「あーあ、腹減った〜」
 帰り道、薫ちゃんがお腹を押さえて唸った。そう言われてみると、私もお腹が空いたなぁ。
「私もお腹空いた……何か食べて帰ろうかな」
 私の言葉に、薫ちゃんが目を輝かせる。
「じゃあちゃん! オレと一緒にご飯食べに行こうよ。オレ、ハンバーグが食べたいな♪ ちゃんは何が食べたい?」
「ええっと私は……」

1、私もハンバーグが食べたい
2、お寿司が食べたい気分かな
3、やっぱりラーメンがいいな
4、コンビニディナーがいいかも

――――ふ、不思議な選択肢ねぇ……。とりあえず、薫ちゃんの好きなものに合わせた方がいいのかな。いや、でもここで意外な選択肢を選んだほうが、色々面白いことになったりするかもしれないし。
 ここはゲームの王道バッチ来いってことで、セーブして全選択肢プレイしてやりますか、げっへっへ! まずは3をぽちり☆


「私は……ラーメンが食べたいなぁ」
 近くにラーメン屋があるらしく、さっきからとてもいい匂いがしている。
「ラーメンか! それもいいね♪ うーん、いい匂いがする〜〜」
 鼻をひく付かせながら、薫ちゃんがうっとりと目を閉じる。
「じゃあラーメン食べに行こうv 先輩も一緒に行きませんか?」
「……ああ、そうだな」
「よし! じゃあ早く行きましょう」

 こうして私たち三人は、駅前のラーメン屋に入ることになった。



「いらっしゃい!」
 威勢のいいお兄さんの声が響く店内。
「オレ、味噌ラーメン♪」
「私は……しょう油で」
「俺は…………塩だな」
「へい! 味噌、醤油、塩入りましたー!」
「「「「ありがとうございます!!!!」」」」

――――あ、スチル出た! ラーメン屋の中で、三人が歓談してるスチルだ。

 私たちはカウンターへ横並びに座った。私を挟んで、右に薫ちゃん、左に杉原先輩が座っている。
「杉原先輩って、寮暮らしですよね? ご飯、食べて来ちゃっても平気だったんですか?」
「ああ、休日は基本的に寮で食事はしないからな」
「へえ。俺なら、外で食っても、家でも食べるけど」
「あはは……薫ちゃんは育ち盛りなのね」
 そう言えば、この三人で話すのってもしかして初めてかも?
 何か話題を振ろうかな……。何にしよう?

1、学校のこと
2、テストのこと
3、気になる異性のこと
4、家族のこと

――――うーん、迷うな。学校のことは無難すぎる……し、かといって、異性のこととか核心突きすぎてる気がする……。どうしようどうしよう。とりあえず、無難にテストのこと、かな。

「そう言えば、まほアカのテストって難しいんですよね」
 私の言葉に、杉原先輩は少し首を傾けた。

――――スチル、晋也が主人公に少し顔を寄せた! 結構作り込まれてるわ、このゲーム。普通ただの一枚絵っぽいスチルって、こんなに動きは無いよね?? うーん、ますます製作者のこだわりどころが謎なゲームだ。

「静と優子がそう言ってて……どんな風に勉強したものかって悩んでるんです」
「まあ……基本的なことが分かっていれば、特に難しいことも無いと思うが……問題は実技だな。論理は分かっていても、実際に魔法が使えなければ意味は無いからな」
 淡々と告げる先輩に、薫ちゃんが溜め息をついた。

――――あ、スチルの薫ちゃんの表情が「やれやれ顔」に変わった!

「はぁー。副会長サン、アンタそれは出来るヤツの台詞だって。そもそも、基本的なことが分かればいいって言うけど、それが分からないから苦労してるんだってば。ねえ、ちゃん」
「……うん、その通りです」
「だろ? しかも、実技って言ったって、ただ魔法が使えるだけじゃ駄目で、初級から上級レベルまでを一定数ずつ使いこなせなきゃ駄目ときてる。そんなの、まだ1年のオレや、転校してきたばっかのちゃんには難しいを通り越して、不可能だって」
「そうなのか……? 特に難しいと感じたことは無かったが……」

――――うっっわ! マジで嫌味!! 天然嫌味め!!!

