙って吉文を見つめていた。何も言う言葉が見つからない、といったところだろうか。無論、僕もそれは同じだった。
「俺は……本当は、この旅行中にあいつに告白するつもりだったんだ。なのに……何でこんな事に……! 俺はあいつに約束したのに。俺が絶対守ってやるって……」
 そう言うと吉文は、堀之内さんの遺体にすがりより、涙声で言った。
「堀之内……約束破ってごめんな……許してくれ…っ…」
「吉文……」
(許してくれ――か……)
 僕は「そんな自分勝手な台詞吐くのやめろよ!」と思ったが、あえて言わなかった。それを言ってしまうのは、彼にとってはあまりにも酷だ。でも、この台詞は自分を守るために言っているとしか僕には思えない。こんな台詞はずるいぞっ! きっと僕なら、こんな台詞は許せない。だって……自分の好きな人にこんな風に言われたら、誰だって許してしまうだろう。(たぶんね)こんなのは反則だ。ファウルだ。レッドカードで退場だ。(お前がな)
「須山……あんたは間違ってる」
 突然言ったのは麻衣だった。麻衣は視線を落としたまま、言った。
「え……」
「あんたが千絵子に謝っても、許しを乞うても、もう千絵子は戻ってこないのよ?! あんたが千絵子に言う言葉はそういうのじゃないわ」
「そうよ! あんたも男なら男らしく、最後くらいしっかりしなさいよ! でなきゃ、千絵子が……千絵子に申し訳が立たないじゃないのよっ!!」
 津久井さんが、吉文に掴みかからんばかりの勢いで叫んだ。僕も心の中で「そうだ! そうだ!」と加勢した。
「麻衣……」
 吉野さんが涙ぐんでいた。彼女は麻衣達が言おうとしている事が分かっているに違いない。彼女はそういう人だ。(どういう人だ?)津久井さんは、そのまま黙ってしまった。代わりに麻衣は顔を上げ、吉文の事を見つめた。
「千絵子に……自分の気持ちを伝えるんでしょ!」

――そうか
 その言葉は、堀之内さんにとって一番の鎮魂歌(レクイエム)だろう。

「岡野……津久井……皆……」
 吉文はそう呟くと、堀之内さんの手を握り、しっかりとはっきりとした声で言った。
「堀之内……そこにいるなら聞いてくれ! 俺はお前の事が好きだった! 俺はお前の事、一生忘れない……ありがとう……」

 女性軍は、皆泣いていた。麻衣も声を出さずに泣いているようだった。吉野さんなんて、俯いて肩を震わせている。顔も赤いようだ……僕は何故か下手な劇を見ている気分だった。何故かそんな気持ちになったのだ。
 吉文はしばらく動かなかったが、やがて、堀之内さんに近くにあったシーツを被せた。両手をしっかりと胸の前で組ませて……。何故そんな事する必要があるのだろう。
 僕はそんな堀之内さんを見て、とても毒で死んだとは思えなかった。あまりにも死に顔が穏やかだったからだ。いや、むしろ笑っているようにも思えた。顔色は青白いままだったが、さっき目の前で血を吐いたとは思えなかった。これは、吉文の力なのか……? つまりは愛?
 でも堀之内さんは、これで救われたように僕は思う。これまで犠牲になってきた他の誰よりも、幸せだったと言えるのかもしれない。最後に想いが通じたことは、何にも勝る幸せだと言えるだろう。
 でも、2人の未来は永遠に閉ざされてしまった。狂った殺人鬼によって――狂った仲間によって。
「千絵子、あんたの仇は私がとる! だから見守ってよね」
 麻衣が立ち上がった。さっきまでの瞳はどこにもない。凛とした、澄んだ瞳がそこにはあった。
 僕は笑いなどすっかり消えてしまっていた。少し正気に戻ったのだろうか。こんな弱い(狂った)自分が恥ずかしくなった。こんなんじゃダメなんだ。僕は、もっと強くならなくちゃいけない。肉体的にも精神的にも。みんなを守れるように……。目指すのはソフトマッチョだ! 完全なマッチョはダメだ。
 そんなことを考えつつ僕は(君の死を、無駄にはしない!) と、心の中で叫んだ。





















