エピソード7「ドキドキがいっぱいv」
――ピンポーン
「はい、どなた――――」
「おはよー。今朝も約束どおり、押しかけ女房、さんが来ましたよ」
「あはは、おはよう」
朝9時半。
買い込んできた荷物を見るなり、私からそれを奪うように手に取るを制す。
「病人はこんな重いもの持たなくていーの! さて、お邪魔しまーす」
を押しのけるようにして玄関に入る私に、彼は苦笑する。
「はは……には敵わないな。ありがとう……」
「いいのいいの。私はこれでも一応、貴方の彼女なんだからね。もっと頼っていいんだよ?」
「うん…………」
「ささ、家に入って。風邪が悪化しちゃうから」
の背中を押すようにして、中へ促す。
触れた背中は、やっぱりまだ熱い。熱が下がっていないのだろうか。
「すぐに朝ごはん作るからね。部屋で寝てて?」
「いや、ここのソファーでいいよ」
そう言って、ソファーに腰を下ろす。でも私は、それを許すわけにはいかない。病人は布団で寝るのが一番なのだから。
「駄目だよ。ここじゃあ体休まらないでしょ? 部屋まで持っていくから」
普段ならここで折れて部屋に大人しく戻るは、今日は何故か首を振って動こうとしない。そして俯いてしまった。
「……? どうしたの……?」
「……嫌だ」
「は?」
「ここにいたい」
わけの分からないワガママを言い始めるに、私は内心驚いていた。彼は滅多にワガママなんて言わない、それはそれは出来すぎた彼氏。そればかりか、いつも私のことを気に掛けてくれる。とりあえず、やんわりと部屋へ向かうように説得することにした。
「でも……やっぱり部屋に戻ろう?」
「嫌」
「……部屋は嫌なの?」
「違う」
「じゃあ何で――――」
「分からないの?」
突然、が顔を上げた。
その真剣な眼差しに、思わず言葉を失う。
「…………」
「………――――えっ……」
次の瞬間、私はに抱きつかれていた。
彼はソファーに座ったままの状態なので、私の腰の辺りに抱きついている格好だ。
「っ……!? ど、どうしたの……?」
慌てふためく私。しかし、彼は何も言わない。
どうしようかと悩んでいると、彼がぼそっと言った。
「…――……いたいんだ……」
「え……」
「傍にいたいんだ……の……」
「…………」
「離れたくないんだ……」
そう言って、私を抱く腕にさらに力を込める。
……あの、私今、信じられないくらい体温上がってるんですけど。ていうか、むしろぶっ倒れる五秒前って感じなんですが。
「……」
体が開放され、と目が合う。
「っ…………/////」
熱で潤んだ瞳が…………子犬のような瞳が、こっちを見ている……!!
や、やばい……。何か分からないけど、とにかくやばい……!!
「……どこにも行かないで? 一緒にいて…………」
「え、あ、ちょっ…………!?」
手を引かれ、そのままソファーに倒れこむ私。の胸に飛び込んじゃいました……という状況。え、ええと……これはちょっと、まずいんじゃ……。
「寒い……」
「え!? さ、寒いの?? じゃあ、も、毛布を――――」
「が温めてよ……」
「え“!? そ、それはちょっとまずいんじゃないかなーなんて思ったりしてみたりなんかしてっ!」
「……」
「うわわわわっ! ちょ、!?」
のとろんとした顔が近づいてくる……!!
いや、これはナンデスか!? めっちゃ美味しい状況? えー!? 私ってば、何言ってんだろ!! いや、でも私たち恋人同士だし! ていうか、結構今更って感じもしなくもないって感じ!? そうだよ、そう!! 今更照れるような間柄でもないよね!? 何で今日に限って私、こんなにテンパッてるわけ!? いや、でもこんな朝っぱらから、しかも病人を襲うなんて………てててて、違うだろーおい!! 襲ってなんていません!! むしろ襲われてるんでしょ!? ちょっとしっかりしてよ!! 私は狼じゃない!! がいくら可愛い子犬に見えたからって、欲情したのは私だけじゃない――――ってぇぇぇぇぇぇぇ!!! だから違―――う!!!
頭がショートしかけている私をよそに、は耳元で囁いてくる。
「、好きだよ……」
ぎゃっ!! 何この雰囲気!! もぉー駄目だーーー!! あまーーーーーーいっ!!!!! 流される〜〜〜っ!!!!/////
見事に雰囲気に呑まれた私は、思わず乙女モード全開で答えてしまった!!
「わ、私もっ…………好き……だよ?/////」
「……よかっ…た…………」
「…………?」
「……すー…すー……」
「…………」
――――NETA?