「……アンタ、それわざと言ってる?」
「……嫌味ですよ、それ……」

――――薫ちゃんの顔が、呆れを通り越してぐったりした表情になってる……。主人公からは、わけわかめな汗が飛んでるよ……(泣)

「?」
 私たちの間には、どうやら高く険しい「生まれ持っての頭の良さ」という壁が立ちはだかっているらしい……。

――――天然って空気読めなくてホントやだね……。晋也、アンタどんだけ天然なんだよ。


 うーん、まだラーメンが来るまで時間がありそう。次はどんな話題を振ろうかな?

1、学校のこと
2、気になる異性のこと
3、家族のこと
4、もういいや

――――お、もう一個選べるみたい。そうしたら……ええい、いいや、2をぽちり! ここでゴールインならそれでよしv(いいのか)

「そう言えば……二人って、好きな人とか、いるの??」

――――あ、スチルがまた変わった! し、しかも晋也は何か頬をピンクに染めてますけど!! 薫ちゃんは……に、にっこり笑顔!?……って、あ、そうだった!! だって主人公、薫ちゃんに告られてんじゃん!!

 言ってしまってから……しまった、と思った。そう言えば私、薫ちゃんに好きって言われてたんだった。
ちゃん、それ、わざと言ってる? もう一度、オレに言わせたいの?」
「いや、あのっ、ごめっ……そ、そういうつもりじゃなくてっ……その……」
「オレは別に構わないよ? 何度でも言ってあげるよ。オレはちゃんが大好きってね」
「っ……///////」

――――うおおおお! 薫ちゃん、やるね!! あ、スチルの晋也が今度は「煤vマーク出して焦ってる! 

「ねえちゃん……オレのこと、好きになった?」
「えっ! あ、あのね、薫ちゃんっ……」
「前よりは少し、オレのこと、意識してくれてるよね?」
「わ、私は、あの、そのっ……」
 慌てふためく私に、余裕の表情で詰め寄る薫ちゃん。うわわわわっ……(汗)

――――うわわわわわっ……!!(嬉)薫ちゃん、マジで可愛いvvv やっぱりこの黒さが無いと薫ちゃんじゃないでしょ!! このまま押し倒し――――いやいや、これは全年齢版だった。このまま主人公とくっついてまえーーー!!!!

「宮田は……が好きなのか?」
 杉原先輩の発言に、薫ちゃんは意地悪い笑みを浮かべる。
「そうだよ、オレはちゃんが好き! もう告ってるし。だからセンパイは邪魔しないでよね」
 思わず杉原先輩の顔を見ると、驚いて声も出せないようだった。うぅ、薫ちゃ〜ん(涙)
「へい、おまちどお!」
 どうしようかと考えあぐねていたところ、丁度タイミングよくラーメンが運ばれてきた。
「う、うわぁっ、美味しそう〜いただきまーす」
 まだ何か言いたげな薫ちゃんと、困惑気味の先輩を残し、私はさっさとラーメンを食べ始めた。あ、ホントに美味しい!
「ちぇっ、ちゃんってば逃げたなー。ま、いいけどね。いっただっきまーす♪」
「ほらほら、先輩も早く食べないと伸びちゃいますよ?」
「あ、ああ……いただきます」
 ふぅ……何とかこの話は終わったみたい。

――――このタイミングが乙女ゲーならではって感じだ。でもまあ、これはこれでありかな。
 あ、何か次の日の予定を決めるシーンになってる! ってことは、あれでイベントは終了なわけね。よっし、次は違う選択で再チャレンジ!! ロードしまーっす☆