 僕らは堀之内さんを部屋に残し、一階に下りた。談話室はさっきの傷跡が生々しく残っている。割れたカップが痛々しかった。
 割れたカップを片付けていると、麻衣が横に来てしゃがみ込んだ。「手伝うよ」と言って。
 その光景は傍から見れば、二人でただ片付けているように見えるだろう。しかし実際は皆を監視しながら今回の事件の考察をしているのだ。皆は何となく椅子に座り、何となく部屋を動き、何となく会話を交わしていた。まるでこの動作には、何も意味が無いかのような振舞い方だ。ぎこちない、よそよそしい、違和感……そんな言葉がピッタリ当てはまった。
 無理も無い。もう五人も死んだんだ。次は自分かもしれないという恐怖。「お前が犯人なんだろう」という疑惑。そんな気持ちが入り混じっているのだ。もはや友人としてではなく、味方か敵か、そういう風に仲間だったメンバーを見ているのだろうか。
 僕はここで思った。
(――麻衣はどうなのだろう)

 彼女も彼らの友人であり、仲間だ。
 彼女にとって、犯人を見つける=自分の仲間を疑い、そして逮捕する。そういうことだ。
 僕と麻衣では立場が全然違う。僕は第三者として彼らを見られるけれど、麻衣はそうはいかない。むしろ犯人が自分の仲間の中にいるなんて、普通は考えたくもなだろうし、信じられないだろう。
 しかし彼女はそれを受け止めた。普通は出来ない事をやったのだ。それはどんな時でも現実を見られる眼と、真実を見つめる心が必要だ。彼女はそれを持っている(かもしれない)
 僕は横で考え事をしている女探偵を見つめた。彼女の瞳は真剣だ。僕の視線に気付いたのか、麻衣が訝しげに囁く。
「どうしたの?」
 僕ははっとして「何でもないよ」と返した。すると麻衣が呟く。
「ねえ義高。仲間の定義って何だと思う?」
 唐突な質問に僕は困った。
 仲間の定義……。
 言われてみればそんなもの知らなかった。むしろ、考えた事すらないかもしれない。僕には今まで仲間と呼べる人がいなかったのだろうか。
 僕は「いや……」と言った。麻衣は他のメンバーを見ながら静かに言った。
「私はね、『仲間の行動はその仲間同士責任を持つ』ってことだと思うの」
「行動に責任……」
 僕は麻衣が何を言いたいのか分かった気がした。麻衣は続ける。
「だから……だから私は進むしかないと思う。責任をとらなくちゃいけないと思うから……」
 そう言った麻衣は、決意を固めた感じがした。
「うん……でも何で僕にこんな話を?」
 僕が尋ねると、麻衣は苦笑して言った。
「だって何か言いたそうだったから……それに……」
 麻衣はここで一瞬の間を置く。
「それに……?」
「たとえどんな結末になっても……仲間だから」
 もはや、何も言う事は無かった。僕はただ、大きく頷いた。
 麻衣には色々と教えられる事が多い。いや、彼女だけじゃない。他の皆それぞれに色々な事を教わったんだ。
 そして今度は僕が、みんなを出来る限り支えようと思ったのだった。


目次


 12章は、全ルート共通です。なので、リンク貼れない……目次しか。
 仲間の定義……なんて、考えたことないっすよ(おい)でも、友達と仲間って、違う気がします。仲間は、同じ目的に向かって助け合う存在だと思います。
 私的には、友達の段階を超えると、仲間になれる気がします。友達って、「ただの知り合い」がそう呼ばれることも多いじゃないですか? 話したことあれば、友達。クラスが同じなら、友達。とかね。同じ目標に向かって頑張るのは、友人と言うよりは、仲間っていう言葉の方がしっくりきます。私はね。