「ぐー……ぐー……」
じゃあナンデスか? 今の私の必死の問答は無意味だったってことですか? 一生懸命理性と闘っていた私は、ただのアホだったってことですか? え? 乙女モード全開で、来るなら恋!! とか思ってた私の一人相撲ってわけですか?
「…………馬鹿」
私に抱きついたまま、すやすやと寝息を立てている彼氏に向かって呟く。
乙女の心を弄んだ罪は、重いんだから。
でも……
「ま、いっか……」
を静かにソファーに寝かせた私は、まだ火照りの冷めない顔を叩きながら、台所へと向かった。の嫌いな、ピーマンを沢山入れた料理を作ってやろうと意気込みながら。
「……ん……う……」
「……目が覚めた?」
「……………………――――!?」
がばっと勢いよく飛び起きた。今の状況がよく分かっていないようだ。
「うふふ……よくお眠りのようでしたので、お側で控えておりましたが王子様。お加減はいかかです?」
「え…………――――もう三時!? 、朝からずっとここに……?」
「どこにも行かないでー、なんて言われたら、帰るわけにいかないでしょ?」
そう、悪戯っぽく笑えば、彼は顔を真っ赤にして俯いた。
か、可愛い……! がこんなに照れたところ、初めて見たかも!!
「ご、ごめん……//// さっきはその……熱のせいで、意識が朦朧としてて……」
「昼メロの世界にトリップしちゃいましたって?」
「っ……///// ゆ、夢かと思って、それで……っ……」
真っ赤になって狼狽するに、私は思わず吹き出した。
「ぷっ……あはははははっ」
「……///// 笑うなよ……」
「だって、何だかすごく新鮮なんだもん!」
笑い続ける私に、彼は俯いたままぼそぼそっと告げる。
「いつもはっ……その……子供っぽくしたら、嫌われるかなとか、思ってて……。、大人っぽい人が好きだって言ってたし……」
はーあ……まったくもう。何言っちゃってるんだかね、この男は。
「……馬鹿」
そう言って、の頭をぽこんと叩く。
「いたっ」
「一体何年一緒にいるのよー? 高校時代から一緒にいたじゃない。ずっと見てきて、それでを選んだの。今更嫌いになるわけないでしょ」
「……」
「むしろ、私は嬉しかった。の……本音が聞けて」
「……」
照れくさそうに微笑む彼に、私は言う。
「こそ、私と付き合ったこと後悔とかしてない?」
「す、するわけない!! にどんな秘密があったとしても、俺はずっとが好きだよ!」
「っ……/////」
今度は私が照れる番だった。くそぅ。どうしてこうも、ストレートなのかね……。
「……照れてる」
「……病人は、大人しく寝てなさいっ!!/////」
「うわっ!?煤v
ソファーに無理矢理押し倒すと、布団をばふっと被せる。
真っ赤になって照れている私に、はしばらくの間楽しそうに笑っていた。
とても、楽しい時間を過ごしているけれど…………私の心の警鐘が大きく鳴り響いている。
『お前が大の乙女ゲーマニアで、現実世界でも選択肢が出るような女だと知ったら、絶対にこの恋は終わるんだよ――――間違いない!』
「……あはははは…………ははは(泣)」
「!? どうしたの?」
「笑いすぎただけ…………」
神様。どうか、彼氏もゲームも両方取らせてください!!
私はそう、願わずにはいられなかった……。
「……あー、もう6時かぁ。ゲームあんまり出来ないかも……」
電源を入れて、ゲームに向かう。
結局の家を出たのは17時だった。でもまあ、たまには彼氏孝行しないとね。喜んでくれたみたいだし、まあいいとしよう。
――ゲームスタート
「じゃあ次の問題を……三村、解いてみろ」
「はい」
優子が黒板に、魔法陣の理論式をすらすらと書いていく。1回もその手は止まることなく、黒板は優子の書いた数式で埋め尽くされた。
「……よく出来ているな。正解」
にっこり微笑んだ優子は、そのまま席に戻る。
「皆も知ってのとおり、再来週頭には実力テストがある。この『魔法陣理論学』は、毎年差が開きやすい科目になっている。各々、十分な勉強をしておくように」
「……」
魔法陣……私にははっきり言って、意味不明。意味はかろうじて分かるけど、理論を式にして表していくなんて芸当、到底できそうにない。あぁ、この科目は点数取れる気がしない……。
「――……! !」
「……さん、呼ばれてるよ?」
高城君が小声で言うのが聞こえ、間抜けな声を上げる。
「へ?」
「! いないのか!?」
先生の声が途端に耳に届き、私は慌てて立ち上がった。この先生は、問題が解けるまで席へ返してくれないことで有名な、鬼教師である。
――ああ……高校時代を思い出すわぁ。こんな教師がいたような……。
「は、はいっ!! います!!」
「次の問題、解いてみろ」
「えっ!?」
ま、まじですか!?