1、私もハンバーグが食べたい
2、お寿司が食べたい気分かな
3、やっぱりラーメンがいいな
4、コンビニディナーがいいかも

――――次はぁ……2のお寿司でゴー☆

「私は……今日、お寿司が食べたいかも」
 何となく頭に浮かんだのがお寿司だった。私の言葉を聞いて、杉原先輩が何かを考え込んでいる。
「寿司か……それなら、駅前に美味いと評判の店があったような気がするな……。行ってみるか? その寿司屋に」
「は、はい!」
 すると、薫ちゃんが残念そうな顔をした。
「うぅ……ちゃん、寿司がいいの?」
「え?」
「オレ、寿司あんま好きじゃない……」
「え、あ、そうなの? ごめんね、じゃあ違う場所に――――」
 寿司屋以外の場所を提案しようとした矢先、突然薫ちゃんの携帯が鳴った。「ちょっとごめん」と薫ちゃんが電話に出る。
「もしもし? ……あ! 悪い! すっかり忘れてた!! ああ、今からすぐ行く! ホントごめんって!! じゃあな!」
 慌てた様子で電話を切った薫ちゃんは、今度はすまなさそうな表情を浮かべた。
「ごめん! オレ、友達からテスト用のノート借りっぱだったの忘れてて、今からソイツに渡しに行かなきゃいけなくなっちゃった。すっっごい残念だけど、飯はまた今度食べに行こ!」
「う、うん!」
「じゃあ、ホントごめん! またねーーっ」
「またね」

 脱兎のごとく走り去る薫ちゃん。残された私と先輩は、しばらくその場に立ち尽くしていたが、先輩の控えめな「……行くか?」に、私も頷き返していた。

――――なんと、寿司ルートは、晋也と二人っきりなんだ!?

「ここだ。入るぞ」
 先輩に連れられてきた先にあったのは、小奇麗な回転寿司屋だった。うん、ここなら高校生でもそんなに敷居が高くなさそうかな。

――――おお、今度は寿司屋のスチルが出た!! まあ、多分背景変えただけな気がするけど(ラーメン屋の)

「うわぁ、美味しそう」
 目の前をくるくる回るお寿司。とりあえず、無難な一皿を手に取る。
「いただきますv……ん、美味しい!」
 お腹が空いていたこともあって、私はどんどんお皿を重ねていった。それを見ていたらしい先輩が、フッと吹き出した。
「フッ……ハハハハッ」
「! な、何か私、おかしかったですか!?」
「いや……本当に美味そうに食べるな、と思って」
「はいっ、とっても美味しいです!」
 先輩は小さく微笑んだまま、自分もお寿司を口に運んだ。
「杉原先輩って、お寿司が好きなんですか?」
「ああ、かなり好きだな。基本的に、洋食よりも和食が好きなんだ」
「へえ……」

 何となく、会話が途切れちゃった。何か聞こうかな?

1、先輩のこと
2、テストのこと
3、メフィストのこと
4、恋愛のこと

――――何だか、すっごい選びたいのが3なんですけど。この間の泥酔記のことですよね? 敢えて古傷を抉るような真似、主人公はしちゃうんですかね? うーん……一気に4とかいっちゃうかな。

「……先輩って、好きな人とかいるんですか?」
「んぐっ……ごほっ、げほっ」
「せ、先輩、大丈夫ですか?」
 咳き込んだ先輩の背中に触れると、びくっと反応された。
「だ、大丈夫……だ。けほっ……」
「はい、これ、お水です」
「すまない……」
 グラスを渡すと、先輩はそれを一気に飲み干した。
「んっ……ぐ……ふう。俺は…………」
 先輩の瞳が、一気に熱を帯びたように見えた。翡翠色の瞳が燃えている。
「先輩……?」
 次の瞬間、すっと腕が伸びた。え? と思う間もなく、私は先輩に腰を取られていた。

――――な、何と!? いきなりピンクな時間に突入でスカイ?! しかもスチルが出た!! 晋也のドアップ!! か、カッコイイ!!