「前へ出ろ」
「は、はい……」
私は、真っ白なノートを片手に、黒板の前へと立ちすくんだ。
「え……ええっと……」
理論値Aは、期待値Bの1.5倍の威力を持つと考えられ…………は? だから何? 意味わかんないんですけど……!!
「うー……うー……」
「どうした、早く解け」
「う……あの……」
「解けるまで、ずっとこのままだぞ」
「そんなぁ……」
解けって言われても、分からないものはどうしようもないんですけど……(号泣)どうしよう……どうすればいいの……!?
泣きたくなる気持ちを堪えて、必至にノートと問題を照らし合わせるが、どうしても分からない。悪あがきを兼ねて、とりあえずチョークを持って論式の冒頭部分だけ記すが、それ以降がさっぱり出てこない。
「どうした? 手が止まってるぞ」
「う……いや、あの……」
「ほら、もう5分も経つんだぞ? 転校生だからって、怠けているからこういうことになるんだ! 調子に乗ってるんじゃないのか!?」
「っ…………」
「先生! ちょっと言い過ぎなんじゃないですか!? 彼女は一生懸命頑張ってます!」
優子が抗議の声を上げてくれたが、鬼教師は無視して言った。
「転校生というから、どれだけ優秀な生徒かと思えば……全然大したことないんだな! 運だけで編入試験に受かったんだろう!?」
「そ、そんなことありません!」
思わず言い返してしまった。だって、これはあんまりだ。
「ふん。じゃあ今すぐにこの問題を解いてみろ。そうしたら認めてやる」
「う……」
クラスが一瞬ざわつく。
哀れむような視線を向けてくる子。
これからどうなるのか、好奇心に溢れる瞳を向けてくる子。
どうすればいいのか分からなくなって、俯きそうになるのを必死に耐える。今俯いてしまったら、絶対に泣いてしまうだろう。それは嫌だった。
(でも……本当にどうしよう。大ピンチ!!)
――うわ、大ピンチじゃん! てかこの先公マジでうざいんだけど!! あーあ、でもこれは乙女ゲー。多分きっと、ここら辺で助けが…………
「先生」
突然、誰かの声が教室に響き渡った。
「……何だ、高城」
高城君だった。
――来たーーーーーーー!!!!! 静が来てくれたーーーーーーっ!!!!! 白馬の王子様到来よーーーーーーーーっ!!!!!!!!!!
「次の問6、俺が解きます」
「もう出来たのか?」
「はい。せっかくなんで、立候補してみました」
「フン……解いてみろ」
「はい」
高城君は、ノートを持って黒板の前に来た。鬼教師は、高城君が来たことによって、必然的に後ろへ下がっていった。
私は、突然の高城君の行動に驚きつつも、自分の状況をどうしようかと焦る気持ちに変化はなかった。――その時だった。
私の横に立って式を書く高城君が、ノートをやけに私に向けているのに気付いたのだ。しかも、高城君が書き写しているのとは逆のページに、何かがびっしり書いてある。
「……?」
ちらっと見てみると、私が解けなくて苦しんでいるこの問題の解がびっしり書かれている。そして、最後に何か言葉が書かれていた。
――――”この式を写して。多分合ってる“
「!?」
驚いて、思わず顔を上げると、高城君がウインクをした。
――ドキュン☆ スチルは無いけど、これぜってーーーやべえよ!! ウインクされてみてーーー! ウインクキラーで殺されたいーーーーー!(やめろ)
思えば……とっくに書き終わってもいいはずなのに、わざとゆっくり書き写してくれているようだった。
(高城君…………感涙)
私は目でお礼を言うと、必死になってその数式を黒板に書き写した。
――静!! お前はなんていい奴なんだ!! ていうかカッコよすぎ!!! 優等生らしい、素敵な助け方!!! やっぱ静だね!! こいつが王道だ!!!!
「先生、書けました」
「……正解だ」
高城君に続き、チョークを置いた私も小声で言う。
「私も……」
「…………正解」
――キンコーンカンコーン・・・
「……今日の授業はこれで終了」
つまらなそうに言い捨て、先生は教室から出て行った。
「よ、良かった〜……」
思わず胸を撫で下ろした私に、高城君が微笑んだ。そんな私たちに、クラス中の皆が歓声を上げる。
「アイツの顔、最高!! さん、すっげーよ!」
「ホントホント、さっすが転校生!」
「いや、あれは……――――んむっ!?」
本当のことを言おうとした私の口を、高城君が咄嗟に押さえた。目線だけ上に上げると、彼は微笑んで首を横に振った。
「高城も相変わらずすごいよなー。俺なんて、あの問題さっぱりだったぜ」
「ははは、偶々だって」
「あれが偶々かよ……」
高城君は何事も無かったように、席へと戻っていった。私は、呆然とその後姿を見送る。
高城君は、わざと私のために立ち上がってくれたのだ。
そして、それを敢えて言わず、あくまでも私の実力にしてくれた…。
「高城君…………ありがとう……」
――、ときめいちゃった!? 静ってば、あくまでもを立ててくれるのね……あぁ、何て出来る男なのかしら! ホント、紳士。素敵vvv
――お昼休み
「優子、さっきは本当にありがとうね」
「魔法陣理論学のこと? いいっていいって。アイツ、ホントむかつくのよね」
「あの先生怖いよ……」
「でもすごかったじゃん。めっちゃ完璧に解いてたし」
「あ、あれは……」
1、正直に話す
2、正直に話さない
――選択……。どうしよう。でも……優子りんは親友だし、ここは話しておいたほうがいいよね。では1で。
「あのね優子、実は……」
私は正直に優子に打ち明けた。さっきの出来事の真相を……。
「……そうだったんだ」
「うん……」
「高城……やるわね」
優子は腕を組みながら、何やらぶつぶつ言っている。そして、私を見て言った。
「、高城にまだお礼言ってないんでしょ?」
「うん……何だか、機会が無くて……」
「よし! ここは高城のために、私が一肌脱いでやるか」
優子はポケットから何かを取り出すと、それを私に渡す。
「え……?」
「それ、駅前のカフェの割引券。ちなみに期限は今日まで」
「う、うん?」
「それあげるから、今日の放課後、高城と二人で行ってきなよ」
「え!?」
優子の爆弾発言に、思わず素っ頓狂な声を上げる私。
「大丈夫。今日はテスト前ってことで5限で終わりだし、高城も今日は暇なはず!」
「え、いや、あの……」
「頑張って! 」
そんな熱いエールを送られても……と思ったが、あまりにも真剣な優子にそんなこと言えるはずもない。私は曖昧な笑顔で「ありがとう」と言うしかなかった。
――優子りん、恋のキューピッドになるつもりかしら? 静は絶対オーケーしてくれそうだな。あり、でもこれで静ルートに入るのか? 逆ハーかな??
――五時間目
「今日の魔法実践は、男女ペアになって行う。今から適当にこちらでペアを作るから、呼ばれたら返事しろ――――鈴木・神谷」
実技……唯一私が、皆と同等に出来る科目だった。これならば、ペアになっても迷惑をかけるまではいかないはずだ。
「では最後のペア…………高城・」
――え?
私は一瞬自分の耳を疑った。
高城君の名前の後に、私の名前が呼ばれたような……?
いやいや、そんなはずあるわけな――――
「さん、宜しくね」
聞き間違いではなかったようで……。
にっこりと微笑む高城君に、私もつられて微笑む。
高城君に、もう迷惑は掛けられない……。
「よし、皆ペアになったな? 今日はこのペアをチームとして、勝ち抜き戦を行う」
「か、勝ち抜き戦?」
思わず聞き返した私に、実技教官は言う。
「そうか、はこれを行うのは初めてか。じゃあ一から説明をする」
教官の話によると……
これは、直径3メートル弱の円の中に入り、ペアで協力して魔法を繰り出し、他チームに攻撃をするゲーム。二人いるから、どっちかが攻撃で、もう一人が防御など、作戦は自由。円の中からペアのどちらかでも出た時点で終了。最後まで残ったペアが勝ちというルールだ。
「これは、ただ魔法の威力が高い低いで決まる勝負ではない。威力の高い魔法は、術者にかかる負担が大きい。しかも、自分の体も動かすほどの威力がある場合、その衝撃で円から出てしまう可能性もあるからな。いかに上手く魔法を使いこなせるかが、勝負の鍵だ」
周りを見回すと、皆やる気十分という雰囲気だ。
……すっごい不安なんですけど。
「じゃあまず、笹森・三村ペア対松野・赤木ペアから」
三村……ってことは、優子?