「え? あ、あの!?」
「…………もっと、こっちへ」
「あ、あの? え、あ、ちょっと……っ」
 カウンターの幅は狭く、私はあっという間に先輩の胸に引き寄せられてしまった。少し顔を上げれば、目の前に広がる翡翠色の瞳。か、顔が近い!!
「先輩、どうしたんですか……!?」
「……どうもしないさ。ただ、に触れたくて……」
「えっ、わわっ、ちょ、ちょっと! どこ触ってるんですかぁっ(汗)」
 ふっと、先輩の吐息がかかる。うっ、お酒臭い……って、ま、まさか!!
 私はふと視界の先に映った、自分の水に眩暈を覚えた。ヤバイ、さっき渡したのって、てっきり水かと思ってたけど……間違えて、隣の人の冷酒を渡しちゃった!?
「せ、先輩、落ち着いてください! どうか気を確かに!!」
「俺の気は確かだ……その証拠にほら、がこんなに近くに…………」
「全然確かじゃありませんって!!」
 しかし、身体を引き寄せられていて、上手く抵抗できない。先輩の顔が、段々近付いてくる……!!

――――きゃーーーーっ!!! ヒロイン、貞操の危機!! じゃなかった、キス奪われそうな危機!! しかもムードの欠片もない寿司屋!! ありえねーーーーーー!!!!

 どうしよう! 迷っている時間はない!!

1、魔法を使う
2、素手で殴る
3、助けを呼ぶ
4、流れに身を任せる

――――究極!! 魔法を使うと……多分寿司屋が大破するし、素手で殴ると、下手すると傷害沙汰なる恐れも……。でも助け呼ぶって言っても、誰が助けてくれる? 流れに身を任せたら……完全晋也ルートになりそうだし……うーん、うーん……でも、まあセーブすればいっかv じゃあ、4を選択して行く末を見守ってやろうじゃないか、げっへっへ!!

 でも……、先輩にこうされるのは、実はそんなに嫌じゃなくて……むしろ……。
 そんな風に思っていたら、先輩の指先が私の顎を捉える。
「せ、先輩っ……」
……」
 先輩の前髪が、鼻先を掠める。きゃ、このままだと本当に、キスしちゃう……!!

 でも、私はそれでも……

 覚悟を決めて、瞳を閉じる。しかし、いつまで経っても先輩に動きがない。そっと目を開けると、先輩は……






――――目を開けたまま、寝ていた。

――――ギャハハハハハハハハハハハハッ!!!!!!!!! マジでありえねーーーーーーーーーーー!!!! 晋也って、ホントに可哀相だなぁ(同情)

 
でも、なんかこの光景、いつかどこかで似たようなものを体験したような……

が温めてよ……」

 あの時確か、私に抱きついたままは寝やがったんだった……。
 こういうのって、実はよくありがちなシチュエーションなわけ?(いや、ないだろ)


「…………杉原先輩の……――――バカーーーーーーーッ!!!!!!!」

――――バキッ!!

――――ギャハハハハハ!! 殴られてるスチルキターーーーーーーーーーーーーッ!!!!
 

「ぐはっ!」
「もう知りません! さよなら!!」

 思いっきり先輩の頬を殴って、私は店を飛び出た。もう! 人がせっかく勇気を振り絞ったっていうのに……!! 



「でも……本当にあのままキスしちゃったら……どうなったんだろう……」

 火照った頬を、夜風がそっと撫でた。

――――でも、主人公と晋也フラグは確実に立ったっぽいね! うーん、これはこれで良かった……のか?
 さて……今日は疲れたから、あと一個くらいにしておこう。最後は……あの選択肢で決まりだ☆


1、私もハンバーグが食べたい
2、お寿司が食べたい気分かな
3、やっぱりラーメンがいいな
4、コンビニディナーがいいかも

「コンビニで買ってきて……公園とかで食べるのってどうかな」
 月を見上げながら言うと、隣にいた薫ちゃんが笑った。
「うん、それ賛成! こんなにいい月の日だしね」
 すると先輩が、少し残念そうに言った。
「それじゃあ、俺はこれで失礼するよ」
「え、先輩も一緒に食べませんか?」
「実はこの後、寮長会議があってね。悪いが……」
「そうなんだ! じゃあね、副会長」
 薫ちゃんがニコニコと笑いながら言うと、何となく先輩が不機嫌になるのが分かった。
「……あまり遅くならないようにな。テスト前だっていうことを忘れるなよ」
「は、はいっ。先輩、また来週」
「ああ、またな」
 遠ざかっていく先輩の後姿に向かって、薫ちゃんがあっかんべーをしている。
「こらこら、薫ちゃん。そういうことしちゃ駄目でしょ?」
「だってアイツ、なーんか天然で苛々するんだもん」
「先輩なんだから、もっと敬わないと」
「俺が敬うのはちゃんだけでいーの♪」
 そう言って、私に抱きついてくる姿は、とても敬っているようには見えない。
「はいはい……じゃあ、コンビニ行こうか」
 そのままずるずると薫ちゃんを引きずりながら、コンビニへと向かうのだった。

――――こっちは薫ちゃんソロルートなんだ! 何だかこれは、波乱の幕開けな予感♪



 コンビニで色々と買い込んだ私たちは、近くの公園に向かった。街灯の下のベンチに腰を降ろし、買ってきたものを並べる。
「じゃあ、今日はお疲れ様でした〜」
「お疲れっ」
 缶ジュースで乾杯をして、私たちは笑った。
 丸い月が、私たちを照らしている。私は星使いだからだろうか。月の綺麗な晩は、何だか体調も良くなるし、気分も良い。魔力が漲ってくるような気がするのだ。
「……ちゃん、すっごい嬉しそうだね」
「うんっ。月が綺麗だと、私まで嬉しくなるの」
「流石は星使いだね。オレは、火を見るとすっごい興奮してくる」
「あははっ、炎使いの性、かな?」
 薫ちゃんが、ぽんっと手を叩く。
「そうだ! ちゃん、実技の練習がてら、前に見せてくれたアレ、やってみてよ」
「アレ?」
「そう! あの、すっげーキレイなやつ!」
 薫ちゃんが言っているのは、月時雨のことだろうか。確かに今夜なら、上手く出来そうな気がする。月を背に立ち上がって、手を頭上に翳す。
「よし! じゃあ月時雨、行きます――――月の光よ……」
 詠唱と共に、自分の身体に光が帯びるのを感じる。
「我のもとに降り注げ――――月時雨!」

 瞬きの後、無数の光の雨が降り注ぐ。いつの間にか立ち上がっていた薫ちゃんは、全身に月の雨を受けながら、静かに佇んでいる。その表情は、どことなく虚ろで、淋しげだった。
「薫ちゃん……?」
 私の声も届いていないようで、ただ白い月を見上げている。一体どうしたのだろう。
「月の光よ、今我に纏い、我を照らせ――――月詠み」
 魔力の回復代わりに、月詠みを使う。私の周りを、月の光が漂っている。その間も、薫ちゃんは無言だった。しばらくの間、何も言えずに立ち尽くしていた私に、ふと薫ちゃんが言った。
「ねえ、ちゃん……好きと同じくらい、相手のことを憎いと思ったことある?」
 月を見上げたままの薫ちゃん。その横顔は綺麗だけど……あまりに綺麗過ぎて、どこか近寄りがたい雰囲気だった。
「相手のこと、すごい好きなのに……でも、それと同時に、どうしようもなく憎くて、いなくなればいいって、思うことある?」
 そう言って私を見た薫ちゃんは、さっきの、図書館で見た、冷たい瞳をしていた。底冷えするような、真っ赤瞳。燃えるような赤なのに、触れたら凍ってしまいそうなほど冷え切っていて、黒い翳りを帯びている。
「どうしたの……突然、そんなこと」
 私の問い掛けには答えず、ゆっくりと薫ちゃんが近付いてくる。そこに、いつものような無邪気さが見えず、私は思わず後ずさった。
ちゃん、キレイだね。月詠み……だっけ? ちゃんの周りだけ、嘘みたいに輝いてる」
「薫……ちゃん」
「さっきの月時雨も……キレイだった。あの光に当たってると、身体の中が癒されてくような気がするのに……同時に、自分の心の闇が浮き彫りにされてく気もするんだよね」
「心の闇……?」
 聞き返すと、薫ちゃんは自嘲気味な笑みを浮かべる。
「そ、心の闇。要するにオレは、歪んでるんだってこと。普段は上手く隠せてるはずなのに……魔法はすごいね。こんなに簡単に、オレの心を引っ張り出す」
 いつもとは明らかに様子の違う薫ちゃん。顔は笑っているのに……目は、笑っていない。