優子は円の中には入ると、ペアの笹森君と一緒に何かを唱えだした。対する松野君・赤木さんペアも、何かを唱えている。
「準備はいいな? ――――始め!!」
――――パキパキパキンッ
――――ボワッ ボワッ ボワッ
「!?」
合図の瞬間、優子たちの円は氷の膜で覆われていた。それに、松野君たちが放った炎がぶつかっていく。水蒸気を上げながら、炎は消えていった。
「水は炎に勝てないんだよ!――――火球!!」
「笹森!」
「三村、分かってるって!――――切り裂けっ! 疾風<はやて>!!」
火の玉と、空気を切り裂くような風がぶつかり、相殺される。直後、今度は別の火の玉が放たれ、また風によって消える。それが繰り返される。
「三村! まだ!?」
笹森君が優子に何かを言っている。その間にも、松野君たちの攻撃は繰り出される。笹森君は、明らかに疲労していた。
「フン! 勝ち残るのは俺たちだ!! これで決めてやる――――火球!」
「優子、今日は勝たせてもらうわよ!!――――火球!」
「くっ…………三村! 悪いがこれしか止められないぜ…………疾風――――!!」
笹森君が何とか防いだ火球。しかし、またすぐに襲ってくる。肩で息をしている笹森君は、倒れそうなほど弱っていた。
「疾風は、風属性の中でも高位魔法だから…………連発すると厳しいかもしれないな」
高城君が、優子を見る。
「でも……多分三村は……」
「……?」
「「打倒笹森・三村ペア!!」」
そう松野君たちが叫び、一際大きい火の球が放たれた。
笹森君は、目を閉じて動かない。
(あ……! もう駄目……!!)
そう思った時だった。
「氷よ、我を守る盾となれ!――――氷壁!!!」
――――ブオオオオオオンッ
優子の詠唱と共に、青く光る魔法陣が浮き上がる。
そして、火球が迫り来る瞬間、優子たちの目の前に巨大な氷の壁がそびえ立ったのだ。
火球は、壁にぶつかると一瞬で水蒸気となって消えてしまった。
「よっしゃ! ナイスだぜ、三村」
「これで防御は完璧ね! さ、一気に叩くわよ!」
火球が効かなくなった松野君たちは、明らかに狼狽している。しかも、連発を繰り返したためか、気力的にもすっかりへろへろモードになってしまっているようだ。
「氷壁か……さすがはまほ研部員だなぁ」
「あれって、すごい魔法なんだよね?」
「ああ。あれは、特殊な魔法でね、魔法陣を描くことで、最大限に効果を発揮するんだ。詠唱だけでも発動するのは難しいんだけど、それだけだと威力が下がってしまうんだよ」
「すごすぎる……優子」
高城君の解説に、私はただただ圧巻されていた。
さすがは優子……これしか答えられない。
「俺も詠唱だけなら発動できるんだけど、魔法陣を描きながらは自信ないな」
「…………」
高城君でも難しい魔法を、優子はマスターしてるわけで。今更ながらに、私はすごい二人とお友達になってしまったのだなぁと思う。
「三村っ! 次で決めるぜ」
「了解」
「風よ……我の下へ集え……」
笹森君の言葉に従うように、風が渦を巻き始める。
「泡沫!」
優子の泡沫が、笹森君の風に乗り、段々と威力を増していく。
――ゴオオオオオオオオオオオッ
「水が渦巻いてる!?」
「うーん……結構派手にやるみたいだね」
竜巻の水バージョンと言えばお分かりだろうか。とにかく、物凄い勢いで水巻(?)が轟いている。
そして……
「「ウォーター・ストリーム!!!」」
――なんでいきなり横文字なんや!? 合体技は横文字なの?? どうでもいいけど気になる〜!!
二人の声が重なった瞬間、その竜巻とも水巻とも言える風が、松野君たちを弾き飛ばしたのだった。
「うわぁっ!?」
「きゃーーーーー!」
目を回している二人に、教官が淡々と告げる。
「試合終了。勝者、笹森・三森ペア」
歓声が上がり、笹森君と優子は手を叩き合って喜んでいる。
「ハハハ、お疲れ」
高城君も手を叩いて栄光を称えているが、私はそれどころではない。
……あの、逃げてもいいですか?
「さん、ルールとかは分かったかな?」
「……」
「さん……?」
「……」
高城君が必死に呼んでいるのが分かるが、私の耳には届かない。
こんな、命懸けな授業があるなんて……!!