――――ギャーーーーー!!! ついに、ついに薫ちゃんは真っ黒暗黒に豹変した!! これぞ乙女ゲーの王道!! キャラの心の闇が出てきた瞬間じゃ!! やべー、こえーーーー! でも萌――――――! このまま、ヒロインをどうにかしちゃって!! ――いやいや、これは年齢制限モノじゃなかった!! でもでも、何かもうホントどうにかなればいいよ。(いいのか)

「薫ちゃん、あの……」
「ねえ、ちゃん………ちゃんなら、オレを救ってくれるよね?」
「え……」
「兄貴を知らないちゃんなら、オレだけを見て、オレ自身を認めてくれるんでしょ?」
「薫ちゃ――――」
 その名を呼ぼうとした時、私は薫ちゃんに抱き締められていた。私に触れた部分から、薫ちゃんの身体にも月の光が伝わっていく。

――――キャーーーーーーーーーーーーーッvvvvv 薫ちゃんがついにやってしまった!!!!! キャーーーーーーーマジで萌えるーーーーーー!!!!! そのままそのまま、ピンク世界へレッツゴー!! 夜の公園とかマジいい! マジ萌えシチュじゃんねー!! うおっ!? うぎゃっ!!! ――――ごろっ、ドガッ(興奮しすぎてベッドから転げ落ちました・・・)

「ちょっと! アンタさっきからドッタンバッタン五月蝿いわよ!! 一体何時だと思ってるの!? しかもアンタ、さっきガラスが割れるような音もしてたけど、何やらかしたの!!」
 下から、ママンの怒声が響いてきた。やべ、さっきの携帯大破惨事の音も聞かれていたらしい(そりゃああれだけ暴れればな)私は適当な誤魔化しの言葉を投げた。
「だ、大丈夫大丈夫!! 今、ガラス割ったりするゲームにはまってて……そうそう、画面から音が響いてるの! だからドンマイ!!
「ドンマイじゃないでしょ!!!」
 母の雷が落ちましたが、私の頭とハートはそれどころじゃなかった。尚続く怒声はスルーして、手に汗握るシーンに集中! か、薫ちゃん、どうしちゃうの!?


「か、薫ちゃんっ……」
「……ハハ、ちゃんから伝わった光のおかげで、すっごい魔力が漲ってくる」
「冗談はやめて、ね? 放して、薫ちゃん」
 しかし、その腕の力は強く、少し身じろぎしたくらいじゃびくともしない。
「この力があれば……オレはアイツを…………」
 低い呟きと、何かを囁くような声が聞こえた瞬間、カッと身体が燃え上がるようなほどの熱を感じた。思わず目を瞑ると、少しだけ腕の力が緩む。

――――わっ!! スチルが出た!! って……何これマジありえないカッコイイんだけど!! ちょっと影を帯びながら、火を纏う薫ちゃんとか最高にカッコイイ!!! キャーーーーーー萌え死ぬぅぅ!!!!

 熱さが治まり、そっと目を開けると、身体中に赤黒い光を漂わせた、薫ちゃんがいた。美しく輝いていた赤銅色の瞳には、燻った炎のような影が揺らめいている。
 異様な雰囲気に驚いたのも束の間、私に纏う月の光が弱ってきているのを感じた。背後に受ける月の魔力は衰えていないはずなのに、次第に身体から魔力が抜けていく。
 何で……? 身体に力が入らない。
「っ……」
 身体を支えるのも辛くなり、思わずよろけると薫ちゃんの腕がそれを阻止した。そして再び引き寄せられる。
「っ……薫ちゃん……私……」
「……苦しい?」
「苦しくは、ないけど……身体に力が、入らないの……」
「……そう。ごめんね、少しだけ我慢して」
「……?」

 今にも崩れ落ちそうな私を、薫ちゃんは抱え上げる。そして、さっき座っていたベンチまで来ると、そのまま腰を降ろした。自然と私は薫ちゃんを見上げる格好になる。
「薫ちゃん……」
 名を呼べば、暗い瞳が私を射抜く。いつもとは全然違う、薫ちゃんの瞳。燃えるような輝きは無く、熱を持ちすぎて黒くなった太陽、そんな深い熱さを感じるような不思議な瞳。
「ねえ……オレのこと、好きになってよ。兄貴のこと知る前に、オレのことを」
「薫ちゃん……?」
「すぐにアイツを越えてみせるから、ちゃんが傍にいてくれて、力をくれればオレはアイツなんかすぐに……」

 ――「力をくれれば」
 この言葉に、身体が震えた。熱さと寒さが入り混じったような、不快な震えが全身を駆け巡る。嫌な予感がする。
「ねえ……薫ちゃん、まさか……」
 私の声の震えに気付いたのだろうか。薫ちゃんが、薄く笑った。
「……気付いたの? オレがちゃんの魔力、少し貰っちゃったこと」

――――!!

 予感が的中し、思わず薫ちゃんの服を掴んだ。
「どうして……!? 何でそんなことしたの? 人の魔力を奪う行為は絶対に犯しちゃいけない禁忌でしょ? これがバレたら、下手したら退学――――っ!?」
 言い切る前に、唇に重なった温もり。いや、温もりというには熱すぎるほどの熱。目を見開いて固まった私に、暗い微笑み。
「誰にもバレなきゃいい、そうだろ?」

――――うっ……キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!! つ、つつつついに、薫ちゃんと(* ^)(^ *)チュウチュウ♪ しちゃったーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!
 でもでもっ、薫ちゃんマジで
ヤンデレだよね!? この乙女ゲー、ヤンデレまで供えてんのか!! やるな!! あとはツンデレがいればいうことなし!?
 まあ、カマはある意味でのツンデレな気もするしなぁ……って、今は薫ちゃんに集中!!

「っ……そんなのっ……許されることじゃない、よ……」
 他人の魔力を奪う行為は、我が国の法律で絶対に犯してはならない禁忌として定められている。それは過去、争いごとの度に魔力の奪い合いが相次ぎ、そのせいで国がいくつも滅ぼされた教訓を踏まえての取り決めだ。世間での犯罪で、魔力の奪い合いが取りざたされることもあるが、その犯人はとても重い罪に問われる。
 別の理由として、魔力を奪われることは、つまり生気を奪われることと同意であるから、というものがある。少量ならば特に影響はないが、あまりに大量の魔力を奪われた人間は下手すると死に至ることもあるのだ。
 そして最後……。魔力を奪い、奪われる関係が長く続いた場合、双方がお互いに強い依存関係で結びつくというものがある。精神の感応が頻繁に起こるようになり、最終的にはお互い無しでは生きていけなくなるのだ。その依存関係は限りなく病的であり、破滅的であり、精神が崩壊するケースも珍しくない。

 そんなリスクがあるにも関わらず、薫ちゃんは私の魔力を奪ったの……?

――――それでこそヤンデレ!! 特に三番目の依存関係を薫ちゃんは主人公と望んでるっぽいよね!! マジで病んデレてる〜〜〜〜〜〜〜!!!!(嬉々)

「……泣かないでよ、ちゃん」
「うっ……ひっく……だって……そんなのって、酷い……」

 気付けば私は泣いていた。
 自分でも、どうしたらいいのか分からない。魔力の奪い合い、そんなこと、今まで知識としてしか知らなかった。まさか、自分の魔力が奪われる日が来るなんて、夢にも思わなかった。まして、自分の親しい人になんて……。

「大丈夫だよ、オレがちゃんを守ってあげる。だから、ねえ……オレだけを見て」
 そう言った薫ちゃんの目に、涙が滲んでいるのを見つける。相当自分を追い込んで、こんな真似をしたのだと今更ながらに気付いた。
 私は……