お母さん、私、やっぱりとんでもない場所に来ちゃったみたいです……。
それからしばらく、色々なチームの戦いぶりを見学した。
どのペアも、即席とは思えないほど息が合っている場合が多かった。何でも、このペア分けは、実は念入りにシュミレートされて決めてあるそうで。性格から始まり、属性、能力、その他色々な観点から考えて、このペアに決めてあるという。
じゃあ、私と高城君の相性は、良いということなんだろうか……。魔法能力は雲泥の差だろうに……。
「次、高城・ペア、前に出ろー」
教官の声に、思わず胸が跳ね上がる。
ついに来てしまった……。
「よし、さん、頑張ろうね」
「う、うん……」
とにかく、自分の力を出し切るしかない。
高城君のためにも、私が足を引っ張っては駄目なんだから。
決意を胸に、私は前へと進んでいった。
「―、高城―、頑張って」
優子が声援を送ってくれたが、それに反応できないほど緊張してしまっていた。
足が震える……。
「さん、落ち着いて? そんなに力むことないよ」
「た、高城君……」
「――清浄<しょうじょう>」
高城君が呟くと、私の周りの空気が一気に澄み渡った感じがした。
「……ありがとう」
「普段通りのさんでいれば大丈夫。まあ、オーナーを前にした時のさんくらいの元気があれば、言うことなしだけれど」
「あ、あれは……!!/////」
思い出しただけでも恥ずかしいあの出来事。
無実のオーナーに向けて、私はためらいもなく、自分の中での最高位魔法を放ってしまったんだった。
「さ、まずは俺についてきてもらえるかな?」
微笑んだ高城君に、私は頷くしかなかった。
「狭霧」
開始のホイッスルが鳴り響いた瞬間、高城君はこれを発動させた。途端に、周りが濃い霧に覆われる。しかし、ちゃんと高城君の姿は見えた。
「くそ、あいつらの姿が見えない!!」
「これじゃあどこに術向ければいいのかわかんなーい!」
「少し術に細工したんだ。俺たちの周りだけは、霧に覆われないようにね」
「さすが……」
「さて、どうやって攻めようか」
相手は確か、火と風の属性だった。対するこちらは水と星。……何も思いつかない。
「と、とりあえず私は、一切防御系の魔法が使えないから、攻撃専門でいいかな?」
「分かった。じゃあ俺が防御しつつ、攻撃補助って形だね」
「う、うん。それでお願いします」
段々霧が晴れてくる。時間稼ぎもここまでのようで……。
「じゃあ俺からいくよ――――水よ、我を守る盾となれ! 水壁!!!」
高城君の言葉を受けて、水の壁が私たちの前に現れる。
「これってさっき優子が……」
「三村は水……特に氷が得意みたいだからね。俺は水のままでいかせてもらうよ」
そう言った高城君の瞳が、不思議な輝きを帯びる。海のような、深い青色が揺らめいていた。
――水壁か。なんか製作陣の適当さが明らかになってる感じ……。
狭霧が完全に晴れ、相手ペアの姿が露わになる。二人とも、既に詠唱を始めているようだ。
「私も攻撃しないと……」
とりあえず私は……
1、 高位魔法を唱える
2、 中位魔法を唱える
3、 初歩的な魔法を唱える
――選択肢微妙! これって、ある種のバトルシーンだよね? やっぱ勝たないと好感度上がらないかな……かといって、しょっぱなから高位魔法はやりすぎだろうし……ここは無難な中位で。2を選択。
目を閉じて、神経を集中させる。
「……星屑よ……降り注げ。――流れ星!」
――キュピーン キュピーン キュピーン
流れ星が、相手ペアに落ちていく。
「うおっ!?」
「きゃっ!!」
――ドゴッ ボコッ
一瞬、周囲のざわめきが止まる。
相手ペアの足元からは、土煙が沸き起こっている。そして良く見れば……クレーターが二つ……。
「さんの魔法の威力って、桁違いに高いんだね。すごいなぁ」
周囲が呆然としている中、何ともおっとりとした口調でそう告げる高城君。
「あ、あはははは……」
相手ペアが顔面蒼白で私を見ていることからも、それは容易に想像が付く。……私って、怪力女?
――いやいや違うだろが。ていうか、床に穴あけちゃうなんてびびっくりだね。やっぱり主人公はすごいんだよねぇ。お約束事項だわ。
「「あのう……」」
相手ペアが揃って言う。
「な、何?」
おどおどしながら尋ねると、二人は両手を挙げて、へらっと笑った。
「「棄権しますv」」
「…………へ?」
「フフフ、良かったね。俺たちの勝ちみたいだよ」
「…………」
こうして私の、初実技は幕を閉じたのだった。
――うわっ、微妙な感じだな……。選択肢、間違えちゃったかな?! やっぱ初歩的な魔法でお茶を濁す方が良かったのかも!! うわーーミスったーーーー(泣)
――放課後
「じゃあね、。しっかりやるのよ」
「う……わ、分かりました」
優子に促され、私は帰り支度をしている高城君に声を掛ける。
「あ、あの……高城君」
「ん?」
手を止めて、高城君が顔を上げる。
「あ、あのね……その……今日、この後……ちょっとだけ、時間あるかな?」
「え……」
ポケットから割引券を取り出して、彼に差し出す。
「今日まで……らしくて。それで、良かったら……その……一緒に…………」
何でこんなに緊張しているのだろうか。
私は俯いたまま、高城君の返答を待っていた。
――うわ、乙女ちっくだなぁ……。このドモリ加減が何とも乙女。
「……俺を、誘ってくれてるの?」
「う、うん……そうなんだ……けど……」
「…………」
黙ってしまった高城君に、私は焦った。
もしかして迷惑だった!?
「あ、あの高城君! め、迷惑だったらごめんね!? 私、その……」
「嬉しいよ、俺を誘ってくれるなんて」
「え……」
思わず顔を上げた私に、高城君は微笑んだ。
「……喜んで、行かせてもらうよ」
「う、うん!」
優子、無事に高城君を誘えましたー!!
「うわー、美味しそう」
目の前に並ぶ、色取り取りのケーキ。
「すごい量だね……」
高城君は目を丸くしている。
注文をとりにきたウエイトレスに、ケーキと飲み物を注文する。
「俺はレモンティーで。さんは?」
「あ、私は……」
1、「ショートケーキで」
2、「いちご大福を」
3、「イカ墨パンプキンパフェDXをお願いします☆」
――え!? 何この選択肢!! ていうか明らかにギャグ狙いのやつが一つ混じってるんですけど……!! 何この「イカ墨パンプキン」って!! イカ墨とか普通パフェに入れないですよね!? しかもDXってことは何? 普通のとかもあるわけ?? うわー、めっちゃ気になるー!! でもなー……男の前でイカ墨パフェ食べる乙女ってどうよ? マジドン引きじゃね? 私ならドン引くけど。でもな……でもな……あぁもういいや! どうせさっき選択間違えたっぽいし、ここはもう3しかないでしょ!! うおおおおおおおおおおお!! 3をぽち。
「イカ墨パンプキンパフェDXをお願いします☆ あとカフェオレも」
「かしこまりました」
――主人公頼んじゃったよ!? イカ墨パンプキン頼んじゃったよ!?
「ねえ高城君……」
私は切り出した。
「あの……今更になっちゃったけど、授業中助けてくれてにありがとう。ホントに助かったよ」
「ああ、気にしないで。俺もあの先生、はっきり言って苦手なんだ。前にもああいうことあってさ。だから今回は、ちょっとやり返してみたんだけど」
「ああいうやり返し方って、カッコイイなって尊敬しちゃった」
「ハハ、そう言ってもらえたなら、助けた甲斐があるよ」
高城君にお礼も言えたし、ケーキが来るまで何か聞こうっと。何を聞く?
高城君とこうして話すのって、実は初めてかも……?
1、 フィーナル祭のこと
2、 高城君について
3、 バイトのこと
4、 イカ墨パンプキンパフェについて
――うぉぉい!!! 4とかありえないだろーが!! ナンなんだよこの乙女ゲーは!? 明らかに好感度が大幅に下がる選択肢入れやがって!! 私は静と仲良くなりたいの! こんな美味しい誘惑にかかってたまるもんか。2を選びますわよ、2を!! 4じゃない! 4なんか選ばない……!!
「高城君は、どうしてまほアカに入ろうと思ったの?」
「…………」
何気なく聞いたつもりだったのだが、高城君が黙ってしまったので焦る。
「高城君……?」
「あ、ごめん…………。何でだろうね……自分でもよく分からないんだ」
――ああスチルが出た!! 静の横顔カッコイーーー!!! しかも、何かすごい大人っぽい!! キャーq(´▽`llllll)(llllll´▽`)pキャーーーーーーーーッ、めっちゃ私好みーーーvvvvv
そう言って、窓の外に目を向ける彼。その眼差しは、物事をどこか遠くから見ているようだった。達観しているような……哀愁を感じさせるような瞳だ。
「俺はただ…………自分の知らない世界を覗いてみたかっただけなのかもしれない……」
「自分の知らない世界……?」
「……時々、この日常から抜け出してみたい……そう思うんだ」
「高城君……」
「平凡な日常に飽きてるのかも……。何て言うのかな……刺激が欲しいんだ。だから、魔法っていう非日常が感じられる空間にいたいと願って、俺はまほアカを受験したんだと思う」
「……」
高城君の瞳が、深みを帯びる。
「でも……ここ最近は、自分でも信じられないくらい楽しい。毎日が、充実してるからかな」
そこまで言って、彼は私を見つめた。
青い海に吸い込まれそうな感覚に陥るほど、その青は深くて濃い。目が離せなくなってしまう。
「さん……君がいるからだよ」
「えっ?」
「君といると……色んな感情に出会える。それが楽しいんだ」
心臓が大きく跳ね上がる。
どうしよう……高城君から目を逸らせないよ。
――いやーん乙女ーーvvv 「目が逸らせないよ」なんて可愛いこと言わないでちょーだい!