1、薫ちゃんが可哀相になった
2、薫ちゃんが怖くなった

――――こんなの迷うはずなし1でしょ! そう言えば静の時もこんな二択あったような。この辺はワンパターンなんだよね、このゲームって……。あ、とりあえずセーブしておこう! って、うわ、間違えて2押しちゃった!! げげっ

 薫ちゃんが、怖くなった。
 確かに、薫ちゃんを可哀相に思う気持ちはある。出来のいい兄を持つ弟の苦労は、一人っ子の私には分からない。でも、だからと言って禁忌を犯したことを容認することは出来ない。そういうことを、やってのけてしまうことに、私はある種の恐怖を感じた。

「薫ちゃん……ダメだよ、こんなのダメ……」
「何を心配するの? ちゃんさえ黙っててくれれば、大丈夫だよ」
「そういう問題じゃ……!」
「――――黙ってよ」
「っ!?」
 唇を塞ぐ、熱すぎる温もり。これも、増長した薫ちゃんの魔力のせいなのだろうか。唇から伝わった熱が、全身の力を搾り取っていくような気がする。目を開いていることさえ辛く感じる。瞼が重い。

――――ぎゃーーーーーーっ二回目!! 二回もしちゃった!! 静も晋也も寸止め喰らって我慢してるのに!! なんて美味しいのかしら薫ちゃんv 意外と選択肢合ってたのかも!! やっぱり世間はヤンデレには甘い様子ね。ヤンデレは何か皆ほっとけなくなるんだよねーーー。いや、狂ってやがるんだけど、でもそれも含めてなんか愛しい、みたいな? くぅーーーーー、製作者、分かってるぅ☆

「……兄貴のことを知らないセンパイだけが、オレの拠り所なんだよ。だからお願い。オレを好きになって? オレのことだけを見てよ……」
「……薫……ちゃ……ん……」
 「でも、これは許されることじゃない」、そう言いたかった。言いたいのに、自分の意志とは裏腹に、声が出せない。頭にぼうっと霞みが掛かったようになり、まともに考えることが出来ない。
 これが、依存関係の初期段階だと言うことに気付いた時には既に遅く、薫ちゃんの囁きが、脳に直接響く。
「……これからも、オレを助けてくれるよね? 救ってくれるよね? ずっと……兄貴じゃなくてオレを見てくれるよね?」
「…………うん」
 脳が勝手に反応して、口が勝手に喋る。それに気付いているのかいないのか、薫ちゃんは少しだけ悲しそうな顔をして……でもすぐに、妖しい瞳で微笑んだ。
「……嬉しいよ、
「薫ちゃん…………」
 そして、再び薫ちゃんの顔が近付いてきた時だった。


「お前ら……何やってるんだ……!?」


 薫ちゃんの瞳が、不機嫌そうに伏せられる。
「……楓ちゃんが来るとは、ね」
「楓……先生……?」

 私たちの姿を見て、眉間に皺を寄せて立ち尽くしているのは、保健医の楓先生だった。



――――うわわわわっ、楓ちゃん、お久しぶりっす☆ 先生、この二人、ヤバイんです!! でも止めないで!(え)薫ちゃんを怒らないで〜〜〜〜〜〜! だってきっと先生なら、魔力吸収とか分かっちゃうんでしょ!?  でも薫ちゃんを追い詰めないで〜〜〜〜><
 ……ん、そういや今何時…………って、えええ!? 
何、今もう夜中の3時!? 嘘っ、明日1限から授業あるのに!! やーばばばいっ!!! ううっ、続きがとっても気になるけど、とりあえず明日まで我慢!! お休みときまほ! セーブしてオフっと。

 うぅ……それにしても、とりあえず明日、Aに会いたくないよ……。あ“、携帯修理しに行かなくちゃだった(汗)彼氏様についてきてもらおうっと……。
 あぁ……
何か現実も二次元も手に汗握る展開とときめきと萌えがありすぎて、ホント眠れない!!!!!Σ(|||´■`|||;;Σ)ガーン!!! うぅ……でも、ホント幸せすぎて……死にそう……(遠い目)



 エピソード12に続く……?!



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