「お待たせしました。レモンティーとイカ墨パンプキンパフェDXとカフェオレでございます」
ウエイトレスさんが来て、はっと我に返る。
高城君も、いつもの表情を浮かべ微笑んでいる。さっきの高城君は、何だか少し、いつもと様子が違ったな。
私はパフェを食べながら、思案に耽っていた。
「ねえさん、俺にもそれ、一口くれないかな?」
「え? あ、どうぞどうぞ」
――え? 選択肢……?
1、「はい、あーんv」
2、スプーンを手渡す
3、 パフェだけ渡して、ティースプーンで食べてもらう
――ぐはぁっ!? こ、このシチュエーションは……いつぞや、どこぞや、現実世界で丸っきり逆の立場で体験したことがあるような気がものすごくしてるんですが!!!!! ねえ!! 本当にこのゲームの監督って誰なの!? 私の行動見てるやつが作ったわけ!? このゲーム、呪われてるんじゃないのーーー!? これは……どれ選べばいいんだろう(汗)1はただのアホだし……でもな……男はぶりっ子に弱いし……静は天然だから、意外とすんなり食べてくれるような気が……。試す? 試しちゃう?? 1でいっちゃいます!? えーい! 乙女は度胸!! 1で逝っとけ☆
「はい、あーんして?」
「……え?」
「食べたいんでしょ? どうぞv」
私は、何故か調子に乗って、バカップルがするような「あーんv」をやってみた。いや、ホント何でだろ? でもやってみた。
「あはは、いただきます――――ぱくっ」
――食べちゃった!?
高城君は特に照れもせず、私の「あーんv」を受け入れた。ギャ、ギャグだったのに……!?
「…………」
「うん……美味しい」
そう言ってにっこり微笑む彼に、私は軽く眩暈を起こした。何か、花びらがバックに舞っている……。
「た、高城君? その、ごめんね!? おふざけがすぎたよね!! 私って時々、こういう馬鹿みたいなことやりたくなっちゃって……ホントごめんなさい!!」
そしてまた謝る私。だったら最初からするなよって感じだけど。
「何で謝るの?」
「だ、だって、あんな……恋人同士がするみたいなこと……」
「俺たちも、周りから見ればそう見えるかもしれないよ?」
「へ!?」
さらりと言った高城君。私は素っ頓狂な声を上げる。
「どうせなら、さんも体験してみようか」
そう言った彼は、スプーンでパフェをすくうと、にっこり微笑んだ。
「はい、あーんして?」
――え?
――え?
「……マジですか?」
――MAZIDE!? マジで言っちゃってますかお兄さん!!
「うん」
――ぎゃぁあああああぁぁぁぁぁああああ!!!! がいる……!! コイツは静なんかじゃない!! こいつはだーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!(号泣)
「え、ええっと……」
「ほら、早くしないと溶けちゃうよ?」
「うぅ……」
私、今、乙女になります……!!
――ぱくっ
「はい、よく出来ました」
「……んむ」
にっこり微笑んだ高城君は、とても爽やかでした。
う……この調子でバイトまで、私もつんでしょうか……。
――あ、セーブポイントだ。よっしゃ、セーブっと。
何か一気に進めたら疲れた〜……って、もう22時になってる!?げげっ、夜ご飯食べ損ねた〜(涙)
それにしても、このゲーム。誰かの陰謀としか思えない展開だな……。ていうか、何だよこれ……。
静はどうやら、優等生に飽きている模様……と。これはバイトで、一悶着ありそうな予感がするなー。
夕焼けに佇む静のムービーがOPで流れるけど、多分物事を達観しちゃったんだろうなぁ。ああ、なんかそういう設定に萌ぇぇぇlvvvv
あ、ていうか今回、薫ちゃんとか晋也出てこなかったなー。薫ちゃんに会いたかったのにぃ。
さて……にメールでもして、お風呂にでも入ってこようかな。ふあぁぁぁ……
エピソード8へ続く?